フィンテックはICT(情報通信技術)と金融サービスを融合させることで、新たな価値を生み出すイノベーティブな分野です。派生するビジネスは多岐にわたり、キャッシュレス決済のほか、ネットバンキング、ブロックチャーン、ビットコイン、AIによる金融アドバイスなど、さまざまです。そんなフィンテックのなかでも、今後注目されるであろうトレンドや、起こりうる変化について解説します。
まずはフィンテックについておさらいしておこう
フィンテックの未来像や今後のトレンドを語る前に、まずは基本情報についておさらいしておきましょう。
フィンテックとは?
フィンテック(FinTech)は金融(Finance)と技術(Technology)を組み合わせた造語です。以前からコンピュータの処理能力が向上し、高度な計算が可能になったことで、金融の現場ではテクノロジーの活用が進められてきました。2000年代に入ると、IT企業がAIやビッグデータの活用、ブロックチェーンといった最先端のテクノロジーを武器に金融業へ進出するケースが目立つようになります。とくに2008年のリーマンショックを契機に、大手金融機関の倒産が相次ぎ、金融業界が再編されました。そんな混乱期にテクノロジーと金融工学を融合させた、新たな金融サービスが次々と登場し、フィンテックという言葉が広がっていきました。それまでは金融サービス自体が整備されていなかった途上国や新興国にもその波が広がり、スマートフォンの普及も重なり、フィンテックの研究が盛んに行われるようになっています。
フィンテックが普及していく背景
フィンテックが普及した背景には、2000年代に入り、急速に向上したコンピュータの処理速度が関係していると言われています。私たちが日常的に使っているスマートフォンの処理能力も1999年に販売されていたスーパーコンピュータの30倍以上になっています。こうした技術革新によって大規模なシステムやネットワークが必要だった金融サービスに参入しやすくなったことが、テクノロジーと金融を融合させた新しいサービスが次々と生まれる土壌になったと考えることができます。さらに幼い頃からスマートフォンやタブレットPCが身近にあり、ITリテラシーの高い世代が成長し、ビジネスの世界に足を踏み入れるようになり、伝統的な金融サービスと異なるフィンテックのアイディアを考案した点も普及を後押ししたと言えます。
世界中ではフィンテックの規模が拡大している
今後も成長が見込めるという投資家や起業家の判断から、世界中でフィンテックへの投資が広がっています。アメリカでは2018年に投資額が170億ドルを突破し、中国ではさらに巨額な255億ドルという投資額を2018年に記録しています。一方で日本では2018年の投資額が5億ドル程度と、伸び悩んでいます。
日本におけるフィンテックの普及状況とは?
では、なぜ日本ではフィンテックへの投資が伸び悩んでいるのでしょうか?ひとつには現金決済に対する信頼度が高く、クレジットカード決済を含む、キャッシュレス決済の普及が進んでいない現状があります。スマートフォンによるQRコード決済も2019年あたりからようやく身近な生活圏でも利用できるようになってきました。また、銀行やゆうちょなどの店舗やATM網が整備されており、現金を引き出したり、コンビニで支払いを行えるシステムが整っている点も、諸外国と比べ、フィンテックの普及が遅れる要因となっていると指摘されています。
フィンテックで知っておくべきトレンド
日本では諸外国と比べ、普及が遅れていると言われるフィンテックですが、諸外国に目を向けると、市場が拡大し、今後も注目される業界です。また諸外国で広がった新しい金融サービスはいずれ日本にも上陸します。そのためフィンテックのトレンドにはどんなものがあるのか、知っておくことは大切です。
伝統的な金融機関が衰退している
パソコンやスマーフォンを使ったオンラインバンキングでは送金がスピーディに行えるだけではなく、サービスにかかるコストも低いため、手数料なども引き下げられます。店舗やATM網を整備する必要もないため、伝統的な金融機関よりも高い利益率で営業することが可能になります。そのためデジタル化に乗り遅れた伝統的な金融機関は衰退する道を辿っています。
業務の自動化が推進されている
金融機関での業務には定型的でルーティーンな作業が多くあります。従来は人の手によって処理されていましたが、AIを搭載したソフトウェアを活用することでこうしたルーティンワークを代行・自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーションというテクノロジーが普及しつつあります。工場でのオートメーションやロボットを導入した作業の効率化はブルーカラーの現場が中心でしたが、RPAは事務作業といったホワイトカラーの業務を自動化します。少ない人員で金融機関も運営できるようになるため、業務を自動化することで余剰なスタッフを削減する効率的な働き方が推進されるようになってきています。
キャッシュレス化が進んでいる
フィンテックによって通貨のデジタル化が進みましたが、主に二つのキャッシュレスの流れがあります。ひとつはスマートフォンや非接触型カードで決済する電子マネーです。日本では交通機関で利用できる非接触型電子マネーとともに、QRコードで支払いができるQRコード決済が普及しつつあります。もうひとつはブロックチェーン技術によって誕生したビットコインです。ビットコインの中核的な技術であるブロックチェーンは、世界中のパソコンにデータや取引情報を分散させることでハッキングやデータ消失のリスクを避ける手法がとられています。ネットワークのデータを不特定多数の人間で監査することによって、改ざんすることも難しくしています。国や国際機関による介入からも距離を置くことができるため、安全な金融取引が可能になっています。また、CBDC(Central Bank Digital Currency)と呼ばれる中央銀行が管理するデジタル通貨の開発も進められています。
カスタマーツールのオンライン化が求められている
フィンテックでは店舗でのセールスや対面での購入アドバイスが難しいため、完全オンラインで行う顧客とのコミュニケーションが模索されています。これまでのコールセンターを通じた電話での接点はありましたが、Zoomなどオンラインの会議ツールを使った営業手法のほか、AIチャットボットが自動的に顧客からの質問や疑問に応えるシステムの実装も広がっています。
リモートワークの推進によるセキュリティリスクの増大
取引やコミュニケーションがオンライン化することによる弊害もあります。とくにセキュリティへの懸念は増すばかりで、金融取引では安全に取引ができることが大前提です。どのような方法で安全性を高めるのか、議論が続いています。また企業の営業活動でも事業所やオフィスに一同に介し、業務を行う必要がなくなるため、リモートワークが推奨されています。ただ、リモートワークでも外部から会社のシステムにアクセスする際のセキュリティへの懸念を解消する必要があります。VPNなど安全な通信を確保するための対策が広まっていますが、VPNが100%安全という保証はありません。
フィンテックの普及で起こりうる今後の変化とは?
フィンテックが今後、普及していけば、社会にどんな変革をもたらすでしょうか?予想させる変化を取り上げます。
金融機関で大規模な人員削減が実施される
金融機関ではすでに大規模な人員削減がはじまっています。背景のひとつとして年配者の人件費が高く、負担になっていることがあげられます。業績が悪化すると、負担が重くのしかかり、人員削減のターゲットになります。またフィンテックによってオンラインバンキングを導入する金融機関が大半を占めています。それまで窓口やATMでしか行えなかった手続きがインターネットでも可能になり、店舗の人員を削減することができるようになりました。さらにRPAと呼ばれる自動化ツールが実用化されたことも、人員削減に拍車をかけています。従来は人手をかけて処理していたルーティンワークを中心に、自動化され、その分の人員を削減、もしくは別の業務へと配置転換できるようになっています。こうした金融機関のスリム化もフィンテックの影響だと言えます。
グローバル化が急速に進む
フィンテックによってインターネット経由で送金ができるようになると、従来は必ず必要とされた店舗網やATM網が不要になります。現金が主体の取引では、思い立ったときに現金が引き出せる環境を構築することが利便性の向上につながるため、こうしたインフラを競いあうように金融機関は整備してきました。それが不要になれば、金融業への参入障壁も低くなります。また店舗やATMが不要ということは国境超えた金融サービスも提供も容易になります。もちろん各国には法制度があり、参入障壁は残されていますが、インフラが未発達だった途上国や新興国で金融業を行うことも現実的な選択肢になっていきます。そのためフィンテックによって、金融のグローバル化が進むと考えられています。
バーチャル化による利便性が拡大する
店舗やATMが不要ということは、リアルな本店や支店を持たない完全なるバーチャル銀行も実現が可能ということになります。従来の金融システムでは店舗の窓口での取引が中心だったため、こうしたバーチャル銀行は考えられませんでした。すべての取引がインターネットで行うことができれば、店舗は不要ということになります。コストを抑えた営業スタイルとして今後、完全バーチャルな金融機関が登場しても不思議ではありません。利用者にとっても、とくに不便は感じないでしょう。
個別的なサービスが提供されるようになる
現代では詳細な個人データを取得することが技術的に可能です。スマートフォンの位置データから行動範囲を取得し、アプリやウェブの利用履歴からどんな趣味や嗜好を持っているか把握することもできます。収集した膨大なデータはAIによって分析されていきます。こうした個人の行動や嗜好の分析には良い面があります。それはより一人ひとりに合ったサービスが提供されるということでもあるからです。金融サービスも顧客ごとにカスタマイズされたものが開発されていくはずです。したがってフィンテックによって、金融サービスはパーソナル化していくと考えられています。
利益が再分配されるようになる
フィンテックで取り扱うテクノロジーは非常に高度です。金融機関は従来であれば、さまざまなサービスを内製化することができましたが、競争力を高め、金融サービスの差別化を行うためには、利益の一部を配分してでも、技術を持つ企業と提携する必要が出てきます。どんな相手と手を組むかを見極めることも、成功に向けた重要なファクターになっていきます。こうして、金融サービスでの利益が再配分されるといった現象が起こるようになります。
フィンテックを導入する際の課題とは?
まだフィンテックに本格的に取り組んでいないけれど、今後は導入しなければと危機感を持っている企業もあるでしょう。そんなとき、どんな点に気をつけてパートナーを選定したり、どんな金融サービスに注力するか、判断したら良いのでしょうか?導入に向けた課題にはどんなものがあるのでしょうか?
ほかの金融機関との差別化が求められる
従来の金融サービスでは価格も重要な差別化要素でした。同じようなサービス内容でも他社よりも安く提供することが、顧客への訴求ポイントになります。一方でフィンテックでは利便性や機能性が高まると、コスト削減によって優位性を得ることが難しくなっていきます。すると競争力は商品の差別化や、顧客対応の能力が中心になるため、導入にあたってはしっかりとどのようなサービスで差別化を図っていくのか、見極める必要が出てきます。
手数料ビジネスの継続が困難になる
これまでの金融の世界では、製造業などとは異なり、新しいサービスが次々と登場するような環境にはありませんでした。サービス内容は似たり寄ったりで、手数料やサポートの質によって差別化する程度でした。こうした手数料の収入を軸にしたビジネスは継続していくのが困難になっていきます。フィンテックでは消費者も他社比較が簡単になり、より自由にサービスを選定できるようになっていきます。乗り換えもしやすくなり、手数料ビジネスは淘汰されていきます。
効果的なデータ収集の必要性が高まる
店舗での対面による営業販売や、訪問による金融商品の販売では、営業スタッフの経験や勘が生かされるシーンも多かったかもしれません。ただフィンテックでは膨大なデータをAIで機械学習することで行動を分析したり、傾向を予測することで顧客像を導き出し、サービスを開発していきます。そのため、データが収益を生む重要な資産になっていきます。多くの顧客から詳細なデータを取得し、それを生かす仕組みを作ることが重要なります。
国や地域のニーズにあったフィンテックが求められる
フィンテックによって金融サービスがグローバル化する側面がありますが、同時に法制度や金融規制、顧客の金融リテラシーは国によって若干違いがあります。そのため、同時にサービスをローカル化する必要があります。どんな文化的背景があるのか?消費者の行動にどんな違いがあるのか?国や地域のニーズにあうようにサービスをカスタマイズできるかが、成功への鍵となっていきます。
フィンテックによって変革する金融機関と社会
日本ではフィンテック企業が台頭しているといった実感を持つことはあまりないかもしれません。従来からある金融機関が作り上げてきたシステムが強固で、消費者の現金志向やネットリテラシーの低さが原因かもしれませんが、それも近い将来変わるっていくはずです。フィンテックが当たり前になる時代がすぐそこまで来ていると考えることができます。
※QRコードはデンソーウェーブの登録商標です