九州大学ら、人工知能であらゆる疾患の治療薬を見つける方法を開発

九州大学生体防御医学研究所の中山 敬一 主幹教授、米国ハーバードメディカルスクール・システム生物学部門の清水秀幸リサーチフェロー、北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所の澤 洋文 教授の研究グループは、疾患の原因となるタンパク質のアミノ酸配列のみから、そのタンパク質を狙った治療薬を見つけ出す方法を開発したと発表した。

生体のさまざまな現象は遺伝子の設計図をもとに作られたタンパク質が担っている。疾患の原因となるタンパク質の立体構造が分かれば、そのタンパク質に対する治療薬を探すこともできるが、現在でもタンパク質の多くはその構造が分かっておらず、そのことが創薬における一つの壁になっていたという。

本研究グループはこの問題を解決するため、タンパク質の立体構造を全く使わずに、より容易に入手できるタンパク質のアミノ酸配列のみから治療薬候補を高速に見つけ出す人工知能、LIGHTHOUSE(“灯台”の意)を開発。がんや感染症、生活習慣病といったさまざまな疾患の治療薬をLIGHTHOUSEに予測させ、その予測を実験で検証したところ、新たな抗がん剤や抗菌薬を見つけることができたという。さらに新型コロナウイルスについても、国内で深刻な感染状況を引き起こしているデルタ株を含め多くの変異株の治療に有望な化合物を見出したとのことだ。
出典元:プレスリリース

■研究の背景と経緯

医学研究の成果を患者に還元できるようになるまで時間がかかる大きな原因の一つは、有望な治療標的タンパク質に対する薬をつくることが現在の技術でも簡単ではないことがあげられるという。分子量500以下の小分子化合物に限定しても、1060もの化合物が存在すると言われており、その中から薬を見つけ出すのは時間・コスト・労力が大きくかかってしまう。スーパーコンピューター (スパコン) を使ったドッキングシミュレーションなど、コンピューターによる予測法も提案されているが、多くの計算リソースが必要な上、ドッキングシミュレーションの前提となるタンパク質の立体構造はその多くが未知のままだという。近年盛んに研究されている人工知能を使う創薬研究も発表されていたが、それらのほとんどはコンピューターシミュレーションのみの解析であり、実際に新しい薬を見つけ出したわけではなかった。そこで本研究グループは、さまざまな病気の治療薬を見つけ出すことができる汎用的な人工知能の開発と、実際の治療薬の発見を目的に研究を開始したとのことだ。

■研究の内容

大規模な国際プロジェクトから得られたSTITCHデータ (100万以上の化合物-タンパク質ペアのデータ) を人工知能の訓練に使った。人工知能に学習させるには、化合物もタンパク質も、何らかの数値ベクトルに変換しなくてはならない。化合物は、その結合様式も加味した上で、グラフとして表現した後にMPNNにて数値ベクトルに変換した。タンパク側は、アミノ酸配列をそれぞれ特徴が異なる3つの方法 (CNN, AAC, Transformer) で数値ベクトルに変換。化合物とタンパクの数値ベクトルを足し合わせ、さらに一連の演算をすることで、最終的にその化合物が「どれくらい薬らしいか」を表す数値が得られるような仕組みだという。この手法をLead Identification with GrapH-ensemble network for arbitrary Targets by Harnessing Only Underlying primary SEquence、省略してLIGHTHOUSE(“灯台”の意)と命名したとのことだ。

次に、LIGHTHOUSEを使ってがんの悪性化に関わる酵素PPATと呼ばれるタンパク質を抑制する化合物を探索した。PPATをノックダウンするとさまざまながんの進行を食い止めることができることは知られているが、PPATの立体構造は未だ解明されておらず、PPATの阻害剤もないという。そこで、ZINCデータセットに登録されている10億近い化合物をLIGHTHOUSEを用いて探索し、発見した最も有望な化合物を調べることで、PPAT阻害活性がある化合物を見つけることに成功。PPATはあらゆるがんの悪性化に関わっていることを考えると、この化合物は多くのがん患者に有効である可能性があるとのことだ。

さらに、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の治療に有望な化合物をLIGHTHOUSEで予測し、エトキシゾラミドというすでに緑内障治療薬や利尿薬などとして承認されている化合物を見出した。ヒト培養細胞を用いた感染実験において、エトキシゾラミドは新型コロナウイルスの感染を抑え、元々の新型コロナウイルスだけでなくデルタ株を含めさまざまな変異ウイルスから細胞を保護する働きがあることを確かめたとのことだ。

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