国内1,860万人の不眠症患者への朗報となるか!? 「不眠障害治療用アプリ」開発の舞台裏
2022/3/29
病院で診察を受けたら、薬ではなくアプリを処方される――。近い将来、病気治療にデジタルからアプローチする動きが活発化するかもしれません。そんな未来を予見させてくれるプロダクトが、サスメド株式会社の「不眠障害治療用アプリ」です。2022年2月、同社が本アプリの製造販売承認を厚生労働省に申請したことが医療業界で大きな話題になりました。
このアプリの誕生にはどのような背景があるのか。また、アプリでは実際どのような治療が受けられるのか。ご自身も精神科医師である、代表取締役社長 上野 太郎氏にさまざまな角度からお話を伺いました。
Contents
ざっくりまとめ
- 依存リスクの高い睡眠薬の代替医療として不眠障害治療用アプリを開発。
- その他、複数のパイプラインの開発が進行中。
- 治療用アプリの開発基準は、『アンメットメディカルニーズ(いまだ治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)』に応えられるかどうか。
- サスメドは、ブロックチェーン技術や医療ビッグデータの活用でも医療業界に貢献予定。
- 目指すのは、デジタル化が遅れる医療業界において「持続可能な医療(Sustainable Medicine)」を実現すること。
依存リスクの高い睡眠薬、医療機関の負担……患者さんと医師双方の課題をアプリで解決
私自身、精神科医師として、これまで不眠症の患者さんを取り巻くさまざまな課題に直面してきました。不眠症の治療と聞くと、睡眠薬で治すイメージが強いと思うのですが、この睡眠薬は依存性が高く、国の方針としても極力処方を控えるよう通達がされています。代わって推奨されているのが、認知行動療法といわれる非薬物療法ですが、一人の患者さんに対し、1回30分以上の治療時間を毎週や隔週の頻度で費やす必要があり、現場としてはなかなか採用が難しい実情があります。その結果、処方箋を出すだけで済む睡眠薬を選択せざるをえない状況になってしまうんですね。このように、手間のかかる治療行為に医療現場は腰が引けている状態です。
こうした課題にアプローチできるのでは、と考えたのが治療用アプリです。睡眠薬を使わない治療法を医療リソースを圧迫せずに届けられれば、医療現場にとっても患者さんにとってもハッピーです。これが、第1弾である「不眠障害治療用アプリ」を開発したきっかけです。
――実際の診療では治療用アプリは具体的にどのように使用されるのでしょうか?
まずは睡眠薬を処方するように、アプリのアカウント情報(ID・パスワード)を医師が処方します。患者さんはアプリをダウンロードして、ID・パスワードを入力したら使えるようになります。インターフェースとしては、LINEのようなコミュニケーションアプリをイメージしていただくとよいでしょう。アプリには、「認知行動療法」を実装しています。これはグローバルで確立されている治療方法であり、ある程度パターン化されています。これをアルゴリズム化することで、患者さんが入力した情報に対し、チャットボットが自動的にリプライする仕組みが出来上がっています。なお、アプリから収集された患者さんのデータは医師と共有できるようになっているので、診察に来た患者さんに、この1カ月どうだったのかをつぶさにヒアリングせずとも、状況が把握できるようになっています。こうした側面からも診療の効率化、精緻化に貢献できる形になっています。
――開発にあたって苦労されたことはありますか?
治療用アプリは単なるコンシューマ向けのアプリとは違います。お預かりしているのは医療データというセンシティブな情報ですし、アプリの不具合によって患者さんの治療を止めるわけにもいきません。さらに、アプリは医師から処方された医療機器という扱いなので、患者さん以外の人が扱えないようにする必要があります。求められる品質水準はかなり高く、そういった意味ではエンジニアのチームビルディングはなかなか大変でした。しかし、採用基準には相当こだわったこともあり、よいメンバーが集まりました。SIerでシステム開発に従事していたエンジニアも多く、医療機器メーカーを名乗るにふさわしいチームメンバーを揃えている、という自負があります。
治験で見えた、アプリに対する大きな期待値
そのとおりです。医療現場で使えるようにするためには、治験を行う、エビデンスを出す、厚生労働省の承認を得るというプロセスが必要です。本アプリも治験によって有効性と安全性が確認できたので、この2月に承認申請をしているという形です。
――アプリの治験って、なかなか想像がつかないものですね。
そうですよね。治療用アプリはいままでにない医療機器なので、私たちも当初、厚生労働省側にご理解いただくための努力が必要でしたし、通常の薬とは違うので、デジタルでどのように治験をするのかは、やはり頭をひねったところでした。薬の場合、プラセボ※と比較しますが、それに準じたことをデジタルで厳密に行う必要があり、別途技術開発も要しました。
※プラセボ:臨床試験に使用する、有効成分は入っていないものの、本物の薬とは見分けがつかない、薬のようにみせたもの。
――治験に参加された方の反応はいかがでしたか?
こうした新しい治療法に関心があってご参加いただいた方が多いように感じました。ちなみに不眠の症状を抱える人は、国内におおよそ1,860万人いるといわれています。このうち、治療を受けているのは590万人です。つまり、全員が病院で診療を受けているわけではありません。「睡眠薬を飲みたくない」という理由から病院に足が向かないという患者さんは実際多くいます。アプリはこうした声と非常にフィットしていますから、大きな期待をお寄せいただいていると思います。
――その一方、医師側の期待としてはどのようなものを感じていますか?
まず、認知行動療法が推奨されていることは多くの先生がご存じです。しかし、私どものアンケートでは「睡眠薬はよくないと思いながらも処方している」「代替案がないので仕方ないと感じる」といった回答が多くあります。治療用アプリはこうした課題を解消する手立てになるということで、ご注目いただいています。
――提供開始に期待が集まるなか、ローンチはいつごろになりそうですか?
通常だと、申請から1年くらいで承認がおります。ですので、来年のいまごろには医療現場で使われているかもしれないですね。
既存の治療方法ではまだ課題が残っている疾患に「治療用アプリ」という選択肢を示したい
日本企業の直接の参入はスタートアップがメインですが、海外で販売されている治療用アプリを大手製薬メーカーが国内に導入する動きもあります。日本では2020年に「禁煙アプリ」が国内で承認された実績がありますが、世界初だったのは、2010年にアメリカで承認された糖尿病治療用アプリです。開発は欧米を中心に盛んです。いろいろな病気治療にアプリが用いられています。
――アプリでの治療に向いている病気の共通点はあるのでしょうか?
生活習慣病や行動療法的なもの、精神科的な領域は、治療用アプリが貢献できる部分が大きいと思います。ただ、一番のポイントは、既存の治療方法ではまだ課題が残っている病気です。たとえば、不眠症のように薬にリスクがあるものですね。医療業界では『アンメットメディカルニーズ』と呼ばれています。当社はこうした病気を選定の上、開発を進めています。いまある治療法が安全で、薬もずっと飲み続けられるのならそれでいいと思うのですが、そうではない病気に対する治療法として、薬をアプリに置き換えていくことは非常に意味のある取り組みだと思っています。
アナログな治験の現場に、効率化とコストダウンをもたらすブロックチェーン技術
通常の医療行為が患者さんと医師のあいだで行われるのに対し、治験は製薬メーカーがあいだに入ります。製薬メーカーに自分たちの新しい薬を普及させたい気持ちが強く働いた結果、過去には治験データを改ざんする動きが多々起きています。これを防ぐレギュレーションとして、「治験データが正しいことを示しなさい」という要件があるのですが、これをどうやって満たすのかというと、CROと呼ばれる治験業務の受託者が病院まで足を運び、病院のデータと製薬企業のデータが一致していることを一つずつ目視しているんですね。しかし、その人たちの人件費が高くて。実際、私たちも治験を行うにあたって見積もりを依頼したら億単位のものがポンッと出てきて。内訳をみると、その多くを人件費が占めています。このコストは最終的に薬の値段に上乗せされることになります。しかし、そもそもはデータの改ざんが行われていないことを証明できればよいのですから、このアナログな部分をブロックチェーンが担えれば、効率化にもコスト削減にも寄与できると考えます。
――医療機関側にもメリットはあるのでしょうか?
いま、コロナの影響で病院側は人の出入りを必要最低限にしたいと考えており、CROの病院訪問も難しくなっています。この解決策としてリモートでデータチェックを行うことも考えられるのですが、医療機関側からしたら、その都度システムを立ち上げたり、データを用意したりといった準備が大きな負担になってしまいます。一方、治験の実施内容によってはブロックチェーンを活用できれば、こうした一連の手間が一切かかりません。できるだけ医療機関に時間を取らせず、治験に協力しやすい状況を作る、というのも私たちの目指しているところです。
――三つ目の事業、医療データの活用についても聞かせてください。
当社は、医療データを機械学習で解析できるシステムを保持しており、この仕組みを使って製薬メーカーや大学病院と一緒にデータを分析し、共同研究に役立てることを始めています。具体的には、これまで蓄積してきたデータベースから特定の疾患の予後を導く、薬のデータを分析してマーケティングに活用する、さらには新しいエビデンスをデータから見つけるといったテーマに取り組んでいます。将来的には、医療業界のバリューチェーンの効率化に貢献できると考えています。
「患者さんファースト」「持続可能な医療」を合言葉に、デジタルで医療に貢献
私たちは、患者さんを第一としながら、『SUSMED(Sustainable Medicine)』の社名のとおり、持続可能な医療のあり方も追求しています。とりわけ医療業界は、効率化、デジタル化が遅れていると感じています。私自身が医療者ですので、手を動かすことが多い職業だと感じる部分がさまざまにあります。こうしたアナログな部分にデジタルの力を加えることが当たり前になる世の中を目指し、医療業界のインフラとして、医療関係者の課題解決のお手伝いをしていくことが、当社が存在する大きな意味だと思っています。これからも臨床現場で広く使っていただけるプロダクトを生み出し、医療業界に貢献し続けることが私たちの目標です。
上野 太郎
サスメド株式会社 代表取締役社長
精神医学・神経科学分野を中心とした科学業績を多数有し、臨床医として専門外来診療も継続。国立がん研究センター等との共同研究を主導。
井上研究奨励賞、武田科学振興財団医学系研究奨励、内藤記念科学奨励金・研究助成、肥後医育振興会医学研究奨励賞など受賞。
日本睡眠学会評議員、経済産業省ヘルスケアIT研究会専門委員。