立教大学ビジネススクール 田中道昭教授の熱血講義『世界最先端のデジタルシフト戦略』Vol.2 米ドラッグストア最大手「CVSヘルス」vs「Amazon Pharmacy」。米薬局DX最新事情から、日本の薬局業界は何を学ぶべきか

DXの出遅れが指摘されている日本の薬局業界。その一方、アメリカでは既存の大手ドラッグストアチェーンと、薬局業界のディスラプションを目論むAmazonとの競争が激化しつつあります。薬局のみならず、医療サービスや保険サービスなども手がける業界の最大手CVSヘルスは、その強固な事業基盤を足がかりにデジタル化を武器にさらに事業を拡大。対するAmazonは新規事業「Amazon Pharmacy」でオンライン薬局事業を本格スタートしたのみならず、複雑化した医薬品サプライチェーンの仕組みそのものをターゲットに業界構造の刷新を狙っています。その熾烈な攻防から、日本の薬局業界は何を学ぶべきなのでしょうか。立教大学ビジネススクール田中道昭教授に徹底解説いただきました。

米国最大のドラックストアチェーン、CVSヘルスの多面性

CVSヘルスは米国最大のドラッグストアチェーン。米国に行ったことがある人なら、必ずと言っていいほど街角で見かけたことのあるお店ではないかと思います。その一方で、同社の経営内容や事業内容は日本ではあまり知られていないのではないかと思います。そこで今回は、CVSヘルスとはどのような企業なのかを知るところから分析を始めていきましょう。

まず彼らの最大の特徴は、その巨大なリアル店舗網にあると言うことができます。2020年度アニュアルレポートによると、全米各地に約9,900軒のドラッグストアを構えるほか、地域に密着した簡易医療施設(ウォークイン・クリニック)である「MinuteClinic」を約1,100拠点、薬局機能と基礎疾患のモニタリングをはじめとしたヘルスケア機能とを併せ持つ「ヘルスハブ」を約650拠点展開しています。米国人口の85%が、CVSヘルスのいずれかのリアル拠点から10マイル以内に居住していると言うのですから、いかにそのネットワークが緊密に張り巡らされているかがわかると思います。
同時に彼らは、米国最大手のPBM(ファーマシーベネフィットマネージメント)企業でもあります。PBMとは、米国の医薬品サプライチェーンにおいて、製薬会社、調剤薬局、保険会社、患者の間に立って薬価の調整を担う仲介業者のこと。その膨大な処方箋取扱量によるバイイング・パワーを生かして、製薬会社との価格交渉において医薬品価格を引き下げる「橋渡し役」と捉えるとわかりやすいでしょう。特に、PBMは「フォーミュラリー」と呼ばれる医薬品推奨リストを作成します。製薬会社が製造した医薬品が「フォーミュラリー」に載ることで、その医薬品には保険の適用がされることになります。そうすると、その医薬品の売上はよくなるでしょう。つまり、PBMの処方箋取扱量が多ければ多いほど、製薬会社はPBMとの価格交渉に応じざるを得ないという仕組みです。
出典元:CB Insightsを参考に作成。
さらにCVSヘルスは2018年に、医療保険大手であるエトナを買収。延べ1億500人のプランメンバーを抱える、米国を代表する医療保険サービスプロバイダーとしての側面も持っています。つまりCVSヘルスは、単なるドラッグストアチェーンではなく、医薬品の販売・仲介事業から医療サービス、医療保険までを幅広く取り扱う巨大なヘルスケア複合体なのです。
出典元:CVS Health Webサイトを参考に作成。

川上と川下をむすぶ、2つのツー・サイド・プラットフォーム

以上を踏まえると、彼らの強みが「2つのツー・サイド・プラットフォーム」を有している点にあることも見えてきます。ツー・サイド・プラットフォームとは2つの異なる集団(典型的には売り手と買い手)をつなぐビジネスモデルのこと。CVSヘルスに即して言えば、彼らはまず医薬品のサプライチェーンにおいて薬の調整を担うPBM企業でありながら、顧客と直接つながるドラッグストアチェーンの最大手でもあります。同時に医療サービスにおいては、1億人以上の会員を抱える保険会社でありながら、実際に医療を提供する簡易診療所も展開している。こうした川上と川下とをつなぐ垂直統合型のビジネスモデルを、ヘルスケア分野においていち早く実現したところに、CVSヘルスの画期性があると言えるでしょう。

こうした基盤を固めながらCVSヘルスが目指すのは、「Transform Health(ヘルスケアの変革)」です。彼らはWebサイトでも、「ヘルスケアにおけるイノベーターであり、現代のヘルスケアに関する複雑な課題を解決するために、事業を推進していく」というメッセージを強く発信しています。もちろん、そこにはAmazonをはじめとするディスラプターへの警戒心もあるのでしょう。では彼らは、その強みを生かしながらどのようにヘルスケアを変革していくのか。ここでは2つの動向に注目しながら、その大戦略の一端に迫りたいと思います。
出典元:CVS Health Webサイトを参考に作成。

多角的事業を活かした広告事業参入で、ウォルマート・GAFAにも対抗

まずはデジタルサービスの活用によるカスタマー・エクスペリエンスの向上です。すでにCVSヘルスではオンラインで医師の診療を受けられるバーチャル・ケア事業を展開してきましたが、新型コロナウイルスのパンデミックを背景に、事業のさらなる拡大が見込まれます。アプリを通じた医師や薬剤師とのコミュニケーション、遠隔でのヘルスケアモニタリングなど、顧客とのデジタル・コネクションもさらに強化されていくでしょう。さらに今後は、MinuteClinicをはじめとしたリアル拠点と、バーチャル・ケアなどのデジタルサービスの統合を進めていくことも明言しています。膨大なリアル拠点を有するCVSヘルスならではの取り組みとして、今後の展開に注目が集まります。
出典元:CVS Health Webサイトを参考に作成。
もう一つ、新たな方向性として見逃せないのが、広告事業への参入です。ここ近年の傾向として、メイシーズなど大手小売事業者のメディアネットワーク及び広告事業が拡大していますが、CVSヘルスは小売業最大手のウォルマートが立ち上げたCPG(消費財)広告主向けのデジタルプラットフォーム「Walmart Connect」に対抗するかのように、新たなアド・プラットフォーム「CVSメディア・エクスチェンジ(cMx)」をローンチしています。これにより、先に説明したCVSヘルスが持つ、約9,900軒のドラッグストア、約1,100拠点の「MinuteClinic」、約650拠点の「ヘルスハブ」など、多角的な事業展開を通じて獲得してきた顧客やそのデータを広告事業に利活用することができ、新たな収益源となるでしょう。

ヘルスケア領域でCPGを扱うメーカーやブランドにとっても、CVSヘルスが集積してきた顧客やデータにアクセスできることは、ターゲティングの精度を高める上で、大きなメリットです。消費者からしても、自らの嗜好に合致した広告に接触する機会が増えることは、ショッピング・エクスペリエンスの向上につながります。さらにCVSヘルスとCPGブランド、メーカーとの協業が深化し、顧客データの蓄積・分析が進めば、そこから新たなヘルスケアサービスが生まれる可能性もある。そういった点からも、cMxの高い事業ポテンシャルが伺えます。また「CVSメディア・エクスチェンジ」の取り組みは、Amazon、Google、Facebookなどが独占している小売デジタル広告市場に足場を築く取り組みであるとも言えるでしょう。

Amazonが真っ先にディスラプトを狙う薬局業界

CVSヘルスをはじめとした既存のファーマシー企業が新たな事業展開を模索するなか、業界そのもののディスラプトを目論むのが、ほかならぬAmazonです。米国の調査会社CB INSIGHTSは、「Amazonが次に破壊する9つの業界」の一つとして、薬局業界を真っ先にあげています。
出典元:CB Insightsを参考に作成。
その背景にあるのが、消費者が既存の薬局に対して抱いてきた不満感です。非効率で時間のかかる調剤プロセス、地域や加入保険によって変動する薬代。さらに新型コロナウイルスのパンデミックによって、そもそも薬局を訪れること自体を忌避する人々が増えています。CVSヘルスやその他大手の薬局も、地域の薬局から1~2日で医薬品を無料宅配するサービスの提供をスタートしていますが、Amazonがそのサプライチェーンをフルに活用すれば、より迅速な流通体制を築けることは想像に難くありません。

私が今年6月に刊行した著書『世界最先端8社の大戦略「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』でもAmazon及びAmazonのヘルスケア事業について詳しく説明していますが、 Amazonは、ファーマシー事業への参入の布石として、2018年にオンライン薬局「ピルパック」を買収しています。この際には、CVSヘルス、ウォルグリーンズ、ライトエイドという大手ファーマシー企業3社の時価総額が、計約110億ドルも下落するほど、大きな影響がありました。そして2020年11月に米国でスタートしたのが、オンラインでの処方箋、医薬品の注文、購入、処方箋の管理、各種保健の登録などを可能にした「Amazon Pharmacy」です。18歳以上のAmazon会員であれば誰でも利用でき、プライム会員であれば配送料は無料。薬剤師により24時間年中無休の電話相談にも対応するほか、ピルパックの配送サービスを活用して、慢性病患者向けにクリームや錠剤、目薬、吸入器などを30日周期で自動配送するオプションサービスも提供しています。また音声認識AIである「アレクサ」では、薬の管理を支援するスキルを搭載しており、患者の処方箋に基づいて服薬のリマインダーの設定、および必要に応じて補充用の医薬品の注文も可能となっています。

ターゲットはPBM。複雑なサプライチェーンをシンプルに。

Amazonが有する巨大な配送センター網や、傘下のリアル小売店舗「ホールフーズ」などを活用すれば、さらに安価かつ迅速に医薬品を届けることも不可能ではないはずです。しかし、Amazonの野望は、そうしたラストワンマイルの強みを生かして、既存のドラッグストアチェーンを押し出すことに留まりません。

むしろこれから彼らが狙うのは、PBM企業だと考えられます。先ほどPBM企業を「橋渡し役」と紹介しましたが、これはポジティブな側面を強調したもので、顧客にとってみれば医薬品のコストを高める仲介業者に過ぎません。実際にCVSヘルスはPBM部門だけで年間1,400億ドル以上を売り上げていますが、それが本当に必要なコストなのか、プロセスの不透明性を含めて激しい批判を浴びていることも確かです。

逆にいうと、「こうした複雑化したサプライチェーンを簡易化して、エンドユーザーに利益をもたらす」という大義名分を掲げて業界のディスラプトを進めることはAmazonの十八番です。大規模な顧客基盤を抱えるAmazonであれば、製薬会社や販売会社との交渉に必要なバイイング・パワーも十分に有している。AmazonがPBM企業に取って代わって薬価を下げてくれるのなら、一般消費者だけではなく、社員の薬代の負担に悩む企業などもAmazon Pharmacyの利用に積極的になるはずです。

規制の壁に苦戦する日本の薬局業界に残された打ち手とは?

もう一つAmazonの巧みさをあげるのなら、彼らは社員向けのヘルスケア業務を何年も前から手がけてきたという点です。つまり、AWSやAmazon Payがそうであったように、Amazon Pharmacyもまた自社業務を外部向けに展開した事業なのです。極めてAmazon的な事業展開だと言えます。
出典元:『世界最先端8社の大戦略「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(田中 道昭著)
もちろんCVSヘルスをはじめとする既存のファーマシー企業も、ただ手をこまねいているわけではありません。先述したようなDX戦略によって、なんとかAmazonのディスラプトに対抗しようとしている。では、こうした米国での激しい攻防から、日本の薬局業界は何を学ぶべきなのでしょうか。

米国と比較したときに、まず見えてくるのは、日本における規制の壁の高さです。例えば日本では、ファーマシー企業は医療サービスを提供することはできません。これはあくまで一例ですが、こうした規制が適正なのか、何のための規制なのかは、ファーマシー企業が先頭に立って議論を深めていくべきだと思います。

一方で、リアルとオンラインの融合をはじめとする小売事業のDXには、いち早く取り組むべきでしょう。いずれは日本にもAmazon Pharmacyが上陸するはずです。そうした未来を見据えて、より大胆な事業変革を打ち出していく覚悟が求められています。

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