農業×DXで、「稼げる農業」は生み出せるのか。宮崎県・新富町「新富アグリバレー」に集う農業ベンチャーと共に、日本の農業の未来を探る

宮崎県の新富町という人口約1万7,000人、約8km四方の小さな町が、日本の農業をDXで変えるスマートアグリの発火点として、いま大きな注目を浴びています。その火付け役となっているのは、宮崎県新富町役場が設立した地域商社 一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(以下こゆ財団)です。こゆ財団は「100年先も続く持続可能な農業を実現」というビジョンのもと、新富町を農業スタートアップの集積地とし、農業者の課題解決や稼げる地域経済の実現を目指して行動を開始。さまざまな農業ベンチャーが集まる場所へと変わってきています。新富町では、今どんなことが起こっているのか、また今後、日本の農業はDXでどう変わることができるのか。こゆ財団の執行理事を務める高橋 邦男氏と、そのパートナーである農業ベンチャーのテラスマイル代表取締役 生駒 祐一氏にお話をうかがいました。

ざっくりまとめ

-新富町の役場が出資したユニークな地域商社の「こゆ財団」が、「100年先も続く持続可能な農業を実現」というビジョンのもと、新富町をスマート農業の集積地とする活動をスタートした。
-農業ベンチャーであるテラスマイル株式会社は、こゆ財団との連携をきっかけに、新富町に本社移転。
-こゆ財団が立ち上げたスマート農業推進協会の会員企業であるAGRISTは、生産者のビニールハウスの横で野菜収穫ロボットの開発を行う。
-農業ベンチャー・テラスマイルは自社製品「RightARM」で農業経営を見える化。「生産性を高め、単価を上げ、品質を良くする」をデジタルで実現することを目指す。
-地元農家がDX化するには、生産者と同じ目線で一緒に考えたり、現場とつながって一次情報を知ったりして、寄り添っていくことが大事。

人手が足りない、農産物が売れない地方が抱える課題をビジネスチャンスに。「世界一チャレンジしやすいまち」を掲げるユニークな地域商社「こゆ財団」

―まず、地域商社として活動する「こゆ財団」とは一体どういう組織なのでしょうか?

高橋:こゆ財団は宮崎県新富町の地域商社です。新富町は約2,200ヘクタールもの農地があり、キュウリやピーマンなどの施設園芸野菜をはじめ、牛肉・鶏肉などの畜産品、さらにコメやウナギ、茶など、たくさんの農畜産物が採れています。

一方、この町も他の地域と同様、人手不足や高齢化といった課題を抱えています。新富町役場は農業を主軸として、こうした地域課題の解決に取り組む専門チームをつくろうと、2017年に役場が出資して一般財団法人こゆ地域づくり推進機構(こゆ財団)を設立しました。

―こゆ財団は自治体によって設立された団体ということですが、非常に珍しいですね。

高橋:私たちは「世界一チャレンジしやすいまち」というビジョンを掲げており、主な業務は町から委託された「ふるさと納税」の運営で、この3年間で累計40億円以上の寄付につなげています。この事業を通じて得られた利益を人材育成に投資するモデルというのは、現在に至るまで他に例はないと聞いています。

私たちは商社として、農家から農産物を独自に集荷して野菜の定期便をつくったり、希少価値の高い新富町のライチをブランド化し、1個1,000円で売り出したりといったことに成功しました。昨年グッドデザイン賞もいただき、私たちの実績の一つになっています。

「100年先も続く持続可能な農業を実現」新富町を農業スタートアップの集積地とする「新富アグリバレー」開始

―こゆ財団が、特にスマート農業に力を入れ始めた理由を聞かせてください。

高橋:新富町には多くの農家が、仕事としての農業だけでなく、自治会活動や伝統芸能など、町の隅々で活動を行う中心的な存在になっています。加えて、農業は飲食や流通や小売などの産業とも密接につながっているため、農業が儲かる産業として成立すれば、その好影響は地域全体に波及し、地域の持続可能性が高まると考えました。

今後、人口は確実に減少します。これからの農業は少ない人手でいかに多くの農地を有効に活用し、収量増や収益増に結びつけるかがテーマになってきます。テクノロジーはそのテーマの解決手段として大きな可能性を秘めていることから、私たちは新富町でいち早くその導入をはかろうと、スマート農業の実践に着手しました。

私たちはスマート農業を推進する上で、JAや役場、ベンチャー企業、地元農家といった異なる立場の方々がつながり、情報の共有や技術開発、実証実験がやりやすい環境を築くことが重要だと考えました。どれだけ優れたテクノロジーも、農業の現場とつながってこそ初めて役立つものになるということを新富町の農家の声から気づいていたからです。そこで私たちは、2019年に「スマート農業推進協会」を設立しました。スマート農業のスタートアップ集積地をつくるために、新富町内の空き店舗を改装してシェアオフィス「新富アグリバレー」をオープンし、そこに事務局を置きました。

現在、私たちはスマート農業推進協会のビジョン「100年先まで持続可能な農業を実現する」に共感してくださった会員企業の方々とともに、地元農家らとも連携し、スマート農業の普及啓発に取り組んでいます。

2020年はコロナ禍の影響で対面での議論の機会はままなりませんでしたが、オンラインセッションという形式を活用することで対面以上に多くの方々との接点を作ることができました。スマート農業のリーダー人材を登壇者にお招きして2回実施したオンラインの「スマート農業サミット」では、事前申込だけで500名以上が興味関心を寄せてくださっただけでなく、東京のAgVenture Labとの連携協定が実現するなど、全国のリーダー人材と新富町をつなげることができました。

たとえば、ENEOSホールディングス様は2020年10月に新富町と連携協定を締結したのですが、これはスマート農業推進協会の「スマート農業サミット」に同社の人材が参加してくださったことがきっかけでした。同社は持続可能なエネルギーの活用という観点でスマート農業の推進に関心を持っていただいていて、新富町ではソーラーシェアリングを活用した実験農場を町と連携して実現していくことが発表されています。

生産者のビニールハウスの傍で、野菜の自動収穫ロボットの研究が進む

―2020年度から農水省のスマート農業実証プロジェクトに採択され、ベンチャー企業とともにユニークな実験を進めていますね。

高橋:はい、昨年は「スマート農業」というキーワードが、想定以上に市民権を得たように感じます。新富町で2019年に設立した農業ロボットベンチャーのAGRISTが野菜自動収穫ロボット開発に取り組んでおり、地元ニュース番組でも取り上げられる機会が増えてきました。AGRISTは農家のビニールハウスのすぐ脇にラボを設置していて、農家と二人三脚で開発しています。
―この野菜自動収穫ロボットの特徴について簡単に教えてください。

高橋:このロボットは農家の声から生まれたもので、いままでにない「吊り下げ式」を採用しています。ハウス内をロープウェーのように宙吊りで移動するところが特徴で、移動しながらカメラが野菜を認識し、ロボットハンドを伸ばして野菜を収穫する仕組みになっています。

ロボットにとって収穫の難易度が最も高いとされるピ―マンからチャレンジを始めたところ、適期のピーマンを99.9%まで認識できるようになりました。現在はより高い精度の認識と収穫にチャレンジしていて、今後はキュウリやトマトなどの収穫も視野に入れて開発を進めています。

AGRISTの野菜自動収穫ロボットと並んで、農家の課題解決に役立つサービスとして実績を重ねているのが、テラスマイル株式会社の「RightARM」です。こゆ財団を代表機関とするコンソーシアムは、令和2年度に農水省スマート農業実証プロジェクトに採択をいただいて、この二社が実証企業として参画してくださっています。なかでもテラスマイルの皆さんは3年近く前から新富町の農家の経営の見える化に協力してくださっていて、同社の提示される予測データは農家からの信頼も厚いものがあります。今後ますます重要度が高まっていくものと感じています。

農業経営の見える化で、儲かる農業サイクルをつくる

―なるほど。では、テラスマイルの事業についても教えてください。

生駒:私たちは、日本の未来のために、農業のデジタル化や、データ活用の文化を創っていこうと力を注いでいる企業です。このデジタル化の波を逃すと、また農業が儲からない職業になってしまうという課題意識から、宮崎県のほかにも、熊本県・鹿児島県で導入実証を行っています。国の研究機関である農研機構とも連携し、出荷予測やシミュレーションといった技術の体系化と研究開発を進め、政策提案を行っているところです。

農業経営者がしっかり稼いで納税できる流れをつくるためには、農産物がいくらで売れるのかを明確にして、儲かる体制をつくらなければなりません。昔からの課題をデジタルで変革するために「テキカ(摘果)・テキシュウ(適収)・テキコスト(適コスト)」というキーワードを掲げて、サービスを提供しています。
―具体的にどのようなDXサービスを提供しているのでしょうか?

生駒:農業に関わる情報(圃場面積・栽培記録・出荷量・売上数字など)を可視化するクラウドをベースとしたデータ基盤サービス「RightARM」を提供しています。自動的に収集したデータを、グラフや表で視覚的に分かりやすく表示し、作戦検討や社内教育などに活用してもらい、儲かる農業の流れをつくる。これが、私たちが考えるDXです。

アグリテックには多くの技術がありますが、日本はガラパゴス的な状況をつくりがちな傾向があるため、ドローンもロボットもシステムもほとんどが自社製です。私たちは、それらを一元化するゲートウェイを農水省と一緒につくり、どのメーカーのセンサー情報でも集約することを目指して、RightARMを開発してきました。今年2月、WAGRI会員向けのフリーツールとして、一つ目のサービスをリリースしたところです。

「農業のデータは、農業の現場が細かく日々の情報を入力しないとシステム上で活用できない」と思い込んでいる方々もいます。しかし、そんなことはありません。そのようなケースでは、タッグを組むIT企業に農業の現場ノウハウが足りていないことが多いです。私たちは誰でも操作できるサービスの提供を行い、農業が対等な関係でフードバリューチェーンの中で、所得を向上できるようにしたいのです。まずはRightARM上でデータを活用して、約10%の経営効率を改善してもらいたいと考えています。生産性を高める、単価を上げる、品質を良くする。それらをデジタル化の技術を持つ私たちが農業経営者の持つ勘と経験、志を支援することで成し遂げようということです。

ただし、データ一辺倒を推奨するわけではありません。農業経営者の勘と経験を完全に代替することはできないからです。人の持つ勘と経験、そして心理は非常に複雑です。あくまでデータは勘と経験を補完するものであり、融合することが大切だと考えています。

まず新富町から農業をデジタル化し、全国へ

―こゆ財団とテラスマイルがパートナーを組むことで、何か相乗効果はありましたか?

生駒:私たちは、県や市、経済連などの団体と一緒に事業を進めていますが、こゆ財団はその中の重要パートナーの一つです。私たちにとってこゆ財団は守り神みたいな存在なんですよ(笑)。お取り組みするようになってから、JAアクセラレータープログラムで優秀賞をもらったり、JR東日本スタートアップやMicrosoft for Startupsの採択が決まったり、今年3月にはJAグループ、オイシックス・ラ・大地が運営するFuture Food Fund、関西電力のCVCであるK4VenturesとのシリーズA第三者割当増資が完了したりと、かなり運気がアップしました。経営者にとって、運気は大切です(笑)。

実際、2019年に新富町に本社を移転してから事業が急拡大し、新富町のプロジェクトを含めて、5ヵ所で私たちのRightARMを導入いただいています。内閣府のデータ分析に関するモデル事例として、RightARMは来年度から、農林水産省を通じて普及していただくことにもなりました。

いま農林水産省などは、トータルで約500億円の予算をスマート農業/農業DXといったソフトウェア事業やデジタル化事業に充てています。従来までビニールハウスやトラクタなどの補助金は出ても、ソフトウェアは補助金の対象外だったんです。しかし来年から、デジタル投資にも補助金が出るようになります。その波に乗り、まず新富町から農業をデジタル化して、それを日本全国に広げていきたいと思っています。

―最後にお二方にお訊ねします。地域資源を活かし、自治体や地域企業、一次産業の方々のデジタルシフトを推進する際に、肝になるメッセージがあれば教えてください。

生駒:やはり生産者と同じ目線で一緒に考えることが大事だと思います。この10年でExcelを活用している農業経営者もかなり増えています。産地や経営者のITに関する理解度も二極化してきました。私たちはITやデータを活用して経営・産地を強化したいと考えている方々に、戦略的にデータを活用できる世界を知っていただくことが、今後の産地・部会の勝ち筋だと考えています。農業経営者・部会長にはその使命と責任があります。

いま日本の農業は、先進国のなかでも小規模農家が多いのですが、オランダに限らず、先進国では少人数で大規模農業を行うことで、若い方が参入して稼げる農業の構造を整えています。日本が同じことを実現するためには、成長していく農業経営者を徹底的に応援して、彼らが他の方々をケアする仕組みをつくっていかないと、地域全体でお金を生み出すことができないと感じています。

高橋:生駒さん同様、現場を知ることが一番大切だと思っています。私たちは行政がつくったチームで、多様な関係者の間を取り持つ立場ですが、その役割を担うことができるのは現場とつながって、現場のことを知っているからです。

ありがたいことに新富町では、規制概念に囚われない若手のが、いま何が課題なのか、何が必要なのかということを一緒に考えてくださっています。現場の声さえ把握できれば、先進技術を持つ企業と連携したいというニーズを発掘できます。さらに、それを行政に伝えれば、支援していただける体制も整っています。

ですから、やはり一次情報が大切です。現場の声を常に聞くこと。それを失ってしまうと、従来のロボットのように、どうやったらハウス全部の作物を収穫できるかという発想になってしまい、農家に手の届かない高額なものになってしまいます。そうではなくて、いかに現場の視点を持ち続けて、彼らと寄り添っていくことができるかが一番大事だと思っています。

高橋 邦男

一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 執行理事

四国・関西の編集プロダクションを通じて講談社やリクルートといったメディアの企画編集に20年間携わった後、2014年にUターン。地元行政広報紙の官民連携プロジェクトチーフディレクターを経て2017年4月より一般財団法人こゆ地域づくり推進機構 事務局長。こゆ財団の情報発信やプレスリリース配信など、窓口/広報として活動中。広報/編集/ライター人材育成講座などの講師としても登壇している。2020年4月より現職。

生駒 祐一

テラスマイル株式会社 代表取締役

大手システムインテグレータ ソリューション企画・農業法人の運営を経て、2014年にテラスマイル株式会社を創業。独自のデータ分析技術・手法を用い、営農者の”販売交渉力の向上”を後押しするサービス「RightARM」を現在150ユーザに提供している。グロービス経営大学院2010年卒業(MBA)。IBM BlueHUB 第一期、農林水産省 「協同農業普及事業に関する意見を聴く会」有識者(2019)、農研機構WAGRIアドバイザリーボード、スマート農業加速化実証事業(数カ所でデータ分析を担当)、宮崎県農業経営指導士など。

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