今度こそ、行政のデジタル変革は成功するのか。元ヤフー会長、宮坂学副知事に聞く、GovTech東京設立の背景と展望

東京都が100%出資をし、東京都と62の区市町村のデジタル化を進めるために設立されたGovTech東京。「都庁各局DX」「区市町村DX」「官民共創・新サービス創出」などの6大サービスを提供する財団として、今年の9月1日から本格的に事業をスタートさせました。元ヤフー会長にして同財団の理事長を務める宮坂 学副知事は「行政のデジタル化には、従来の公務員カルチャーとは異なる新しいカルチャーが必要」と語ります。約1,400万人の都民と16万人以上の職員を抱える巨大都市東京のDXに、どのようなビジョンと戦略で挑むのか。インタビューで解き明かします。

20年間の反省を踏まえ、62の区市町村のDX推進組織を都庁の外部に設置

――宮坂さんは「20年間、行政のデジタル変革はうまくいかなかった」と発言をされています。その経験を踏まえて、GovTech東京は外部団体として設立されたのでしょうか?

まず、GovTech東京に先立って2021年に「東京都デジタルサービス局」という新しい局を都庁の内部に設置しました。これにより都のデジタル化を推進する体制が整いましたが、それ以外の62区市町村のデジタル化は手つかずの状態でした。そこで、区市町村のデジタル化を推し進めるために都庁の外部に置いた団体がGovTech東京です。都庁の内部に置くと都の仕事がメインになってしまいますし、韓国、イギリスなどDXに成功している海外の事例を見るとどこも外部にDX専門の組織を設置しています。

デジタル化の仕事は従来の行政カルチャーと大きくテイストが異なります。民間企業でも文化の異なる事業を進めるために会社の外に別組織をつくる手法はよく見られます。「新しい酒は新しい革袋に盛れ」ということですね。GovTech東京を設立するにあたって、これまでデジタルとはあまり縁がなかった流通や小売、製造業の人たちにもお話を伺いましたが、やはり多くの企業が外部にDX専門の組織を置いている。それに倣ってGovTech東京も都庁の外部に設置することにしたんです。

――これまでの都・区市町村のDX推進における課題はどのようなものだったのでしょうか? その課題をGovTech東京によってどのように解決していくのか教えてください。

まず、DXの手前には情報をデジタル化するデジタイゼーションの段階があります。DXのための準備が整っている状態、いわゆるDX-Readyにするところまではすでに完了しています。しかし、次のステップであるデジタライゼーションには至っていません。部署間で情報を共有するときも、エクセルデータをプリントアウトしてわざわざFAXで送っているのが現状です。今、民間企業がデータを共有するときはクラウドサービスを活用するのが主流ですが、都ではまだまだメールに添付して送っています。メールが主体なのでメッセンジャーが浸透しておらず、スピード感にも欠けます。それらのマイナスをゼロに持っていきDX-Readyの状態にする。まずはそれからです。

東京都とすべての区市町村間で、ツールの共同化を推進

――宮坂さんが副知事に就任された2019年からの4年間で紙の使用量が劇的に減ったようですが、これはトップの指揮が大きかったのか、現場の意見が大きかったのかどちらでしょうか?

これは両方ですね。まずはトップが明快に「紙は減らす」という方針を打ち出す。都庁のような巨大組織ではトップダウンだけでも限界がありますから、一般の職員の協力も必要です。それだけではなく、軽量のノートパソコンやWi-Fi環境などの整備も重要ですね。紙を禁止にしてもWi-Fiがなければ会議でノートパソコンを使うメリットがなくなってしまいます。方針と合わせて道具を提供しない限り、紙を撤廃することは難しいでしょう。

――9月から本格始動しているGovTech東京ですが、具体的に進んでいるプロジェクトについて教えてください。

私たちは「都庁各局DX」「区市町村DX」「デジタル基盤強化・共通化」「デジタル人材確保・育成」「データ利活用推進」「官民共創・新サービス創出」という6大事業を掲げていますが、3月の終わりまでには小さくてもいいので最低一つの成功事例を生み出すことを目指しています。クイックウィンを生み出してGovTech東京の活動を勢いづけることが目的です。

この6大事業に共通しているのは「共同化」の精神です。デジタルの世界はスケールが効きやすいので、ツールは100人で使うよりも1,000人で使うほうが得です。これまでは62の区市町村プラス東京都の63地域で、各自バラバラでDXに取り組んでいました。まずはツールやシステム、人材、データを共同化していきます。

DXに必要なツールの「デファクトスタンダード」をつくる

――過去のインタビューで宮坂さんは「デファクトスタンダードをつくる」という発言をされていました。これは、全国の地方自治体が利用するツールを東京都が率先して決めるという認識でよろしいでしょうか?

そうですね。もちろん全国の自治体は自治権があるので自分たちのツールを選ぶ権利はありますが、「東京都が選択したツール」という情報は一つの判断材料になると思うんです。実際にいくつかの区市町村からは「SaaSなどのツールを導入したいけれど、選ぶ基準が分からないので東京都で決めてほしい」といった声もいただいています。62の区市町村と東京都はフラットな関係なので命令はできませんが、事実上の標準であるデファクトスタンダードをつくることを目指しています。

――そのデファクトスタンダードを決めるプロセスはどの程度公開されるのでしょうか?

そこは今まさに考えているところです。官民協働は新しい癒着とか利権と思われやすい面があるので、しっかりと選定のプロセスが分かるようにしないといけません。GovTech東京は民間の団体ですが公共の仕事をしているので、公務員以上にパブリックマインドを持つことが大切です。私たちは特定の企業への奉仕者ではなく、万人の奉仕者でなければなりません。

行政に必要なのは信頼です。公務員はいろいろな制度や仕組みにがんじがらめにされているように見えるかもしれませんが、それは行政の信頼を毀損しないための偉大な知恵だと僕は思っています。

公務員カルチャーとは異なる、新しいカルチャーを組織に根付かせる

――GovTech東京を民間の団体にしたのは、地方公務員法に縛られない働き方をするという目的もあるのでしょうか?

それもありますが、行政がDXを進めるためには従来の公務員カルチャーとは異なるカルチャーが必要だと考えています。デジタルサービスを提供する組織と、既存の行政サービスを提供する組織が同じカルチャーでよいのか。電車、水道、下水道などの東京都の行政サービスは世界で見てもトップレベルのクオリティです。オペレーション的な仕事を遂行する能力は本当に優れており、大雨が降っても、地震が起きても、コロナが蔓延しても、ルーチンの仕事をやり遂げます。その組織の文化を変える必要はありません。電車の運行ダイヤをトライアンドエラーで組まれたら利用者はたまったものではありませんから(笑)。

しかし、DXは今まで公務員カルチャーでやってきて上手くいきませんでした。そこで今までとは違った挑戦をするべきだと考えたんです。

―こちらのオフィスも暖かみのある木目調の空間で仕切りもない。従来の区役所や市役所とは毛色が違いますね。

理事長である僕の部屋もありません。個室も一切つくらず全部平場だから、みんなの顔が見えて何をしているのかが全部分かります。経営会議の中継も議事録も社内に公開して、徹底的にオープンアンドフラットで、上司と部下が同じ情報を持てる組織にしようと思います。上司を役職ではなく「さん付け」で呼んだり、会議の席次も気にせず来た順に座ったり、そういったカルチャーを根付かせていきます。

東京都は日本最大のエンジニアリング組織。100年先を見据えたデジタル化を

――海外と比較して東京のデジタル化は遅れているとよく耳にしますが、世界規模で見たときに日本が取り組むべきDXの課題について教えてください。

東京都が掲げるデジタル三原則の徹底です。まず行政サービスをデジタルで完結させる「デジタルファースト」。2021年に「東京デジタルファースト条例」を施行して行政手続きの原則デジタル化などを推進しており、今年度末には全手続きの70パーセントがデジタル化される予定です。他の二つが、一度提出した情報は二度の提出を不要とする「ワンスオンリー」と、複数の手続きとサービスをワンストップで実現する「コネクテッドワンストップ」です。皆さんは今までに何回、役所に住所や氏名を提出しましたか? 「ワンスオンリー」と「コネクテッドワンストップ」が実現すれば、そういった煩わしさから解放されます。

先日、私たちが目指すDXの将来像をまとめた「東京デジタル2030ビジョン」を公表しましたが、これらの施策は遅くとも2030年代には実現させたいですね。子育て世代の大半はパソコンとスマートフォンが使えるので、子育て関連の手続きについては重点的に取り組んでいきます。将来的には、出生届に記載する情報はお子さんの名前だけになるでしょう。親の情報はそれまでに一度は役所に提出しているはずですから。それができていないのは、行政が共有するデータ連携基盤が実現できていないからです。

――では、GovTech東京の今後の展望を教えてください。

自動車業界や旅行業界と同じように、行政のデジタルサービスを専門に手がける「GovTech業界」をつくることが目標です。東京都だけがデジタル部隊を強化しても限界があります。行政と民間企業が一緒になってこの業界を盛り上げることで、優秀なエンジニアやデザイナーがGovTech業界を志望するようになります。「業界」というと利権団体のようなイメージを抱く方もいるかもしれませんが、行政と民間がコミュニケーションをする上で重要な橋渡しをするのが業界団体です。GovTech業界に興味を持ってくれるスタートアップや企業を増やすことで、都民の皆さんによりよい行政サービスを提供できるようになるでしょう。

――「GovTech業界」というのは斬新な概念ですね。

行政のデジタル化は100年単位で継続していく事業です。そして業界をつくるのはもちろん、特定の個人の才能に依存しない仕組みづくりも重要です。誰がやっても前年と比べてよりよい方向に進む仕組みです。東京都は100年以上昔から下水道の整備に取り組んできました。そこには常に改善の歴史があり、今の清潔な環境が保たれています。僕は東京都は日本最大のエンジニアリング組織だと思っています。長い歴史をかけて下水道や鉄道、高速道路などハード系のインフラを整備してきました。それらの事例を参考にロングスパンで将来を見据え、デジタルのインフラ整備に取り組んでいきます。

宮坂 学

一般財団法人GovTech東京 理事長

1997年ヤフー株式会社入社、2012年同社代表取締役社長、2018年同社取締役会長を歴任。ヤフー退社後の2019年7月東京都参与に就任、同年9月に副知事に就任、2023年9月に再任し、CIOとして都政のデジタル化を推進中。
現在は、2023年9月に事業をスタートする「GovTech東京」の代表理事に就任。

Article Tags

Special Features

連載特集
See More