日本初の観光MaaS「Izuko」プロジェクトリーダーが語る、実践への苦悩と期待。「Izuko」はコロナ後の伊豆にどう貢献できるのか。

数年前から世界的に注目を集めているMaaS(Mobility as a Service)。日本でも鉄道会社や自動車メーカーをはじめ、多くの企業がこの領域に取り組んでいます。なかでも2度の実証実験を行い、メディアからも注目を集めているのが、東急株式会社が伊豆エリアで提供する「Izuko」というサービスです。どのようにプロジェクトを進めているのか。プロジェクトを進める上での苦労と今後への期待とは。プロジェクト責任者を務める森田 創氏にお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- 「Izuko」は伊豆旅行の際、ルート検索から各種交通機関や施設、食事などの予約・決済ができるWebサービス
- 2度の実証実験が終わり、11月より実装に向けた実証実験中
- 「Izuko」は観光客のスムーズな移動だけでなく、伊豆の事業者の業務効率化もサポート
- MaaSの必要性を丁寧に根気強くやり取りをした結果、多くの地元事業者の協力を獲得
- 働き方・生き方の多様化と共に、移動の仕方も多様に。地域観光型MaaSが新しい働き方に役立てる可能性あり
- 地方観光型MaaSを成功させるには、その地域の利益を考え、覚悟を持って動ける主体が必要

実装に向けた(最終段階の)実証実験開始。交通機関・観光施設をスマホで検索・予約・決済できる観光型MaaS「Izuko」

ー「Izuko」がどんなサービスなのか教えてください。

伊豆の旅行を便利にするためのサービスで、さまざまな交通機関を使った目的地まで最適なルート検索ができ、予約や決済までを一貫して行えます。また、提携する観光施設のや食事処の決済も可能で、スムーズに旅行に必要な手配ができます。

すでに2度の実証実験が終わっており、11月16日からは3度目の実証実験がスタートしました。これは実装に向けた最終確認という位置づけで、運用の確認や効果的な商品の見極めといった目的があります。

今回の実証実験にあたってのポイントは大きく3つです。まず1つ目はこれまで東伊豆、中伊豆までだったサービスエリアを、西伊豆から駿河湾フェリーを経由して駿河湾エリア、富士山静岡空港まで広げることです。これによってサービス対象のエリアが3倍になります。

2つ目は、コロナの影響で外出しづらくなっている人たちにも、安心して観光を楽しんでもらえるような仕掛けをつくることです。この場所に来なければ食べられない食べ物や見ることのできない景色、できない体験などオンリーワンのコンテンツを設計しています。具体的には、これまで20強だった観光コンテンツを、6倍まで増やしました。

3つ目は、対人接触を避けながら安全に、快適に観光できる仕組みをつくることです。もともと「Izuko」を使えば、決済画面を見せるだけで交通機関や施設を利用できるので、人との接触を避けられますが、それに加え、駅や施設の混雑情報が見られる機能を実装しました。

伊豆に観光でいらっしゃるのはシニア層が多く、スマホの扱いが不得手なため、「Izuko」を活用いただけていないケースが多かったです。そこで今回は若い世代で、SNSでの情報拡散も見込める20〜30代の女性にメインターゲットを設定し、UI設計や観光商品のコンテンツづくりを行っています。

ー新型コロナ感染症の影響もあると思いますが、プロジェクトは順調に進んでいるのでしょうか?

今のところは順調で、むしろ予定より早いペースで進められています。とくに空港やバス、電車などの交通機関との連携がスピーディーに進んでいて、見込みより1年ほど早く各拠点の強化ができている状況です。
MaaSを実装する場所として、なぜ伊豆を選んだのでしょうか?

まず、東急グループは60年ほど前から伊豆急行線を運行しており、その他にも多くのグループ会社が伊豆にあるため、新しいことを始めやすい環境がありました。

また、長い時間をかけて真面目に事業に取り組んできた実績があり、地元の方々から信頼いただいている点も大きかったです。信頼関係を築いてくださった先輩たちには非常に感謝しています。一朝一夕では築けない信頼関係は、お金では買えない財産だと思います。

立地的にも東京から近いため、観光客を取り込みやすいという狙いもありました。最近は観光客だけでなく、テレワークやワーケーションを希望する人たちを取り込む点でも、首都圏に近いのは非常に有利だと感じています。

MaaSは観光客の利便性だけでなく、地元事業者の業務効率化ももたらす

ー改めて「Izuko」を始めた目的を教えてください。

実は、観光客に対して便利な移動環境を提供することだけではありません。ITの力で業務を効率化し、伊豆の事業者の方々が、少ない人手で既存の事業を回せるようにすることも狙いでした。​

MaaSに必要なインターフェイスを作るにあたって、裏側では移動や観光に関するあらゆるデータを回収しています。そのデータは伊豆で仕事をする方々が事業の最適化、省力化に役立てられるのと思うのです。

観光客の方々の利便性向上は、既に実現しつつあると感じていますが、伊豆で受入を行う方々の業務のデジタル化、効率化は思ったより進んでいません。

業務効率化を成し遂げるには、「Izuko」に参加している事業者の方々がデータを見て分析し、改善するなどの積み重ねが必要です。そこで3度目の実証実験では、事業者さま向けの管理画面をつくっていて、さまざまなデータがリアルタイムで見られるようにしています。

我々がプロジェクトに携わり続けられる時間には限界があります。だからこそ、事業者の方々がそれぞれでデータを活用し、試行錯誤を繰り返す環境作りが重要だと考えています。結局は我々ではなく、伊豆の方々が主役だと思っていますので、彼らにちゃんと価値を提供するのも今回の実証実験の大きな目的です。

伊豆におけるMaaSの必要性を語り、地元事業者の仲間を増やす

ーMaaSの構築には関係者の巻き込みが不可欠かと思います。どのようにして進めていったのでしょうか?

一番苦労したのは、地元の交通事業者さまとの調整です。交通事業者さまからすれば、あらゆる乗り物がシームレスに利用できることは、脅威になる部分もあります。事業エリアや役割が決まっていて、線引きがはっきりなされていたからこそ、各社の利益とバランスが保たれていた背景がありますので。

そんな状況を乗り越えるには、MaaSの実現がいかに伊豆のためになるのかを少しずつ理解していただくしかありませんでした。

例えば、下田では、オンデマンド交通という新しい9人乗りのライドシェアサービスを立ち上げましたが、長年地元の移動を担ってこられた地元のバス会社さんの路線に抵触する部分もありました。大変な努力をされて、下田の駅から各方面への路線バスを維持されていますが、駅中心の路線体系では、宿から観光地へ、効率的かつ安く移動したい観光客ニーズに合わない部分もないとはいえず、移動の際に時間ロスが発生している現状もありました。

宿から観光地へ直接行ける乗り物があれば、観光客の方々はタイムロスせず観光を楽しめますし、地元の企業もたくさんお金を使ってもらえ、みんながハッピーになります。だからこそこの仕組みは絶対に必要なのだと、信念を持ってお願いをし続けたおかげで、地元のバス会社さんにも次第にご理解いただけるようになりました。結果、今回の新しい実証実験では、地元のバス会社さんにこのオンデマンド交通の運行をお願いできることとなり、路線バスとの抵触という制約がこれまでより薄くなったおかげで、走行エリアを倍以上に広げられました。

地元のバス会社さんも、コロナで観光客が減り苦しい時期に、このままのやり方ではダメだと危機感をお持ちでした。MaaSに本当に需要があるならば、よそ者に入られる前に自分たちでできるようになった方が良いと、思い切ってチャレンジしてくださったのだと思います。そうやって少しずつ仲間ができていくのは嬉しかったですね。

MaaS実現には、チャレンジしたい部下を後押しする上司・リーダーが必須

ーMaaSの実現にはどんな組織が必要なのでしょうか?

地域や目的によって変わるので一概には言えません。ただやはり、前例がないことに挑戦するので、チャレンジに尻込みしてしまう人には向いてないと思います。

逆に、チャレンジしたいという部下を引っ張り上げられる上司やリーダーが必要です。私自身、MaaSのプロジェクトを立ち上げた際、役員の誰からも否定的なことを言われなかったことに大変感謝しています。社長も含め「やってみなきゃわからないんだからやればいいじゃん」と後押ししてくれました。みなさんが味方をしてくれ、知見のある方を紹介してくれましたね。

ただ、最初は全然うまくいきませんでした。誰もやったことのないことをやろうとしていて、そもそもチームの中で目指すべきものの認識が揃っていなかったんです。そこで、いつ何をやるのかを明確に定義し、役割分担を徹底するようにしました。他の仕事の3~4倍は、TO DOの確認に時間がかかりましたが、それがしっかりできるようになってから順調にプロジェクトが回るようになっていきましたね。
(詳しくは、森田 創著『MaaS戦記 伊豆に未来の街を創る』をご覧ください)

働き方・生き方が多様化する時代に、役立つ観光型MaaSを

ー「Izuko」の今後の展望を教えてください。

まずは、現在取り組んでいる最後の実証実験で、あらゆる観光客の方々が、スマホさえあれば伊豆を快適に旅できるという理想の状態を実現したいと思っています。

そのうえで、まちづくりに貢献したいです。現在伊豆は高齢化率40%を超えていて、サスティナブルな街にするには観光客の方々だけではなく、週に1回、月に1回でも地域の事業に関わってくれる関係人口を増やすことが重要です。そのためにもワーケーションやテレワークができる場所をつくるなど、伊豆で働ける仕掛けをつくることが重要です。

人生100年時代のライフプランを見据えて、伊豆に移住しようと思ったり、2拠点目の活動の場をつくろうとしたりしている人たちの心に、火をつけていきたいですね。

ーMaaSは今後どうなっていくのでしょうか?

まず間違いなく、広がっていくと思います。

働き方や生き方が多様になっている時代、移動の仕方も多様になっています。毎日都心に通うといった単純な移動が起こらなくなり、これまで東急グループで行ってきたような、郊外に大きな街を作り、バスや鉄道で都心とつなぎ、消費を促すと言う、従来のトータルパッケージだけではない形が生まれています。

また、地方への移動も伸びていくと思います。地方で働くことがこれまでよりも簡単にできるようになっていますし、移住までしなくても、週末だけワーケーションをすることが可能で、そこに手当を出す会社も出てきているからです。

実際に、一週間だけ滞在して、午前中は仕事し、午後からは観光を楽しむ、といった働き方をする人も増えています。そんな働き方はこれからもいろんな場所で生まれると思っていて、我々が立ち上げた地方観光型MaaSモデルが役に立てるのではと思います。

とはいえ、MaaS単体で利益をあげるのは難しいです。ただ東急にとっての伊豆のように、人が増えることで利益が得られるのであれば、MaaSへ取り組むことが、最終的には自社の利益にもつながります。

MaaSの実現には、特定の地域のために責任を持って動ける主体が必要で、それは行政でも良いでしょうし、地方の交通事業者でも良いと思います。地域をどう良くしていくのか、ロングスパンで考え、地元の事業者たちを巻き込める、覚悟を持った主体がどんどん出てくると良いなと思っています。
森田 創
東急株式会社 
交通インフラ事業部 MaaS戦略担当課長

1974年、神奈川県出身。99年、東京大学教養学部卒業。同年、東京急行電鉄株式会社入社。渋谷ヒカリエ内の劇場「東急シアターオーブ」の立ち上げ、広報課長を経て、2018年4月より現職。2015年、初の著書『洲崎球場のポール際 プロ野球の「聖地」に輝いた一瞬の光』(講談社、2014年)により、第25回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。その他の著書に『紀元2600年のテレビドラマ ブラウン管が映した時代の交差点』(講談社、2016年)がある。

『MaaS戦記 伊豆に未来の街を創る』(森田 創)|講談社BOOK倶楽部

交通・観光・不動産・物流・行政サービス・遠隔医療・ワーケーション。MaaS(Mobility as a Service:マース)は21世紀の産業の交差点にしてアフターコロナの標準形!「日本初の観光型MaaS」を推進する東急で、プロジェクトリーダーを務める著者が、現場の熱気そのままに書き下ろした唯一無二のビジネス・ドキュメンタリー。
「10年後、20年後の東急を支える事業を創れ!」MaaSの意味も知らずに新規部署へ異動した広報課長が、伊豆半島の現実と悪戦苦闘しながら創り上げた〈未来の暮らしのモデル〉とは?

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