DXの最大の課題はデジタル化ではない。組織変革をいかに進めるか

企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)化が待ったなしの状況を迎えている中、2020年2月7日に東京・渋谷で、5GとDXをテーマとしたカンファレンス「DX Drive 2020」が開催された。今回は「商品と販促のDX」というテーマで行われたセッションの模様を紹介する。

※この記事は、セッションの内容を一部、編集、抜粋してお届けしています。

30年変わらなかった求人広告を動画でアップデート

須藤:このセッションでは「商品と販促のDX」について、お二人のゲストと一緒にお話をさせていただきます。1社目は広告商品のDXに取り組んでらっしゃる、パーソルキャリア株式会社の髙橋遼太郎さんにお越しいただきました。2社目は大日本印刷株式会社(DNP)の嶋岡立行さん。こちらはプリント事業からのDXに取り組んでらっしゃいます。

それぞれ違ったビジネスをされているお二方ですが、DX化を推進するうえでの組織の課題や悩みなど、もしかすると共通したものが出てくるのではないかと思い、ご登壇をお願いしました。それではよろしくお願いします。

高橋:パーソルキャリア株式会社の髙橋と申します。弊社は「doda」という転職サイトを運営しており、昨年の1月からKaizen Platformさんと一緒の取り組みをスタートしました。今日はその共有ができればと思っております。

その前に自己紹介をさせていただくと、私は2015年に新卒でパーソルキャリアに入社してから、アルバイト情報サービスの「an」の法人営業と商品企画を担当しました。しかし、これが昨年の夏に事業撤退することになり、以降は「doda」で法人向けの広告商品のアップデートを担当しております。具体的には、30年近くビジネスモデルが変わってなかった求人広告の変革ですね。

須藤:そのときに共同開発させていただいたのが、この「dodaプライム」(動画求人広告サービス)ですね。

高橋:今までの求人広告はテキストと画像が中心で、弊社も取材力とデザイン力を活かして作ってきました。これをKaizen Platformさんの技術力によって動画化していただいただいたんですね。しかも、掲載料金5万円という非常に安い金額で提供しています。スピードも早くて、我々が企業さんを取材して作成したPRページのPhotoshopデータを渡すと、2日くらいで動画になります。

実際に効果も出ており、導入企業は応募率が平均で34%アップしました。これはUI/UXの改善を日々行っている中でも、非常に大きな効果が出た施策だと思っております。動画再生者の72%が34歳以下というデータもあり、若手人材に訴求できる点も特徴ですね。

紙のチラシを48時間以内に動画広告に変換

須藤:続きまして、嶋岡さんにはDNPの取り組みについてお話いただきます。

嶋岡:DNPから参りました嶋岡と申します。我々の課題としては、やはり情報コミュニケーション領域における紙の使用量の減少があります。私自身はクライアントワークとして、セールスプロモーションとスペースデザインを担当する企画本部にて、販促DXの推進も行っております。

須藤:今、「LINEチラシ」もやっていますよね。

嶋岡:LINE社さんのデジタルチラシサービスである「LINEチラシ メディアフォーマット」の初のパートナーとして、昨年の10月にリリースさせていただいきました。でも、これはすごく新しい取り組みというわけではなくて、機械を通って情報が流布されていくという意味で、印刷機--大きなものは輪転機と呼ばれますが、そこでチラシを刷るのと同じような考え方なんです。

須藤:そもそもチラシを印刷するために必要な商品の画像や価格情報は全部データとしてお持ちだから、それを紙でなくLINEに出せばいいわけですね。

嶋岡:Kaizen Platformさんとの取り組みでも、チラシのデータを動画化するサービスを始めましたね。

須藤:これも実際に紙のデータをいただいて、それを48時間以内、つまりチラシが新聞広告に折り込まれるのと同じタイミングで、インターネットに動画広告として流すサービスです。

嶋岡:LINEチラシもKaizen Platformさんとの取り組みも、インターネットのような大きなメディアが消費者との接点におけるプラットフォームだとすると、我々はプラットフォーマー(メディア)のプラットフォームになりたいと思ってやっています。そのうえで企業様の販促活動においては、従来の業務フローをできるだけ変えずに、最小の負荷で今の環境に最適化したコミュニケーションのお手伝いができる。そんなところを目指しています。

また、これは社内的にプロモーションDXという言い方をしておりまして、一方でストアDXの取り組みも行っています。昨年末まで渋谷スクランブルスクエアのポップアップ店舗として、「boxsta」というショップを弊社がプロデュースしました。ここでは来店客のデータだけでなく、接客のノウハウも全部センシングして分析することも実験的に行いました。もちろん、すべての店でこういったことをするのは現実的ではありません。しかし、我々が自らソリューションや仕掛けを作っていくことで、将来の拡大推計の種になることをやっていこうと、こういう取り組みも行っています。

何と戦っているのかよくわからない感覚になる

須藤:ありがとうございます。お二方がやっていることを踏まえてお聞きしたいのは、DX化に関わる中で、どういった課題に直面されていますか?

高橋:正直なところ、課題だらけです(笑)。その中でもDXを推進しようとしている部門と営業の現場に乖離があることが問題ですね。Kaizen Platformさんと一緒に非常にいい商品を作った実感はありつつも、お客様に届く前に営業の腹落ち度が足りず、商品の良さが伝わりきらないということが多々ありました。

須藤:商品を新しくしても、営業の人たちが売ってくれないとお客様には届かない。ここはけっこう大事なポイントだと思ったので、僕らも販促ポスターを作ってパーソルさんの営業フロアまで貼りに行きました。

高橋:そうなんですよね。DXも意外にベタなことをやらないと進まないという認識を持っています。

須藤:嶋岡さんたちが直面されている課題は?

嶋岡:例えば、某SNSを使ってキャンペーンを組みました。しかしヒューマンエラーで、本来は1000人当選するはずだったのに数人漏れてしまった。これは今までのアナログのキャンペーンの発想だと焦るんですよね。ハガキを処分しちゃっていると、もう一回告知をして募集をやり直さないといけない。それをクライアントにどうやって話そうって。

でも、今は応募者のSNSのIDがわかるんだから、その人たちに「ごめんなさい」というメッセージを直接送ればいい。現場レベルではそういう判断がすぐにできるんです。しかし、同じことを管理部門が発想できない。過去の経験からジャッジするので、アナログ時代のような対応をしてしまうのです。そういう人の経験に基づいた判断や理解がDX化の課題かなと。

須藤:新しいことをやるときには、新しい判断基準とセットにならないと進まないですよね。

高橋:私たちのような営業中心の組織では、何と戦っているのかよくわからない感覚になることがあります。本当の敵は既存の競合とは違うところにいるんですよ。でも、会社は既存のサービスを伸ばす方向で戦ってしまう。すると、途端に変化の動きが鈍くなってしまい、ライバルに遅れを取ってしまうんです。

須藤:「本当の敵は何か」って面白いですね。確かにDXを進めると、ライバルが誰なのか再定義を迫られることになります。DNPさんも、まさかサイバーエージェントさんと競合することになるとは考えてなかったですよね?

嶋岡:そうですね。競合もしますし、協業もします(笑)。

須藤:デジタル領域に乗り出すと、敵と味方って単純な分け方ではなく、むしろ境界が曖昧になってきますね。

全体を動かすより、階層ごとのキーマンを見つける

須藤:では、どうして人や組織は変われないのでしょうか?

嶋岡:人と組織という意味では、大きな企業になると、成功体験を長く持っている方がいますよね。ベンチャーやスタートアップは社員の世代が近いので目線がそろいやすいですけど、20代から60代までいる企業だと、成功体験がブレーキになってしまった場合に、変化の大きなハードルになってしまうのかなと。

高橋:やはり上層部も現場も、敵を統一して見ていかないと大きな変化は起きないと思っています。

須藤:ジョン・ボイドというアメリカ空軍の元パイロットが提唱した「OODA」という理論があります。彼は凄腕の撃墜王で、その理由を考察したらビジネスにも転用できたっていう面白い理論なんですよ。彼のエッセンスは、戦闘機も軍隊もビジネスは基本は同じで、要するに意思決定の速度の差が勝敗を分けるというものです。それで言えば、今は環境の変わるサイクルがものすごく早いから、人と組織の変わる速度がますます問われているのではないかと、お話を伺って感じました。そのためにも全員の目線をどのようにそろえていったらいいんでしょうか?

高橋:昔に比べて、企業も社会も多様性を取り入れていく流れにある中で、トップダウンで統制を効かせていくのは、なかなか厳しいと思います。だとすれば、草の根的な活動で意識を変え続けていくしかないんじゃないかと。

須藤:全体をいかに動かすかというよりも、階層ごとのキーマンを見つけて動かしていく。

高橋:そうですね。各階層に1人くらい本当に力を持った人がいるので、そういう人と一緒に小さく始めて、そこから少しずつ仲間の輪を広げていく。そうしたら動きやすいんじゃないでしょうか。

嶋岡:成功体験がいい面に働くこともたくさんあります。その大事な部分を守りながら、どうやって変わっていくかということですよね。例えば、輪転機の回る数は少なくなっているけど、輪転機の代わりなるのが、今はこういうものなんだとしっかり説明しけば、上の世代も下の世代も理解できるようになると思っています。
須藤:なるほど。「新しい輪転機とはこうじゃないか」と、世代ごとの成功体験に合わせたパラダイムを使って説明するということですね。

高橋:それはなかった発想でした。参考になります。

結局、DX化の課題はデジタルじゃなくて組織

須藤:組織や人の壁はどうやって越えていくといいでしょうか?

高橋:希望的観測ですが、求人広告の動画化はひとつのステップに過ぎなくて、こうした小さな成功体験を積んでいきながら、「じゃあ、次はもう少し大きなことをやっていこう」みたいになっていくのが理想かなと思います。

嶋岡:さっき「OODA」のお話もありましたが、我々のプロモーションDXって、ダブルファネルを欲張らずに、店頭の購買に関するところだけでも、しっかりとPDCAを回せるようになろうという試みなんです。つまり、スモールPDCAです。これに加えて大事だと思うのは、スモールトップダウン。裁量と責任を現場に与えて、小さくてもいいから種を撒いていく。そこでは失敗もあると思うので、小さなプロジェクトを複数走らせることが大切じゃないかと。

須藤:僕らはPDCAを回しまくっていますが、この先に本当に変化があるんだろうかと感じてしまう瞬間もあるんですよ。要するに、小さな最適化が大きなうねりになっていくには、何かフックが掛かって引っ張り上げられることが必要じゃないかと。まさにスモールトップダウンじゃないですけど、トップがプロジェクトを引き上げて、それを横に展開していく役割を果たしていかないと、かなり変化に時間がかかってしまうと思うんです。

結局、みんながDX化で課題だと思っているのは、デジタルじゃなくて組織なんですよね。つまり、組織変革の問題。デジタルによって環境が変わるから、組織も変わらないとならない。でも、基本的に組織は変わりたくない。今まで自分たちがやってきたことをゼロベースに戻すって大変だし、レガシーシステムのように今までの競争ルールで勝ち抜くために作り込んできたものを、いきなりリセットすることもできない。じゃあ、どうしたらいいのか。そこがDX化における本当の論点なんだと思います。嶋岡さんたちも本来は輪転機が収益の源泉だったわけですからね。これを一気にゼロにするわけにはいかない。

嶋岡:そうですね。大企業の難しいところは、下降気味の事業の収益が一気にゼロになることはないんです。緩やかに下っていくから、そこにすがってしまう人もいる。でも、向こう3年くらいの今を守ろうとすると、10年先が崩れてしまうんだと思います。

須藤:「an」が突然なくなったように、収益の柱だった事業も突然なくなってしまうかもしれないわけですよね。

高橋:「an」に関しては最後まで200億円くらいの収益がありました。ただ、利益は出るか出ないかといったギリギリのところだったので、今後10年を見据えて続けていくかどうかという経営判断が行われたと聞いています。でも、実は事業撤退の通達があった日まで、現場はすごく頑張って営業していたんです。暗い空気も微塵もなく、みんな当日まで今後も続いているものだと信じていました。

DXとはデジタル化が目的ではない

須藤:200億円の商売をゼロから作ろうと思ったら大変じゃないですか。そこを変えるにしても、簡単に引っ越しはできないから、母屋を維持する作業をしながら、離れを作る作業も同時に進めていかないといけないんでしょうね。

実はいろんな会社さんがDXの取り組みを進める際に、まずワーキンググループや小さな部署を作って始めることを勧めています。大きな組織でも、小さなチームにすると仕組みを変えやすかったりするんです。でも、そこにはすべての機能が入っている。そこで変革が成功したら、今度は別の部署もくっつけてみる。上手くいった。また次の部署を……というように、小さな横展開を繰り返して、組織全体を作り替えていく。本丸の事業を変えるのはめちゃくちゃ大変ですから、そういう取り組み方がいいのではないかと思っています。

最後に、これからDXを推進しようとしている企業にメッセージをお願いします。

高橋:自分にとってのDXとはなんだろうかと考えました。私は特にデジタルに詳しいわけではありません。でも、既存のビジネスモデルやサービスのあり方に違和感を覚えていたから、「もっとこうしたら良くなる」と定義して会社を変えていこうとした。その経験が外から見たらDXと呼ばれるんでしょう。だから、DXとはデジタル化が目的ではなく、自分が成し遂げたいことを追求していくと、自然とDXに辿り着くのだと思います。

嶋岡:私もメッセージはシンプルです。企業の強みの源泉は元からある。弊社の場合は情報を広く届けたい。そのためにリアルな造形物を作れることが強みである。そこに一工夫を加えて、新しい環境に適合したコミュニケーションをできるようにしたのが、Kaizen Platformさんとの取り組みです。そんなふうに企業の強みを活かしていくDXであれば、みんなが推進できるんだろうと思います。

須藤:お二方のお話を通じて、DXは実行することが難しく、特別なことではなく、むしろ当たり前のことを地道にやっていくことが実はもっとも大切だとわかっていただけたかと思います。高橋さん、嶋岡さん、ありがとうございました。

須藤 憲司

株式会社Kaizen Platform
代表取締役

2003年に早稲大学を卒業後、株式会社リクルートに入社、同社のマーケティング部門、新規事業開発部門を経て、アドオプティマイゼーション推進室を立ち上げ、株式会社リクルートマーケティングパートナーズ執行役員として活躍した後、2013年にKaizen Platform, Inc.を米国で創業。Webサイトの改善のため、A/Bテストを簡単に計画・実行できるツールと、9000名を超える(2018年2月現在)グロースハッカーから改善案をオンラインで募ることができるクラウドソーシングから成るUI改善プラットフォーム「Kaizen Platform」を提供している。

髙橋 遼太郎

パーソルキャリア株式会社
「doda」商品企画部

横浜国立大学工学部を卒業後、2015年にパーソルキャリア株式会社(旧株式会社インテリジェンス)に新卒入社。アルバイトパート採用領域の「an」サービスにおいて、法人営業として中小企業から大手企業を対象に採用支援を実行。複数回の営業MVPを獲得した後、「an」の商品企画部へ移り、キャンペーン企画/販促業務を担当。2019年8月より転職サイト「doda」の商品企画部に移り、日々法人向け広告商品のアップデートを行っている。

嶋岡 立行

大日本印刷株式会社 情報イノベーション事業部
C&センター SP・SD本部
第2プロモーション企画開発部 部長

プロモーションの企画制作ディレクターとして、家電や通信業界を担当。ITサービス、モバイル端末等の進化と普及が大量のプロモーション活動を生み、その手法自体にまで与える影響、変化を目の当たりにしながら従事する。2011年に新規事業開発に着手、デジタルマーケティングという言葉が主流にない時代、DNPのプロモーション価値の定量明確化を狙い、自社サービスとして家計簿アプリ「レシーピ!」を開発し、運用する。現在は再びクライアントワーク、セールスプロモーションとスペースデザインを生業にする企画本部にて、販促DXの推進も担う。

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