世界で加速するHRテクノロジーの活用。日本企業に求められる本当のチャレンジとは?
2021/2/4
ヒューマンキャピタルレポーティングの国際標準化
HRテクノロジーが活発化するとともに、2011年には、ISO(International Organization for Standardization:国際標準化機構)の中にHRマネジメントのテクニカルコミッティーであるISO/TC 260(Human resource management)が創設され、HRマネジメント領域での技術標準の開発が進んでいる。2020年末時点で、32ヶ国がPメンバー(Participating members)、26ヶ国がOメンバー(Observing members)となっており、日本は日本産業標準調査会がOメンバーとして登録されている。また、2020年末時点で以下の13の文書が出版されている(日本語訳は未出版)。
1. ISO 10667-1:2020: Assessment service delivery - Procedures and methods to assess people in work and organizational settings - Part 1: Requirements for the client
2. ISO 10667-1:2020: Assessment service delivery – Procedures and methods to assess people in work and organizational settings – Part 2: Requirements for service providers
3. ISO/TS 24179:2020: Human resource management – Occupational health and safety metrics
4. ISO 30400:2016: Human resource management – Vocabulary
5. ISO 30401:2018: Human resource management – Requirements
6. ISO 30405:2016: Human resource management – Guidelines on recruitment
7. ISO/TR 30406:2017: Human resource management – Sustainable employability management for organizations
8. ISO/TS 30407:2017: Human resource management – Cost-Per-Hire
9. ISO 30408:2016: Human resource management – Guidelines on human governance
10. ISO 30409:2016: Human resource management – Workforce planning
11. ISO/TS 30410:2018: Human resource management – Impact of hire metric
12. ISO/TS 30411:2018: Human resource management – Quality of hire metric
13. ISO 30414:2018: Human resource management – Guidelines for internal and external human capital reporting
この数十年での産業構造の変革により、特に先進国ではサービス業の比率が高まっている。日本でもサービス業が、GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)の70%超を占めている状況だ。製造業では製造設備などの有形資産が企業の成長を支えるが、サービス業では企業の成長は無形資産である人材に依存する傾向にある。そのため、投資家にとっては企業のHRマネジメントの在り方が投資判断の重要な要素となるが、財務諸表にはHR情報があまり開示されていない。そういった背景もあり、ISO/TC 260で出版済みの13の文書の中でも、2018年12月に出版されたISO 30414が世界中で高い関心を呼んでいる。ISO 30414はヒューマンキャピタルレポーティングのガイドラインであり、以下に示すHRマネジメントの11の領域における58のメトリック(測定基準)でHR情報を定量化・データ化し、レポートすることを求めている。ヒューマンキャピタルとは人材を資本ととらえる考え方であり、ISO 30414は人的資本のROI(Return On Investment)を高めるためのガイドラインともいえる。
1. Compliance and ethics(コンプライアンスと倫理):5 metrics
2. Costs(コスト):7 metrics
3. Diversity(ダイバーシティ):5 metrics
4. Leadership(リーダーシップ):3 metrics
5. Organizational Culture(企業文化):2 metrics
6. Organizational health, safety and well-being(健康経営):4 metrics
7. Productivity(生産性):2 metrics
8. Recruitment, mobility and turnover(採用・異動・離職):15 metrics
9. Skills and capabilities(スキルとケイパビリティ):5 metrics
10. Succession planning(後継者計画):5 metrics
11. Workforce availability(労働力):5 metrics
欧州では数年前から、上場企業を対象にHR情報のレポートが義務化されているが、ISO 30414の出版を受けて、米国でも2020年11月9日からHR情報のレポートが上場企業に対して義務化された。レポートすべきメトリックについては現状各上場企業の判断にゆだねられているが、ISO 30414に準拠することが推奨されている。
HRテクノロジー活用による経営の高度化
・ レベル1:要求に応じてHR情報をレポートする
・ レベル2:ビジネス課題を特定し、標準のダッシュボードを用いて、意味のある洞察をレポートする
・ レベル3:ビジネス部門や財務部門とデータ連携し、レポートに加え、HRのインパクトを定量的に示す。
・ レベル4:経営戦略に対して、HRの課題や改善方法を提示し、ビジネスや財務の視点でHRのインパクトを将来にわたって計画する。
こういった経営の高度化をサポートするHRテクノロジーツールが多く開発されており、HRデータがダッシュボードで表示できる環境が構築できていれば、例えば以下のようなことがリアルタイムに自動で提示されることも期待できる。
・ 労働力の生産性:人的資本ROIを測定し、トラッキングする。
・ パフォーマンス:ハイパフォーマーによるビジネス価値を発見し測定する。
・ 採用:ベストタレントのプロフィールとソースを学習し、採用の質のインデックス(Quality of hire index)を開発する。
・ 離職とリテンション:退社するか会社に残るかを選択する理由のキードライバーを特定する。
ラーニング:ラーニングのビジネスに対するインパクトやタレントの価値を定量化する
・ 従業員エンゲージメント:タレントマネジメントライフサイクルにわたって、エンゲージメントの価値、インパクト、ドライバーを特定する。
・ マネジメント:リーダーシップと生産性、パフォーマンス、離職、エンゲージメントなどとの関係性を探索する。
他にも、複数のメトリックにおけるデータをクロス分析したり、また、時系列でデータが蓄積されている場合は、それらのデータに基づいて将来を予測したりすることもできるだろう。
日本企業にとってのHRデジタルトランスフォーメーションのチャレンジ
また、SDGs(Sustainable Development Goals)やESG(Environment、Social、Governance)投資が世界の潮流となっており、特に人材に対する差別をなくすことが企業にも求められている。この文脈においては、日本企業の年功序列という仕組みは、年齢差別として批判されることがある。また、終身雇用制度の裏には定年制があり、これも年齢差別として批判されうる可能性もある。HRマネジメントにデータやデジタルテクノロジーを活用することは、差別のない公平な経営をすることを意味し、長年続いてきた日本企業の仕組みを変革する必要に迫られていると言えるだろう。
デジタルテクノロジー自体はすでにさまざまな準備が進められており、HRデジタルトランスフォーメーションは、実行する気にさえなれば、テクニカルな面では難しくない。むしろ、長年にわたって馴染んできた制度や仕組みを変革する経営の意思をもつことが日本企業にとっての大きなチャレンジとなるだろう。
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授
日本パブリックアフェアーズ協会 理事
東京大学工学部金属工学科卒業。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。
日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、
株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。
「技術」「戦略」「政策」を融合させた「産業プロデュース論」を専門領域として、さまざまな分野の新産業創出に携わる。