着想はムクドリの群れ。AIによる広告の大量生成・選抜、そして方針転換【生成AI時代の新たな広告制作 #4】

AI
「生成AI時代の新たな広告制作」の連載も第4回を迎えました。第1回は、2023年9月が広告業界にとって歴史的な転換点となった点に触れ、第2回第3回は「生成AIによる大量生成」と「効果予測AIを用いた選抜」を行う新たなクリエイティブ制作のフローについて解説いただきました。第4回となる今回は、新たに「AIによる方針転換」に注目していきます。

今回も、データ解析・機械学習技術を用いたサービス開発を手掛けるRe Data Science株式会社の代表 高田悠矢氏に解説いただきます。

AIによる大量生成、AIによる選抜

連載も今回で第4回目となりました。まずは簡単に、これまでの流れについて振り返ってみましょう。

第1回は、2023年9月が広告業界における歴史的転換点となったことについて触れました。画像生成AIの活用は、2023年中頃までは著作権の問題により限定的でした。しかし、2023年9月に、学習のためのデータセットに著作権の問題が発生する可能性があるデータを一切使わないことでこの問題をクリアしたAdobe Fireflyが商用利用可能となり、これを起点に、広告業界における画像生成AIの活用が一気に進むこととなります。

第2回は、私たちがこの”2023年9月”にタイミングを合わせて行った取り組みについて紹介しました。オプトとRe Data Scienceが共同で、同月に開催した「生成AIを活用したクリエイティブ制作コンテスト」では、通常であれば数枚のクリエイティブを制作することが限界である(少なくとも2桁の枚数の制作は難しい)時間制限のなかで、参加した半数以上のチームが100枚以上を制作するなど、生成AIツールによる制作量には非連続的な変化があることがわかりました。

加えて、こうした制作量の変化を価値につなげるには「大量の候補のなかから、効果が良いと考えられるクリエイティブを事前に選抜する」必要がある点にも触れ、選抜のために必要な効果予測AI:Open CTR Predictorを、この”転換点”である2023年9月の翌10月にローンチしたことをお伝えしました。

第3回は、オプト・アドビ・Re Data Science共同で新たに実施したコンテストを紹介しました。当コンテストでは、誰でもかんたんに魅力的なコンテンツを作成できるアプリ:Adobe Expressを併用することで、デザイン未経験者においても、こうした「”生成AIによる大量生成”と”効果予測AIを用いた選抜”」を伴う”新たなクリエイティブ制作フロー”を実現可能であることをお伝えしました。

ここまでは「生成AI時代の新たなクリエイティブ制作」として「AIによる大量生成」と「AIによる選抜」について注目してきました。第4回となった今回は、新たに「AIによる方針転換」に注目していきます。

鳥の群れから着想した、AIによるクリエイティブの方針転換

今回紹介する取り組みを思いついたきっかけは「鳥の群れ」でした。ある日、非常に大きな鳥の群れに遭遇しました。その群れは高速で移動しているのにもかかわらず、陣形を非常に美しく維持していました。事前に示し合わせがあるわけでもなければ、指示するリーダーがいるわけでもないのに、精密な集団行動ができるのは本当にすごいことだな、と考えていると、その群れは美しい陣形を保ったまま、大きく旋回し、その進路を変えていきました。
Tsubasa Mfg - stock.adobe.com

Tsubasa Mfg - stock.adobe.com

ここで広告制作の話に戻ります。前述の通り、私たちは生成AIの活用によって、短時間で多くのバリエーションのクリエイティブを制作することが可能になりました。そして、そのバリエーションのなかから、効果予測AIによってもっとも効果がよいと考えられる候補を事前に選ぶことができます。第2回第3回と、こうしたフローを中心に解説してきました。これらは「生成AI時代の新たな制作フロー」の根幹を担う重要プロセスといえます。しかし、一方で、仮に生成AIを活用して1万枚という「とてつもなく大量」のクリエイティブの候補を制作し、効果予測AIを用いて、そのなかでもっとも効果が良いと考えられる候補を選んだとしても、それは「真の正解」とは限りません。莫大な量の生成を行ったとしても、その生成が「ある一定の範囲のなか」だけで行われており、その範囲のなかに正解がなかった場合には、どれを選抜しようが「真の正解」にはなり得ないはずです。成果の出ないクリエイティブと似たクリエイティブを大量に生産しても意味がないということです。

あるいは、選択された候補が「真の正解」に近く、実際の配信でも十分な成果が得られたとしても、その状況は永久には続かず、累積配信期間が増すにつれ、徐々に効果は低減していくと考えられるため、一定期間を過ぎれば、新たな別の「真の正解」を制作する必要が出てくるはずです。

つまり、鳥の群れと同様に「クリエイティブの群れ」も、大きく旋回し、その進路を変えるべき局面が存在するということです。今回はこの部分について解説していきます。
図表1:AIによる大量生成、選抜、方針転換

プロジェクト:Murmuration

「ムクドリの大きな群れが、一緒に飛び、旋回する現象」を、生物学では”Murmuration(マーマレーション)”と呼ぶそうです。そこで、株式会社オプト阿部一馬氏らと共同で進めているプロジェクトのコードネームをMurmurationとすることにしました。このプロジェクトではクリエイティブの生成過程をさまざまな基準で制御し、「クリエイティブの群れ」を適切に「旋回させる」方法について検証を重ねています。

大枠の考え方としては、生成AIによる大量生成を前提としたクリエイティブ制作において、適切にPDCAサイクル「Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)」を回す方法を検討するという話に尽きますが、より具体的には「材料生成・デザイン(つくる)」「予測・選抜(えらぶ)」「配信(つかう)」というプロセスを一巡した後に、配信実績を踏まえて、次の「材料生成・デザイン(つくる)」のプロセスを制御する仕組みづくりということができます。

ここで一度”適切な旋回”について考えるためにディープラーニング技術の根幹の1つの埋め込み(embedding)について説明します。埋め込みとは、画像やテキストなどのデータをベクトル(※)で表現することです。後半では具体事例として「画像のケース」を示しますが、ここではまず「テキストのケース」で直感的な説明を行います。

※ベクトル:複数の数字が並んでいる様子

例えば、「犬」「猫」「秋田犬」という単語があったとします。これを長さ3のベクトルで表すことを考えます。ベクトルのなかで、一番上の行に記載された値を「犬か猫か」を示すもの、真ん中の行に記載された値を「猫か否か」を示すもの、一番下の値を「秋田犬か否か」を示すものとします。(図表2)
図表2:単純なベクトル化
※ この例ならびに図表はVision Transformer入門(技術評論社)を参考に一部筆者が編集
ベクトル同士の類似度を測る方法はいくつかありますが、ここでもっともシンプルな方法でこれを計算してみましょう。すると「犬」と「猫」の類似度、「犬」と「秋田犬」の類似度はいずれも0になります。「犬」と「猫」の関係よりも、「犬」と「秋田犬」の方が似たような意味をもっているはずですが、それは表現できていません。(図表3)
図表3:単純なベクトル化では類似性を表現できない
※ この例ならびに図表はVision Transformer入門(技術評論社)を参考に一部筆者が編集
そこで以下のような別のベクトルを考えてみましょう。この場合、「犬」と「猫」は似ていないが、「犬」と「秋田犬」は似ているという事が表現されます(数値が大きい=似ている)。(図表4)
図表4:「犬と猫」は似ておらず「犬と秋田犬」は似ている場合のベクトル
※ この例ならびに図表はVision Transformer入門(技術評論社)を参考に一部筆者が編集
こうした「有用な」ベクトルの設計をしようと考えた際に、比較する単語が3つだけであれば人間が一つひとつ数値を設定していく作業が可能ですが、比較する単語が数万、数百万あったらどうでしょうか。あるいは比較対象が画像の場合はどうでしょう。人間が手作業で設計を行うのは不可能です。しかし、昨今、こうした作業はディープラーニングに任せることができるようになりました。

私たちは「材料生成・デザイン(つくる)」「予測・選抜(えらぶ)」「配信(つかう)」というプロセスを一巡した後に、配信実績を踏まえて、次の「材料生成・デザイン(つくる)」における生成プロセスを制御する仕組みをつくりたいと考えていました。以下では、この仕組みについて、架空の化粧品商材を例に説明していきます。
図表5:架空の化粧品商材
こちらの架空の化粧品商材のクリエイティブがすでに配信されている状況において、次のクリエイティブの制作方針を考えます。以下の図表6をご覧ください。この図では、左側に比較対象となる前述のクリエイティブが表示され、右側にA~Cの3つのケースが表示されています。各クリエイティブの下に表示されている数値は「比較対象の画像とどの程度似ているか」を示しているものになります。前述の通り、各画像を埋め込むことによりベクトル化することで、このような「類似度」を算出できます。こちらは「0に近ければ似ていない、1に近ければ似ている」ことを示す数値となっています。
図表6:方針転換の「度合い」のバリエーション
上段「CASE:A」では、左側から順に、商品の蓋を空けて中身を見せたもの、背景を白ベースに変えたもの、商品と訴求文章を明確に切り分けるレイアウトとしたものになります。これらは前述の指標によれば「かなり似ている」ということになります。

中段「CASE:B」では、左側から順に、容器よりも中身の質感の表現を大きく見せたもの、訴求文を横書きに変えたもの、訴求文章をメインとしたものになります。類似度指標の水準は「CASE:A」よりも一段下がります。

下段「CASE:C」、左の「メイン画像を女性としたもの」や真ん中の「雑誌風としたもの」では、指標の水準は中段の「CASE:B」よりもさらに大きく下がっています。また、右のケースは、これらの変更を掛け合わせ「メイン画像を女性とし、更に雑誌風」とすることでもう一段、指標の値が下がることを示しています。

現実はもう少々複雑ですが、一旦、わかりやすさを優先して単純化すると、すでに十分に成果の出ているクリエイティブがあり、それと一定程度似ているものが欲しい状況では「CASE:A」のような方針が求められることになります。この場合は、類似度が一定より高くなるように生成過程を制御すればよいわけです。
図表7:方針転換が必要ないケース
※「生成AIによる大量生成を伴う制作を行い、効果予測AIにより選抜、それを配信する」というプロセスを4回繰り返したケース。「赤枠」は「効果予測AIによって選抜されたクリエイティブ」を示している。
逆に、十分に成果の出ていない状況、あるいは効果が低減してきたような状況においては「CASE:C」のような方針転換を行う必要が生じます。つまり、類似度指標がある程度低い水準となるように制御する方が賢明ということです。
図表8:方針転換が必要であるケース
※「生成AIによる大量生成を伴う制作を行い、効果予測AIにより選抜、それを配信する」というプロセスを3回繰り返した後に、効果が低減するなどして方針転換が必要になったケース。
以上のように、生成AIによる大量生成と効果予測AIによる選抜の繰り返し過程を、埋め込み(embedding)等のAI関連技術を用いて制御することにより、初期の大量生成の範囲のなかに”正解”がなく、十分な成果が得られなかった場合においても、迅速にリカバリをすることが可能になります。あるいは、十分な成果が得られた場合においては、摩耗により効果が大きく低減していくタイミングで、適切な方針転換に繋げることができるというアドバンテージがあります。
 
今後は、”クリエイティブの大きな群れが一緒に飛び、旋回する状態”、すなわち、複数のAI機構の組み合わせによってつくりだされた”Murmuration”により、クリエイティブ制作のPDCAサイクル「Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)」の質を高めることで、多くの企業の成長を支援をしていきたいと考えています。

高田 悠矢

Re Data Science株式会社 代表取締役社長

2010年 工学系修士課程修了後、⽇本銀⾏⼊⾏。景気動向や金融システムに関する統計分析業務に従事したほか、資金循環統計やGDP統計(内閣府出向時)の推計手法設計に携わる。2015年 株式会社リクルート⼊社。戦略策定のための統計分析や、リコメンドエンジンの開発、⼈事課題に対する統計分析・機械学習手法の適用、⾃社データを活用した経済指標の開発・発信など、データ起点のさまざまな取り組みの企画・実行を担う。2021年 Re Data Science株式会社を創業。機械学習技術を用いた新規事業企画・開発支援、データ解析等を行う。

Article Tags

Special Features

連載特集
See More