立教大学ビジネススクール 田中道昭教授の熱血講義『世界最先端のデジタルシフト戦略』Vol.2 米ドラッグストア最大手「CVSヘルス」vs「Amazon Pharmacy」。米薬局DX最新事情から、日本の薬局業界は何を学ぶべきか
2021/9/16
DXの出遅れが指摘されている日本の薬局業界。その一方、アメリカでは既存の大手ドラッグストアチェーンと、薬局業界のディスラプションを目論むAmazonとの競争が激化しつつあります。薬局のみならず、医療サービスや保険サービスなども手がける業界の最大手CVSヘルスは、その強固な事業基盤を足がかりにデジタル化を武器にさらに事業を拡大。対するAmazonは新規事業「Amazon Pharmacy」でオンライン薬局事業を本格スタートしたのみならず、複雑化した医薬品サプライチェーンの仕組みそのものをターゲットに業界構造の刷新を狙っています。その熾烈な攻防から、日本の薬局業界は何を学ぶべきなのでしょうか。立教大学ビジネススクール田中道昭教授に徹底解説いただきました。
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米国最大のドラックストアチェーン、CVSヘルスの多面性
まず彼らの最大の特徴は、その巨大なリアル店舗網にあると言うことができます。2020年度アニュアルレポートによると、全米各地に約9,900軒のドラッグストアを構えるほか、地域に密着した簡易医療施設(ウォークイン・クリニック)である「MinuteClinic」を約1,100拠点、薬局機能と基礎疾患のモニタリングをはじめとしたヘルスケア機能とを併せ持つ「ヘルスハブ」を約650拠点展開しています。米国人口の85%が、CVSヘルスのいずれかのリアル拠点から10マイル以内に居住していると言うのですから、いかにそのネットワークが緊密に張り巡らされているかがわかると思います。
川上と川下をむすぶ、2つのツー・サイド・プラットフォーム
こうした基盤を固めながらCVSヘルスが目指すのは、「Transform Health(ヘルスケアの変革)」です。彼らはWebサイトでも、「ヘルスケアにおけるイノベーターであり、現代のヘルスケアに関する複雑な課題を解決するために、事業を推進していく」というメッセージを強く発信しています。もちろん、そこにはAmazonをはじめとするディスラプターへの警戒心もあるのでしょう。では彼らは、その強みを生かしながらどのようにヘルスケアを変革していくのか。ここでは2つの動向に注目しながら、その大戦略の一端に迫りたいと思います。
多角的事業を活かした広告事業参入で、ウォルマート・GAFAにも対抗
ヘルスケア領域でCPGを扱うメーカーやブランドにとっても、CVSヘルスが集積してきた顧客やデータにアクセスできることは、ターゲティングの精度を高める上で、大きなメリットです。消費者からしても、自らの嗜好に合致した広告に接触する機会が増えることは、ショッピング・エクスペリエンスの向上につながります。さらにCVSヘルスとCPGブランド、メーカーとの協業が深化し、顧客データの蓄積・分析が進めば、そこから新たなヘルスケアサービスが生まれる可能性もある。そういった点からも、cMxの高い事業ポテンシャルが伺えます。また「CVSメディア・エクスチェンジ」の取り組みは、Amazon、Google、Facebookなどが独占している小売デジタル広告市場に足場を築く取り組みであるとも言えるでしょう。
Amazonが真っ先にディスラプトを狙う薬局業界
私が今年6月に刊行した著書『世界最先端8社の大戦略「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』でもAmazon及びAmazonのヘルスケア事業について詳しく説明していますが、 Amazonは、ファーマシー事業への参入の布石として、2018年にオンライン薬局「ピルパック」を買収しています。この際には、CVSヘルス、ウォルグリーンズ、ライトエイドという大手ファーマシー企業3社の時価総額が、計約110億ドルも下落するほど、大きな影響がありました。そして2020年11月に米国でスタートしたのが、オンラインでの処方箋、医薬品の注文、購入、処方箋の管理、各種保健の登録などを可能にした「Amazon Pharmacy」です。18歳以上のAmazon会員であれば誰でも利用でき、プライム会員であれば配送料は無料。薬剤師により24時間年中無休の電話相談にも対応するほか、ピルパックの配送サービスを活用して、慢性病患者向けにクリームや錠剤、目薬、吸入器などを30日周期で自動配送するオプションサービスも提供しています。また音声認識AIである「アレクサ」では、薬の管理を支援するスキルを搭載しており、患者の処方箋に基づいて服薬のリマインダーの設定、および必要に応じて補充用の医薬品の注文も可能となっています。
ターゲットはPBM。複雑なサプライチェーンをシンプルに。
むしろこれから彼らが狙うのは、PBM企業だと考えられます。先ほどPBM企業を「橋渡し役」と紹介しましたが、これはポジティブな側面を強調したもので、顧客にとってみれば医薬品のコストを高める仲介業者に過ぎません。実際にCVSヘルスはPBM部門だけで年間1,400億ドル以上を売り上げていますが、それが本当に必要なコストなのか、プロセスの不透明性を含めて激しい批判を浴びていることも確かです。
逆にいうと、「こうした複雑化したサプライチェーンを簡易化して、エンドユーザーに利益をもたらす」という大義名分を掲げて業界のディスラプトを進めることはAmazonの十八番です。大規模な顧客基盤を抱えるAmazonであれば、製薬会社や販売会社との交渉に必要なバイイング・パワーも十分に有している。AmazonがPBM企業に取って代わって薬価を下げてくれるのなら、一般消費者だけではなく、社員の薬代の負担に悩む企業などもAmazon Pharmacyの利用に積極的になるはずです。
規制の壁に苦戦する日本の薬局業界に残された打ち手とは?
米国と比較したときに、まず見えてくるのは、日本における規制の壁の高さです。例えば日本では、ファーマシー企業は医療サービスを提供することはできません。これはあくまで一例ですが、こうした規制が適正なのか、何のための規制なのかは、ファーマシー企業が先頭に立って議論を深めていくべきだと思います。
一方で、リアルとオンラインの融合をはじめとする小売事業のDXには、いち早く取り組むべきでしょう。いずれは日本にもAmazon Pharmacyが上陸するはずです。そうした未来を見据えて、より大胆な事業変革を打ち出していく覚悟が求められています。