東京大学先端科学技術研究センターら、VR環境で足先と連動する「余剰肢ロボットアーム」を開発
2022/6/28
東京大学先端科学技術研究センターは、バーチャルリアリティ(VR)環境で、足先と連動する余剰肢ロボットアームを開発したと発表した。
■発表概要
東京大学大学院工学系研究科の荒井謙大学院生、先端科学技術研究センターの齊藤寛人特任助教、稲見昌彦教授らは、慶應義塾大学の福岡正彬研究員、杉本麻樹教授および豊橋技術科学大学の上田祥代助教、北﨑充晃教授と共同で、VR空間において、足先の動きと連動する余剰肢ロボットアームを開発し、身体化する実験に成功した。本研究は、余剰肢ロボットアームを装着した際のシステム周囲に対する知覚(近位空間)や、自分の腕が増えたという感覚(余剰肢感覚)を捉えることに成功し、余剰肢ロボットシステムに対する身体化を説明する世界で初めての試みとなるとのことだ。本研究成果は、2022年6月27日(英国夏時間)にScientific Reports誌に掲載された。
■発表内容
新たな身体の一部としてはたらく余剰肢ロボットシステムを構築する際には、システムを自分の身体のように捉え、無意識に抵抗なく扱えるようにすることが重要だ。この点を考慮して余剰肢ロボットシステムを設計できれば、操作者にとってシステムはシームレスに動作し、ロボットが身体の一部のように扱える状態になると考えているという。しかし、従来の余剰肢ロボティクスの研究では、その設計や制御の検討が多く実施されており、ロボットシステムを身体の一部として扱えるかどうかについて十分に調べられていなかった。
生まれ持った身体ではない対象を自分の身体として捉えられるようになる感覚は「身体化」と呼ばれ、認知科学や神経科学の観点からもよく議論されてきた。また、この議論では杖やハサミなどにあるような「代替」や「延伸」といった身体機能の拡張に伴う知覚変化の検討が着目されてきたが、余剰肢ロボティクスのような「付加」的な身体機能の拡張に伴う知覚変化を検討した先行例は多くなかったとのことだ。
本研究グループが開発したVR環境下で動作する余剰肢ロボットシステムは、一人称視点の視覚情報を提示するヘッドマウントディスプレイと、装用者の動きを検知するトラッカー、そして、VR空間において余剰肢ロボットアームでボールを触った際に足先に反応が返される触覚提示デバイスにより構成される。頭部・腰・右手・左手・右足・左足の6箇所に取り付けられたセンサーにより装用者の動きを捉え、VR環境上のアバターの全身運動とロボットアームの関節角度に変換される。余剰肢ロボットシステムの一部は無線化されており、視覚・触覚フィードバックにおける遅れがなく装用時にスムーズに動作するように設計されている。実験には健常者16名が参加し、余剰肢ロボットシステムの装用を学習するため装用者が余剰肢ロボットアームでボールを触るという課題(ボールタッチ課題)に取り組み、余剰肢であるロボットアームを自分の身体の一部として捉えられるようになるのか、また、ロボットアーム周辺の近位空間に関する知覚変化が起こるのかについて調べた。実験後、主観的な感覚の変化を捉えるため、実験参加者に身体感覚に関する7段階評価のアンケートを依頼し、これを主観評価スコアとして解析に使用した。その結果、余剰肢ロボットシステムの装用学習後、余剰肢ロボットアームを身体化できた際に重要な指標となる身体所有感、行為主体感および自己位置感覚を覚えたという結果が主観評価スコアから得られた。また、視覚・触覚フィードバックに対する応答時間を計測したところ、応答時間が余剰肢ロボットアームの装用前後に大きく変化したことから、ロボットアーム周辺に生じた視覚と触覚の情報統合において、知覚変化を捉えた可能性が示された。加えて、この知覚変化(近位空間)と自分の腕が増えたと感じる主観評価(余剰肢感覚)との間に正の相関があることが明らかになったとのことだ。
本研究では、余剰身体部位の付加により身体機能を拡張した結果、装用者は生来の身体部位とは異なる新たな身体部位を得たという感覚が芽生えることを示した。この感覚の出現は、余剰肢ロボットシステムの設計上、抵抗のない操作を検討するための重要な指標になり得るという。また、認知科学の分野においても身体化について精緻な議論が進むことが期待されるとのことだ。
本研究にて使用した余剰肢ロボットシステム概要図
点線は無線接続を表し、実線は有線接続を表す
装用者は第一人称視点でロボットアームを視認している