【アフターコロナの観光戦略】日本のインバウンドに足りないブランド力とテクノロジー

新型コロナウィルスの「5類移行」に伴い、活況を取り戻しつつある観光業。ウィズコロナからアフターコロナの時代に移行したことで、多くの観光地が賑わいを取り戻しつつあります。インバウンド数もコロナ禍以前の2019年の基準に近づきつつある一方、オーバーツーリズムや少子高齢化による人手不足など解決しなければならない課題も残されています。2024年以降のインバウンド動向と課題を解決に導くテクノロジーについて、インバウンド戦略研究所の代表を務める清水 泰正氏に伺います。

中国経済の低迷が日本のインバウンドの伸びに影響

――2023年のインバウンドの動向について教えてください。10月は、2019年の同月と比べて、コロナ禍以降初めて訪日外国人の数がプラスに転じたと報じられました。

10月単月で見れば19年よりもプラスになりましたが、累計で見るとまだ26.1%のマイナスです。通年ではまだまだコロナ禍以前の水準には戻ってはいませんね。これは中国の影響が大きく、中国からのインバウンドを除外すると累計では4%のマイナスと、マイナス幅が縮まります。

――中国からのインバウンド数が伸びないのはどのような理由からでしょうか?

低迷する中国経済の影響が大きいですね。昨年(2023年)から、中国国内では海外旅行が解禁になりましたが、近隣の香港やマカオでもコロナ禍以前の4割程度にとどまっています。昨年の8月には日本向けの団体旅行が解禁されましたが、まだ本格的な回復には至っていません。この傾向はしばらく続くと見ていて、2024年もコロナ禍以前の状況には戻らないでしょう。以前の水準に戻るのは、25年以降になると予想します。

――2024年のインバウンドはどのような傾向になると予想しますか?

すでに、東南アジアからのインバウンドは、19年と同等にまで回復しています。この地域からの観光客は引き続き増加していくでしょう。香港、台湾、韓国からのインバウンドも堅調な伸びを見せると予想します。一方、アジア旅行に興味のある欧米人は中国か日本を旅行先の選択肢とするのですが、コロナが明けても中国がビザや入国条件等の規制を続けるのであれば、訪中外国人数は低迷するため、日本が引き続きその受け皿になる可能性はあります。

インバウンドと地元住民との共存施策

――インバウンドが増えるのは好ましいことですが、京都などの人気観光地では地元住民が交通機関を利用できなくなったり、毎日の買い物に支障が出たり、オーバーツーリズムの問題が指摘されています。

そこは逆にビジネスチャンスだと捉えています。大事なことは、多くの観光客が地元に外貨を落としてくれる仕組みをつくることです。オーバーツーリズムの解決につながる課金システムができれば、大きなチャンスになるでしょう。イタリアのベネチアでは、今年から日帰り客に対して5ユーロの入場料を徴収する方針を打ち出しています。

――「SLAM DUNK」にも登場する江ノ電の踏切はインバウンド人気も高く、殺到した観光客が車道にはみ出すなどの問題を引き起こしています。鎌倉でも入場料の徴収は有効でしょうか?

どこで、どのように入場料を徴収するのか、地元民か観光客かの線引きが難しいですが、私はオーバーツーリズムの解決には課金が最も有効だと考えています。それを元手に観光地を整備して、観光客の満足度を上げる。せっかく海外から多くの人が日本に来てくれるのに、地元民が被害を受けてしまってはどうしようもありません。

入場料以外にも、かつて東京ディズニーリゾートが導入していた「ファストパス」のような制度も効果的かと思います。お金を払ってくれた人は優先的に入場できて、そうでない人は列に並んでもらう。そういった仕組みが今取り得る最善の策でしょう。
ハチ公とのツーショット写真撮影待ちのインバウンド客

ハチ公とのツーショット写真撮影待ちのインバウンド客

日本の観光業に足りない「ブランド力」

――日本企業がインバウンドの恩恵を受けて成長するために、克服するべき課題を教えてください。

これだけ多くのインバウンドが日本に来るなかで、国内の旅館や日系のホテルが稼げていない問題があります。その一方、 昨年4月に開業した「ブルガリ ホテル 東京」では、一泊数十万円から数百万円という価格帯です。おそらく、国内でここまでの宿泊料を設定する旅館やホテルは存在しないでしょう。日本の弱点は、価格設定をはじめとするブランディングです。先日、東京ディズニーシーにオープンした新エリアの「ファンタジースプリングス」は、ホテルの宿泊料込みでエリア内のアトラクションを優先的に乗ることができるチケットを販売予定で、その価格は大人は2万円以上しますが、それでも盛況です。いかに付加価値を持たせ、ブランド力を高めていくか。それが日本の宿泊業に求められています。

――「安い日本」を求める訪日外国人も多くいますが、ブランド力を高める必要があるわけですね。

「安い」をウリに、観光客の人数を増やしていくという考え方はもう限界でしょう。オーバーツーリズムの問題が表しているのは、 地元にいかに多くのお金を落としてくれるのか、人数では無く単価を上げていくかを考える必要があるということです。それができないと、日本企業の価値がどんどん下がり外資に買われ、買収された企業はグローバルに向けて商品やサービスの値段を上げてくるでしょう。そうならないためにも、日本の企業もブランド力をつけて、多くの観光客に外貨を落としてもらい、国際的競争力を高めていく必要があります。

――海外でも知られている、ブランド力のある日本のホテルや旅館はありますか?

おそらくは星野リゾートでしょう。旅館的でありながら、マニュアル一辺倒ではない融通のきくサービスが好評です。これは、現場のスタッフに権限が委譲されているから可能なことです。食事もバラエティに富んでいて、複数の場所で楽しめます。日本の旅館では食事の時間が決まっているケースが大半ですが、自分の都合で好きなときに食事をとれるのも画期的ですね。

――熱心な星のやマニアになると、星のやの有無で旅行場所を決めるそうですね。

それはある意味、理想的な旅行といえます。目的地を最初に決めるのではなく、まずは泊まりたい宿があって、そこから目的地を決めるという流れは世界的にも広まりつつあります。例えば日本では大手町、京都、三重にある「アマン」の熱烈なファンは「アマンジャンキー」とも呼ばれています。各国のアマンを泊まり歩く富裕層が世界中に存在します。

インバウンドの課題を解決に導くテクノロジーが鍵

――インバウンド向けに観光の付加価値を高めるテクノロジーとして、以下のようなカテゴリーが挙げられますが、注目しているものはありますか?
(引用)「訪日外国人旅行者の受入環境整備向上に向けた観光現場における ICT サービス等利活用促進事業」調査結果(観光庁資料)

まず、基本的なこととして、多言語に対応した「予約・問い合わせサービス」が必要とされています。インバウンドが増加するにつれて、宿泊施設での現場対応も煩雑になるため、予約や問い合わせの対応は、AIによる自動応答などで効率化を図ることで、より快適な旅行体験を提供できるでしょう。

一方、「現地での他言語対応サービス」などについては、そこまでのニーズはなく新規参入は難しいのではないかと考えています。というのも、多くの訪日外国人はGoogleレンズを使って不自由なく日本語を翻訳しています。しかも、Googleのサービスは無料で使えますからね。Googleレンズ以上の精度を持つ翻訳サービスを無料で提供できるのならば可能性はありますが、それは非常にハードルが高く、かつ浸透するまでに相当の労力を要するでしょう。

そのほか、表にあるなかで関連するインバウンドのリアルな声として「クレジットカードを使えないお店が多い」というクレームをよく聞きます。日本には多くのQR決済や電子マネーがありますが、日本人対象のサービスがほとんどで、インバウンドにはニーズがありません。対して、クレジットカードは全世界共通のサービスで、インバウンド客のほとんどがも持っていますが、手数料がかかることにから二の足を踏むケースが多く、導入に踏み切れないお店も多いようです。この辺りをうまく解決するアイデアをビジネス化できれば、大きなチャンスになるでしょうね。

また、Wi-Fi環境についても同様に課題があります。以前に比べればだいぶ整備されてきたものの「回線速度に対する不満の声」をよく耳にします。Wi-Fiを導入したらそれっきりで、設備投資を行わず遅いままのWi-Fiもあるので、そこにも改善の余地があるかと思います。

――最後に、観光業界に向けたメッセージをお願いします。

日本の観光業も、今後は高付加価値なサービスが求められるようになるでしょう。また、オーバーツーリズム対策として地域の人や従業員の負担を取り除くサービスも今後必要になると考えています。例えば、チェックインの対応は対面でのサービスの価値を失わせないため、これまでと変わらず人が行う事が望ましいですが、デジタル化できる裏方の業務などはどんどん機械に任せて効率化を図るべきです。

日本人の観光客や国内の同業者だけを見ていると見逃すものが数多くあります。インバウンド向きではないサービスや価値観もまだ多く残されているので、マーケティングの基本に立ち返って、海外のマーケットの視点を取り入れ、自社の強みと課題を整理し、サービスを磨き上げることも重要でしょう。

清水泰正

インバウンド戦略研究所代表

日本政府観光局(JNTO)にて、日本のインバウンド誘致に14年間従事、うち9年を香港、シンガポールに駐在、海外の現場でのマーケティング、誘致施策を実践、現地視点での誘客、データに基づく分析力を磨く。2018年に香港にて独立起業。現在、自治体や企業向けに、インバウンドの誘致戦略に関する講演、コンサルティングに従事。(社)京都市観光協会(DMO KYOTO)アドバイザー、(社)広島県観光連盟(HIT)アドバイザー。慶應義塾大学卒業、京都大学経営管理大学院修了(経営学修士、MBA)。

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