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100周年ビジョンの行動スローガン「We Care More.」に込められた哲学と、日本社会におけるダイバーシティ実現の重要性。ポーラ代表取締役社長 及川美紀氏×立教大学ビジネススクール教授 田中道昭氏対談【後編】

2020年1月、ポーラ初の女性社長に就任した及川美紀氏。国内の大手化粧品メーカーとしても初の女性社長ということで、就任時には大きな話題を呼びました。及川氏が入社した1991年はバブル崩壊直後の時代。すでに1986年には男女雇用機会均等法が施行されていましたが、女性の働く環境が十分に整備されているとは言えませんでした。入社以来、本社勤務、埼玉の販売会社への出向、商品企画部長そして社長就任と、数々の部署・役職を経験してきた及川氏のキャリア、そしてポーラが新たに創り出した2029年ビジョンとその想い、今後の展望、そしてDiversity & Inclusionの観点を踏まえた社会および働く女性へのメッセージなど、立教大学ビジネススクール田中道昭教授が前・中・後編の3編に分けてお話を伺います。
前編と中編では、ポーラに入社した経緯や不振だったエリアの売上を全国トップにまで導いた及川流マネジメント術の神髄、部長職として断行した組織改革のエピソード、「シワを改善する」と謳った日本初の医薬部外品「リンクルショット」開発・発売戦略秘話を伺いました。後編では2029年ビジョン、その行動スローガンとして制定された「We Care More.」に込めた哲学、多様性の時代に複数の物差しを持つことの重要性についてお話を伺います。

*本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。

「育ててもらった恩返しと、自分の責任を果たしたい。」仲間を頼りに、社長就任を受諾

田中:2020年の1月1日に社長に就任されましたが、これは突然の出来事だったのでしょうか?

及川:そうですね。就任の1ヵ月ほど前に伝えられましたが、私にとってはあまりにも突然でした。よく言われる「女性の自己能力自認の低さ」の状況だったのか、なぜ私が選ばれたのか、私で大丈夫か、という思いがずっと渦巻いていました。ポーラ・オルビスホールディングスの鈴木社長から「完璧じゃなくていい」、「君には会社を大きくしたい、自分の器を大きくしたい、これから成長したいという意思はあるか?」と聞かれました。そうしたら「ある」としか言えませんよね。会社には、育ててもらった恩しか感じていませんので、恩返しをしたいということ、そして事業担当役員として国内外の事業を率いていた責任を果たしたいと思いました。

インバウンド需要がなくなり厳しい状況ではありましたが、当時のボードメンバーには私にはないキャラクターと能力を持つ人が多くいましたので、仲間がいることを頼りにしながら、社員とビジネスパートナーたちを信じて、しっかりお客様に向き合っていけばなんとかなると考え、他人を信じて引き受けました。

田中:20代の埼玉時代は孤軍奮闘でなんでも自分でやっていたのが、今の社長としての及川さんは、ワンマンというよりはそれぞれの方に任せるのが上手という印象です。それは過去の様々なご苦労が影響しているわけですね。

及川:本当にすべての経験が生きています。埼玉時代、必死に孤軍奮闘していたときにチームを緊張させていたのはほかならぬ自分だったということ、当時の上司が笑いながら「みんな及川さんに気を遣っているよ」と言った一言は嘘ではないと思っています。埼玉エリアのマネージャー時代からは、短期間での進捗確認はしていましたが、「こうしなさい」と言ったことはありません。「次までにどうする?」、「3日後までにどうする?」と聞いていけば、自分で考えて動いてくれる人たちがいるわけです。商品企画部長の時代も、商品企画部のメンバーはものづくりの視点、宣伝部はコミュニケーション戦略、物流の人たちはモノをどうやって調達するかなど、それぞれ常にプロの視点で考えてくれました。

今でも私より財務に詳しい人は山ほどいるし、売り場出身であっても私の情報はもう10年前のものですから現役のマネージャーにも、現役で毎日店舗を回っているコンサルタントにも敵わないわけです。方向性を決めながらも、人に頼るべきところは大いに頼り、彼らのプロフェッショナルをしっかり認め、任せる。私がやるのは「表面だけで合意していないか?」を確認することです。各部の都合を他部署が気にしてしまい、表面的な仲の良さを重視して議論しないと、単なるポテンヒットしか生まれなくなる。そこを指摘して部署間の連携を深めることは意識しています。

大切なのは自分に自信を持ち「でしゃばる」こと。利他の精神で、できることを探す

田中:今ポテンヒットという言葉が出ましたが、組織でポテンヒットを出さないことは意外と難しいですよね。仕組みも重要ですしルールも必要ですが、それを超えて、例えて言えば「ゴミが落ちていたら誰でも拾う」ような風土がないとポテンヒットは出てしまうと思います。これを出さない秘訣はどこにありますか?

及川:とにかくでしゃばることです。ポテンヒットを出さないためには、野球に例えるとライトフライでもレフトが取るくらいのことをやる。出る杭になることや、専門外のことに口を挟むことを恐れない。それは自信がないとできません。自分の仕事にもっと自信を持てば、相手に対しての要求レベルも上がり、相手のレベルも上がっていきます。ですが難しいことも多いので、「今回、でしゃばる人は○○さんです」のような声がけを、細かく言い続けています。

人間はやはり、でしゃばりたくないのですよ。手柄取りのようなこともせず、良い人でいたい。部門長がでしゃばって他の部署の仕事に手を出すと、自分の部下の仕事が増えることにもなりますから。でも部下の成長につながるのなら、長い目で見れば良いことであるはずです。そこまで考えることができるかはかなり重要です。弊社社員たちの行動スローガンは「尖れ、つながれ!」です。とにかく尖って、自己中心的ではなく人のために、レフトだろうがセンターだろうがサードだろうがライトのフライを取りに行けと。もしかしてライトの人はボールに気づいてないかもしれないし、足を痛めているかもしれない、または違うことを考えているかもしれない。エラーにならないためには、つながって情報を共有しておかないといけません。

だからこその「尖れ、つながれ!」です。しかし、こういったスローガンを作らなければいけないということは、まだ尖っていないし、つながれていないということです。その事実を肝に銘じて、自分のwillをしっかり持った上で、もっと尖って、もっとつながっていく。これが改めて昨年、人事部とともに策定した社員の行動スローガンです。

田中:ポテンヒットという野球に例えたメタファー(暗喩)は、その人の意識だけではなく潜在意識にも刺さるので、非常に効果的だと思います。「ゴミが落ちていたら自分が拾う」というようなことにも自律的になっていきますよね。

及川:「誰かがやるだろう」という考えを持つ人はすごく多いです。目の不自由な人がホームを歩いていても、私がやらなくても誰かがやるだろうとか、でしゃばって断られたら嫌だなとか思うことも多い。でも、声をかけてもらえると嬉しいというのが、目の不自由な人たちの意見です。その一歩を踏み出す勇気を持つかどうかが仕事においても大事ですし、日常生活においても大事だと思っています。

田中:非常に勇気づけられますね。私自身は人のお世話をついつい焼いてしまう方なのですが(笑)、組織の中でそれをやるのは現在の風潮では非常に難しい。それをモットーにしていることは素晴らしいですね。

及川:利他の精神を出すことは、自分に自信がないとできません。自信や余裕、そしてそれ以上にwillがないとできないので、そこをもっと育てていく必要があると思います。

コロナ禍もあり社会環境が大きく変わる中、今までのやり方が変わると、今までやってきたことが活かせなくなると自信をなくす人たちがいます。特に、デジタルを活用していく際に、ベテランの方が自信をなくしてしまうこともあります。

でもそうではなく、今自分ができること、役に立つことをやっていくことで、人とよりつながることができますし、ポテンヒットの回避もできます。一人ひとりが自信を持って「willはなにか?」を探していく必要がある。そうでないと、デジタルが叫ばれているからといって目的のないデジタル化をしてしまったり、目的のない業務変革をしてしまったりする危険性がある。なんとかそれは避けたいと思っているところです。

人と人の関係性から、社会、地球に目を向けてケアをする。それがポーラの2029年ビジョン

田中:100周年ビジョンの行動スローガン「We Care More.」、それから企業の独自価値「Science. Art. Love.」。まさに及川社長自身がこれらを体現されている経営者だと思いますが、この「We Care More.」を策定した経緯やそこに込めた哲学や思い、こだわりはどんなところにあるのでしょうか?

及川:この2029年ビジョンは弊社が100周年を迎える2029年に向けて、昨年作り替えたものです。まず5年前にブランディングをし、それまでの企業理念である『私たちは一人ひとりの「もっと美しくありたい」を知り、まごころと技術でお客さまを生涯サポートします。』というものから、『私たちは、美と健康を願う人々および社会の永続的幸福を実現します。』に変更しています。新たな企業理念は、お客さまとの向き合い方だけではなく、「社会」というキーワードを入れたものでした。

コロナ禍を経て昨年2029年ビジョンを検討する際に、人と人との関係性を軸にしながら、社会はもちろんのこと、さらに地域、環境にまで思考を広げていくべきだと考えました。

2029年までにポーラが実現したい社会は、「人と社会の可能性を信じられる、つながりであふれた社会」。それをわかりやすく一言でスローガンにしたのが「We Care More.」です。目の前にいる誰かをケアすることで、地域につながり、さらに地球につながっていく。1人の人からのケアを同心円のように広げていくと、最後は地球環境の永続的な存続まで行くわけです。

11月5日の日経新聞に、ショップオーナーやビューティーディレクターなども含め、日本全国で行われている様々な「We Care More.」を集めて表現した広告を出しました。「We Care More.」は社内のビジョンではありますが、お客様の前で実践していくためには、約35,000人ほどのビジネスパートナー、約3,800カ所のショップオーナーにも同じ思いを持っていただかないといけません。ですから、「We Care More.」をビジネスパートナーとも共有しています。

では具体的に「We Care More.」を行動に落としていくと、どういうことになるのか。「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会」を作るために、私たちはもっとお客様と長く深くつながらなければなりません。例えば、コロナ禍でつながる方法はなにかを考えるとオンラインがある。とにかくコロナ禍で、「つながり方」を考えるということは徹底的にやってきたと思います。

組織のミッション・ビジョンを、社員一人ひとりの自己実現上の目標にまで高める

田中:私はこれまで本を20冊以上出していますが、最初に出した著書が『ミッションの経営学』です。また3年前にも『「ミッション」は武器になる』という本を出していて、ミッションマネジメントやミッション、ビジョン、パーパスを研究対象の1つにしています。「We Care More.」とは100周年ビジョンと称されていますが、今のポーラの存在意義、ミッション、パーパス、まさに使命でもあると思います。それと同時に地球をケアするという崇高な意味合いもあり、「なんのために存在しているのか?」を端的に表していると思います。

私は立教大学のビジネススクールでもメディカルビジネス論、介護ビジネス論を7年間にわたって開講していますが、アメリカの介護業界や日本の医療業界にも影響を与えている本がアメリカの哲学者のミルトン・メイヤロフが書いた『ケアの本質』です。その中でケアの本質とは、「ケアする人がケアされる人の成長や自己実現を支援することで、自らも成長や自己実現を遂げること。」と説明されています。ケアされる人の自己実現を支援するには、自分もそうならないといけませんし、それが目標でもあります。そしてミッションやビジョンが組織や社員に定着するかどうかの重要なポイントは、「社員の自己実現上の目標にまで高められるかどうか」にあると思っています。そういう意味でこの「We Care More.」とは、一人ひとりの社員の自己実現上の目標にできるような非常に素晴らしいビジョンだと思います。

及川:ありがとうございます。この「We Care More.」はメンバーが主体的に考えてくれました。当社が存在する意味はなにか。当社は創業者が、奥様の荒れた手を治したいとクリームを作ったことからスタートしていて、まさにケアの視点から始まっています。人を思う気持ちからスタートし、それ以来ただモノを売るだけではなく、正しい使い方も含めてケアしていくことを目的に、訪問販売、量り売りを始めています。戦前戦後にかけて、なかなか社会に進出できない女性たちの就業支援もやりながら、スキンケアや化粧をすることでお客さまには自己実現をしてもらい、自己肯定感を高めていただく。ビジネスパートナーたちの間には、仕事を通じて自分の可能性を高めるという文化が脈々と流れています。

ケアの精神から始まり、仕事をすること、人生を実現すること、自信をつけること、という風に役割が広がっている、この視点からチームのメンバーが考えてくれたのが「We Care More.」というビジョンです。最終的に社員一人ひとりが社会の窓口なわけですから、「We Care More.」のことはわからない、という人を1人も出さないように、この言葉を何度も折に触れて伝えています。ショップにオーナーの手書きで「We Care More.」のビジョンが貼ってあったり、当店の「We Care More.」と掲げられていたりするところを見ると、浸透してきているのかなと喜んでいます。

田中:本当に素晴らしく、定着しやすいメッセージだと思います。私が出した2冊目の著書は『人と組織 リーダーシップの経営学』ですが、表紙に愛・ハートの模様をあしらっています。この意味は何かというと、アメリカのビジネススクールのリーダーシップ論の最後で、リーダーシップの本質は愛と説明されているのです。愛とは行動であり、リーダーシップ論ではケアとラブはほぼ同義です。

そういう意味で考えると、企業の独自価値である「Science. Art. Love.」と2029年ビジョンである「We Care More.」はほとんど同義だと思いますし、リーダーシップの本質であるラブとケアの前提は、まず相手を理解することです。アメリカのリーダーシップ論だと、その人のことを追体験するくらい理解する必要があると言われています。自分が苦手な人でもその人がどういう風に生まれて、どう育って、どんなことで困っていて、どんなことを褒めてもらいたいと思っているのか追体験できていれば、見方が全く変わってくるはずです。理解するというのが底辺にあって、相手のことをわかってあげる、信じてあげる、サポートしてあげる。最後はリーダーとして一番求められるのは活かしてあげるということ。そういうところにつながる、人としての目標にまで高められる素晴らしいビジョンだと思います。

及川:まだ志ばかりで、実現していないところもたくさんあると思いますが、それでも諦めずにビジョンの共有をしています。完成形は多分ないと思いますから。

田中:そもそも自己実現という概念自体、終わりのない話ですからね。これは次の100年後まで続くパーパスに相当すると思いますから、変えて欲しくないですね。変えるべきではないものが「We Care More.」という言葉に凝縮されていると思います。一日何回でも何十回も、そして何年でも言い続けることが重要だと思います。

及川:企業哲学になるまで育てあげたい言葉ですし、「We Care More.」ができているのかを常に自分たちに問うていきたいと思います。

ビジネス社会の意思決定において、「女性」は未だマイノリティ。多数派の視点からの脱却を

田中:最後にお伺いしたいのが、日本の大手化粧品メーカーで初の女性社長であるということです。喜ばしい反面、女性をメインターゲットにしている業界で女性初というのは驚くべきことでもあります。

私は6月に『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』という著書を出しました。「エクイティ」とは拡大している格差や差別をいかに公平公正に正していくのかという概念です。欧米だと気候変動対策や人種差別問題など、様々なところでエクイティという概念が使われています。

日本では格差というと、ジェンダー、男女間の問題が大きいと思います。最近では日本でも、女性の割合を1/4まで高めるクオータ制の話が進んでいます。私は、まずは数から強制的にでも増やすことで、変わることがあると考えています。ポーラは他の会社と比べると、女性の割合が増えてきていると思いますが、それによりどんなことが変わってきましたか?

及川:クオータ制に賛否があることは存じ上げていますが、まずは数を考えてみることはすごく大事だと思います。女性の割合を1/4にするためには何人の女性が必要か。そのために何をしなければいけないか、例えば5年後に1/4の25%にするには今の人材からどういう人材を探そうかと考えるわけです。そうすると今まで光が当たってなかった人にも、光を向けて、いいところを探すようになるのです。

今まで見てこなかった人を見るとき、「物差しは1本だけなのか?」ということも同時に考えなければいけません。今までの男性OS、男性視点の中では「こういうことができないと駄目」という1つの物差しでしか女性の能力を測っていませんでした。でも、女性の割合を25%にするという目標ができると、「これはできないけど、これはできる」という新しい物差しが出てきます。新しい物差しが増えていくと、その人の「個」を見つめることができるのですね。

「あの人とはよく飲みに行くから、キャラクターはよく知っている」という言葉を聞くことがありますが、逆に言えばキャラクターを知らない人のことは今まで無視していたわけです。気づかないでいた、いろいろな人の「個」を見ていくことができるようになる。それが数値目標の良いところだと思っています。人を見て育てていくに当たり、今はまだ足りていない物差しを増やすために社外取締役に女性を入れるのもありだと思っています。すべては物差しを増やして、社内に残っている埋蔵金を探す。女性が初めて25%以上になったときに、次の世代への新たな物差しが出てきます。今3割になれば良いのではなく、未来永劫3割以上に増やしていくことが大事なわけです。

弊社は以前から、「女性が1人もいないけれど、違和感を感じないの?」と言ってくれるトップやボードメンバーがいたからこそ、残業ができなくても子供がいても、成果を出していればチャンスを与えてくれる環境がありました。私もそこでチャンスを与えられた1人です。

ジェンダーはダイバーシティの1丁目1番地です。社会の半分を構成する女性が、なぜビジネスの世界でマイノリティになっているのか。女性をマイノリティと言うと批判もおこりますが、女性はビジネスの世界で、意思決定においてはマイノリティです。その最大数のマイノリティの問題さえ解消できなかったら、その他にも数多くあるマイノリティに目が向かない。だから1丁目1番地としてジェンダーの問題から解消することはとても重要です。

先ほど田中先生がおっしゃってくださったように、日本の大手化粧品メーカーにおいては私が第1号の社長ですが、世界には多くいるわけです。化粧品メーカーに限らず、日本は女性の経営者が少なく、10%未満です。けれども、世界から見ると日本の方が異常です。それだけ女性の能力と能力開発に目を向けておらず、ビジネス上のマイノリティと社会的弱者を生み出しています。VUCA*と言われる世の中にあって、今後いろんな発想力が必要とされることを考えても、物差しを増やすことはますます必要になってくると思います

*VUCA: Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語で、社会やビジネスにとって、未来の予測が難しくなる状況のこと。

田中:特に日本人の男性は、自分がマイノリティだという経験をしたことが全くないと思います。私はシカゴ大学に2年間留学した時代に、同大学周辺の黒人居住区に住みましたが、普段の生活の中で、日本人、アジア人、マイノリティとして差別を受けて、自分がいかにマイノリティであるかを実感しました。その経験があるからこそ、ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを心がけています。重要なのは、自分が多数派の視点だけで物事を見ていないかを自問自答することだと思っています。残念ながら今の日本社会において、男性は、男性の多数派の視点で物事を見ていると思います。だからこそ男性は、多数派の視点で物事を見ていないかを常に考えなければいけないですし、一方で女性の方も多数派の視点で見ていることはあるはずです。

日本だとジェンダーの問題が1丁目1番地ではありますが、本当は障害者の問題など、エクイティに関しては様々な問題があります。繰り返しになりますが、重要なのは自分が多数派の視点で物事を見てないのかを常に自問自答することです。マイノリティの視点を経験していないと多数派で見ていないかという問いかけができない、そこに様々な問題が凝縮されていると思います。

及川:そうですね。マジョリティーの側は自分がマジョリティーにいることに気がつきません。気づく機会を持つためには自分の物差しが1本では駄目で、いくつかの物差しを持つ必要があります。男性の育休が大事なのは、男性が育児をすることで、同じチームの女性や自分のパートナーがやっていることがわかるからです。

私はビジネスパートナーに「及川さんはサラリーマンだから」と言われることがよくありますが、そこでサラリーマンと個人事業主の物差しの違いを目の当たりにすることもあります。普通に生活していれば、どんな職種の人にも、どんな生活をしている人にも、別の物差しがあります。働くお母さんと専業主婦の物差し、男性と女性の物差し、管理職と一般職の物差し。私は運良く出向したことで、販売会社の物差しと本社側の事情という物差しを両方持てました。全ての経験が自分の中の物差しになっていますから、個人の中にたくさんの物差しを持つことがダイバーシティの始まりだと思っています。

田中:日本人が1歩海外に出て、出張や旅行ではなく現地に住んでみれば、いかに自分がマイノリティかを体験するはずです。それなのに、日本にいるとどうしても多数派の視点になってしまう。だから様々な物差しを持たなければならないですね。

「時代を変えてきた先輩たちがいる」。扉は開けたまま次の世代に繋ごう

及川:よく「初めての女性社長ですごいですね」と言われますが、違う物差しで見れば、今まで女性にチャンスが与えられていなかったということです。ものすごく素晴らしい先輩たちが、当社にも違う会社にも山ほどいます。時代が違えば、経営の立場にいたかもしれない人が、10年前には意思決定に参加させてもらえなかった。先輩たちが少しずつ道を作ってくれたおかげで、私はここに存在しています。「時代を変えてきた先輩たちがいる」という見方を持つことで、今までの社会の枠組みの違和感にどんどん気づくといいなと思っています。

田中:日本の大手化粧品メーカー初の女性社長として後に続く人を育成しなければいけないですし、他社でも同じ事例を増やしていくために、及川さんは相当大きな責務を持っていらっしゃると思います。そしてこちらをご覧いただいている方には、どのような方が経営者として大きなことを成し遂げることができるのか、大きな示唆を与えていただいたのではないかと思います。

最後にぜひ、3つの層の人たちにメッセージをお願いします。まずは新卒で入社されたばかりのような女性に対して、そして次に管理職を務めている女性に対して、最後に経営層を目指す女性に対してメッセージをお願いします。

及川:新卒で入社した女性たちに言いたいのは「与えられた仕事には意味がある」ということ、そして一生懸命やれば必ずその経験は将来につながるということです。私も今に至るまで、行きたいと思った部署に行けたことはなく、意にそぐわない異動だらけでここまで来ました。でも与えられた意味に答えていたら、全てがスキルと経験とご縁になって今に至ります。そして、その意味を作るのは自分。自分の中でしっかり意味を作ることができれば、すべての経験はつながっていくということを伝えたいです。

それから管理職を志す、あるいは管理職になりたての人たちに対しては「完璧を目指さないでください」です。「私だったらこうやるのに」、「なんで気づかないのだろう?」と思うのではなく、人の力を引き出す、あるいはチームとしてどうするかを考える。自分もまわりも、完璧でなくていい。それぞれの得意技を生かせれば、思ってもなかった山に登ることができる。エベレストも1人の登山は辛いですが、シェルパさんがいて、道案内がいて、ベテランがいて、体力自慢の若者がいると登頂できる。管理職とはそういうものです。子供がいるからとか、これ以上家族を犠牲にしたくないと言う人たちもいますが、犠牲にする必要はありません。

また受けた恩は上司に返すのではなく、次に送っていくと世の中うまく回ります。特に女性が活躍するとはそういうことかなと思います。あなたが閉ざしてしまった扉は、誰か次の人が開けなければいけなくなります。だからこそ、開けたまま次に送ってくださいと声を大にして言いたいです。また経営層を目指す女性に対しては「なにを変えたいか、なにをしたいか、どうありたいかだけはきちんともって、ありのままの自分でwillを磨いていってください」。

田中:女性経営者としての大切なロールモデルのお一人として、さらにご活躍いただきたいと思います。本日は長時間にわたって貴重なお話をありがとうございました。

及川:なにか1つでも皆様の参考になれば幸いです。お時間をいただきありがとうございました。

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Facebookが社名を変更し、中核事業に据えるほど力を入れる「メタバース」。2021年8月にはグリー株式会社が、今後2~3年で100億円規模の事業投資を行い、グローバルで数億ユーザーを目指すと発表しましたが、その中核を担うのが、グリー株式会社の子会社であり、これまでバーチャルライブ配信アプリを手がけてきたREALITY株式会社です。今回は、そんな同社の代表を務めるDJ RIO氏にインタビュー。そもそもメタバースとは何なのか。なぜこんなにも注目が集まっているのか。メタバースは、世界のあり方をどのように変えるのか。メタバース初心者のビジネスパーソンには必読のインタビューです。

デジタル戦略で生まれ変わるカインズ。ホームセンターからIT小売企業への変遷の軌跡【前編】

デジタル戦略で生まれ変わるカインズ。ホームセンターからIT小売企業への変遷の軌跡【前編】

生産労働人口の減少を受け、日本企業はいよいよ生き残りをかけたデジタル化に取り組まなければいけないと言われるフェーズに入ってきました。とはいえ、それができている企業とそうでない企業との差が激しくなっているのも現状です。 そんななか、ホームセンター大手カインズでは、40年かけて積み重ねてきたホームセンターとしてのあり方を見直し、IT小売企業として生まれ変わろうとしています。カインズでデジタル戦略本部長を務め、戦略の指揮をとる池照 直樹氏に、同社のデジタル戦略についてお話を伺いました。 前編は、カインズがどのようにしてデジタル化を実現させていったのか、具体的な取り組みを交えてお届けします。

コロナ禍でラジオが復権!? 民放ラジオ業界70年の歴史を塗り替えたradiko(ラジコ)の「共存共栄型 DX」とは

コロナ禍でラジオが復権!? 民放ラジオ業界70年の歴史を塗り替えたradiko(ラジコ)の「共存共栄型 DX」とは

Clubhouseをはじめ、新勢力が次々と参入し、拡大を見せる音声コンテンツ市場。その中で、民放開始から70年の歴史に「大変革」を巻き起こしているのが“ラジオ”です。放送エリアの壁を取り払う、リアルタイムでなくても番組を聴けるようにするといった機能で、ラジオをデジタル時代に即したサービスに生まれ変わらせたのは、PCやスマートフォンなどで番組を配信する『radiko(ラジコ)』。今回は、株式会社radiko 代表取締役社長の青木 貴博氏に、現在までのデジタルシフトの歩みと将来の展望について、お話を伺いました。