グロービス、過去最大727億円ファンド組成。DXによる破壊的革新で国内巨大市場の寡占化狙う

日本中の誰もが耳にしたことがある「メルカリ」や「SmartNews」など多くの企業を、過去のファンドでバックアップしてきたグロービス・キャピタル・パートナーズ。今回7号ファンドの募集を完了し、投資先のグローバル展開支援を見据えてアメリカ・サンフランシスコに新拠点を開設しました。前号ファンドの金額を大きく超える727億円、過去最大ファンド設立の目的や、最大100億円近くの投資が行われる企業に求める未来とはどのようなものなのでしょうか? グロービス・キャピタル・パートナーズのプリンシパル、野本 遼平氏にお話を伺いました。

日本の基幹産業を担う、ベンチャー企業の創出を

——今回の700億円を超える7号ファンド設立の狙いを教えてください。

我々は、日本でまだベンチャー投資が未熟な時代から26年間、ベンチャー企業に対する投資を続けてきました。アメリカと比較すると、日本ではいわゆる「デカコーン」レベルの規模が大きいスタートアップはまだ出てきていませんが、年月を経てスタートアップが育つ土壌は育ってきていると感じますし、国内のVCファンドの規模感も順調に大きくなっています。実際、我々の4号ファンドの投資先からは「メルカリ」などのユニコーン企業(※1)が誕生しています。

※1 ユニコーン企業:企業評価額が10億ドル以上の設立10年以内の未上場のスタートアップ企業のこと。メルカリは現在は上場しているため、ユニコーン企業ではなくなっている。

一定、土壌が耕されつつあると判断して設立したのが、今回の7号ファンドです。さらなるユニコーン企業やより大きな規模に至る新興企業の誕生をバックアップし、スタートアップ業界全体にインパクトを与えることができる規模感を考えたとき、前号ファンドの400億円を大きく上回る727億円という金額に着地しました。

——7号ファンドの注力テーマはなんですか?

コンセプトは、将来、日本経済を牽引できるような規模に至る新興企業をバックアップしていこう、ということです。具体的には二つの軸を想定しています。一つは、日本国内に留まらずユニバーサルなソリューションを提供して世界的に覇権を握れるビジネス。これは日本でビジネスを確立させてから世界に広げていくのか、最初から世界を市場としてビジネスを始めるか、という部分は問いません。もう一つは、日本国内においてインフラ的な立ち位置を確立し、市場を寡占し得るようなビジネスです。この2軸に注目して新興企業をバックアップし、日本のベンチャーエコシステムを一歩前進させようという狙いがあります。

——この二つの軸は、具体的にどのような産業や企業を対象として想定していますか?

世界で覇権を握れるビジネスに関しては、言語性が低いディープテックやハードウェアなどの分野ですね。また、言語性はありつつも、現状日本が極めて強い分野であるエンタメやIPコンテンツなどもこちらの軸に分類されると思います。別の視点としては、日本が世界の最先端を走っている少子高齢化・労働人口不足という社会課題にアプローチするソリューションをつくり出すことができれば、それをビジネスとして世界に輸出していくことも可能だと考えています。

——国内の市場で寡占化を狙えるビジネスについてはどうでしょうか?

すでに寡占化が進んでいる巨大市場をデジタルなどの力で上書きしていくようなビジネスを想定しています。産業としては、自動車、金融、不動産、医療、製造業などでしょうか。すでに巨大プレイヤーが存在している成熟した市場に対して、新しいアングルからアプローチする企業をバックアップしていく、というイメージです。
7号ファンド 投資先企業(一部)

7号ファンド 投資先企業(一部)

メルカリに続け! 国内の巨大市場に“新たな寡占状態”を生み出す秘訣

——新しいアングルから巨大市場の寡占化を狙う企業……なかなかイメージが難しいです。

もっとも分かりやすいのは、アメリカのテスラ社です。人間は移動手段として自動車を必要としているという明確な需要があり、ガソリン車の供給を担う強力なプレイヤーたちがすでに存在しています。その巨大市場に対して、EVという、技術も生産方法もUXも異なる新しいアングルから産業を塗り替えていく。このテスラ社のアプローチが代表例ですね。

日本でも、ベンチャー企業が巨大市場にアプローチしていく動きがないわけではないのですが、日本はアメリカに比べてスタートアップに供給されるリスクマネーの絶対額がまだ少なく、たとえばディープテックの分野であれば研究開発から量産体制に持っていくまでに至らないという課題があります。今回の7号ファンドでは、資金供給量という事業成功を左右する変数にもアプローチしていければと考えています。

——日本でもベンチャー企業が市場を寡占化した例はあるのでしょうか?

いわゆる自動車や金融などのレガシー市場ではまだありませんが、日本国内だと我々が支援した「メルカリ」はインターネット上のフリマという分野では寡占状態をつくり出せているのではないでしょうか。また、我々の投資先ではありませんが、工具や消耗品の購買UXを変革した「モノタロウ」なども、事業者向けECとして独走しているような状態です。

——市場で寡占状態をつくるためにはどのような戦略をとればよいのでしょうか?

ケースバイケースですので、明快に一つの戦略を提示することはできないのですが、いくつかの着眼点はあります。まず「技術群をずらす」というのが一つです。デバイスシフトを契機に、たとえば従来パソコンに最適化されてきたサービスをスマートフォンで展開するなどのアプローチが含まれます。クラウドの普及・低価格化を契機に、オンプレミスに最適化されてきたサービスをクラウド経由で提供するアプローチも同様です。用いる技術群を変えることでホワイトスペースが見つかるのであれば、それは新たな事業機会です。

しかし、用いる技術を変えただけでユーザー体験が劇的に向上しなければ、ユーザーの支持を得られず寡占化も望めません。「UXを抜本的に見直す」というのも一つの着眼点です。これは先ほどの「メルカリ」を例にすると分かりやすいです。「値段が上がっていくのをじっくり待って売る」という従来のオークションとしてのUXを、「値下げ交渉も交えて、安くてもいいのでスピード感を持って売っていく」というUXに抜本的に変更したのです。インターネットで個人がモノを売るという結果は同じですが、売買のベクトルが逆転しており、ユーザーが潜在的に求めていた新しいUXを提供できたのが大きな価値だったのではないでしょうか。また、そのUXがスマートフォンと相性がよかったというのも成功の一因だと思われます。

私個人的には、後者の「UXを抜本的に見直す」が本質であると考えています。どれだけ最先端のテクノロジーや技術を使っても、体験が変わらなければわざわざサービスを乗り換える必要はありません。スタートアップ投資の対象となるかはさておき、裏を返せば、最先端のテクノロジーを使っていなくても新しい体験をユーザーに提供できるのであれば、市場の塗り替えや寡占化は可能なのではないでしょうか。

レガシー市場への参入。事業拡大の狙い目は“新陳代謝”のタイミング

——ベンチャー企業がある市場において寡占化を狙う戦略は、日本のレガシー市場に対しても同じアプローチになるのでしょうか?

そうですね。「Software is eating the world」という有名な言葉がありますが、これはソフトウェア、すなわちコンピューティングという新しい技術が、既存の産業を包摂していく様子を表現したものです。「Software」以前においては、蒸気機関や内燃機関などが「eating the world」をしてきた歴史的経緯もあります。「eat」というと少し攻撃的な印象がありますが、むしろ新しいテクノロジーで市場を包摂し、その中に浸透していくイメージです。実際、フィンテック企業は、少なくとも初期的には、銀行とは異なる活動で金融にアプローチし、これまでとは違ったユーザー接点を持ったり、銀行とのアライアンスを通じて事業を展開しながら、徐々に産業に浸透してきています。

——レガシー企業が衰退してベンチャー企業に置き換わったり、両社の対立が起こったりということはあり得るのでしょうか?

一度業界で覇権を握った大手企業が存在している産業において、急激に全てがひっくり返ってしまうようなことはないと考えています。シティグループの祖業は第一次産業革命後に創業されていますし、第二次産業革命後に創業されたコカ・コーラやフォードなども、いまもなお規模と影響力を保っています。第一次産業革命以降の金融・軽工業や、第二次産業革命以降の消費財・自動車など、各時代において、そのときの先端技術と社会構造の変化の時流をとらえた一大産業が存在します。その一大産業において覇権をとった企業たちは、後続する新産業が登場しても、新しい勢力と共存してきました。おそらく、「インターネット/ソフトウェアの次」の産業が立ち上がったとしても、GAFAMは50年~100年後も大企業として生き残っている可能性が高いでしょう。しかし、DXなどを経て間違いなく有益なUXが提供できたのであれば、昨今の自動車産業のように、中長期的には市場を部分的に塗り替えていくことは可能なのではないでしょうか。

伝統的な産業において、SaaSなどを利用している企業の方と情報交換をするなかでの私の見解ですが、「実は人間側の進化スピードが、テクノロジーに追いついていないのではないか」と考えています。DXが推進されたり、データドリブン経営にシフトしたりという企業内の変化は、トップやマネジメント層の世代交代とともに起こることが多いそうです。もちろん、世代交代なくして変革が進むイノベーティブな企業もありますが、大多数はそこまで高度な経営ができているわけではなさそうです。それと同じように、市場の変化も人間の新陳代謝とともに長い時間をかけて起こるのではないかと思います。スマートフォンが、その登場から15~20年かけてようやく普及に至ったのと同じイメージですね。

——レガシー市場は参入の門戸が狭いイメージですが、入口としてはどのような方法があるのでしょうか?

これは一般的な整理ですが、まずは、消費者にプロダクトやソリューションを届けるパターン。先端的テクノロジーを実装して、UXを抜本的に変えたサービスやプロダクトを、消費者に直接届けるビジネスです。それこそ「自動運転のEVを製造・販売する」などが切り口の代表例ですね。

二つ目は、法人に対して業務効率化やエンハンスメントのソリューションを提供するパターン。先ほどの例との対比でいうと「自動車メーカーに対して、自動運転のソフトウェアを提供する」というケースです。SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)と呼ばれるビジネスモデルを採用しているのも概ねこのパターンに分類されますが、ソフトウェアの提供を入り口として、企業間取引に介在したり、金融的機能を提供したり、法人をエンハンスする「便利」な機能を複層的に提供していくことで事業規模を拡大していく流れがあります。特にtoBビジネスのほうが、例えばコストを下げたい場合、何を導入すればそれが実現できるのかというロジックが組みやすいのですよね。どのプレイヤーにおいても実現したい価値が「効率化したい」「コストを下げたい」「売上を伸ばしたい」など、経営指標に紐づくシンプルなものが多いのも特徴です。それを実現する手段としてDXが用いられることが多い印象ですね。

市場での寡占化を実現したあとの事業展開に関していえば、Amazonが本のECからスタートしたのちに版権を握って管理し、書籍の印刷まで可能にしているように、あるいはテスラがEVからスタートしつつも電力インフラ企業(果てはロボティクス企業)への進化を志向しているように、バリューチェーンを遡って事業を垂直統合していくという動きがあります。日本のベンチャーにおいても、こういった事業展開が今後行われる可能性があるのではないでしょうか。

新ファンドがベンチャー企業に期待するDXの今後のシナリオとは

——toCとtoBのどちらのビジネスを採用するベンチャーが多いですか?

最近においてはtoBビジネスが多い印象です。DXに限っていえばSaaS系が多い印象です。前述のとおり、ロジックを組みやすいため、過去数年においては市場でも評価されやすく、資金調達や事業開発を前に進めやすかったのも事実です。

ただ、個人的な期待として、消費者や、従業員を含む個人に対して直接サービスやプロダクトを届けるベンチャー企業がもっと増えてほしいと思いますね。現在はテスラ社、少し前だとアップル社などがそうですが、やはり常に世界の景色を変えてきたのはtoCのビジネスを進めた企業です。日本からも世界の景色を変える企業が出てきてほしいですし、それに向けて我々もぜひバックアップしていきたいですね。

——レガシー市場をはじめ、さまざまな市場が変容の最中ですが、今後の日本市場のDXはどのように進化していくと考えていますか?

先に話したように、実現したい価値に対する解決手段としてDXが用いられており、現在はやはりソフトウェア中心に改革や進化が進んでいます。一方で、昨今においてはLLMを含むAIが日進月歩で劇的に進化しています。テキストのみならず、音声、画像、映像なども含めたマルチモーダル化が進んでおり、技術の適用範囲はかなり広くなるのではないでしょうか。今後は「この条件がそろったらこの動きをする」というような従来のルールベース・条件分岐的なソフトウェアでのDXだけでなく、AIを活用して「あいまいな状況」にも対応して人間の仕事をより代替してくれるようなDXが盛り上がってくるのではないかと思います。例えば、AIと通常のソフトウェアを組み合わせて、人間が画面を開く必要すらなく、音声UIだけで完結するような業務自動化を実現するソリューションや、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスの裏側でAIと人間をコラボレーションさせることで劇的な効率性を生み出すようなアプローチにも期待しています。

また、情報すなわち「ビット」を取り扱うデジタルの世界だけではなく、すでに小売店や工事現場、飲食店などでも利用されているロボティクスなど、AIとハードウェアを組み合わせて、これまでほとんど効率化されてこなかった物理的作業のDXを実現する試みにも期待しています。ハードウェアやエレクトロニクスに関しては本来日本が強みとして抱えている分野ではあるので、その技術を使って世界に進出しようという企業が出てくれればと考えていますね。

野本 遼平

グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 プリンシパル

弁護士としてスタートアップの支援に携わった後、2015年にKDDIグループのSupershipホールディングスに入社。経営戦略室長や子会社役員として、全社戦略の策定、M&A、事業開発、政策企画などのコーポテート・デベロップメントを統括。2019年よりグロービス・キャピタル・パートナーズ。著書に『成功するアライアンス 戦略と実務』(日本実業出版社)など。

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