【DX格差拡大中 #3】DXがうまくいかない企業が抱える「闇」とは何か。DX後進国である日本企業の現在地

DXはもはや、企業にとって欠くことのできない重要な経営課題であり、多くの企業がDXの必要性を実感しています。しかしながら、DX推進がうまくいっている企業は一握りに過ぎません。これまで、100社を超える日本企業のデジタルシフトを支援してきたデジタルシフト社の取締役CTOの山口 友弘氏とDX開発事業統括責任者である野呂 健太氏とは、コロナ禍を経てDXがバズワードとなっている状況下において、「企業間の『DX格差』は拡大している」と語ります。
DX格差が生じる理由はどこにあるのでしょうか? そして、その差を埋めるための一手とは――。DXの最前線を走るプロフェッショナルが、全4回にわたってお届けする連載対談企画。第3回は、同社に舞い込む依頼案件やDXの市況をもとに、DXがうまくいかない三つの事例を紹介。それらの企業が抱える闇を徹底解剖するとともに、光明を見つけるためのヒントを二人が探します。

ざっくりまとめ

- 古く使いづらいシステムを使い続けるだけでどれだけの損失が発生しているかを経営者は意識すべき。そのことが全社のDX推進の弊害になっていることを理解し、解決に向けたプロのサポートを推奨。

- DXの人材育成においては、トップは社員が考えて実行するための知識や思考方法などの学びの土壌を用意しなければならない。

- 多くの企業ではPoCで満足してしまっているケースが多く、DXが進まない要因の一つ。PoCの実施そのものが目的になってしまっている会社は、不必要な投資を重ねているにほかならない。

- 「海外に比べ日本企業のDXが進まないように見える一番の要因はスピード感の違い」と、野呂氏。「あえてトップが全社課題としないことで利害関係者を減らしシンプルかつコンパクトに進める方がうまくいく場合もある」と述べる。

「基幹システムの保守期限終了」から始まる、DX失敗の「闇」

――今回は、DXがうまく進まない企業に多い三つのケースを順にお聞きします。

野呂:一つ目は、新規サービスのアイデアはあるものの、IT部門が基幹システムの刷新に手一杯となり、新規サービスをつくる体制や余力のないケースです。これには構造的な難しさが見受けられます。どの会社にもIT部門があるのですが、この人員リソースは大抵既存システムの定期改修や次期基幹システムの刷新に対応するのに手一杯となっています。そんな中で事業部門から新規サービスの相談を受けたとしてもIT部門も対応したくてもできないというジレンマに陥っています。加えて事業サイドから受けた相談がIT部門から見ると実現性のない無邪気な要件だった場合に「この忙しいときに面倒な案件が振ってきた」とIT部門は思ってしまいがちです。

山口:そうですね、また近年、不動産業界などでも多く見られる課題ですが「基幹システムの保守期限がまもなく切れるため、システムをリプレイスしないと業務に支障が出てしまう。でも、現システムの保守対応に追われていて次期システムの検討まで手が回らない。どうにかならないか」といったように、非常に切羽詰まったオーダーになって我々の方に相談いただく場合も多いです。いわゆるEOL(End Of Life)対応といわれるもので、サーバーやOSを提供する会社から、「商用サポートの期限切れ」と宣告されることに端を発したシステム刷新を指します。

野呂:このような事態になってしまうと、DX成功のための新サービスを生み出すどころではなく、場数を踏む以前の問題になってきますね。

山口:多くの会社は、現行システムが動いているうちに着手しなければならないことを分かっているはずです。しかしその検討は予算や人員稼働の制約により先延ばしされ、「リスクは一定あるもののまだ動くのであれば問題ない、 今期の予算達成が厳しい中で今すぐやる必要があるの?」と、考える人もいるわけです。さらに、システム自体が旧式となり、改修も難しくシステムの動きが遅くなったとしても、「社内システムなら仕方がない。社員には我慢してもらおう」というおざなりの判断もよくされています。こうした現実を受け止めてしまうこと自体が、結局は業務効率が悪化し高コスト体質から脱却できない体制を維持するという判断につながってしまうのだと思います。

しかし、EOLを機に次期システム刷新に投資すれば、今よりも拡張性があって費用対効果も見込めるものに変えられることを、システムサイドのメンバーは分かっているはずです。ただ、難しいのは、次期システム刷新をするのだと謳った途端「どうせ新しくするのなら」と各部門から夢物語がガンガン出てきてしまうことがあります。リプレイスはただでさえ大掛かりなものなので、数年単位の中長期での計画策定や検討が必要です。どう要件を集約して進めようかと右往左往するうちにEOLを迎えてしまう、といったケースも懸念されます。

野呂:これはDX以前に、日本企業の成長を阻害している要因だと思っています。山口さんから「社内システムだから、社員に我慢してもらう」という例示がありましたが、例えば古いシステムのレスポンスの悪さによって社員一人当たり月+20時間余分に稼働がかかっているとして、一人当たりの労働単価が時間2,500円とすると、月に5万円、一人当たり年間60万円の損失が発生していることになります。100人が使うシステムなら6,000万円、1,000人が使うシステムなら6億円です。拱手傍観が、業務の非効率化を生み、機会損失すら発生させていることを、経営者は意識し、改善する必要があると思います。

山口:手の打ちようがない、打ち方が分からない会社こそ、プロを介入させて進めてほしいですよね。

野呂:そうですね。企業によってはIT部門が数人しかおらず影響力が弱い組織もあり、保守はともかく開発となると外部に一切をお願いせざるを得ない企業も多いと思います。それは仕方のないことですが、社内の問い合わせに応えることをメインに仕事をしてきたIT部門が先陣を切って次期システム刷新の陣頭指揮を取ったり、技術負債や費用対効果の観点から必要性を訴えることは非常に難しいことだと感じます。だからこそ、客観的にアラートを出せるプロから、経営陣やビジネス部門にボトムアップしていくことが大切です。

DXの人材育成で大切なことは、知見者から社員に、実践できる知識と思考方法を授けること

野呂:続いては、DXの人材育成に関してですが、トップからDXの大号令がかかっているものの、人材育成についてマネージメント層はどこから手を付ければよいのか分からず、「社員のITリテラシーを上げて、DXに取り組めるようにするにはどうすればよいのか」と、管理者クラスの方が悩まれていたケースです。第1回でもDXに必要なスキルを料理に例えてご説明しましたが、「いきなり料理人を育成しろと言われたって専門外の分野で自分自身もその道のプロではないのにどう進めようか」という反応になってしまいますよね。このあたりは知見者を交えて、その企業のDX戦略から必要なデジタル人材の定義、スキル評価指標の定義、育成施策立案、ロードマップ策定と、徐々にブレークダウンして検討する必要があると考えています。

山口:トップも「新しいことをやろう」だけでは言葉足らずですし、そのための知識やスキル、予算、人員といった土壌を用意しないことには社内に矛盾を与えるだけです。あとは、ビジョンを掲げて満足しているケースもありますよね。しかし、ビジョンの具体化が何よりも難しい。その役割を持つ現場は本業で忙しく、考える時間を必要としていますし、考え方自体を仕込む必要もあります。

――この場合、どのようなアドバイスや進め方をするとよいのでしょうか?

野呂:専門家のレクチャーを受ける機会を用意するとよいと思います。前回お話した大手建材メーカーでは、システム開発の流れや企画の立て方、プロジェクトの一連の進め方に関するセミナーを開催し、具体的なイメージに落とし込める場をご用意しました。また、より実践的に学べるようにワークショップ形式で進めさせてもらった事例もあります。やりたい企画のイメージが少しでもあるのなら、早めにDXの専門家への相談をお勧めします。自身で考えるだけでなくより本質的に、そして早く、これまでの知見をもとにした適切なアドバイスを受けられるはずです。

PoCのその先へ。挑戦できる人、組織の存在が大事

――最後に、「PoCをやることが目的となっている」というケースがあるとのことですが、これは商用化に結びついていないということでしょうか?

野呂:こうした企業さんは、『〇〇ラボ』のようなものを立ち上げ、先進的な取り組みをされていることが多い傾向にあります。さらには他企業や他業界とのアライアンスも盛んに行うなど、積極的な姿勢の会社が多い。それでも、アライアンスのプレスリリースを打って終わっていたり、PoCで商用化まで至っていないケースが散見されます。

――ここで終わってしまう理由は、何だと考えていますか?

野呂:一つは商用化の難しさです。実はPoCの実行はそれほど難しくはありません。極端な話ですがサービスイメージをデザインツールで可視化して、ユーザーにヒアリングするだけでPoCは成り立ちますし、一部のユーザー限定でトライアルを実施する場合は課題整理の粒度も多少荒くても割り切ることができ、ハードルはさほど高くないのです。しかし、商用化になると話は全く変わってきます。現場の理解やオペレーションの整理、顧客への対応方法、緊急時のオペレーションフローなど、整理しなければならない項目が多岐にわたり粒度も細かく検討する必要があるため、デジタル部門単体で行うには限界があります。PoCはデジタル部門が単独でも進められてきたわけですが、ここで一気にステークホルダーが増えてしまうのです。特に、エンドユーザーに使っていただく場面では、現場の協力体制が必須です。となると、タスクの数がPoCの何倍にも膨れ上がり現場部門への折衝能力も求められるので、一気にハードルが高くなって進められなくなるのです。加えて、そもそものデジタル部門のKPIが商用化のリリース数などではなく、PoCの実施件数で設定されているケースもあります。ですから、担当者は、極端な話PoCの数だけ追い求めていたら評価に繋がるわけです。ここに、日本企業におけるDX推進の「闇」を感じますね。

――担当者からすれば、商用化につながるまでやり遂げたいという気持ちにはならないのでしょうか。

野呂:担当者の個人的な想いとしてはあるかもしれませんが、デジタル部門はあくまでデジタル化の種を生み出す組織とミッションを定義している場合は商用化まで至らなくても、それはそれで正義は成り立っているのだと思います。要は、日本企業の縦割り構造の弊害ですね。本来であればバトンを受け取って商用化まで責任を持って遂行する組織が引き継ぐべきなのですが、その部隊がない、または分断されてしまっているのです。結局、商用化につながっていないということは無駄な投資で終わっていることを意味します。本来であれば、ここを指摘し、先の挑戦ができる人や組織の存在が必要なのですが……。

山口:そうですよね。そもそもPoCの実施が目的になっていること以前に、その会社が大義を立て、そのために活動しなければ横串を刺したところで、本人たちは身動きが取れません。上司に言われたからやるものであって、本当なら関わりたくないものになってしまうだけです。繰り返しになりますが、だからこそCDOのような存在が必要になるのですよね。

野呂:はい、日本企業において縦割りのサイロ化された組織構造は必然です。その組織構造を前提としながらもCDOといった部門の利害を超越した存在が会社の未来を見据えてどうすべきなのか、スピード感を損なわない範囲で組織全体を巻き込んで音頭を取っていく。これが重要といえますね。

スピード感、意思決定に課題が見られる日本企業。DXを成功させるために必要なこと

野呂:第1回でなぜ日本企業のDXが進まないのかを話題にしましたが、一番はスピード感のないことが要因だと改めて感じました。日本企業も着実にDXを進めていますが決して歩みが早いとは言えないと感じています。対して、海外のスタートアップは意思決定が早く、投資にも積極的なので、どんどん物事が進んでいきます。その結果、日本との差が生まれ、日本のDXが進んでいないように見えるのだと思います。アメリカの企業が1年でやることを、日本の企業は3年~5年かけているという印象です。では、なぜDXの進みが遅いのか。これまで話してきたとおり、利害関係者の合意形成に時間がかかり意思決定が遅くなるからです。その結果として、差が開くのだろうと思いました。

山口:正直なところ、日本のビジネスパーソンのITリテラシーは決して高いとはいえないと感じております。また、ベンダー側にも完全受注できない会社が多くあります。かたや、アメリカは私が子どもの頃にはすでにパソコンが広く普及するだけでなく、プログラミングの概念もずいぶん浸透していました。それが当たり前の世界で育ってきているので、ビジネスにおいても「システムという便利なものに合わせよう」という考えが普通です。一方、日本は人間に合わせてシステムをカスタマイズすることがよしとされているので、システム名を聞いただけでは、どのようなものなのか見当が付かない。これはよくよく考えるとおかしな話です。

顧客を管理するだけですから、極論どの業界も同じシステムでよいはず。それなのに、業界の慣習に合わせてつくるから、とにかく進捗が遅い。コツコツと真面目に、人に合わせてつくることが悪いとはいいません。ただ、そのせいで負の遺産が生まれ続けています。ですから、働く人全員のITリテラシーを高める取り組みが必要です。「ユーザー登録」という言葉だって、20年前と比べれば、今はほとんどの人が理解できる。つまり、人は学び順応することができるし、社会にも浸透していくのです。

そして、開発の人たちは、今動いているシステムがバグを起こさず動くことに日々苦心していることと思います。それが重要なことはもちろん分かるのですが、新しい取り組みが始まるときには、視点を「今」から「未来」に移すことが大切です。そうすれば、ビジネス部門とも視点が合うし、会社のやりたいことも分かるはず。これこそが開発の要諦です。開発者一人ひとりはもちろん、チーム全体の目線上げにも、ぜひ取り組んでいただきたいですね。

野呂:会社によっては、トップが号令をかけないほうがうまくいくのかもしれませんね。号令をかけた時点で、全社のプロジェクトになってしまい利害関係者が増え、各部署から選抜で何十人規模のプロジェクトチームを結成し、各部門の要望を取りまとめ、合意形成を図って……なんてしていたら、遅々として進まず、時間がもったいない。現場に可能な限り権限委譲しシンプルかつコンパクトなほうが、DXは上手く進むのかもしれません。

山口 友弘

株式会社デジタルシフト 取締役CTO

1997年、特許庁向けのアプリケーション開発を行うソフトハウスにてUNIXアプリケーション開発、社内環境構築、管理を担当。2000年からは大規模システム開発に従事し、大手通信キャリアの基幹システム刷新プロジェクトの移行チームリーダーとして1600万ユーザのデータ移行を担当。2006年に転職し、MVNE事業を行う顧客にて新規MVNO事業の立ち上げや各種アプリケーション開発に従事。
2016年、株式会社olivaを起業。2022年、株式会社デジタルシフトと合併し取締役CTOに就任。

野呂 健太

株式会社デジタルシフト DX開発事業統括責任者

2011年、株式会社NTTドコモの経営企画部門にて事業計画立案に携わる。その後、事務局として『dポイント』の立ち上げなどを経験。
2017年、損害保険ジャパン日本興亜株式会社(現:損害保険ジャパン株式会社)にて「LINEによる保険金請求サービス」「SOMPO AI修理見積」におけるプロジェクトリーダーを務め、在籍3年弱で約20の新規プロダクトを世に送り出す。
2020年、株式会社オプトデジタルの設立と同時に代表取締役CEOに就任、オプトグループ内で新たに受託開発事業立ち上げるなどDX開発事業を拡大。
現在は株式会社デジタルシフトのDX開発事業にパートナーとして参画、これまで100社を超える幅広い業界・業種のDX支援に携わる。

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