■化合物の合成経路の実情
創薬や材料化学の分野では、新規化合物を作ってはその物性や機能を実験によって確かめるということが日常的に行われている。目的となる化合物の合成ルートを設計する上での最大の課題は、膨大な過去の報告例や自身の知見を元に、数多くの可能性の中から真に実用的な合成ルートを見出すことだ。
例えば、創薬現場において、ある医薬品を治験入りさせるまでに、一つのプロジェクトで数千もの新規化合物が生成されている。合成経路の設計には多くの試行錯誤を必要するため、試薬や研究にかける時間など非常に多くのコストが投下されているのが実情だ。
■従来の逆合成解析AIアルゴリズムにおける課題
逆合成解析とは、有機合成化学の多段階合成において、目的とする化合物を得るための効率的な合成経路を決定する方法である。目的とする分子を、単純な構造の前駆体へと繰り返し切り分けることで、各々の前駆体を入手容易な、もしくは市販されている化合物へと導くという仕組みだ。
これまで逆合成解析には、深層学習、強化学習、モンテカルロ木探索などのアプローチがとられてきた。しかし、それらの手法は、様々な評価方法で有効性が検証されてはいるものの、未だ合成経路自動設計問題を解決する決定打にはなっていない。その理由の一つとして、「経路の案を一つしか出さない」ことが挙げられる。これらのアルゴリズムでは、提案された経路が満足できるものでなかった場合に、それ以上の発展が見込めず、人間が経路を設計する時の支援としては不十分である点が課題とされている。
■「compRet(コンプレット)」の特徴
同社が販売を開始するのは、化合物の合成経路を網羅的に設計する逆合成解析AIアルゴリズム「compRet(コンプレット)」だ。東京大学大学院・新領域創成科学研究科に所属する渋川亮祐氏が開発したアルゴリズムで、囲碁AIや将棋AIなどでも活用されているようなAND/OR木探索を、逆合成解析の合成経路設計に応用したものである。「Comprehensive Retrosynthesis(包括的な逆合成)」の頭文字から命名された。
「compRet」の最大の特徴は、化合物の合成経路の候補となる解を重複なく網羅的に出力した上で、様々な経路設計を行える点だ。出力された様々な経路を評価し、スコアが上位のものを取り出すことで、効率よく逆合成解析ができる。ニーズに合わせて、逆合成経路の出力を自由に設定できる機能や、出力される数十万経路の中から不要な経路を自動で弾く機能も実装済とのこと。
■今後の期待
これまで逆合成解析で用いられてきた手法では、化合物の合成経路を一つしか出すことができないために、人間が経路を設計する時の支援としては不十分であることが大きな課題であった。今回同社が販売を開始する「compRet」の普及が進めば、網羅的な経路設計が可能となり、逆合成解析の効率性が飛躍的に向上することが期待される。