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令和の現代に、渋沢栄一の『論語と算盤』が必要とされる理由。シブサワ・アンド・カンパニー 代表取締役 渋澤健氏と立教大学ビジネススクール田中道昭教授 特別対談【前編】

近代日本経済の父と称される渋沢栄一。2021年の大河ドラマ『青天を衝け』の主役としてクローズアップされ、あらためてその功績に注目が集まっています。『論語と算盤』をはじめ、彼の著作には現代にも通じる数々のメッセージが遺されています。渋沢栄一の5代目子孫にして、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役である渋澤健氏と立教大学ビジネススクール田中道昭教授が2022年の今、渋沢栄一について語り尽くします。

前編は、大河ドラマ『青天を衝け』の感想から、『論語と算盤』における逆境の捉え方、渋澤健氏のキャリア遍歴、渋沢家の家訓などについての対談です。

令和の現代に、渋沢栄一の『論語と算盤』が必要とされる理由。シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役 渋澤健氏と立教大学ビジネススクール田中道昭教授 特別対談【前編】

挫折とは、新たな人生を生み出す重要な「転機」である

田中:デジタルシフトタイムズ 田中道昭です。本日はシブサワ・アンド・カンパニーの代表取締役であり、コモンズ投信 取締役会長を務める渋澤健さんにお越しいただいております。

渋澤:よろしくお願いいたします。

田中:渋澤健さんと言えば昨年2021年の大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である渋沢栄一の玄孫でいらっしゃいます。私も今、青天ロスに陥っているところですが、一年間『青天を衝け』を通じて渋沢栄一をご覧になってどのように感じましたか?

渋澤:最初に吉沢亮さんが主役に決まったというニュースを見て、写真を見た瞬間にありえないなと思いましたね。かなりイケメンじゃないですか(笑)。全然似ていないと思いましたが、1年を通して熱い演技を見ているとだんだん馴染んできて、途中から妻が「吉沢くんが親戚になったみたい(笑)」と、言っていました。ドラマの内容としては、私は渋沢栄一の人生を振り返ったときに、重要だと感じるシーンがいくつかあるのですが、それがドラマの中にほぼすべて入っていました。脚本の大森美香さんはかなり資料を読み込んだのではないかと思います。

田中:「ここは欠かせない」というシーンは、どの部分だったのでしょうか。

渋澤:絶対必要だと思っていたシーンは、渋沢栄一のスイッチが入った瞬間です。それが渋沢の人生を大きく展開させたと思っています。

田中:「お代官様」とのシーンですね。

渋澤:そうです、あのシーンは絶対に必要だと思っていましたし、見事な演技でした。

田中:あの出来事は渋沢栄一にとって、まさにスイッチが入った瞬間だったということですね。

渋澤:はい。なぜ生まれた立場の違いで、上から目線で見られるのか。努力した人たちが報われる世の中になるべきなのに、たまたまその立場に生まれたというだけで偉そうに振る舞うのは許せないと。実際には代官も中間管理職ですから、上から言われてやっていた面はあるかと思いますが、あの場面は非常に大事なシーンだと思いました。

田中:渋澤さんは渋沢栄一の本をたくさん出されていますが、挫折についても強調されていますよね。まさに挫折があったから、渋沢栄一は最後に大きなことを成し遂げられたと思います。渋澤健さんが考える渋沢栄一の重要な挫折とは、何でしょうか。

渋澤:やはり、尊皇攘夷思想に影響されて高崎城を乗っ取るという無謀な計画を立てたことです。挫折とはネガティブな表現かもしれませんが、その後の人生の新たな道を展開させる重要な転機でもあると思います。

『論語と算盤』から読み解く、逆境の乗り越え方

田中:「挫折」を言い換えると「逆境」と言えるかもしれないですね。渋沢栄一の著した『論語と算盤』の中で私は「大丈夫の試金石」という言葉が一番好きです。
私自身は日本の銀行からキャリアをスタートして外資系の銀行・証券に移り、独立をして、今では大学の教員も務めています。これまで3回ほど大きなキャリアシフトを重ねてきましたが、そのたびに振り返ってきたのが『論語と算盤』の中にある「大丈夫の試金石」という言葉です。

キャリアシフトするにあたって、やる前は本当に成功できるかどうかはわかりません。しかし、実際にベストを尽くしてやってみて、もし駄目だったら、「自分の天命はそこまでのものではなかった」と覚悟を決めればいいと挑戦してきました。それが大きな決断をするときの私の信条であり、試金石となっていたわけです。渋澤さんにとって、『論語と算盤』の中で最も信条とされている内容はどこでしょうか?

渋澤:「大丈夫の試金石」については、私も同じように思うことがあります。逆境には「自然的な逆境」と「人為的な逆境」があります。「自然的な逆境」とは台風や地震などですが、これらに対しては「足るを知る」などの昔からの考え方がある。やることはやるけれども、最後は天命に任せるしかない。それが「自然的な逆境」への対処です。私が面白いと思ったのは「人為的な逆境」についてです。「人為的な逆境」とは人と人との関係、人と社会との関係などです。この逆境にあった時、渋沢栄一は「こうしたい、ああしたい」という心構えを持つべきだと言っています。「自分は何ができるのか? できないのか?」という軸ではなく、「こうしたい、ああしたい」という軸で考えるべきだということです。

そう考えたときに、自分のやりたいことができるポジションにいるのであればベストです。できないこと、やりたくないことは捨ててもいい。問題なのは、できるけれどもやりたくないことです。職場にそういった人がいたら改善しなければいけません。こう考えたときに、私たちの多くは、やりたいことがたくさんあっても時間やお金、経験がないからできない、制限があるからできないと、できない理由を語りがちです。「自分は何ができるのか?できないのか?」の軸で考えるとできないことばかりになり、やりたかったこともやりたくない方に沈んでしまいます。

渋沢栄一の言う「こうしたい、ああしたい」という気持ちというのは、常にやりたいというベクトルが立っていることです。できなかったことがすぐにできるようになる、ということでは当然ありません。渋沢栄一の人生を見ても、すぐになんでもできたわけではありません。けれどもそこでさまよいながら、いずれできる方にシフトする可能性が残されているということだと思っていて、この考え方はすごく大事だと思います。

「やりたい」という軸で考えることで、未来が広がる

田中:お話を整理すると「大丈夫の試金石」には自然的なものと人為的なものがある。人為的なものはほとんど、自分がやったことの結果なので、反省して改めるべきだと渋沢栄一は言っています。さらにその中で、渋澤さんがかねてから重要視されてきたのは、「こうしたい、ああしたい」という気持ちだということですね。縦軸が「やりたいかどうか」、横軸が「できるかどうか」というマトリクスで考えると、理想的なのは「やりたい×できる」が合わさることです。それが天命かもしれないですが、なかなかそこが重なることは難しい。その上で、やりたいということが大切だとおっしゃっている。渋澤さんが、やりたいことを大切にされてきたことに、何か原点はあるのでしょうか?

渋澤:なんでしょうねえ……。

田中:「やりたい」「できる」「やらねば」。よくこの3つが重なるところに、ミッションがあると言われます。まずはできることからやろうという主張をする方もいらっしゃいますが、その中で渋澤さんが特徴的なのは「やりたい」ということを重視されている点だと思います。

渋澤:できていないことばかりですが、自分がやりたいと思う理想や、目指すところはあります。「青天を衝け」とはやりたいことに手を伸ばすことですよね。私たちは生まれた瞬間には、「できる、できない」の軸は持っていません。それでも言葉も発することもできない生まれた瞬間から「やりたいこと、やりたくないこと」をすぐに体で表現しようとします。

しかししつけや教育、社会に出ることで「何ができるか、できないか」の存在はどんどん大きくなる。そうなると、もとの「やりたい、やりたくない」の軸がどんどん小さくなってしまう。人生は短いですから、「何ができるか、できないか」ということだけに囚われると、できない方が圧倒的に多いと考えてしまう。だからこそ、常にやりたいことのベクトルが立っていることが大切だと思っています。その方が未来志向になれる。「できる、できない」の軸では現状維持になってしまいますが、「やりたい」という軸で考えると、自分の成長や新たな出会いが生まれてくる。例えば、私は以前、インタビューに答えたり人前で話すことができませんでした。20代の頃は、自分はそういう人ではないと思っていました。でも人前で話せるといいなと思っていて、気がついたら今はほぼ毎日、人前で話しています。自分の限界を自分で決めるのではなく、自分は何がやりたいのか、成し遂げたいのかなど、問いかけを続けることは大切だと思います。

田中:そう考えると、私が最初に職業として選んだ金融は、今から考えると、やりたいことではなかったのだと思います。昭和62年に三菱銀行に入行したのですが、当時はバブル真っ只中で、銀行の就職ランキングが高く、先輩も銀行に行っていましたから、自分も銀行に行かなければならないと思っていたところがあります。今振り返ると、金融が本当にやりたかった仕事なのかどうか定かではありませんでした。それでもやる以上は上り詰めたいと、外資系に移りました。使命感を基にした現在の自分の仕事観とは大きく異なっていたと思います。

渋澤さんと初めてお会いしたのは、独立して数年経った頃でした。当時、何社もの新興系上場不動産会社の戦略アドバイザーをやっていたのですが、リーマンショックが起こり、渋澤さんもご記憶だと思いますが、そういう会社の多くが倒産したのです。あのとき、多くの倒産の真因に非常にショックを受けて、深く考え、現在の世界に移ってきました。私が1冊目の著書『ミッションの経営学』を出版したのは、その後です。そういう意味では、もしかしたら、やりたいことではないことをやっていたのが私のビジネス生活の最初の10年間で、今はやりたいことしかやっていません(笑)。渋澤さんはどうでしょうか、最初の外資系金融機関の仕事はやりたいことだったのですか?

渋澤:やりたいことでしたね。ただ、私は最初から金融の仕事に就いていたわけではないのです。父の仕事の関係で、小学校2年生から大学までアメリカで育ち、日本に帰国した時は使えない日本人になっていました(笑)。私の叔父が国際関係のNGOをやっていて働いてみないかと誘ってもらいました。ですから、私のキャリアのスタートはNGOだったのです。

そのNGOは叔父の団体でしたし、終身雇用・年功序列の時代でしたから、ずっとそこに勤めるという選択肢も当然ありました。でも、私自身はそういう考えがなかった。その後MBAを取得し、86年、87年当時はウォールストリートがMBAを持つ日本人の採用を強化していたため、ノンプロフィットからエクストリームプロフィットの世界にシフトしたわけです。当時の私はアメリカで育った日本人として、日本とアメリカ、日本と世界の架け橋になれればいいなという思いが漠然とありました。最初はそれをNGOでやっていたわけですが、金融の世界でもできると気づき、そちらの道に進みました。

911で感じた強烈な転機と、渋沢栄一の言葉との出会い

田中:私が初めてお会いした15年ほど前、渋澤さんはすでに『論語と算盤』を語り始めていらっしゃいました。「論語と算盤」経営塾が今年で14期、14年目とのことですが、いつ頃からそういう意識を持たれていたのでしょうか?

渋澤:明確に覚えているのですが、自分の会社、シブサワ・アンド・カンパニーを立ち上げた40歳の時です。最初はオルタナティブ投資のアドバイザリーのような仕事をしていたのですが、半年後、自分の中で強烈なスイッチが入ったのです。

田中:渋沢栄一でいうところの、「お代官様」の時のようなスイッチですか?

渋澤:渋沢栄一ほど大きくないかもしれないのですが、アメリカ出張時に911に遭遇しました。私は西海岸のシアトルで1週間ほど足止めされていたのですが、それこそ『青天を衝け』のような真っ青な空が広がっているのにも関わらず、飛行機が一機も飛んでないのです。それを見てヤバいなと思いました。

私はそれまで端末を叩いたり電話で話したりするだけで何十億、何百億を動かすのが当たり前の環境で仕事をしていました。でも飛行機が一機も飛ばないとなると、人とモノが動かない。当時、私は会社を立ち上げたばかりで、長男が生まれ、次男が妻のお腹に宿っていました。そのタイミングで911が起き、改めてどうやってこれから家族を養っていけばいいのだろうかと考えたのです。サステナビリティ、持続可能性は常にあるものと思っていましたが、それが失われた瞬間にこれはまずいぞと思いました。その同じタイミングで渋沢栄一とも出会いました。もちろん私の祖父の祖父であったことは小学生の頃から認識していましたが、私は海外で育ち、外資系での勤務も長かったので、渋沢栄一ワールドから遠いところで生きていました。けれども父の弟、私の叔父から渋沢家の家訓には「株と政治はやっちゃいかん」と書いてあると聞かされました。私はずっと金融の仕事をしていたので、2001年に独立したことをきっかけに調べてみたところ、家訓には「投機ノ業又ハ道徳上賤ムヘキ務ニ従事スヘカラス」と書いてあることがわかったのです。

田中:投資ではなく投機が駄目だったんですね。

渋澤:道徳上卑しいことはしていませんが、私はトレーディングの仕事をしていたので、どう解釈しても投機の業に当たります。40歳になって初めて自分が渋沢家の家訓に違反していたという不都合な事実を目の当たりにしたのが、ちょうど2001年です。田中さんだったら、自分自身が家訓に違反していたと直面したときどうされますか。

田中:渋澤さんの場合はスペキュレーションをやっていたから投機も含んでいるかもしれないですが、私がやってきた金融は投資、インベストメントバンキングだったので「投資」と「投機」は違うという理由をつけていたかもしれないです。実際はどう、自分の中で解釈されたのですか?

渋澤:私はそのとき、この一行は自分にとって不都合な事実で変えられないけれど、自分にとって都合が良い事実もたくさんあるはずだと、そのほかの言葉も一生懸命調べ始めたのです。そうして、渋沢栄一がたくさんの言葉を残していることに気づきました。

『論語と算盤』を社会に伝えたい、という想い

田中:私も渋沢栄一の本をいろいろ読みましたが、全部読んで解釈すると「投資はいけない」という家訓ではないですよね。

渋澤:おそらく『青天を衝け』にも出ていた渋沢喜作を含め、息子や親戚などが投機に手を出し失敗して、栄一が穴埋めしなければいけないものが山ほどあったのだと思います。「下手だから手を出すな」という思いがあったのではないかと(笑)。なぜそう思うのかというと、渋沢栄一がリスペクトしていた、田中平八(※1)は投機で財をなした人で、渋沢といっしょに東京証券取引所を立ち上げています。ただ、彼も最後は投機に失敗しているのですが。
(※1)生糸で財をなし、「天下の糸平」として知られる幕末、明治期の実業家。

それまで私は渋沢栄一のことを昔の人だと思っていました。私の日本での最終学歴は小学校2年生ですから、父に日本語を翻訳してもらいながら渋沢の残した言葉を読み返しました。

田中:当時は、あまり翻訳書なども出ていなかった頃ですよね。

渋澤:はい。でも彼の言葉を噛み砕いて今の言葉で表現すると、十分使えることに気づいたのです。そして、その言葉に、「日本はもっと良い社会、もっと良い会社、もっと良い経営者、もっと良い一般市民になれるだろう」という怒りを感じました。

田中:これではいけないという意識がものすごく強いですよね。

渋澤:現状維持に満足していない、未来志向がそこにあったと思います。100年前、150年前の未来志向ですが、そのエッセンスを今の時代の言葉で表現するとそのまま使えることに気づきました。そして『論語と算盤』の中には「大正維新の覚悟」という言葉があります。明治維新があったように大正時代にも維新が必要だということです。

田中:明治維新は不十分だったということですよね。

渋澤:最近の若者は元気がない、リスクを取らない、守りに入っているとか、そういった内容の記載がありますが、最後に気になったのは、渋沢は「この状態でこのまま進めば、将来悔やむことが起こるかもしれない」と言っていることです。渋沢栄一が亡くなったのは昭和6年、1931年の11月11日ですが、その2ヶ月前に満州事変が起こっています。大正維新がなかったから、昭和初期に国民全員が悔やむような状態に入ってしまった。ということは渋沢栄一の話は、一人ひとりが自覚を持って社会の当事者になるべきという話ですよね。

すべて政府や会社にお任せするのではなく、自分が社会の当事者でいなければ将来悔やむことが起こるかもしれない、ということを2001年に読み、非常に影響を受けました。その後失われた10年が続き、これから日本はまたヤバい方向に行くのではないかと思うところがあったので、昔の『論語と算盤』を小学生でもわかるような言葉で解釈して、ブログにポストしていこうと始めたのが2001年、2002年頃ですね。

その後の人生の転換点ともなった「手紙」

田中:メールマガジンも長い間、送られていらっしゃいますよね。

渋澤:シブサワ・レターという今で言うメールマガジン的なものを最初に送ったのが1998年です。当時私はヘッジファンドに勤めていました。ヘッジファンドはマーケットをかき乱すことが目的ではなく、どうやったらもっとよく経済が回るのかということを考えていると私は思っています。

田中:そうですね、ジョージ・ソロスも慈善家の顔とヘッジファンドのトップの顔を兼ねています。

渋澤:「理論的に考えてこうあるべきだけど、現実がそうなっていない、おかしいよね。であればこうするべきだよね」というロジックなのです。

田中:自分の世界観があってそれを実現したいからヘッジファンドをやっているトップが多いですよね。

渋澤:世界観もそうですが、金融危機が起こった頃は、経済的ロジックに対する現状がぐちゃぐちゃになっていたわけです。98年のときに「もしかすると政策を決定する人たちには、マーケットからの正しい情報や、何が起こっているのかがきちんと届いていないのではないか?」と思いました。おそらく、上がってくる情報は忖度されているような情報ばかりであろうと。それなら、自分が送ろうと思いました。それまでも、お客さまやヘッジファンドの上司に状況を説明するレポーティングを日々行なっていたので、短い文章を書くことは慣れていました。だったら、「市場の声」を、今度は政治家にも送ることにしたのです。

まずは国会便覧に記載のある議員の方に、手紙を1、2ページ書いて速達で送りました。最初にレスポンスをいただいたのが、もう亡くなられてしまいましたが柿澤弘治さんという方です。次に連絡が来たのは梶山静六事務所でした。秘書の方から電話で「どういう趣旨で送っているのですか?」と聞かれて、理由を説明したら「代議士がお話を伺いたいと言っています」と。確か8月の暑い日だったので、相当、汗をかきながら事務所へお伺いしました。

田中:その手紙の中には『論語と算盤』も登場するわけですか?

渋澤:当時はまだですね。政治家とごく一部の官僚に手紙を送り、その後経営者にも送るようになって、それがきっかけとなって2002年に経済同友会に誘われました。振り返ってみると面白いですね。手紙を書くだけでいろいろなことが展開しています。

田中:自分でアクションを起こされていたのですね。本当に不思議なもので、役職の高い人の方がきちんと見て、反応されますよね。

渋澤:そうですね。役職が高いだけではなく、そこにきちんとしている人がついていることが必要ですね。

田中:参謀役も秘書役も重要ということですね。

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