生成AIの台頭で注目。現場の自動化・生産性向上の立役者「エッジAI」とは何か
2023/9/26
クラウド環境と異なり、ユーザーが利用する端末の近くにサーバーを設置してデータ処理を行う「エッジコンピューティング」。このエッジコンピューティングとAIを組み合わせた「エッジAI」は、タイムラグを抑え通信料が発生しないため中小企業でも導入しやすいというメリットを持ち、にわかに注目されている新技術です。エッジAIが浸透することで社会はどう変わっていくのか。エッジコンピューティング環境での開発や運用を手がけるラトナ株式会社の代表取締役であり、一般社団法人生成AI活用普及協会の協議員を務める大田和 響子氏へのインタビューを通じて、あらためてエッジAIとは何なのか、生成AIのビジネス活用にどのような影響を与えうるのかに迫ります。
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通信料の発生を抑え、大幅なコストダウンを可能にしたエッジAI
オンプレミス(※)のサーバーをコンパクトにしたものと考えていただければ分かりやすいかと思います。サーバールームにあるような巨大なものではなく、パソコンなどの端末付近にコンパクトなサーバーを設置してネットワークを構築するのがエッジコンピューティングです。クラウドはその名のとおり雲の上にあるイメージですが、エッジコンピューティングはもっと身近に設置したサーバーでデータを処理します。
エッジコンピューティングを手軽に実現できる「ラズベリーパイ」という数千円のボードコンピュータがあります。AIを搭載すればこれ一つでカメラを動かし人を検知して、人数をカウントすることができます。コロナ禍において温泉の混雑状況を確認できるシステムが導入されている施設が多くなりましたが、そういったこともエッジコンピューティングを使った技術のひとつです。
技術的には異なりますが、イメージとして近いのはBluetoothやiPhoneのAirdropの通信挙動すね。一定の距離でしか使えないけれど、データ通信料はゼロ。そのエッジコンピューティング上に搭載したAIをエッジAIと呼びます。
※ オンプレミス:ハードウェアやソフトウェア、システムを自社内で用意すること。
――従来のクラウドと比べてエッジコンピューティング、エッジAIにはどのようなメリットがあるのでしょうか?
まず、タイムラグがほとんど発生しない点ですね。自動運転などは瞬時の判断が必要なので、エッジAIの即時性が活きるでしょう。カメラによる人流の解析や工場の検品システムなど、スピードが求められる作業には非常に向いています。工場のような外部のネットワークと遮断された環境でも、エッジコンピューティングは問題なく作動します。
また、クラウド上でAIを動かすと通信料が膨大になるので費用が嵩んでしまいます。現状、大手のクラウドサービスであるAmazonのAWS、GoogleのGCP(Google Cloud Platform)、マイクロソフトのAzureなどは優れたサービスを提供している一方で、従量課金により費用対効果が合わない場合がある、とお客様から課題感を聞くこともあります。もし利用料金が値上げされることがあれば、維持することが困難になるリスクもあるわけです。
AIは精度を高くしようとすればするほど通信料が膨れ上がりますが、エッジAIであれば通信料が発生しないので、大量トランザクションありきのシステムやアプリケーションこそ、大幅なコストダウンが可能となります。今後、AIが普及すれば確実に料金問題が障壁となるので、解決策としてのエッジコンピューティングに期待しています。
生成AIがロボットに指令を出す未来
現状、ChatGPTなどの生成AIはテキストベースですが、そこから一歩進んで物理世界にまで進出したら面白いと考えています。例えば、会議室において、その会議が始まったことをAIが検知して自動的にロボットに指示を出し、適切なタイミングでお客様にお茶が提供される。人間が何かインプットをしなくても、AIが自動的に行動してくれる状況ですね。それが可能になれば、様々な労働人口の減少と少子高齢化による場面において、例えば介護の現場なども大きな改革が進むでしょう。普段から体調のデータを記録し、データから不測の事態をAIが予測して警告のブザーを鳴らしたり、緊急電話をかけたりすることができるようになるということが主流になると考えています。
――現時点で考えられるエッジコンピューティング、エッジAIの問題点について教えてください。
エッジAIの性能はサーバースペックに依存してしまうので、AIの質が高くなればそれまで使っていた機器では動作しなくなるリスクがあります。これは、パソコンで多くのリソースを消費するソフトウェアを導入すると動きが重くなるのと同じことです。私たちがお客さまにエッジコンピューティングをご提案する際は、どんなソフトウェアを使うのか必ず事前に確認し、その性能に見合った環境を組むようにしています。
――生成AIの進化に伴い、ハードウェアのスペックを向上させることも必要になるわけですね。
そうですね。NVIDIAのGPU(画像処理半導体)は比較的エッジコンピューティングの中で高額ですが、非常に高いスペックを誇ります。先ほどお話しした安価なラズベリーパイで動作するAIはかなり限られてしまうので、それなりのAIを活用するにはやはり高性能な環境が必要となります。
生成AI普及の鍵はエンタメ要素にあり?
最近はエンタメ方面での生成AIの活用に興味があります。元々、テクノロジーの及ぶ市場の大きさや日本の大事な産業を活かすために新しいテクノロジーを活用したいと考えているため、日本の大産業である製造業向けに多く技術提供をしておりますが、日本の特徴でもあるエンタメ分野への利用もまた、関心があります。ChatGPTなどの生成AIを使いこなせているのは、まだまだ一部の人だけだと思うのです。利用するにしても単発の質問を一つ投げて完結し、そこから対話を重ねるような使い方をされている方はあまり多くないように思います。例えばそこで、生成AIを完全アバター化することで、利用者は普通に人と会話しているような感覚になり、もっと深く利用できるのではと考えています。
AIではなく人と会話している雰囲気を演出できれば、最初の質問に対してより深掘りしていったり、別の角度から質問をしたり、いろいろと利用パターンが広がるはずです。AI秘書、AIエンジニア、AIアナリストなどが誕生すれば、より中身のある深い会話が可能になるでしょう。それを実現するためにエンタメ分野での生成AI技術の向上や普及は欠かせないと考えています。
――無機的なAIに仮の人格を与えて、普通の会話感を演出するわけですね。
そうですね。一人のコンサルタントを雇うには高いコストがかかりますが、AIコンサルであれば低コストで業務の生産性を上げることができます。また、企業の生産性が向上すれば当然商品やサービスの価格と質に反映されるので、一般の消費者にもメリットがあります。
デジタル化に関するすべての課題をワンストップで解決
創業時と比べるとお客さまのエッジコンピューティング、エッジAIに対する理解もニーズも高まってきたと感じます。流行だからAIをやってみようという考えではなく、課題解決のためにエッジAIが必要だから導入したいというお客さまがメインとなっています。時代の変化に合わせてドラスティックなデジタル化が必要だという危機感を皆さんお持ちです。私たちとしては、製造業向け、小売業向けのような分類はせず、あらゆる業界を対象にエッジコンピューティングを活用した支援を展開していきたいと考えています。昨年より、パブリックセクターの案件も受注しており、官民問わず幅広くやっていくつもりです。
――では、御社の今後の展望について教えてください。
現状ラトナではエッジコンピューティング、エッジAI、データインフラに関連する業務を手がけていますが、いずれはお客さまの抱えるデジタル化に関するすべての課題を解決できるようになるプラットフォームになることが目標です。例えば、現場における紙の指示書をデジタル化する際にはOCR(光学文字認識)の技術が必要になります。AIに必要なデータを取得する際、場合によっては音声認識や各種センサーが必要になるときもあるでしょう。弊社はそれら技術を専門としているわけではありませんが、お客さまが必要であるなら他の技術企業様とも連携してあらゆる課題を解決していきます。
――顧客の課題をワンストップで解決する体制を組むにあたって、パートナー企業はどのように発掘するのでしょうか?
創業当初は自分からチャンスを開拓していく必要がありましたが、今回のような取材だったり、私が協議員を務めるGUGA(生成AI活用普及協会)を通じて情報発信したり、政府との意見交換会に出席したり、といった形でお声がけいただく機会も増えました。このようなつながりを大切にして多くの企業と連携をしていきたいですね。
世の中にはいろいろなAIがあり、ニッチなところでドローンを使って広大な土地に生息する鹿の数をカウントするAIがあるそうです。これはアイデアレベルの話ですが、このAIに手を加えれば鹿以外の動物をカウントするAIもつくれるはずです。そうなれば動物園などでさまざまな活用法が考えられますよね。世に存在するさまざまな技術を組み合わせて拡張し、全方位からお客さまの課題を解決してよりハッピーになれるお手伝いをする。弊社はエッジコンピューティングを得意とする会社ですが、そこだけに囚われず企業の生産性を上げるためにできることはすべてやっていきます。
大田和 響子
ラトナ株式会社 代表取締役/一般社団法人生成AI活用普及協会 協議員
東京女子大学卒業。2014年、新卒で楽天に入社。その後、アクセンチュアでコンサルタントを経験。アクセンチュア時代にテクノロジー勉強会を開催し、日本社会の問題解決に貢献できる技術としてエッジコンピューティングの可能性を発見。2018年、26歳でラトナを創業。現在はIoT/エッジコンピューティングの技術やAI技術を活用し、大手製造業や小売業、サービス業等を対象に、生産性向上のための技術提供、開発を行っている。