教育や医療、地域格差。日本が「デジタル敗戦」から脱することはできるのか。 菅首相の側近中の側近、内閣府副大臣藤井氏にGAFA研究第一人者田中道昭教授が切り込む。

2020年9月16日、第99代内閣総理大臣に就任した菅義偉首相は就任後初の記者会⾒で「デジタル庁」創設を明⾔しました。アメリカや中国と比べ、デジタル化が遅れている日本が、今後どのように諸外国へ追いつき、追い越していくのか。全3回にわたり、内閣府副大臣である藤井 比早之氏と立教大学ビジネススクール 田中道昭教授の対談形式でお届けします。

中編は、デジタル化と規制改革をどのように進めていくのか、オンライン授業の推進やオンライン診療の実現、地域格差解消など具体的な事例を挙げつつ、お話を伺いました。

*本稿は対談の要旨であり、実際の対談内容は動画をご覧ください。

教育・医療・自動運転。日本が「デジタル敗戦」から脱することはできるのか。 菅首相の側近中の側近、内閣府副大臣藤井氏に GAFA研究第一人者田中道昭教授が切り込む。

菅政権の大改革を猛進する鍵は、ズバリ「2+1(ツー・プラス・ワン)」。その全容とは。

田中:テレビ東京のWBSの中でも、「2+1(ツー・プラス・ワン)」※という話がありましたが、 河野行政・規制改革担当大臣と平井デジタル改革大臣のお二人のタッグが強力ですし、そのお二人にお仕えしている副大臣のミッションも相当大きいと思います。

藤井:今、「2+1(ツー・プラス・ワン)」と称して、規制改革やデジタル改革に関係する各担当大臣ともお話を進めています。萩生田文科大臣、田村厚労大臣、国家公安委員長である小此木大臣、それから赤羽国土交通大臣ですね。文科省は、まさしくデジタル教育の検討をしています。

田村厚労大臣とは、オンライン診療について、小此木大臣には、運転免許証のマイナンバーカードの一体化について、赤羽国土交通大臣とは、不動産の重要事項説明などのデジタル化について話をされています。

そういった1つ1つの改善が個別に進んでいくのは素晴らしいことですし、まさしく規制改革とデジタル化はリンクしていますので、連携して進めていくのは大事です。さらに、田中先生がおっしゃるように、その先の経済成長だけでなく、国民一人一人が主役のデジタル社会を作っていくことが大事だと思います。

田中:そういう意味では、二人の大臣にもう一人加わってさらに促進していく「2+1(ツー・プラス・ワン)」。1(ワン)のほうが10人も20人にもなるような組み合わせは、今までの政権にはなかった取り組みですよね。

藤井:なかったと思いますね。

田中:相当スピードを出されていますよね。

※河野行政・規制改革担当大臣と平井デジタル改革大臣が開催している経済社会のデジタル化・規制改革等に関する意見交換の場のこと。2大臣に加えて、議題に応じて関係する閣僚が参加することが多いので、「2+1(ツー・プラス・ワン)」と通称。

地方に生まれ育ったがゆえに痛感した教育格差。デジタル活用によって教育の地域格差をなくしていきたい。

田中:今おっしゃっていた中で、キーになるものを一つ一つ細かくお伺いしていきたいと思います。まず最初に文部科学大臣との「2+1(ツー・プラス・ワン)」、ずばりオンライン授業についてですね。

私は、国家の競争戦略の研究もしておりまして、ご存知の通り、国際競争力ランキングの上位は、小国のスイスやイスラエル、シンガポールなどです。特にスイスは軒並みいろんなランキングで上位にきているのですが、いろいろ秘訣を研究してみると、国外から優秀な人材が移り住んだり、グローバル企業が移転しているんです。

移り住んでもらうポイントは実は3つです。3つのことを三位一体で用意しています。1つ目は事業環境の整備、2つ目は教育環境の整備、3つ目が生活環境の整備です。

もともと副大臣のライフワークでもある地方創生ですが、中央から地方には単身赴任であれば行くかもしれませんが、小学生の子どもを連れてみんなで移るのはなかなか難しい状況です。各地方は、生活環境は整備されているものの、事業環境はなかなか厳しく、それ以上にお子さんの小学校教育を考えたときに東京など都心の方がいいと、なかなか地方に移れない。

コロナ禍で明らかになったのは、事業環境はオンラインで整備できるということです。なかなか進んでいないオンライン授業ですが、それさえ進めば、事業環境・教育環境・生活環境が三位一体で整備できると思います。そこがすごくキーだと思うのですが、ずばりオンライン授業は進みそうですか。

藤井:それは進めなければいけないと思います。いいご指摘をいただきました。私自身も地方の、塾も、予備校もないという世界で暮らしてきて、なんと東京は恵まれているのかと思います。都会、例えば阪神間は恵まれています。これほど悔しく思ったことはないんです。それこそ私は、模擬試験を受けにいくのも、学校を休んでいかなあかんくらい距離がありましたからうらやましかった。センター試験を受けるためにも宿泊しなくちゃいけない状況でしたから、やはり教育環境は大きいです。

それから公立教育だけじゃなく、やはり塾などの家計負担も大変ですし非常に格差があります。これがある意味で東京一極集中を招き、都会に若い人が集中する根源じゃないかと思っていますので、どのような地域にあっても等しく平等に、教育を受けられることは非常に大きなことだと思うんですよ。

東京の英語教育でネイティブとかそれに近い方の発音を聞いてみると、どうしようもないんですよ。カタカナ英語で、本人さん自身がいわば通じない英語を話す方が教師をやっておられるということであれば、教育環境の改善はいつまでたっても進みません。他にも、立体感覚とか様々なものも、実はデジタル化によってより教育が、授業が楽しくなるんじゃないかと思っています。

田中:そういう意味では、デジタルデバイドの解消に向かって誰もが公平に平等にという視点でいうと、実は一番格差が生じているのは、教育じゃないかと思います。

私自身、私学の立教で教鞭をとっており、後期もオンラインで授業を進めていますが、オンライン授業ってちゃんとやらせていただくと、教育的効果が高いのかなと思っています。一方で、私学と公立では、オンライン授業の有無によっても非常に格差がついてしまう。その格差を一気に縮める必要があるし、この点こそスピードが必要だと思います。オンライン授業を地方に対して、あるいは公立学校に対して、スピード感を持って進めていけそうですか。    

藤井:これはスピード感を持って進めるという決意を持って、しっかりと政権として取り組まねばなと思います。おっしゃる通りですね。こういうことこそ、公立と私立で差ができる。問題は、所得水準と住んでいる地域による教育格差があるということですから、これをなんとしても解消しないといけないと思っています。

田中:そういう意味では、先ほどからご指摘させていただいている通り、本当に今こそデジタル化で、地方創生が可能になってきている。デジタル化によって、単身赴任ではなく家族を連れて、自分が住みたいところに住める時代になっている。この最大のボトルネックが教育ということでしたが、それもオンライン教育によってクリアできるかもしれない。ニーズによっては、1学期に1回くらい東京の学校にいく必要があるくらいで、あとの授業はオンラインで受けられるという環境が実現できればいいですよね。ここはしっかりやっていただきたいですね。

藤井:最初に対面で人間関係をつくることや先生と一緒にやりとりするのも必要なんですけど、あとはオンラインでも手をあげて意見を言うことや、双方向のやり取りなども十分にできます。

また、学校へ行くのが辛いという不登校の方も、家で授業に参加することができるということ、こういった観点は非常に大切です。耳が遠い、目が良くないという方でも、それぞれの状況に応じて、授業が受けられるのは、非常に大切な視点ではないかなと思うんですね。要約筆記じゃないですけど、テロップが出るだけでも全然違ってくると思うんです。誰一人取り残さないデジタル化というのは、極めて大事だと思います。

国と民間との連携なしでは、GAFAに日本のヘルスケア産業が軒並み破壊される。

田中:次に「2+1(ツー・プラス・ワン)」の2つ目として、田村厚生労働大臣のご担当である医療についてです。これは、平井大臣にもお話しさせていただいたのですが、私はやはりデジタル化で日本が遅れを取り戻していくためには、日本からGAFAに次ぐような企業が、菅政権でデジタルに力を入れている間に生まれなければいけないと思うんですよね。

これは決して何か補助金を出すとか、直接的にGAFAみたいな会社を生むというよりは、環境整備をして、日本から世界に打って出られるようなデジタルプラットフォームが出てこないと、デジタルの世界で先進国になっていくのはなかなか難しいと思います。

その中でもご存知の通りGAFAは今、軒並みヘルスケア産業をデジタルで破壊しようとしています。元々かなり前にAppleはiPodで音楽産業を破壊してしまった。それと同じように私自身も今アップルウォッチをしていますが、まだ機能はしていませんが日本でもようやく認められてきたものとして心電図機能も付いていて、Appleは十分ヘルスケア産業を破壊できるようなエコシステムの構築を行ってきています。

アメリカでは、電子カルテの情報などを含め健康情報を集約しようとしており、Appleを始めとするGAFAは、単体のサービスや事業で勝負しようとするのではなく、エコシステム全体で勝負して、ヘルスケアにおいても様々なサービスを展開する戦略です。

やはりヘルスケア×デジタルというところで言うと、日本も国が率先して民間企業と手を携えて、ヘルスケアのエコシステムを構築していく。部分最適ではなく全体最適としてのエコシステムづくりを、とくにヘルスケアからやっていただきたい。そうならないと、2~3年以内に、またAmazonかAppleに国内のヘルスケア産業を破壊されてしまうと思うんです。ここはいかがでしょうか。

藤井:おっしゃる通りです。今厚生労働省と議論させていただいているのは、オンライン診療の分野です。これにはプライバシーの問題や、実際の治療行為になってくると本当にデジタルで大丈夫なのか、実際触ってみないといけないなど、様々な課題を1つ1つ克服していく必要があります。

ヘルスケア全体として考えたときに、日本というのは世界に誇る長寿国なんです。医療データの活用は、日本人がなぜこれだけ長生きできるのかという要因分析も含めて、病院にかからないということ、病気の予防、健康であり続けること、まさしく健康産業になります。社会保障がどんどん増えていくことをなんとか抑える1つの切り札になるのではないかと思います。これこそ実はプライバシーが大切なんですよね。ご自身の様々な検診データなどは最高のプライバシーです。例えばウォッチだったら、心拍数はわかるかもしれないですが。いわゆる血液採って、とかですね。これは本当にプライバシーそのものですから。

田中:心電図になったら完全に医療情報ですからね。

藤井:そうなんです、ですからプライバシーが必ず守られ、セキュリティが必ず大丈夫となった時、1人1人のデータはまさしく、オンリーワンなんですね。ですから、国民のみなさん1人1人が主役のヘルスケア、これをデジタル化することにおいて、健康でいられるという世界が築ければ、やはりみなさん本当に良かったなということになると思うんですよね。

まず病気にならないようにする。病気になって、医療機関にかかったとしても予後ですね。こういう風にすればより助かるんだという世界を築いていくということが大事なんじゃないかと思います。

地方創生最後の切り札、オンライン診療実現には、セキュリティ・プライバシー・スピードの三位一体が必要不可欠。

田中:冒頭からお話しさせていただいている、縦割り行革・規制改革というところでいくと、「2+1(ツー・プラス・ワン)」のなかでも厚生労働省の管轄分野が従来では一番既得権益が強いところかもしれません。私も立教で教鞭を執らせて頂いて、6科目中2科目がメディカルビジネス論と介護ビジネス論ですし、もともと10年ほど前になりますけれども、国立の東京医科歯科大学で医療経営学の客員講師もやらせてもらっていたので、実はヘルスケアも非常に知見や関心を持っているところなんですけど、医療こそ反対勢力が一番強いところかもしれません。その一方で、今回の「×デジタル」でいくと一番期待が大きいところでもあります。ただ、残念ながらオンライン診療も米中と日本で比較するとコロナ禍でさらに出遅れていて、その間に中国ではオンライン診療どころか、オンライン治療とか、遠隔医療とかに取り組んでいます。グローバルの世界ではオンライン診療よりは、遠隔で医療をし、手術をするまでもう許認可が進もうとしています。日本も、そこまで一気に進められるでしょうか。

藤井:まさしく政権の本気度が試されていると思うんです。いわゆる遠隔医療とかですね、オンライン診療というのは、これこそ地域を救う地方創生の最後の切り札なんですよね。病院も地方にいくと、公立病院しかなく、どこも赤字で大変ということが全国至る所で起こっています。

しかもこれは教育格差の問題でもありますが、実は都会にお医者さんが集中しています。そういったところを解消する切り札としてもやはり遠隔医療は有効です。

昔は画像診断に、危惧があったと思うんですけど、今は技術が非常に進んでいますから、そういう点で本当の治療ができることを言わねばな、という感じです。
 
抵抗勢力だと言うのは簡単なんですけど、私は日本のお医者さんとか医療関係者の方は、非常に真面目なんだと思うんです。ですから、1つでもミスがあったらいけないと。ミスがあってもこっちの方が便利という社会なのか、1つでもミスがあったらいけないのかを比べると、どちらかといえば後者の側面が強い。ですから、そこは技術で乗り越えて、その上でどの地域にお住まいでも等しく平等にデジタル技術を活用して同じ高度な医療が受けられることを、国民が求めているのではないかと思います。

田中:医療でのプライバシーやセキュリティの話が出ましたが、やっぱり見逃せないのは、アップルみたいな会社は、ヘルスケア業界を確実に破壊しようとする一方で、プライバシーやセキュリティもしっかりと考えています。副大臣がお使いのiPhoneの情報は副大臣のiPhoneの中だけに留まりますとアップルは言っています。完全にそうではないところもあり、突っ込みどころは色々ありますが、一元的には個人データはその人のデバイスの中に留まるということを徹底しようとしています。

そこを含めて、やはり我々日本とか、日本企業とか、日本政府は対抗していかなくちゃいけないと思います。そういう意味ではやっぱり、個人データを利活用していかなくちゃいけないし、セキュリティ・プライバシーも重視していく必要がありますが、プライバシーやセキュリティが理由で遅れてもいけません。デジタル庁でもこれらを三位一体でやっていくということですよね?

藤井:そこは三位一体が大切だと思います。日本という国においてはプライバシーはすごく大事だと思うんですよね。そこを乗り越えられれば、プライバシーを大切にした新しいデジタル化が示せますし、まさしく健康やヘルスケアについては、日本が一番進んだ姿を提示できるのではないかと思うんですよ。
 
ちょっと昨日飲み過ぎたなとか、昨日はちょっと食べ過ぎて運動不足になっているからまずい、ちょっと歩こうかなとか、そういうことをお一人お一人がわかるようになることで、いわば健康を維持すると言うか、病気を予防するというのに使えれば、本当に皆様お一人お一人が幸せになると思います。

一方で例えばゲノムなどの遺伝子情報を取られて、そのデータをいろんなことに使われるということになると非常に問題です。お一人お一人のデータはしっかりとプライバシーを守るんだという形での新たなデジタル化ができればと思います。

別の国だと、むしろ個人情報を取ることにより産業化しようと考える国があってもおかしくないですが、日本はそういう道は取らず第三の道として新しい姿を提示することが、非常に大切だと思っています。

田中:そういうことですね。やっぱり日本の良さは、安全性に徹底的にこだわるとか、やっぱり細かいところまでこだわるとか。完璧だから遅くなってしまうというきらいはあるにしても、まずはそこを重視しているところが我々の良さです。やっぱりそこを無視してスピードを早くしても進まないと思うんで、それは本当におっしゃる通りですね。

その一方でやっぱりスピードも、今のゲームのルールです。当然今は米中にしても安全性を無視してスピードアップしようと思っているわけではないので、それらを両立しなきゃいけないということですね。

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