AI活用

リアル店舗の逆襲。日本の小売・流通業界の生存戦略とは

Amazonをはじめとする、アメリカのデジタルネイティブ企業によって様変わりする小売・流通業界。そんな中、アメリカではウォルマートがDXに注力し、コロナ禍においてもリアル店舗を活かした戦略で成長を遂げています。一方で、日本の小売・流通業界はどのように変化しているのでしょうか。
小売・流通業界にとってDXは、競争戦略ではなく生存戦略——。そんな危機感を滲ませるのは、リテールテック分野におけるDXをリードしてきた一般社団法人 リテールAI研究会の代表理事、田中 雄策氏だ。日本の小売・流通業界が抱える特有の課題とは何なのか。また今後、どのような変革を仕掛けていくのか。そしてリアル店舗は今後、どのように変わっていくのか。同研究会のテクニカルアドバイザーを務める今村 修一郎氏にもご同席いただき、お話を伺いました。

ざっくりまとめ

- 業界全体のDXを進めるには、経営者のリテラシー向上と企業間のデータ共有が必須。

- 業界共通商品マスタをオープンソースで提供することで、データの標準化を。

- 技術的にはリアルタイムかつ1on1での商品レコメンドも可能に。

- 店舗を広告メディアや物流の拠点に。リアルとECの融合で、購入体験を最適化。

AIは「未来の話(競争戦略)」から「生存戦略そのもの」に変化

——リテールAI研究会の設立は2017年と伺いました。そこから4年間で、小売・流通業界のDXを取り巻く状況には、どのような変化がありましたか?

田中:4年前の時点では、小売・流通業界にとってDXは競争戦略でした。Amazon Goの登場によって、リテールAIという分野に注目は集まっていましたが、それはまだどこか「未来」の話だった(一部流通では競争戦略として捉えられていた)わけです。けれど実際には、その未来は想像以上のスピードで現実のものになってしまった。言うまでもなく、この流れを加速させたのは新型コロナウイルスのパンデミックです。結果的に、今やDXは小売・流通業の「生存戦略」になっているといっても過言ではありません。

そもそもの大前提として、小売・流通業というのは、利益率の低いビジネスモデルです。その上、今後は少子高齢化の進行によって国内市場は確実にシュリンクしていくわけです。一方で、労働人口も減少するわけだから、人件費は高騰してしまう。こうした厳しい状況のなかで生き残っていくには、さまざまなIT技術を活用した効率化とDXを通じたデータの利活用が必要不可欠です。

——実際に小売・流通業界のDXは進んでいるのでしょうか?

田中:企業によって進捗に差はありますが、全体的には、まだまだ道半ばだと感じています。経営者の皆さまのDXに対する理解度も、いまだ十分とは言えません。やはりどうしても「ツール」に目がいってしまい、「それで何をするのか」という観点が抜け落ちてしまう。DXもAIも、あくまで手段です。私たちとしても、勉強会などを通じて、まずはそこをしっかりと理解していただくことを大切にしています。

一方で、小売・流通業の場合は、一社だけでDXを進めても、大きな成果を挙げづらいという構造的な問題も抱えています。一つの製品が売り場に並ぶまでにも、メーカーから卸、小売、物流までさまざまな企業がそこに関与していますからね。エコシステム全体のなかでデータ共有を進めていかなければ、真の意味でのDXは実現できません。ところが、この「企業間でのデータ共有」こそが、これまで非常に大きなボトルネックになっていたんです。

世界初! 業界共通商品マスタをオープンソースで

——なぜ企業間のデータ共有が進んでこなかったのでしょうか?

今村:とにかく日本の小売・流通業界は、事業者数が多いんです。例えば、食品メーカーに絞っても、統計上は3.5万社もある。JANコード(商品識別コード)を取得している企業となると10万社を超えると言われています。人口あたりの小売店の数も、アメリカの4倍はあるそうです。ここに卸や物流も関わってくるわけですから、とてつもない数のプレイヤーがひしめいているわけです。しかも、マーケットを独占するような巨大なプレイヤーも存在しません。小売業者では最大規模のAEONグループでさえ、マーケットシェアは7%程度。そのため業界全体で「データを標準化しよう」という動きが、どうしても生まれづらかった。

ただ、これを放置したままでは、いつまで経っても業界全体のDXが進みません。そこで私たちが開発を進めているのが、 業界共通商品マスタ「J-MORA」です。具体的には、プロジェクトに参画していただいた企業からマスタデータを提供していただき、それを元にしたデータベースの構築に取り組んでいます。現時点で参画企業は200社ほどですが、1年以内にこれを1,000社まで伸ばしていきたい。来年には、オープンソースでシステムの提供を開始したいと考えています。

——業界共通商品マスタがオープンソース化されることで、業界にどのような変化が生まれそうでしょうか?

今村:まずは業務の効率化です。他社のデータを使用する際に、データを変換する必要がなくなりますからね。マスタデータが共通化されれば、必然的に分析ツールの共通化も進むはずです。そうなればベンダーの開発コストも抑えられるため、汎用性の高いツールがより安価で手に入れられるようになる可能性が高い。スタートアップ企業のリテールテックへの参入も活発化するでしょう。

とはいえ、実際に「J-MORA」によってどのような変化が起きるのかは、未知数な部分も大きくて。オープンソースの共通商品マスタという試み自体が、世界的にも類を見ないものだからです。いずれにしても、まずはオープンソース化することで、より多くの企業に「J-MORA」を利用してほしい。それを呼び水として、小売・流通業界の課題を解決するイノベーティブなソリューションが生まれることを期待しています。

リアル店舗とECの融合が、購入体験を最適化する

——リテールテックの分野で、ほかに注目すべき技術や動向があれば教えてください。

今村:商品のレコメンド技術は、一気に進化していくはずです。最近、購入者自身がスマホで商品をスキャンする「レジゴー」や、ショッピングカートにバーコードリーダーが搭載された「スマートカート」など、レジでの待ち時間を短縮するためのサービスが普及しつつありますよね。これによって従来のPOSシステムでは取得できなかった、「購入者がどの順番で商品を手にしたのか」というデータが得られるようになった。

加えて今年に入って、データを分析するAIの側にも大きなブレイクスルーがありました。自然言語処理を応用することで、購入者の行動データから、次に手に取る商品を予測できるようになったのです。このAIをレジゴーやスマートカートと組み合わせれば、「次はきっとこれを買うだろう」と予測した商品のクーポンをスマホに表示させる、なんてこともできるでしょう。つまり、ECサイトで当たり前のように行われているリアルタイムかつ1on1のレコメンドが、リアル店舗でも可能になりつつあるのです。Amazonが20年かけて2兆円規模になったスピードの10倍ぐらいの速度で、オフライン店舗のオンライン化が進んでいます。

田中:リアル店舗のメディア化も、リテールテックの今後を語る上では外せないトピックです。今村さんが述べてくれたレコメンド技術は、そのままデジタルサイネージにも活用できるわけですから。広告メディアとしてのリアル店舗の存在感は、今後ますます高まるでしょう。将来的にはデジタルサイネージを広告枠として売買するようなビジネスモデルも可能になるはず。日本の広告費は6兆円とも言われていますから、これを何割かでも引っ張ってくることができれば、新たな収益の柱になるはずです。

ほかにもリアル店舗の活用方法はもっと検討されるべきです。アメリカなどで、すでに始まっているように、リアル店舗を倉庫として用いる事例も増えてくるはずです。もはやリアル店舗を増やせば増やすほど収益が上がるというチェーンストア理論は過去のもの。これからは今あるリアル店舗とECをいかに融合して、ユーザーの購入体験を最適化していくかが問われる時代になるはずです。

今村:同感ですね。コンビニやスーパーなどのリアル店舗は、新たな物流ネットワークの拠点としても機能するはずです。そうなればAmazonのように巨大な物流センターを設けなくても、効率的にユーザーへと商品を届けることができる。そうした新たな物流網を管理する上でも、やはりエコシステム全体でのデータの共有は欠かせません。「J-MORA」のような業界全体を巻き込むプロジェクトを積極的にリードし、リテールテックを加速することが、これからも変わらない私たちの使命です。
田中 雄策
一般社団法人 リテールAI研究会 代表理事

1955年9月生まれ。早稲田大学商学部卒。株式会社電通で六本木の東京ミッドタウン、日本橋、豊洲などの複合開発を手がける。2016年起業を経て2017年5月一般社団法人リテールAI研究会を立ち上げ代表理事に就任、今に至る。
今村 修一郎
一般社団法人 リテールAI研究会 テクニカルアドバイザー

マイクロソフト認定システムエンジニアの資格を日本最年少の16歳で取得。慶応義塾大学卒業後、P&Gジャパンに入社し、ビックデータ分析や機械学習関連の開発に従事。ディレクターとして日本のデータサイエンス部門を統括。P&Gと並行して、2017年よりリテールAI研究会に参画する。現在は今村商事代表取締役として、IT技術を駆使した小売・流通業界の改革に取り組む。

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