高まる従業員エンゲージメントの重要性。 サステナブルな企業成長へと導くデジタルテクノロジー活用とは?

従業員エンゲージメントが、企業の成長に影響する

「従業員エンゲージメント」は1990年代前半に提唱された概念であるが、デジタルテクノロジーの進化も相まって、近年、経営における従業員エンゲージメントの重要性が世界中で高まっている。その高まりとともに、多くの従業員エンゲージメントのクラウドアプリケーションが世界中で開発され、市場が急成長している。従業員エンゲージメントの定義はあらゆる機関によって、さまざまに提唱されており、統一されているわけではないが、「婚約」を「エンゲージメント」と訳すように、婚約の概念に近いと考えるといいだろう。ポイントは2つあり、1つは「男女の関係」、つまり従業員と企業とが対等の関係であるということ、もう1つは「結婚前の関係」、つまり従業員と企業のお互いが、ワクワクしてコミットし合っている関係であるということだ。

英国では、2008年に政府機関が以下の3つのクエスチョンへの答えを求め、専門家による調査事業を開始した。

① 従業員エンゲージメントとは何か?
② 従業員エンゲージメントが重要であることを示唆するエビデンスはあるか?
③ 従業員エンゲージメントを高められる組織がもつ4つの因子は何か?

そして、2012年にこれら3つのクエスチョンに答えるレポートが出版されるとともに、従業員エンゲージメントを高めることが、企業の業績や中長期の持続的成長に影響を与えることが示唆された。昨今では、経営における従業員エンゲージメントの重要性が世界中に広まり、世界のさまざまなところで、従業員エンゲージメントの高い企業を表彰するイベントが開催され、多くの企業が競い合っている。

日本国内では、株式会社リンクアンドモチベーションから、自社のメソッドをベースにした「モチベーションクラウド」というクラウドアプリケーションがリリースされた。これを機に、モチベーションクラウドに蓄積される従業員エンゲージメントデータを活用したエビデンスを導くための研究も開始されている。筆者の研究室でも一部、リンクアンドモチベーションと共同研究し、一定の前提条件においてではあるが、エンゲージメントスコアと業績や労働生産性とが、統計学的に有意な相関があると検証された。そして、2020年9月30日に経済産業省が公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」では、これからの日本企業の人材戦略にとって従業員エンゲージメントが重要な要素の一つであるとして、上記の研究成果とともに、株式会社日立製作所、ソニー株式会社、中外製薬株式会社、株式会社サイバーエージェントなどの従業員エンゲージメント向上の取組事例が紹介されている。

従業員エンゲージメント活用をどのように推進すべきか

現在、日本企業の生産性向上や中長期も見据えた持続的成長は、産業政策としても大きな課題となっている。中でも、組織・人材力を高めることが重要であり、経済産業省は大企業に対して、経済産業政策局産業人材政策室が中心となって、持続的成長を実現するための政策的アクションを取っている。中小企業に対しては、2020年6月15日に「中小企業の生産性革命を実現する議員連盟」が設立され、政治サイドから中小企業の生産性向上を実現するための政策的アクションが取られている。この議員連盟は、筆者が理事をしている一般社団法人日本パブリックアフェアーズ協会が事務局サポートを務めている。

上述のように、英国政府が産業政策として従業員エンゲージメントの活用を推進しているのと同様に、日本でも産業政策として従業員エンゲージメントの活用を推進すべきと考え、筆者は、2021年2月1日に、「持続的な企業価値向上と人材戦略に関する一考察~従業員エンゲージメントの企業経営への活用とその推進策~」という政策提言レポートを発表した。このレポートでは以下を提言している。

【大企業向け】

従業員エンゲージメントに関するテーマ銘柄の創設

現行の国主導での大企業向けテーマ銘柄として、「なでしこ銘柄」(2012年度~)、「健康経営銘柄」(2014年度~)、「DX銘柄」(2020年度~)が存在するが、同じように、従業員エンゲージメント優良法人を認証するテーマ銘柄を創設することにより、優れた企業や取組を広く周知させ、同様の取組を促していく。
米国では、株価指数と従業員エンゲージメントスコアとの連動に関する調査結果も公表されており、日本においても投資における一つの指標として従業員エンゲージメントスコアが活用されることを期待する。

HR(Human Resource:人的資源)レポートガイドライン策定

欧米では、投資家に向けて組織・人材力に関するレポートである「HRレポート(ただし、企業によってレポートの名称は異なる)」を財務諸表とは別で開示する企業が増加している。ここ数年、開示が増加しているサステナビリティレポートでも、HR情報は開示されているが、これはいわゆる人材に対する差別をしていないことを示す“守り”のHRレポートである。投資家には、持続的成長を示すための“攻め”のHR情報の開示が求められており、日本でも攻めのHR情報を投資家に示すためのHRレポートのガイドラインを策定すべきだと考える。
現時点でも、TOPIX Core30(東京証券取引所の市場第1部全銘柄のうち、時価総額、流動性の特に高い30銘柄で構成された株価指数)の約半数の企業は従業員エンゲージメントについて情報開示しており、HRレポートのガイドラインを策定する際は、従業員エンゲージメントが重要なメトリック(測定基準)の一つとなる。

【中小企業向け】

従業員エンゲージメント活用ガイドラインの策定

従業員エンゲージメントを活用した国内での事例は、現状、大企業が大半を占めており、中小企業・小規模事業者での普及は日本の大きな課題といえる。そのため、従業員エンゲージメント活用ガイドラインを策定し、「従業員エンゲージメントの意義」、「従業員エンゲージメント活用の具体的ステップ」、「従業員エンゲージメントの活用事例(具体的施策と定性・定量効果等)」などを分かりやすく示し、中小企業・小規模事業者が従業員エンゲージメントを容易に活用できるようにするべきだと考える。
ガイドラインについては、中小企業庁が2020年3月に公表した「中小企業・小規模事業者人手不足対応ガイドライン(改訂版)」を参考に策定するといいだろう。

持続的成長を実現するためのデジタルテクノロジー活用のポイント

デジタルテクノロジーの進化により、従業員エンゲージメントを測定するクラウドアプリケーションが市場に多く出てくるようになった。測定すること自体も大きな意味があるが、経営に活かすためには測定だけでは不十分であり、「目標設定」→「現状把握」→「分析・計画」→「施策実行」→「効果測定・対話」の5つのステップをサイクルとして循環させることが重要である。これら5つのステップを全てクラウドアプリケーションで行えることが理想的ではあるが、一足飛びには行かないだろう。5つのステップにおいて、デジタルテクノロジーでできることと、できないことを腑分けした上で、デジタルテクノロジーを活用できることと人手で行うことをうまく融合させ、プロデュースすることが重要である。ただし、人手で行うことについても、パターン化や体系化できるものはデータ化できるはずだ。できることからデジタルシフトし、より付加価値の高い仕組みに昇華していくことで、より高度なデジタルテクノロジー活用へと発展させていけるのではないかと考えている。
岩本隆
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授
日本パブリックアフェアーズ協会 理事

東京大学工学部金属工学科卒業。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。
日本モトローラ株式会社、日本ルーセント・テクノロジー株式会社、ノキア・ジャパン株式会社、
株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。
「技術」「戦略」「政策」を融合させた「産業プロデュース論」を専門領域として、さまざまな分野の新産業創出に携わる。

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