自動車業界の新潮流「CASE」に日野自動車が仕掛ける大勝負。 自動運転商用EVプラットフォームを通じて描くビジョンとは。
2020/9/24
トラック・バスといった商用車を製造する自動車メーカー日野自動車株式会社にて代表取締役社長を務める下 義生氏。日野自動車から親会社のトヨタへ役員として移籍という異色の経歴をもつ下氏が変化の激しいモビリティ市場にて描く未来とは。全2回にわたり立教大学ビジネススクール 田中道昭教授との対談形式でお届けします。
Contents
*本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。
モビリティの概念を変える新たなコンセプト「フラットフォーマー」の衝撃
そのテクノロジーや先進性にも感銘を受けたんですが、動画で掲げられたミッションとビジョン「Transporting Every Happiness」が印象的でした。
下:東京モーターショーの時には、ハピネスを表すテーマとしてひまわりを使いました。物の移動や空間の制限が自由になるということは、その街に住む人々に笑顔をもたらすものだと思い、ひまわりをモチーフにしました。
中でも一番のコンセプトは、バスでもトラックでも、車一台が「固定されたもの」であるという概念を変えるべきだということです。それぞれの車で運ぶものが決まっていて、用途に応じて必要な台数が変わっていく。この固定化された当たり前を変えていきたいという思いです。
今までは場所や概念が固定されていたものが、移動できることによって様々な価値を提供できると考えています。それらの取り組みが、きっと最後は住む人の笑顔、幸せにつながると考えています。
田中:では動画とともに下社長の解説をお願いします。
自動車業界の新潮流「CASE」に日野自動車が仕掛ける大勝負。自動運転商用EVプラットフォームを通じて描くビジョンとは。
製造・販売のみからの脱却。物流業界が垂直で協同していくために
下:普通、モーターショーでトラックメーカーのブースはそれほど評判にならないのですが、今回はお陰様で多くのメディアで取り上げていただきました。ハードそのものにも特徴はありますが、ハードを売りにするのではなく、エンドユーザーへの価値提供に注目して設計をしています。
田中:もともと中期経営計画の中にも、トラックやバスを製造し販売するだけではなく、自分たちでオペレーションにも力を入れていくという話がありました。「フラットフォーマー」の世界では自社でオペレーションにも取り組んでいくのでしょうか。
下:自分たちでやるというよりは、私たちのお客様であるトラック事業者様、バス事業者様のサポートをしたいという思いがあります。だからこそ、我々自身が経験してみて、本当に困られている具体的な課題と、私たちが解決すべきことを把握しようと思います。
BtoBのビジネスは、ただ最新技術を提供すればいいというものでなく、お客様が何を求めているかを現場に入って一緒に悩み、解決策を見出しながら進めていくものだと思います。特に今は複雑な課題が多く、最初から100点は取れないと思うんです。でも、課題に対して10点でも20点でも改善を積み重ねていくことによってお客様と信頼関係ができていく。その中でいろいろな解決策を生み出していきたいです。
田中:事業者様と共に解決していくということですね。
下:はい、日本の自動車業界・物流業界に様々な課題がある中で、対立をしている余裕はないと思うのです。みんなが一緒になって、今起きている課題に、同じ目線で同じテーブルにつくことが大切だと思います。
「フラットフォーマー」でCASEをどう実現するか
まずCの「Connect・繋がる」ですが、「フラットフォーマー」によって色々な人と人、物と物、企業と企業が繋がると思います。改めて何と何を繋げていくのでしょうか。
下:私たちの直接的なお客様はトラック事業者様やバス事業者様ですが、その先には本当にそのサービスを必要としている、そこに住む方、生活者がいらっしゃる。一人ひとりの思いと、我々メーカー、一緒にサービスに取り組むパートナー、すべてが繋がることが一番大きなポイントだと思います。
田中:CASEのAは「Autonomous・自動化」ということで、前半では物流の全て、AtoZを効率化すると話がありました。何のために自動化するのかが重要だと思うのですが 、自動化を推進される目的を伺えますか。
下:労働人口の減少によって、すべての業務を人に頼ることができなくなることが一番大きな理由です。自動化により効率が良くなる、品質が均一になるというメリットもあると思います。
ただビジネスとして取り組むわけですから、コストパフォーマンスの良い仕組みづくりができるかを考えながら推進していく必要もあると思います。
田中:CASEのS「Sharing・シェアリング」について、「フラットフォーマー」は一つのものを一社が使うのではなく、色々な業種間や事業間でシェアリングする仕組みですよね。
下:はい、出来上がった車を、用途に応じてシェアするのではなく、様々な用途に対してフラットフォーマーを利用できるという仕組みは今までにはなかったコンセプトだと思います。
もう一つは、街という機能においてAtoZの全てに取り組むことです。街を24時間で流れを見たときに、移動が必要なものは、時間帯によって違います。朝であれば、新聞配達の人もいれば、通勤・通学、ゴミ収集もあり、移動販売車も必要です。その時間帯に応じてサービス、移動を使う方々を、一つのフラットフォーマーが最大効率で貢献できるという未来の姿は、想像しただけでも楽しくなります。
田中:そういう意味で、日野自動車は自動車メーカーであるものの、色々な課題解決、価値提供をしていくのですね。
下:コンセプトを実現するのは大変な部分もありますが、一番大事なのは「世の中に貢献していく」という思いを消さないことですね。変化していくことを恐れない、そういう思いの集合体の企業になれば、おそらく10年後もその先も、世の中に必要とされる企業であり続けることができると思います。
田中:変化という意味では、トラック・バスが、形がないものにトランスフォーメーションし、その先に行き着いたのが「フラットフォーマー」ということですね。
下:おっしゃる通りです。
クリーンエネルギー銘柄としてのテスラ躍進の影響
下:日本の一年間の物流を、トンキロベース(1トンの物を1km運ぶのを1トンキロとする)で言うと、4000億トンキロほどの総量だと言われています。そのうち半分以上をトラックが担っています。距離が長いと船もありますし、従前から環境問題に対してモーダルシフト(トラックによる輸送を、地球に優しく、大量輸送が可能な海運または鉄道に転換すること)をもっと進めるべきだという話がありますが、利便性を考えた結果、実はこのモーダルシフトがまだ進んでおらず、トラックが担うものが大変多い状況です。
先ほどの指標からキロを外してトンベースで実際に運んでいる荷物の重さの割合で考えると、90%以上を担っているのがトラックです。だからこそトラックのCO2問題には、真正面から取り組まなくてはいけません。
その中でも排出量が多いのは、長距離を移動する大型トラックです。我々は、大型トラックに対して、現実的なソリューションとして、電気とディーゼルエンジンとのハイブリッド商品を提供しています。ハイブリッドはディーゼルエンジンのみと比べて燃費が15%ぐらい良いのですが、荷物をたくさん積んでいる方が減速時にエネルギーの回収が多いので、積んでる量が少ないとその効果は減ります。そうすると、軽い荷物しか積まないお客様にはこの商品はなかなかお勧めできないとなりますが、我々が NEXT Logistics Japanでやっているような、物流全体の効率を上げていけば、最大効率の中でトラックが稼働するようになり、私達が今提供しているハイブリッド技術はもっと生きてくると考えています。
ですから、技術だけではなく、社会システムとセットにすることによって、もっと技術を生かすことができるはずです。当然その先には、完全バッテリーEVや、先日トヨタと共同で発表した、大型トラックの燃料電池など、あらゆることにチャレンジをしていく必要があり、そうしなければ環境問題に対応できないと考えています。メーカーにとって、安全と環境は最大の使命です。
田中:環境という面では、8月下旬に、テスラの時価総額がトヨタを超え、それから二十日くらいで、全ての自動車メーカー合計の時価総額をテスラ一社が超えました。
これは衝撃的なニュースでした。株式市場の文脈では、日野自動車含めて日本の自動車メーカーは旧来型の自動車メーカーで、テスラは自動車メーカーというよりはクリーンエネルギーのエコシステムを作っている会社という風に捉えられ方が大きく異なっています。
環境問題に対してテスラの場合は、自分たちで太陽光発電をし、それをEV車で使うというように一歩踏み込んでおり、まさに「自動車メーカー」ではないというところがフォーカスされています。
下:トラック・バスが社会インフラだという話が先ほどありましたが、私は環境問題にもっと踏み込む必要があると思います。テスラは、車を売る前に自分たちで充電設備を配備しています。こういうことをセットでやることによって、生み出したハードの車が顧客にとって一番効率的に使える状態を提供しているのが強みです。これは日本の自動車メーカー、トラック・バスを提供する日野自動車も取り組むべきことだと考えています。燃料電池トラックを作ったとしても、水素ステーションをどうするかという課題があり、民間でできることと、行政と一緒にやらなければいけないことがあります。
環境問題が地球規模で顕在化する中、企業が果たすべき役割とは
下:ハイブリッド技術がヨーロッパでも見直されたりしていますが、ロードマップの中でどういう技術で環境に対する負荷をどれだけ抑えていくのかを、明確に示すべきだと思います。
また全ての車を自動運転やEV・燃料電池にと大きく目標を掲げがちですが、そこを目指しつつ、ビジネスとして成り立つロードマップを描く必要もあると思います。
今の日本で言うと、自然災害、豪雨や巨大台風も環境問題の一つの結果だと思ってます。環境問題は、人間がこれから先も世代を超えて生きていくためには、皆で解決しなければいけない問題で、それに対してテクノロジーができることは、たくさんあります。
もちろん我々は民間企業なので、利益を得てそこから次のビジネス、技術改革に取り組み、またお客様にお戻しすることを続けていくのですが、一体何のために企業活動しているのかを、このコロナ禍の中でもう一度考えてみることが大事だと思いますね。
Transporting Every Happinessに込められた想い
下:やはり世のため人のためにだと思います。私たちが提供する商品やサービス、またその先の様々なソリューションを通じて、そこに住む人、その人たちの1日1日、一瞬一瞬の生活が、環境問題も含めて、それ以前より必ず良くなっている。そういった結果を示さなければ我々がいる意味はありません。テクノロジーも一つの手段です。我々はトラック・バスというライフラインの商品サービスを提供していますから、そこをブレずに追求したいです。
田中:そういう意味では、先ほどの話にあった東京モーターショーで発表された「 Transporting Every Happiness」というのが進化したミッションで、ミッション、ビジョンを言葉だけではなく、商品サービスの形で定義したのが、「フラットフォーマー」というわけですね。
下:そうですね。前回のモーターショーは、イベント時だけのキャッチフレーズではなく、これから先の日野自動車が目指すものを示すような言葉を選びました。今田中先生におっしゃって頂いた通り、全ての方に、移動を通してハッピーになってもらいたいです。
田中:コーポレートブランディングやミッション、ビジョン設計という視点から見ても、すごく優れていると評価しています。よくある失敗例として、主語を変えたら他の会社でも使えるものが多いのですが、この言葉には日野自動車独自の事業ドメインも埋め込まれています。
また、私はミッション、ビジョンにおいて、一人ひとりの社員が自分の自己実現上の目標になるようなものかどうかが、すごく重要だと考えています。そういう意味では、「Transporting Every Happiness」というのは、社員一人ひとりにとって、日野自動車の仕事を通じてでも、仕事してない時でも人としての目標にもなるミッションですよね。社員にとって自分の目標でもあるし、会社自体の目標でもあるということで、是非実現をしていただければと思います。
下:企業は、一人ひとりの社員の集合体なので、一人ひとりの思いがアウトプットされていくものだと思います。そういう意味で、みんなの思いを一つにしていく。どういう思いで目の前の仕事に取り組むかという点は、「変化」と繋がる部分が多いと思います。
田中:まさにこれこそ、「変化こそ唯一の永遠である」ということを表した優れたステートメントのような気がしますね。
最後にお伺いしたいのは、下社長にとってデジタルトランスフォーメーションは何のためにあり、デジタルを使って何をトランスフォームするのでしょうか。
下:一言で言うと全てです。DXなくしては、これからの企業は存続できない。それぐらいデジタルの力を先取って使っていくべきだと思います。
日野はどちらかというと世間から見ても保守的な、トラックメーカーという感じが強いと思いますが、ベースのQDR(品質・耐久性・信頼性)含め、日野が大切にしなければいけない部分を残しつつ、DXで仕事のやり方から提供する商品・サービス、お客様との繋がりから、全てをスピード感を持って変えていかないと生き残っていけません。
田中:DXを志向される経営陣の方にメッセージをお願いします。
下:私たちは、今販売しているほぼ すべてのトラック・バスの車両データを毎日のように頂いています。デジタルの強みはデータ共有が一気に進むこと、集まった様々なデータの中から、従来では考えもしなかったような新しい価値提供ができる可能性があります。デジタルは一社一社の中では進まないことも多く、壁も多いです。だからこそまずやってみようという思いを強くもつことが大事だと思います。トップ、リーダーの方の決意と覚悟をもって是非DXを進めていただきたいと思います。
田中:DXを推進するために何が必要なのかが明快に伝わったと思います。ご出演ありがとうございました。
下:本当に楽しく対談させていただきました。ありがとうございます。