コロナ禍で需要拡大。受診難民をつくらない! 医療が抱える社会課題をDXで解決する時間外救急窓口「ファストドクター」

2021年7月頃から広がりを見せ始めた、新型コロナウイルス感染拡大の第5波。入院が必要とされる患者でも受け入れ先が見つからず、首都圏を中心に多くの患者が自宅で入院待機となっていた状況はまだ記憶に新しいのではないでしょうか。この時期に多くの自治体と連携し、自宅療養者のサポートを行っていたのが、時間外救急の総合プラットフォームである「ファストドクター」です。

今回は、ファストドクター株式会社 代表取締役 水野 敬志氏に、2016年の創業から5年、日本最大の時間外救急プラットフォームへと成長を遂げた同社のなりたちとビジネスモデル、さらにはコロナ禍で見えてきた、来るべき超高齢化社会に向けたファストドクターのありかたまで、存分に語っていただきました。

ざっくりまとめ

- ファストドクターは、救急電話相談から往診までワンストップのサービスを展開。

- 救急医療を支えるシステムは、スタートアップならではの柔軟な発想で構築。

- コロナ禍で予見した2040年の多死社会。水野氏は「地域医療連携の必要性を痛感した」と語る。

- 「ファストドクターがあって当たり前」の、安心な世の中をつくりたい。

不要不急な救急車の出動抑止に寄与。医師による救急往診サービス

―まずは、具体的なサービス内容をお聞かせください。

私たちは『時間外救急の総合プラットフォーム』として、夜間や休日など病院へのアクセスが難しくなる時間帯における救急相談事業を行っています。患者さんの「自分はどこを受診したらよいのか」「そもそも受診すべきなのか」という不安や迷いに対し、次に取るべき適切な行動をご案内しています。

「#7119」に代表されるとおり、救急相談窓口はさまざまあるものの、いざ受診が必要となったら、救急車を呼ぶ、自力で救急病院に行く、もしくは痛みや不安を我慢して翌日に受診するくらいしか、これまでは選択肢がありませんでした。こうしたなか、救急車の出動回数は年々増加しており、社会問題と化しています。利用者の60%は65歳以上の高齢者です。背景には世帯構造の変化があります。現在、高齢者の半分以上が、独居あるいは高齢の夫婦のみという住まい方になっています。すると、夜間に救急病院に行きたくとも車の運転ができない、公共交通が動いていない、子どもが遠方に住んでいて頼れないなどの理由から自力では行くことができず、結果、救急車に頼らざるをえないのが実情です。救急車の利用に関し、国は「適正に利用しましょう」と呼びかけてはいますが、「適正」とは結局のところ「自己判断」です。その判断が個々で異なるがゆえ、自分は救急車で運ばれるべき状態なのか分からず、誰もが相談先を必要としています。さらには、救急車の適正な利用を促すのなら、それに代わる新たな選択肢が必要です。

こうした社会課題に対するソリューションとして、ファストドクターは医師が患者さんのご自宅に赴く救急往診事業も展開しています。ただし、私たちは株式会社なので医療行為は行えません。当社では、救急往診に対応してくださる医療機関を募り、そこの医師と救急往診を必要とする患者さんをおつなぎしています。現在、全国75のクリニックと連携しており、各クリニックに非常勤医師という形で医師を集めています。往診要請があった場合には、ファストドクターが開発したシステムを使って、看護師と医師で緊急性を判断するトリアージを行い、対応するスキルを持った医師のうち最も早く到着できる医師をマッチングします。診療後は、看護師が患者さんに対するフォローアップを行います。こういった連続的な診療体験を患者さんにとっても医師にとってもシームレスにつなぐためにデジタル化を進めています。

サービスの要を担う医療人と彼らを支えるシステム

―救急相談事業を担う医師や看護師は御社にとって重要な存在ですが、稼働はビジネスアワー以降になります。人材を集めるのは大変ではないですか?

実は苦労しています。ただ、私たちはその課題をデジタル化である程度解決しようとしています。メディカルコールセンターという名称ではあるものの、100%在宅のクラウド型コールセンターを稼働させています。この体制にしたのは、ご指摘のとおり人員確保がままならないからです。夜は電車が止まるので、働く側は車がないと通勤できません。雇う側も労務管理を行う社員の配置が必要になり、双方の負担が大きいんですよね。創業時からこの形でしたが、結果、コロナ禍で奏功することになりました。

市中感染が蔓延した第5波では、医療がひっ迫して看護師が足りないことがニュースになりましたが、当社も当時、コールセンターの増強を図っていました。求人会社に「看護師を100名雇いたい」と相談したところ、担当者からは「アクティブに就職活動をしている看護師は、全国に2,000名しかいません。そこから100名を採用したいなんて、どう考えても無理です」と言われたんです。でも、ふたを開けてみたら一週間で300名の応募がありました。ご家庭の都合で引退された方が多く、「お子さんが寝静まったあとに働くことができる」「在宅なので通勤時間がかからない」「3時間だけの時短勤務も可」――こうした条件がそろったことによって、たくさんの方が手を挙げてくださったのです。これはリモートの恩恵です。おかげで、コロナ禍で急激に増大した需要に対応できました。

なお、救急相談は高齢者の利用が多く、現状7割を電話が占めています。アプリやLINE、Webからの流入をもっと増やしたいと思うものの、ユニバーサルの視点は外せません。いまはいかにデジタル化を図るのか、模索している段階です。

―一方、医師はどういった方が多いのでしょうか?

現在、登録いただいている医師は1,450名(2022年1月現在)。大学病院にお勤めの方が中心です。どの先生もやりがいを持って働いてくださっています。ファストドクターの患者さんは、いわば急患です。しかも、治療は患者さん宅で行うため、大学病院のような万全な設備はありません。こうした条件下で自分の経験とスキルを頼りに、治療にあたっていただくのですが、先生方は「初期研修を思い出す」「自分の総合力を試されている」と捉え、命を救うことに大きな意義を感じてくださっているようです。

ちなみに、ファストドクターでは医師に対する教育体制やエンゲージメントづくりにも力を入れています。具体的には患者さんにアンケートをお願いしています。Uber Eatsの5段階評価のようなもので回収率は80%ほど。一般のサービスなら、なんてことない取り組みですが、患者さんが医師を評価するシステムは、これまで存在しなかったものです。私たちも当初、「医療のプロを、医療の素人である患者さんが評価するなんて気が引けるのでは」と悩んだのですが、むしろ医師にとっては患者さんからの評価を得るよい機会であり、ファストドクターに勤めるメリットになっていることが分かりました。実際、「自分がどうコミュニケーションを取ったら患者さんの満足につながるのか知りたい。ネガティブな意見も含めて、すべての評価を共有してほしい」とおっしゃる先生もいます。これは私たちにとってもうれしい反応です。なお、患者さんからは平均4.8の評価をいただいています。

コロナ禍で見えた、救急医療インフラになるための次の一手

―続いてコロナ禍前後の動きをお聞きします。利用傾向に変化はありましたか?

利用者層の傾向は変わりませんが、チャネルは大きく変化しています。これまでの個人からの救急相談に加え、自治体や地域のクリニックから「私たちに代わって診察をお願いしたい」という要請が入るようになりました。地域のクリニックには外来診療があり、かつコロナ感染の疑いのある患者さんの診察には二次感染のリスクがともないます。患者さんも自宅から出られない状況のなか、初診の患者さんを機動的に往診やオンライン診療ができるオペレーションを持つファストドクターに白羽の矢が立ったのです。やがて東京都や大阪府といった自治体からの要請を受けるまでになりました。

―自治体との連携にあたって、どのような声が聞こえていますか?

「継続的にバックアップ体制を敷いてほしい」と打診をいただいています。各自治体のリソースでは余る需要をファストドクターが請け負うことを期待されています。というのも、自治体のコロナへの対応は、大きな施設を借り上げ、そこに病床をつくり、医療スタッフを確保する――というものなんですよね。これって“箱”を用意することなので固定費がものすごくかかるんです。一方、ファストドクターはほとんどが変動リソースです。箱を抱えなくて済むビジネスモデルなので、患者さんが増えれば医師の稼働も増やしますが、落ち着いているときは必要な分だけ稼働させるので、余分な費用がかかりません。私たちの機動性もさることながら、効率よく利用できることへの評価もまた大きいと感じます。

―ところで、昨年の資金調達は大きな話題になりました。資金はどのように活用されるのでしょうか?

主には地域の医療機関や行政とのアライアンスを進める人材の獲得、特に迅速かつ高品質な情報共有システムの構築に活用したいと考えています。

私たちは、地域や行政と連携しないことには本当のインフラにはなれないことを、コロナ禍で痛感しました。救急の現場にあるのは、患者さんが申告した情報のみです。ここにカルテをはじめとする患者さんのデータが介在すれば、適切な診察につながります。さらには、私たちが診療した情報を救急病院やかかりつけ医とスムーズに共有し、以降の治療に活かしてもらえるなら、患者さんにより質の高い医療を提供できますし、医師の負担を下げることにもなります。これらを実現できるシステムの構築を目指していきます。

―調達先には、NTTドコモグループ、KDDIグループが含まれています。各社のリソースの活用も視野にあるのでしょうか?

もちろんです。通信会社さんがお持ちのネットワークを活用し、患者さんの情報をやりとりすることを考えています。さらには、ファストドクターを安心して利用できるよい存在として認知していただくために、両社の数千万人に及ぶ会員基盤をはじめ、「ドコモショップ」「auショップ」といった対面チャネルの活用も視野に入れています。

―いまのお話を伺っていると、医療は防災などと同じ目線で考える必要性を改めて感じます。

今回の資金調達はまさに、“誰もがアクセス可能な救急医療インフラの構築”の実現にこだわり、連携先を模索しました。競合関係にあたるNTTドコモさん、KDDIさん双方からの出資は、かなり珍しいケースのようですが、それほど世の中に必要とされていることの現れと感じます。両社ともデジタルヘルスケア領域に注力されていますので、私たちが価値を発揮することでシナジーを生み出していきたいです。

ファストドクターが「あって当たり前」「あるから安心」の世界に

―今後、「時間外救急のDX」をどのように加速させていくのでしょうか?

地域医療連携メンバーの一員としてファストドクターがどう貢献していくのかは、今後まさに重要な部分です。もともと私たちは「2040年問題」を意識したメッセージを発信していました。2040年は、日本で死亡数がピークになるといわれる年にあたります。その一方、日本は病床を減らす政策をとっています。それによってベッド数が足りず、コロナ患者さんの受け入れに相当苦労することになりました。自宅療養をしていた多くの方が取り残され、お亡くなりにもなりましたよね。在宅医が圧倒的に不足している現状が浮き彫りになったのです。

今後、高齢者を中心に救急往診の需要が広がることを踏まえ、十分な供給体制を敷くことをしっかり考えたいと思っています。2024年には「医師の時間外労働上限規制」が適用になります。需要は増えるものの供給は絞られるとなると、取るべき策は生産性向上の一択です。その上で質の高い医療を提供するためにはデジタルの力が不可欠です。医師が治療に専念できる環境を熟考し、リアルをデジタルへと変え、支援することが肝になるでしょう。たとえば、紹介状です。患者さんが救急病院やかかりつけ医に診てもらう際に必要な書類ですが、現状、紙でのやり取りでハンコも必要です。しかも、書くことは電子カルテに入力したものと同じ内容です。先生方はこれを10分かけて書くのですが、このアナログな作業中は患者さんの状態を一切見れず、非常にもったいない時間です。ここをデジタル化して患者さんに向き合う時間をどうつくり出すのかは、ファストドクターが生み出すべき価値の一つと考えます。言うは易く行うは難しですが、こうしたDXの積み重ねによって現在1診察あたり移動も含めて平均70分かかっている診療時間を、45分、30分と短縮していくことが、ファストドクターの使命であり、チャレンジであると思っています。

―最後に、ファストドクターが目指す世界を教えてください。

救急車はすでに当たり前の存在ですが、日本で最初に配備されたのは昭和8年のこと。まだ90年の歴史です。そして現在、私たちファストドクターはまだまだ新参者で、多くの人が未体験の状況です。けれども、救急車に乗ったことがある人もまた、実際は少ないと思うんですよね。とはいえ、「万が一の場合には救急車がある」と知っているだけで安心感があります。ファストドクターが目指す先も同じです。たとえ使ったことがなくとも「ファストドクターがあって当たり前」「あるから安心」という世の中にしていきたいですね。

我が家の子どもたちはまだ小さいのですが、成人する20年後に「お父さんの若いころは、救急往診ってなかったの? だったら、どうしていたの? みんな救急車に乗っていたの?」といったように、驚かれる未来をつくりたいですね。日本に何らかの文化を残したい。そんな想いのもと、引き続き頑張っていきます。

水野 敬志

ファストドクター株式会社 代表取締役

愛媛県出身。京都大学大学院農学研究科修了後、外資系コンサルティングファームのBooz&Company(現PwC Strategy&)、楽天株式会社にて戦略および組織マネジメントの経験を積む。2017年よりファストドクターを含む複数ベンチャーを支援、2018年からファストドクター株式会社の代表取締役に就任。

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