脱炭素時代の到来、日本企業も待ったなしの「脱炭素経営」の潮流

2020年10月、菅政権は2050年にカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言し、その後、経済産業省は「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定しました。今や脱炭素、カーボンニュートラルの取り組みはCSRとしての一分野にとどまらず、企業の成長戦略に必須の要素であると、JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ:2009年に発足した、日本独自の企業グループ。脱炭素社会への移行を先導することで、社会から求められる企業となることを目指す)の事務局は語ります。ビジネスにおける脱炭素の必要性や、海外と比較した日本の現状、DXによる温室効果ガスの削減方法など、多方面からお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- 2015年COP21パリ協定採択で、世界の主要国の多くが脱炭素、カーボンニュートラルに向けた取り組みを本格化させた。

- 日本では2017年にリコーが、将来的に再生可能エネルギー使用率100%を目指すことを宣言。国内企業の多くが後に続いた。

- 海外ではデジタルを駆使した発電側、需要側の柔軟な連携や、排出したCO2に対するカーボンプライシングの検討・導入が進んでいる。

- 2021年4月に米国が主催した気候サミットにおいて、アメリカや日本は温室効果ガスの削減目標を引き上げた。バイデン政権への移行に伴い、世界の脱炭素政策は加速している。

「低炭素」から「脱炭素」へ。転機は2015年のパリ協定

―まず、JCLPの概要を教えてください。

JCLPは2009年に発足した企業グループです。気候変動に危機感を感じ、パリ協定(※1)に賛同する190以上の企業が参加しています。その内、正会員が31社で賛助会員が162社です。会員企業間にて活動検討・情報共有を行い、政策提言などにも取り組んでいます。

(※1)2015年にパリで開催されたCOP21(第21回国連気候変動枠組条約締約国会議)で採択された、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための国際的な枠組。

―数年前からビジネスの現場においても「脱炭素」、「カーボンニュートラル」というフレーズを頻繁に耳にするようになってきました。脱炭素とビジネスの融合が求められる理由を教えてください。

もはやビジネスにとって脱炭素とはCSRの一環ではなく、企業の成長戦略に不可欠な要素です。温室効果ガスの過剰な排出で気候変動が進み、災害が多発して人々の認識が変化してきました。数十年前と比較して頻繁に気象災害が発生している現状を見て、以前とは明らかに地球環境が変わったと認識している人も多くいるでしょう。人々の認識が変化すると政策も変化します。さらに長期視点の投資家の方々も企業に対して脱炭素に舵を切るよう要請するようになり、金融にも変化が生じます。企業を取り巻くさまざまな要素が変化することで、市場では脱炭素を掲げた製品やサービスが増加するわけです。今や脱炭素は、企業にとって対応しなければならない潮流です。

―ここ数年で脱炭素へのシフトが急激に進んだのはなぜでしょう?

2015年当初までは「脱炭素」ではなく「低炭素」というフレーズが主に使われていました。1997年の京都議定書で決まった「温室効果ガス排出量を6%削減する」という目標を日本が掲げていた時代です。転換期はやはり2015年COP21でのパリ協定採択です。JCLPは視察団を結成し、リコーやLIXILの役員などが参加しました。ビジネス関連イベントではグーグルやユニリーバ、IKEAなどのCEO自らがパリに結集し、脱炭素の道に進むと宣言しました。脱炭素に向けた取り組みを進めることで経営リスクを低減し、企業価値を上げていく、というように経営戦略として語られている姿は衝撃的だったと聞いています。視察参加者の中には「パリ協定は時代の転換点であり、自らの経営戦略への反映も必須なんだと、その場にいたからこそ感じ取れた」と語る方もおり、その後、日本で積極的に発信していただきました。

日本企業として初の自然エネルギー100%へのシフトを表明。先駆者リコーの決断

―2015年が一つの転換期だったんですね。

そうですね。その2年後、2017年にリコーが「RE100(※2)」への参加を宣言しました。わずか4年前の話ですが、日本企業が再生可能エネルギー使用率100%を実現することはまったく現実的ではないと思われており、当時の日本企業の多くは「信じられない」というような反応でした。取材依頼も殺到していたと聞いていますが、その記事などでは、成長性を高めリスクを低減し企業価値へとつなげるためにRE100宣言を決断したと明確に述べられていました。リコーは以前からコピー機をリサイクルして、再度完成品にするなど、環境保護に対して意欲的に取り組んできた企業です。この企業風土のもとCOP21への視察団に参加し、RE100等の脱炭素検討に、いち早くリコーが取り組んでいなかったら、今の日本企業の脱炭素への取り組み状況はまったく違うものになっていたと思います。
(※2)企業の再生可能エネルギー使用率100%化を推進する国際協働イニシアチブ。

―相当なインパクトだったんですね。リコーのRE100の参加から、後に続く企業はどのくらい出てきましたか?

JCLP会員企業から、続いてアスクルや積水ハウスがRE100に参加しました。イオンや富士通などもそれに続き、日本企業が10社を超えた頃からは、日本企業の中で、RE100への参加が脱炭素の推進や実践において、有力な選択肢となっていきました。RE100に参加する日本企業が増えるにつれ、それまでほとんどなかった再エネ100%電力メニューの提供が増え、RE100を取り上げる記事数も増加していきました。それにつれ、電力政策を検討する政府委員会の場などでも、RE100への言及が頻繁に行われるようになりました。これらは、RE100という名前自体が持つシンプルかつ意欲的なメッセージ力によって、再エネ100%を求める企業の存在、姿勢が明確に伝わった結果だと考えています。

発電側、需要側が柔軟に連携するDXの可能性

―カーボンニュートラルを実現するにあたって、DXはどのように関連してくるでしょうか?

国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)は今年5月、「IEAロードマップ(Net Zero by 2050: A Roadmap for the Global Energy Sector)」を公表しました。このレポートでは、排出削減貢献度の高い順に「太陽光発電」、「風力発電」、「電気自動車・トラック」「ヒートポンプ」などをあげています。太陽光発電と風力発電は、既に遠隔コントロールされているものもあると聞いています。車載器も20年前頃からインターネット通信に対応していますし、最近ではスマホで自宅のエアコンを遠隔操作できるようになりました。これらは現状それぞれ単独で通信制御されていますが、将来的には互いにデジタルで柔軟に連携していく可能性が高いと考えています。

また、これまで発電側で対応することが多かった電力の供給安定化にも、変化が起きると思います。2019年にニューヨーク州のエネルギー責任者から聞いた話によると、同州の複数の場所では、1年で最も電力使用量が多いごく僅かなピーク時間帯のためだけに、変電所や送電網に1千億円程度の投資が必要という状況でした。そこで対策案を広く募集し、需要側への太陽光発電、蓄電池、効率化、コージェネレーション(※3)、デマンドレスポンス(※4)などの導入を行ったところ、投資額を数百億円におさえることができたと言います。また、電気の使用量や基本料金が減り、停電対策にもなるなど、需要側にも分かりやすい効果が表れたとのことです。もし変電所や送電網に莫大な投資をしていた場合、1年のうち僅かな時間だけの効果に留まり、需要側にもほとんど実感がないと考えると、投資の効果に大きな差が生まれた例だと思います。

日本では脱炭素、カーボンニュートラルと聞くと無理して節約や投資するイメージがあるかもしれませんが、ニューヨーク州ではデジタルの力を活用して快適で住みやすい社会に変え、都市の競争力を上げていくという考え方で、脱炭素の取り組みも推進されているわけです。

(※3)天然ガス、石油、LPガスなどの燃料を用いて発電し、その際に生じる廃熱も同時に回収するシステムのこと。
(※4)電力使用量の多い時間帯に料金を上げたり、ピーク時に使用を控えた消費者にインセンティブを支払ったりすることで、電力供給を安定化させる仕組みのこと。


―そのほかにも、海外の先進的な事例があれば教えてください。

温室効果ガスの排出量に応じて価格付けする「カーボンプライシング」が欧州を中心に、世界的に導入されています。さらにEUは7月に「国境炭素調整措置の導入方針」を公表しました。これは、カーボンプライシングが低い国からの輸入品に対し、EU企業が不利にならないよう調整する制度です。これからの時代、温室効果ガスを排出すればするほど負担が増え、企業だけでなく国家間の競争力にも影響を与える時代になっていくと思います。

バイデン大統領が見せた脱炭素への本気度に世界が共鳴

―今年11月にイギリスでCOP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)が開催予定です。アメリカの大統領がバイデン氏に変わって初のCOPですが、脱炭素の取り組みはどのように変化するとお考えですか?

4月に米国主催の気候サミットが開催されましたが、さらなる変化の兆しが現れています。パリ協定に復帰するアメリカが主導し、温室効果ガスの排出削減目標を引き上げようと世界に呼びかけました。日本はこれまで「2030年度に2013年度比で温室効果ガス26%削減」という目標を掲げていましたが、目標を46%削減にまで引き上げています。アメリカをはじめ、カナダなども削減目標を引き上げており、COP26を待たずにバイデン大統領の存在は世界の脱炭素政策に影響を与えているように思います。

―最後に、JCLPとしての今後の展望を教えてください。

諸外国と比べて、日本における脱炭素の取り組みはまだまだ遅れていると感じています。カーボンプライシングを導入するにも、「なぜ導入する必要があるのか?」、「どのような効果があるのか?」といった基本的な情報が国民に届いていません。脱炭素、カーボンニュートラルは企業にとっても、国民にとっても喫緊の課題です。やる、やらないの問題ではなく、脱炭素はやるしかないという認識をJCLPでは共有しています。JCLPは引き続き、持続可能な脱炭素社会実現を目指し、脱炭素とビジネスの融合に取り組んでいきます。
JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)

脱炭素社会の実現には産業界が健全な危機感を持ち積極的な行動を開始すべきであるという認識の下、2009年に発足した日本独自の企業団体。幅広い業界から日本を代表する企業を含む193社が加盟(2021年8月現在)。加盟企業の売上合計は約121兆円、総電力消費量は約61TWh(海外を含む参考値・概算値)。脱炭素社会実現への転換期において、社会から求められる企業となることを目指す。
2017年より国際非営利組織 The Climate Group の地域パートナーとして 日本におけるRE100、EV100、EP100の窓口・運用を担う。横浜市との包括連携協定の締結や日本独自の新たな枠組み再エネ100宣言 RE Action を共同主催するなど、海外機関や自治体との連携も進める。

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