【日本企業のDX格差拡大中】 DXのプロが語る、二極化するDX市場の光と闇の実態とは

DXはもはや、企業にとって欠くことのできない重要な経営課題であり、多くの企業がDXの必要性を実感しています。しかしながら、DX推進がうまくいっている企業は一握りに過ぎません。これまで、100社を超える日本企業のデジタルシフトを支援してきたデジタルシフト社の取締役CTOの山口 友弘氏とDX開発事業統括責任者である野呂 健太氏とは、コロナ禍を経てDXがバズワードとなっている状況下において、「企業間の『DX格差』は拡大している」と語ります。
DX格差が生じる理由はどこにあるのでしょうか? そして、その差を埋めるための一手とは――。DXの最前線を走るプロフェッショナルが、全4回にわたってお届けする連載対談企画。第1回の今回は、二人の対談で明らかになった『DXを成功に導く7箇条』をもとに、DXをうまく推進している組織の共通項を深掘りします。

「日本企業のDX格差」はなぜ生まれているのか

――DXという言葉はここ数年で、ずいぶん浸透しました。お二人は日本の経営者や担当者の考え方の変化をどう捉えていますか?

野呂:事業のデジタル化の機運が高まるのは良いことだと思っていますが、DXという言葉自体がバズワード化してきてしまっていると感じています。もちろん、ブームとなることで多くの経営者がデジタル化の対応への気づきを得られるのは悪いことではありませんが、DXという経営課題に対して具体的にどのようなプロセスで進めることがベストなのか、自身が腹落ちしていない経営者も多いのが現状だと思います。ただ、それでもステークホルダーに対して、DXを叫ばなければいけないジレンマに陥ってしまっているのだと感じています。

山口:現在は、DXという言葉に反応して「何かやらなければいけない」と考える企業と、「いま、やっていることが結果的にDXとなっていた」「過当競争になる前に先行投資してデジタルに置き換える」といったように活用できる企業に、二極化していると感じます。その結果、前者は成果の出ていないケースが多く、後者のように「気付けばDX」「目的のあるDX」は、成功につながっていると感じます。

DXがうまくいく企業には、共通項がある。『DXを成功に導く7箇条』

――DXがうまく進んでいる企業は、どういう点を押さえているのでしょうか? ここからは『DXを成功に導く7箇条』について解説をお願いします。

1.デジタル化はあくまで手段、目的ではない。

野呂:「DXをやるのだ」というお題目にしてしまうと、デジタルを活用することが「目的」になってしまいがちです。そうではなく、デジタル化は目的を達成するための「手段」でなければなりません。DXをうまく進めている企業は、まずは現状把握としてビジョンや自社の課題を明確にしています。業務フロー改善など非デジタルの手段まで網羅的に検討した上で、最終的に残った部分に対してデジタル化がベストな手段だと解を持って進めていると思います。

山口:“車輪の再発明”をするようなDX、予算消化のためのDXほど、無駄なものはありません。このままではまずいという課題意識、費用対効果、そして、顧客体験の向上を企図した上で、ツールや考え方としてDXがあるとよいと思います。

2.経営者はまずDXの土壌を整えることから

野呂:経営者と現場では見えている目線に決定的な違いがあります。経営者の課題は物事を俯瞰的に見たマクロ視点に立ったものですが、現場は、直近の目の前の課題に目が向きがちです。その結果、現場担当者から出てきた施策に対し、「そんなことをしてほしかったわけじゃない。もっと横断的に検討して従来の発想にとらわれない画期的なものがあるはずだ」という反応を経営者が示すことは多いのではないでしょうか。要は経営者と現場ではDXの進め方でギャップが生まれてしまうということです。

だからといって経営者が具体的な指示を出しても、それが正しいのかどうかは現場にしか分かりません。このあたりのギャップの解決方法は次章で触れたいと思いますが、経営者がまずできることはDXを進められる土壌(ビジョン、予算、社員の稼働)といった環境を準備して、DXを推進できるような体制を整備するところから始めるべきだと考えます。その際には縦割りの組織に横串を刺すような、社内に一体感をもたらすことのできる部署を用意するとよいでしょう。これは、隣の部署が同じようなシステムをつくったり、DXが自部門に閉じた拡張性のないものになったり、といったことを防ぐためにも有用です。

山口:ただ、DXの組織はまだ実績が無く、組織としては新しいことが多いため、本業部門への遠慮が出てしまう傾向も見受けられます。社長直下に組織を配置して内外に重要性を示す企業も見受けられますが、実際はてこずっている企業も多いのではないでしょうか。新しい取り組みを始めるときには、組織や担当者に相応の権限を与えて責任を持たせること、そして、周りにも納得してもらうことが大事です。さらには、経営層が矢面に立って全社に大号令をかけるようなアクションがあるとよいですね。

野呂:そうですよね。「皆、現場の判断に任せてよかれと思ってやってくれるはず」と、トップは思っているものの、社員は「社長はああ言うけれど、現実難しいよね」と経営者の丸投げだと認識しているケースがよくあります。こうしたことが起こらないように、経営者は現場が言い訳できないレベルまでDXの推進環境を整えることにコミットすることが必要だと思います。

3.経営者と現場を橋渡しできる、CDOを立てる

山口:上述の話につながるのですが、DXの土壌を整えるには、経営者と現場の間を橋渡しできる、CDO(Chief Digital Officer)のような存在がいると、うまく進みます。

野呂:CDOには多くの資質が求められます。①推進力と決断力がある、②経営者の目線を理解している、③現場への理解がある、④しがらみにとらわれず、突き進める、⑤プロダクト創出の場数を踏んでいる――といったことは必須条件だと思います。

山口:さらには、⑥開発の作法や流れを理解している、とよいですね。実際、開発側との会話や意思疎通がスムーズにできるエンジニア出身者がCDOを担うケースもあります。必ずしもエンジニア出身者でなくてもプロダクト創出の場数を踏んでいる人なら、このあたりの段取りを理解されており問題ないと思います。

野呂:私は損保ジャパンで業務改革部門のプロジェクトリーダーを担当していた時代があるのですが、当時は約20個以上のプロダクトを抱えていました。なぜこれができたのかというと、社内組織の関係者の合意を取って企画を通すことがうまかったのも一つの理由かと改めて思います。そう考えると、⑦折衝能力がある――というのも条件に挙がるのかもしれません。

山口:DXに限らず新しい仕組みの導入は、いまある何かを変えることを意味します。極端な話、複数の部署を廃止するような変化が起きたって、おかしくありません。なかには、「自分の仕事がなくなる」と不安に思う社員もいますから、「いま、やっているAという業務はデジタルに任せないか。そして、Aにかけていた時間を使ってBという業務に取り組まないか」と、未来を分かりやすく描き、プラスの方向で物事を調整できる能力も大事です。⑧社員の心情を理解し、説明できる、ということも、CDOの条件といえそうです。

野呂:その通りですね、しかしこれらの条件に見合う人はもはやスーパーマンなので、外部から招へいするパターンも多いと思うのですが、その人が来たからといって、いきなりの実行は難しいと考えます。どうしても最初は外様になってしまうので社内にハレーションが起きて現場から突っぱねられることが想定できますから。言ってしまえばCDOという役割もDXを推進するうえでの一つの手段であり、優秀な人がアサインできたからと言って万事解決とはなりません。CDOとはいえ一人の人間ですから、稼働は有限で得意不得意があり、すべてを一人で担う必要はありません。現場を理解しているメンバーを上手く巻き込んでチームで進めていければよいのだと思います。

4.志は高く、されど腰は低く

山口:「1.課題意識と目的を持つ」に通じますが、これはDXを知っている云々以上に大切なことだと思います。「自分たちは、こういうことをしたいんだ」と、大きな未来を描ける人は、そのビジョンに対する意見を求めていますし、社会に対する使命感もあるし、自分たちの存在意義も考えています。つまり、来たる社会に備える重要性を分かっているわけです。実際、名だたる経営者の方でも「未来に向けて、デジタルを活用するためのアドバイスがほしい」と相談されることがありますが、そういう方からは成功の可能性を感じます。
開発ベンダーは下請けという意識ではなく協業パートナーだと認識してもらえていると、お互いに意見を出しあえる環境が生まれ、上手くいことが多いのだと思います。

5.DXは「場数」が重要。場数を踏める機会をつくる

野呂:DXは場数が何より生きるフィールドです。そのため、DXに携わる機会を持つ仕組みが必要です。しかし、その機会がなく、打席にすら立てない人が多いのが現状です。先ほど、私は「企画を通すことに長けていたから、多くのプロダクトに携わることができた」と話しましたが、これは企画書のつくり方、費用対効果の試算、関連部署への調整、開発のお作法といった各プロセスを押さえていたから実現できたことです。ただ、その経験がないとやみくもに企画書を作ってはダメ出しを受けることの繰り返しになってしまいます。成功プロセスを場数で理解し、その上で段取りを都度再現できれば、自ずと打率は高まるのではないでしょうか。結果的に相談が舞い込む打席も増え、多くのDX案件を任せてもらえる好循環が形成されていきます。

また、DXは攻めと守りのどちらも必要ですが、「攻めのDX=新規事業」の場合が多く、ステークホルダーや予算のハードルも上がり、最初に扱うことは難しいと考えます。一方で、身の回りの業務改善など守りのDXは取っかかりやすく、場数を踏むという視点でも学びが多い。ですので、まずは守りのDXで作法やプロセスに慣れてから、攻めへと転じていくことをお勧めします。

山口:つまるところ、ビジョンとロードマップを広い視点で描けるかに尽きます。守りのDXが攻めに転じることも大いにありますから。例えば、構築した社内システムが業界全体の業務効率化につながるのなら、それは新規事業になります。ビジョンを常に持ち、ビジネスチャンスを探し続けられる企業は強い。そのためにも、経営者は現場担当者が大きな発想に行き着くことのできる意識付けやアドバイスができるとよいですよね。

6.まずはやってみる。挑戦できる文化・システムの構築を

山口:PoC(※1)を盛んにできる企業は推進力があると感じます。そのためには、予算を捻出できることが前提です。

※1 PoC:Proof of Conceptの略。概念実証。新しい手法や概念、アイデアを実証するために、試作開発段階の手前で実用可能性を検証すること。

野呂:たしかに、予算の存在は大きいですよね。DXには最初から費用対効果を想定できるものと、できないものがあります。ここに焦点を当てる企業は、自ずと手堅いサービスをつくることになり、冒険できません。一方、チャレンジできる文化やシステムのある企業なら「まずはやってみよう」と、踏み切ることができます。

ちなみに、私が損保ジャパンに在籍していた2017年当時、同社にはすでにデジタル戦略部があり、PoCに取り掛かっていました。1案件数百万円のものなら稟議に時間をかけずに進められる仕組みがあったのです。そのなかで、LINEのサービス(※2)も生まれました。これもDXというワードが今ほど認知されていない時代の話ですが、今思うと先進的な土壌(環境)に身を置けたことを有難く感じていますし、昨今のDXの流れが無くてもデジタル化を進められる企業はもっと前から着々と進めて成果を出している証かとも思います。

※2 LINE社の開発パートナーである当時のオプトと損保ジャパンにて、LINEアプリ上から事故対応ができるサービスを開発し、2018年10月から提供開始している。野呂氏は、本プロジェクトのリーダーを務めた。

山口:PoCを回せるのはよいですね。数百万円という金額もどちらに転ぶのか分からないものに投資できるギリギリのラインだと思います。世の中に存在しないサービスに対し、費用対効果を示すことは至難の業ですから。

野呂:本当にその通りです。このサービスをつくったときも、世にないものだったのでニーズを図れなくて。どこまでいっても机上の計算ですから。でも、決断して世の中に出さないことには先に進めません。
半年も机上の検討に時間を費やすくらいなら、数百万でさっさとつくって世に出したほうがよいですよね。それこそがニーズを把握する一番の方法です。例えば弊社グループ会社のオプトインキュベートも、「Pocone(ポコン)」というサービスのもと、新規事業のPoCをスピーディに進めるための事業を展開しています。SaaSを使ってプラットフォームの開発コストを抑えているので、どんどんチャレンジできます。このようにしてミニマムに進めることは非常に大事です。

山口:時代的にもミニマムに進める方法は、やりやすくなっています。一昔前は開発の前にオンプレミスでサーバーを組み上げる必要がありましたが、いまはクラウドサーバーが使えます。プラットフォームサービスもさまざまありますから選択肢も増え、開発スピードも上がりました。チャレンジしないと、もったいない環境になっていると思います。

ですから、経営者には仮にうまくいかなくても許容できる予算枠を用意してほしいと思います。そのうえで、挑戦が奨励される企業文化がなければいけません。失敗したからと評価を下げたり、「予算は二度と渡さん!」となったりすると担当者が辛いですから。

7.餅は餅屋、経験者から意見をもらう

野呂:場数の話にも絡むのですが新規サービスの必要性を漠然と感じていても、企画や開発の経験が無い中で答えを出すのは難しいと思います。これは、料理をつくったことのない人に「お店みたいな料理を作ってよ」というのと同じです。お店の料理はレシピ作成、素材選定、調理などこれまでの経験で培った多くのスキルを再現しながら、世の中に提供されているわけで、経験がない中でお店と同等のアウトプットを求められてもそれは無理な話ですよね。加えてDXのような漠然とした課題に対してはメニューのレパートリー、アレンジ方法が無限にあるわけで現場からすると壮大な話になってしまいがちです。やはり経験がない中では雲を掴むような話になってしまい効率的ではありません。

山口:経験者から意見をもらうことが大事ですよね。自社にマッチした事例でなくても、「この課題に対してはどのような手段でデジタル化を進めるとよさそうですか?」と尋ねれば、必ずヒントをお伝えできます。経験者が現場に足を運べば、「これはこのままでよくないですか?」「むしろ、こっちはどうなっていますか?」のように、“実際”が見えてくるものです。企業のデジタル化にこれまで向き合い続けてきた私たちでさえ、日々目の当たりにして初めて得られる学びが毎回ありますし、綺麗ごとだけじゃないDXの泥臭い部分も含めた様々な知見が私たちのクライアントさまの提案の中で活かされています。企業のDXに向き合う専門事業者ならDXの知見が特に溜まりやすく、どんどんアップデートされています。経験のあるところの門戸を叩くことを、ぜひともお勧めしたいですね。

次回は、二人が実際の現場に立って感じた「DXがうまくいく企業」の実例を挙げながら、具体的に紹介していただきます。

山口 友弘

株式会社デジタルシフト 取締役CTO

1997年、特許庁向けのアプリケーション開発を行うソフトハウスにてUNIXアプリケーション開発、社内環境構築、管理を担当。2000年からは大規模システム開発に従事し、大手通信キャリアの基幹システム刷新プロジェクトの移行チームリーダーとして1600万ユーザのデータ移行を担当。2006年に転職し、MVNE事業を行う顧客にて新規MVNO事業の立ち上げや各種アプリケーション開発に従事。
2016年、株式会社olivaを起業。2022年、株式会社デジタルシフトと合併し取締役CTOに就任。

野呂 健太

株式会社デジタルシフト DX開発事業統括責任者

2011年に株式会社NTTドコモに入社。経営企画部門にて事業計画立案に携わる。
その後、事務局として『dポイント』の立ち上げを経験。
2017年より損害保険ジャパン日本興亜株式会社(現:損害保険ジャパン株式会社)にて新規サービス創出に取り組み、「LINEによる保険金請求サービス」「SOMPO AI修理見積」におけるプロジェクトリーダーを務め、在籍3年弱で約20の新規プロダクトを世に送り出す。2020年、株式会社オプトデジタルの設立と同時に代表取締役CEOに就任、グループ内で新たに受託開発事業立ち上げるなどDX支援事業を拡大。 現在は株式会社デジタルシフトのDX事業にパートナーとしてジョインし、幅広い業界・業種のDX支援に携わる。

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