COTEN西谷氏に聞く、AI時代に歴史を学ぶ必要性【スタディサプリ教育AI研究所 所長・GUGA理事 小宮山氏による「AI時代の教育変革」連載 第3弾】

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人とAIの共存が当たり前になっていく社会において、教育のあり方を再定義し、アントレプレナーシップ教育を推進する必要がある。この考えのもと、リクルート スタディサプリ教育AI研究所の所長であり、一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)で理事を務める小宮山 利恵子氏が、「AI時代の教育変革」をテーマに、対談を通じて教育現場の実情や事例を紐解く連載企画。第3回の対談相手は、「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」の台本制作を手掛ける株式会社COTENの西谷 剛史氏です。

コテンラジオの放送以外にも、人類の叡智をまとめた誰もがアクセスできる「世界史データベース」の構築を進め、異なる価値観を知り異なるレンズで自分自身や社会を見つめ直す「メタ認知」の重要性を説くCOTEN。暗記科目として扱われがちな歴史を、AIが台頭する時代に学ぶ意義とは? 知識偏重に陥らない、学びの楽しさ、必要性について考えます。

歴史で起こった出来事には再現性があり、その構造理解が現代人にも役立つ

――前回の取材から「世界史のデータベース化」の進捗や現在地はどのような状況でしょうか? 生成AIの台頭でデータベース化の意義がより高まったように思いますが、影響の有無を含めて教えてください。

西谷:世界史の知見をデータベース化する取り組みについては現在プロトタイプの段階ですが、私はコテンラジオの台本制作をするときによく参照しています。生成AIも組み込まれていて、たとえば「関ヶ原の戦いにおける、武将たちの人間関係について教えてください」と質問すると、答えがソースとともに表示されます。たまに間違えることもありますが、文献情報を参照して答えてくれるので、 そこから得た示唆をベースに新たな文献を調べていきます。

コテンラジオでは1つの特集テーマごとに40編ほどの文献を参照していますが、「あの情報はどの文献のどこに書いてあったのか?」といった疑問にもすぐに答えてくれるので、調査時間が大幅に短縮されました。

――「歴史=暗記科目」というイメージは根強く残っていると思いますが、生成AIが人間のアシスタントとして機能するようになると、歴史の学習方法はどのように変わる必要があると考えていますか?

西谷:「歴史=暗記科目」というイメージ自体が、歴史そのものの価値を拾えていないと私は考えています。物事の時系列を知るという意味では年号を覚える意味はありますが、その数字自体に意味があるわけではないので、「何年にどんな出来事が発生した」という数字をいたずらに追いかけるのは、あまり効果的な時間の使い方とはいえません。「歴史のなかで起こった出来事は再現性があり、その構造を理解することが現代を生きる私たちの役にも立つ」という想いのもと、私たちは世界史データベースの構築を進めています。

小宮山:私は1977年生まれですが、私が受験した時代は知識の重箱の隅をつつくような問題がたくさんありました。最近の入試を見ると、暗記問題も残っているものの、全体の流れや歴史的な背景を知らないと答えられない問題が増えていると感じます。コテンラジオはパーソナリティーの皆さんがそれぞれの視点で意見を述べ、歴史的に確定していないことに対して「一方でこういった考え方もある」といった見方を提供してくれるので、リスナーの視点を豊かにしてくれますよね。

西谷:コテンラジオの制作において視点の複数性は常に意識しています。西洋とイスラームとの激突でも、西洋側の視点、イスラーム側の視点で見え方は異なるわけで、それを意識することを私たちは「メタ認知」と呼んでいます。その意義を感じていただけて、とても嬉しく思います。

多様な軸に触れることが、「メタ認知」の醸成につながる

――「メタ認知」というキーワードが出ましたが、子どもの教育課程においてメタ認知を促すためには、どういったアプローチが必要でしょうか?

小宮山:何ごともいったん立ち止まって、冷静に客観的に考える癖をつけることだと思います。子どもが何かしたいといったとき、親がダメといってしまうと考えるすき間がないんですよね。なぜそれをやりたいのか、そこは親として疑問形で返す必要があると思います。ただ、セレンディピティーのように思ってもいないことが起きたときは、脊髄反射で動く必要があります。二度とやってこないチャンスを掴むには、動物的な勘で動くしかないですから。立ち止まる癖と、瞬時に動く癖、この使い分けが必要だと思います。

西谷:「メタ認知」とは他者視点を持つかということですが、そこに囚われすぎると物事の推進力が落ちてしまうので、両者の使い分けが大事ですよね。メタ認知を醸成するにはいろいろな人と話したり、旅をしたり、要は多様な軸に触れることが大事ですが、何かピンとくる出会いであれば感性に従うことが大事だと思います。

小宮山:私を含めて歴史好きな人たちは、現地に行くのが大好きなんですよね。三国志が好きな私は赤壁の戦いとか、黄巾の乱が起きた場所を巡りたくなりますが、それは「メタ認知」に必要な軸をつくるという要素も多分にあると思います。

西谷:たとえば、オスマン帝国の本を読んだあとにイスタンブールに行くことで、得られる情報量が爆発的に増え、自分の視点が豊かになります。現地での人との出会いが好奇心の感度を上げ、さらなる出会いにもつながるでしょう。私は子どもを旅行によく連れていきますし、常に旅することの重要性を伝えています。読書の大切さも同様で、私はコテンラジオの仕事で家にいるときも常に本を読んでいるので、子どもには「本=面白いもの」という観点で話をして、図書館に連れて行ったり、本を買い与えたりしています。本を読んで学ぶことで自分の視点が豊かになり、人生もどんどん楽しくなる。だから本を読むことも学ぶことも楽しい、という観点で話をしています。

歴史の背後にある構造を見抜く

――AIが全て教えてくれると考える子どもに対して、「歴史を学ぶ必要性」をどのように説きますか?

西谷:何か答えを求めることだけが歴史の勉強ではない、と私は考えています。答えが出なかったり、間違えたとしても、そのプロセスで得た経験も含めての学びですから。効率性だけを求めるのではなく、自分であれこれ考えてみて、学びのプロセス自体を楽しんでほしいと思います。受験のことを考えるとなかなか難しいでしょう。しかし、受験やテストが終われば学ばなくてよい、なんてことはありません。学び自体が楽しいもので、一生学ぶことで人生が豊かになるという感覚が私にはあります。

小宮山:現実にその場所を訪れたり、人に聞いたりすることで、歴史を線や面で学べるようになります。歴史の興味は人それぞれで、歴史上の戦いに興味を持つ子もいれば、時代ごとの道具や乗り物に興味を持つ子もいます。そのフックを見つけてあげるのが、親や先生方に求められていることです。E・H・カーの『歴史とは何か』では、歴史は繰り返すものと述べられていますが、昨今の戦争や疫病を見てそのとおりだと思います。海外の人たちとコミュニケーションを取るうえでも、歴史は教養として必要になります。

――「歴史は繰り返す」という視点は、世界史データベースの根底にある考えですよね。

西谷:物理法則のように定式化されたものではないですが、同じ構造から引き起こされる出来事は古今東西に見られます。それらを踏まえずに現代の私たちが行動するのはもったいない、という問題意識があります。

――事象の表面だけを見るのではなく、その背後にある共通の構造を見極めるということでしょうか?

西谷:本屋に行くと、「徳川家康に学ぶ○○」などのような本がありますが、大事なのは属人的な要因よりも、その人の行動の背後にある構造です。つまり、家康と同じ状況になれば、誰でも同じことをする可能性があるということです。そのなかで成功する人もいれば失敗する人もいる。そこに共通して抜き出せる構造があると考えています。歴史上の出来事の抽象度を上げていくと、共通する構造が見えてきて「この事象はあの時代の○○と同じ」ということに気がつく。そんな経験はコテンラジオの打ち合わせ時に何度もしています。その瞬間はすごく知的に興奮しますね。

限定的かつ、局所的な正解に惑わされないために

――子どもの「学びたい」という気持ちを引き出すために、教育を面白くするコツはありますか? また、教育に対して悩みや不安を抱えている読者へのメッセージをお願いいたします。

小宮山:親が楽しく学んでいる姿を子どもに見せることです。私は去年、寿司職人の修行を始めましたが、そこから漁業、第1次産業、狩猟と興味が広がり、今は無線やドローンにも興味があって、先日業務用のドローン講習にも参加しました。他の人からはそれがすごいことだったり、どうしてそんなに沢山やってるの?と聞かれることがありますが、私はただ楽しいからやっているだけで、無理してないんですよね。親のそういう姿をどれだけ子どもに見せられるかですよね。

自分が不得意な分野、やりたくない分野を学んでも生産性は上がりません。無理して合わないことを学び続ける必要はないので、サンクコストはさっさと見限ることをお勧めします。最低限の学力は必要だと思いますが、平均的に能力を伸ばす必要もないですし、得意なことだけを伸ばす形でいいんです。

西谷:勉強は苦行ではないですし、私は勉強自体が楽しいものだと心の底から思っているので、それを子どもに伝えています。学び続けることで世界の見え方がどんどん変わって、どんどん楽しくなる。その感覚を伝えていくことを、子どもの教育においては重視しています。

教育に対して悩んでいる方はおそらく、「こうしなければいけない」という正解があると思い込んでいるのではないでしょうか。その答えが正しいか間違っているかの判断軸なんて、極めて局所的な、今この瞬間にある特定の価値観でしか成立しないものです。少し視点を変えたり、海外に行ったりすると正解でも何でもありません。限定的な条件下で、狭い社会でしか通用しない考えに囚われる必要はありません。人生にはもっといろいろな選択肢があります。自身で目の前の世界を解釈して楽しむことができれば、局所的な出来事に一喜一憂することもなくなるでしょう。そういう判断軸を自分のなかに持つためにも、楽しみながら学ぶことが重要だと思います。

西谷 剛史

株式会社COTEN/COTEN RADIO脚本家・調査主任

2021年より『歴史を面白く学ぶCOTEN RADIO』の制作に参画、調査と台本制作を担当する。COTENでは人文知を活かしての企業研修も担当。公認会計士の資格を有し、複数企業の顧問や社外役員として経営に関与、また経営大学院で教鞭を執るなど、多様な領域で活動している。

小宮山 利恵子

株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所 所長/一般社団法人生成AI活用普及協会 理事

衆議院、ベネッセ等を経てリクルートにて2015年より現職。国立大学法人 東京学芸大学大学院准教授。東京工業大学リーダーシップ教育院、ANA、熊本県八代市等のアドバイザーを兼務。テクノロジー/AI、五感を使った教育、アントレ教育の領域を中心に国内外問わず幅広く活動。著書に『教育AIが変える21世紀の学び』(共訳、北大路出版、2020年)、『レア力で生きる 「競争のない世界」を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA、2019年)など。早稲田大学大学院修了。

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