新型コロナウイルス感染症に対抗する中国の教育現場 デジタル活用はどうなっている?

新型コロナウイルス感染症対策として、日本国内では急速にリモートワークが進んでいる。くしくもテクノロジー活用を加速させる要因となった新型コロナウイルス感染症だが、影響が著しい中国は日本の比ではない。

新型コロナウイルス感染症によって中国で一層加速するデジタルシフトの実情を、中国出身で、株式会社オプトホールディング、中国事業推進室のゼネラルマネージャー李 延光(LI YANGUANG)氏が解説する。今回は、教育現場にフォーカスした。

急速にオンライン化を遂げた中国の公共教育

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって、中国の全ての学校の新学期開始はまだまだ時期が不透明だ。元々の計画は2020年2月10日が新学年開始日だった。ドイツ発世界最大級のデータベースを持つSTATISTA社の2020年3月4日時点のデータによると、中国の約2.33億以上の学生達が登校できていない。
※STATISTA社HPより

※STATISTA社HPより

日本でも新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐために小学校・中学校・高校・大学が休校し、深刻な社会問題になっている。ようやくネットを活用した通信教育の事例が出てきているところだ。

一方、中国の教育部(日本の文部科学省に相当する機構)は、感染拡大の初期よりリスクを感じ、2月6日に「停課不停学(学校は休校しても、学習は止まらない)」の方針を各省・市に伝えた。その後各省・市の教育機構から直接各学校に伝え、必要な対応サポートを開始した。まず各地方政府が主導して、政府と民間企業一緒に協力して、すぐケーブルテレビ、PC、モバイルのマルチメディアオンライン教育システムを構築し、各地方の生徒と教師はお互いにシステムにログインして、オンラインで授業と学習を行うことができるようになった。従来の伝統教育が瞬く間にオンライン化したのだ。

中国湖南省長沙市の事例を見てみよう。

ケーブルテレビのプロバイダーがテレビのポータル画面に「停課不停学」のメニューを設置し、メニューを押すと授業のカリキュラムに入ることができる。授業内容により、教師が事前に録画したコンテンツもあるし、生中継のものもある。PCとモバイル端末の場合は、Wechat(中国のメッセンジャーアプリ)で「長沙教育」の公式アカウントをフォローする。生徒は自分の名前と全国学籍番号を入力して、認証し、利用している通信キャリアを選ぶことで、ケーブルテレビで提供されているものと同様のコンテンツを受講することができる。
(現地ケーブルテレビの画面)

(現地ケーブルテレビの画面)

(現地ケーブルテレビの画面)

(現地ケーブルテレビの画面)

(現地ケーブルテレビの画面)

(現地ケーブルテレビの画面)

(Wechatで提供される教育コンテンツ)

(Wechatで提供される教育コンテンツ)

こうした状況に合わせ、教育局は各学校及び各学年の授業内容を統一するために、事前に公式の学年別カリキュラムを設定している。各学校及び学年の教師と生徒は全て公式なカリキュラムに基づき授業を行うため、教師にとっては授業計画を立てる必要がなくなり、カリキュラムの品質も均一化された。

DingTalkの躍進

これらの政府が主導している公式オンライン教育プラットフォーム以外でも教育コンテンツが創られている。ある省と都市ではAlibabaのエンタープライズコミュニケーションアプリ「DingTalk(釘釘)」を活用し、アプリのライブストリーミング機能を利用した、「停課不停学」のオンライン教室を開講した。

2月25日DingTalk 5.0の新製品発表会でDingTalkのCEO陳航氏が説明したところによると、現在DingTalkは中国全国の約30省300都市の5000万人の生徒の在宅教育をサポートしているという。

DingTalkはもともと中小企業を支援するために開発されたコミュニケーションおよびモバイルオフィスの一体型サービスである。しかし、新型コロナウイルスの拡大以降、Alibabaはオンライン教育のニーズをいち早く感じとり、グループライブ中継機能をアップデート。教育部の方針に応じ、無償で各学校に導入したのだ。
オンライン教育は主にライブ中継、テレビ会議、オンライン教室等の機能を備えており、「停課不停学」のニーズをほぼ満たしている。
ライブ中継機能は主にクラス単位で行われる。テレビ会議機能は300人以上が同時に参加できるので、主に進学クラスの集中講義あるいはインタラクティブで活発な授業に利用されている。また、1名の教師の授業を、全都市の学校へ同時中継することも可能だ。

こうした中で、2020年は中国のオンライン教育元年と言われている。5G技術の発展も伴って、オンライン教育は爆発的発展を迎えるだろう。そして、これまでの中国が抱えていた教育資源の分配バランス問題も大幅に改善するだろう。従来の有限な名門学校×有名教師という教育モデルが崩壊するかもしれない。
(DingTalkで実施されている授業の様子)

(DingTalkで実施されている授業の様子)

(DingTalkで実施されている授業の様子)

(DingTalkで実施されている授業の様子)

こんなに優れた機能を持つDingTalkだが、一部の学生達から不満の声も聞こえており、その学生達はApple storeや中国のアプリ市場でDingTalkに対し低評価をつけているのだ。そこにはいくつかの原因がある。

ひとつに、DingTalkを活用したオンライン教育が、学生たちにとってまだ冬休みの最中に始まったことにある。教育部の方針に発奮した学校が対応を急いだためだが、まだ冬休み中の学生にとっては良い気分ではない。

また、アプリをダウンロードおよびインストールすることが強要されたわけだが、すべての学生あるいは保護者がPCやスマホのリテラシーが高いわけではなかったのだ。厳しい状況下で不満の矛先はDingTalkに向かったというわけだ。

もちろんDingTalk側もこうした状況に対し、非常に効果的なPR活動を行って評価を挽回していったわけだが、ともかく結果として、DingTalkの知名度は高まり、類似するオンライン教育アプリのQQ、Tencent Video、企業版Wechat、飛書、学而思网校、新東方、MOOC等より目立つ存在となった。保護者達のビジネスの世界でも知名度を広げていったのだ。

あらためて詳しく分析すると、DingTalkの広まりには以下のような理由があると思う。

1)DingTalkは2019年12月に中国教育部の初公式教育モバイルインターネットアプリの認定を受けていた、簡単に言えば政府認定のブランドであったため、今回の新型コロナウイルス感染症が拡まった際も、オンライン教育アプリ市場の主導権を握ることができた。

2)元々DingTalkは、中国トップクラスのエンタープライズコミュニケーションアプリだった。新型コロナウイルス感染症が拡まった後、2月5日時点で当該カテゴリのアプリ利用者数はWechatを超えたほどだ。巨大な利用ユーザー数と優良なサービス機能を持ち、当然学校等教育機関に選ばれた。

3)先述の通り、一部の学生達の不満をかった。機能的にも、既読確認、出席打刻確認、表情確認、宿題確認など、ある意味で充実しすぎていて学生達には窮屈だったのだ。学生たちの低評価運動がネット上で話題となり、さらに知名度をあげるきっかけとなった。

4)Alibabaの勢いに乗ったPR施策、世の中のたくさんの炎上事件は、わざわざ作られている事象ではなく、時勢のしからしめるところである。Alibabaは炎上事件に対して、従来の伝統型PRクライシスマネジメント施策ではなく、学生達の痛みをきちんと理解して、学生達の立場から、学生達が納得しやすい方式で自己アピールした。

中国塾業界は大手企業が勝ち残る

伝統教育のデジタルシフトという観点で、民間教育のデジタルシフトも見てみよう。

現在中国の教育について大雑把に分けると2種類ある。「学歴教育」と「非学歴教育」だ。後者はいわゆる塾である。中国の進学競争は非常に激しく、学生にとって学校内の伝統教育だけでは全然足りず、学校外での教育ニーズが益々高まっている。

2017年度の学校外の教育市場規模は約3400億人民元(約5.5兆円)で、市場平均成長率約10%。2019年度の市場規模は約4100億人民元(約6.6兆円)前後。巨大市場であるがゆえに、当然たくさんのユニコーン企業も誕生している。

例えば、「好未来」という会社は2003年に設立され、最初は日本の伝統塾のようにオフラインの教室を提供していた。2010年からオンライン市場に進出し、2016年には「オンライン有名講師生中継+オフライン教師補講」の教育ビジネスモデルを確立している。

新型コロナウイルスの影響で、同社は全てのオフライン教室の授業をオンライン教育に変更し、毎日午前8時から夜10時まで生中継で放送している。教師と学生のリアルタイムコミュニケーション、学習内容、放課後活動のトラッキング等の形で教育効果とサービス品質を担保している。更に新型コロナウイルス感染症の収束まで、全国の全ての教育機関に対し、無償で同社の生中継クラウドオンライン教育システムを提供する事を発表している。


競合の新東方社は業界をリードする企業である。2013年から伝統オフライン塾教室からオンライン教育に転換し、2014年に生中継教育サイトを始めた。更にオンライン教育事業をスピンアウトさせ、2019年に香港市場へのIPOを果たした。新型コロナウイルスの影響で、オフライン塾教室をオンライン生中継に変更したが、カリキュラムに変更は無し。どうしてもオンライン教育の授業を受けられない場合は、転学或は退学返金手続も対応可能とのこと。

これらは大手企業なので、巨大な資金力と技術力を背景に積極的にデジタルシフトを進めることができた。しかし、東方証券の研究レポートによると、オンライン教育の業界浸透率は27%程度で、まだまだ進んでいない状態である。同レポートによると、中小企業は技術と経験が不十分である事が理由で、新型コロナウイルスに対応した事業転換に苦戦しており、かなりの損失を出しているという。近いうちに中国塾業界でもデジタルシフトが加速することは間違いないだろう。


新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、中国の教育業界のイノベーションを結果的に推進している。短期的なトレンドではなく、中長期的に続いていくはずだ。教育業界のデジタルシフトは、もはや時代の趨勢だと信じている。

ただ、従来のオフライン事業者はオンライン化を容易には認められないだろう。それは日本でも同じだ。例えば、大手企業が自社の生中継クラウドオンライン教育システムを各中小企業に提供し、技術サポートもしてあげる、などの対応が必要かもしれない。大手企業にとっては、ビジネスチャンスでもある。イノベーションを起こさない中小事業者は、このままでは生徒の募集も難しい状況になり、倒産あるいは大手企業に買収されることになるだろう。結果、この業界は再編され、市場シェアは益々大手企業に集中していく可能性が高いとみている。
李 延光(LI YANGUANG)
2004年来日、東京工科大学大学院アントレプレナー専攻卒業。検索エンジン、通信ベンダー、OS会社を経験し、2011年に株式会社オプト(現オプトホールディング)に入社。日系企業のアウトバウンドマーケティング、日中間越境EC、ビジネスディベロップメント、中国側投資管理等を経て、現在中国事業推進室ゼネラルマネージャー兼深圳オプト董事総経理を務め、日中間のビジネスマッチング、技術交流、新規事業の立ち上げを担当。

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