過疎地でMaaS導入が求められる背景とは?実際の導入事例も紹介

日本の国土の約6割が、人口が急激に減少している過疎地域だと言われます。こうした地域では公共交通機関の利用者が減り、赤字路線の廃止や事業の撤退を余儀なくされるケースが増えています。MaaSは過疎地域の再建を期待されており、導入事例とともに紹介します。

急激な人口の減少により、日本の国土の約6割、市町村では半数近くが過疎地域だと言われています。地域の人口が都市部に流出すると、公共交通機関も乗客が減り、採算が取れなくなっていきます。実際に地方鉄道の約8割が赤字経営を強いられており、地方のバス会社も83%が赤字経営と言われています。路線を整理し、事業を縮小したり、さらに業績が悪化すれば事業から撤退を検討する企業も出てきます。公共交通が縮小すると、マイカーでの移動が主になりますが、運転への不安から免許証を返納する高齢者も増えています。移動の足を失うことで、日常の買い物をすることさえ困難になっていきます。平成27年に行われた国勢調査では、65歳以上の買い物困難者は820万人にのぼると推計されており、高齢者を多く抱える過疎地では、MaaSで交通難が解消できないか、議論がはじまっています。過疎地で行われているMaaSの実証実験を紹介しつつ、導入に向けた課題を取り上げます。

過疎地でMaaS導入が求められる背景とは?

移動をサービスだと捉え、検索から予約や支払いまでをシームレスで提供し、移動を効率化するのがMaaSの考え方ですが、どうして過疎地で求められているのでしょうか? 改めて過疎地におけるMaaS導入のポイントを整理しましょう。

自家用車への依存が深刻化している

東京23区と横浜や大阪、名古屋などの大都市では、公共交通機関のシェアが横ばい、もしくは5〜6%減少しているのに対し、自家用車や自転車、バイクによる移動は10%ほど増加しているというデータがあります。また埼玉県や千葉県などの大都市の近郊にある県でも同様の傾向にありますが、これ以外の県では公共交通機関と徒歩のシェアが大きく減少し、自家用車や自転車、バイクによる移動が16〜25%も増加していることが示唆されています。こうした自家用車での移動が増えることにより、従来は公共交通機関の駅がある地域を中心に発展してきましたが、とくに地方ではこうした繁華街や商店街が衰退し、主要な道路の周囲に経済エリアが移動するといった状況になっています。また、移動が自家用車に依存することで、環境汚染の悪化や交通事故の増加に対する懸念に高まっています。

地域交通が衰退化している

地方鉄道の約8割は赤字経営を強いられており、人員削減などによる経営の合理化も限界に達しています。路線の廃止や事業から撤退する事業者も珍しくありません。また、バス会社の収支も悪化しており、日本バス協会の調査によると、地方のバス会社の83%が赤字経営と言われています。路線が廃止された地区では他に移動手段がなく、自家用車への依存が高まっていきます。すると、さらに公共交通機関の利用者が減少し、安定的な交通事業を運営できないところが増えています。

交通空白地帯が広がっている

駅やバス停が一定の距離の中に存在しない地域のことを、交通空白地域と呼んでいます。距離に関しては、それぞれの地域の実情に合わせて定義づけられているので、統一した基準はありませんが、たとえば「半径1キロメートル以内にバスの停留所、鉄軌道駅、海港及び空港が存しない集落」や「交通機関が充実している都市では、駅からは半径500m以上、バス停から半径300m以上が空白地域。地方では駅から半径1000m以上、バス停から半径500m以上を空白地域」と呼んでいるケースが見られます。こうした交通空白地域は全国的に拡大傾向にあり、人が居住できるエリアの約30%を占めています。

近隣に駅やバス停がなければ、自転車やバイク、自家用車になりますが、高齢世帯では公共交通を利用しない外出は困難を極めます。少子高齢化が進むことで、こうした公共交通機関がほとんど通らない交通空白地帯が問題視されているのが現状です。

高齢者の移動手段が少なくなっている

交通空白地帯でも自家用車の運転ができるなら、移動も可能ですが、高齢者世帯では自家用車やバイク、自転車による移動はリスクが高いと言えるでしょう。公共交通機関が運行の本数や路線エリアを縮小することで、高齢者は外出する機会が少なくなっていきます。

交通事業に携わる人材が不足している

タクシーやバスなどの運転手が不足しており、人材不足に悩む交通事業者が増えていると言われています。全国ハイヤー・タクシー連合会の調査によると、ドライバー数がピークだった平成17年度には約38万人でしたが、平成28年度には約29万人にまで減少しています。また、ドライバーの年収は約333万円と全国平均の約551万円と大きな開きがあり、年収の低さも敬遠される一因となっています。さらにタクシードライバーの高齢化も深刻で全産業の業界平均年齢が42.4歳なのに対し、タクシードライバーの平均年齢は59.4歳です。

こうした傾向はバスのドライバーでも顕著で、昭和50年にドライバーの数は約10万7000人でしたが、平成21年の段階で約7万4000人にまで減少しています。国土交通省と日本バス協会のバス産業勉強会がバス事業者を対象に行ったアンケートでも、「運転者、整備部門の要員確保」について、「現在も困難であり、将来も困難が予想される」と回答した事業者の割合が都市部では72.3%、政令指定都市では66.7%、地方部においても 66.1%を占めるなど、全国的にドライバーが不足している現状が見て取れます。

過疎地で検討されているMaaSの取り組み

MaaSを導入して過疎地が抱える社会問題を解決する。そのためにどんな取り組みが考えられるでしょうか? 現在、検討されているMaaSの取り組みを整理します。

交通機関と生活関連施設の連携

過疎地では公共交通機関の衰退によって、交通空白地帯が広がっています。過疎地の移動でとくに求められるのは、生活サービスとの連携です。高齢者が多く居住しているため、日常の買い物をサポートするために、商業施設との連携が欠かせません。MaaSによって交通機関の予約・手配と合わせて、商業施設や飲食店、病院などの予約・決済ができるような仕組みを用意したり、MaaS利用者に限定した商業施設のクーポン付与を行うことで、移動を促します。

定額制の移動サービスを提供する

鉄道や路線バスといった従来の交通網に加え、過疎地では居住者が各地に点在して生活しているため、路線にとらわれない交通手段が重要になります。タクシーに加え、利用者の要望に応じて、ルートを変える乗合型のオンデマンドバスを活用することで、移動に柔軟に対応します。このとき定額制(サブスクリプション)を採用することで、より利用を促進することができます。価格を気にせず利用できるため、高齢者にとってもメリットは大きいでしょう。また事業者も需要分析を行うことで、オンデマンドバスの運行効率を高度化することが可能となります。経営を安定させるためにも、定額制(サブスクリプション)の採用が期待されます。

従来の乗り換え拠点を刷新する

MaaSの導入にあたって、従来の乗り換え拠点は刷新する必要があります。商業施設や病院といった地域の拠点を最大限に活用できるような新たな乗換拠点を創出することで、より効果的な交通事業運営や、住民のニーズにあった移動が可能になります。どのように拠点を整理・刷新するかは、時間や曜日、天候によって変化する人の移動や、行動履歴など、ビッグデータを集約しながら、決定していく必要があるでしょう。

地域内の輸送資源を活かす

地方交通が衰退しているとはいえ、既存の公共交通は最大限に生かす必要があります。一から交通網を新たに構築することは非効率で予算もかかってしまいます。地域内にある輸送資源を活かしながら、既存の公共交通でカバーしきれないエリアは自家用有償旅客運送、地域住民の互助による交通手段、そのほか商業・集客施設の無償送迎サービスなどを活用します。それぞれの交通機関をMaaSでシームレスにつなぎ、検索・配車・決済までをアプリで提供できるような仕組みが求められます。将来的には道の駅などの地域拠点を核とした自動運転による移動サービスも検討されるはずです。

MaaSを過疎地で普及させるための課題

MaaSが最も必要とされているのは過疎地かもしれません。公共交通以外の移動手段が乏しく、少子高齢化が都市部よりも進んでいるため、自家用車の使用も困難になりつつあります。交通機関の撤退も生活に直結し、早急な検討が必要ですが、一方で過疎地でMaaSを導入するためには課題も散見されます。

各種法制度の整備

営業するタクシーの台数も多い都市部とは違い、過疎地ではタクシーの台数には限りがあります。かといって台数を増やすのは採算面やドライバーの確保から容易ではありません。そこで自家用車を持っている地域の人が、有償でタクシー業を行うアイディアがありますが、こうした行為は「白タク」と呼ばれ、道路運送法第78条でも禁止されています。また、道路運送法第4条にはタクシー事業には国道交通大臣の認可が必要であるとの定められています。さらに、現行の道路運送法では、バスは任意のルートやダイヤで走ることができずに、事前に運行ルートや時刻表を届け出る必要があります。要望があった地域にその都度、乗合バスを走行させることが法律の壁によって、不可能となっているわけです。また、運賃及び料金の設定と変更には国土交通大臣の認可と届出が必要なため、サービスにあった料金を任意で設定して実証実験を行うことも事実上、不可能となっています。MaaSの導入するためには、こうした各種法制度を見直す必要があります。

交通事業所の人材不足の解消

所得の低さ、労働時間の長さなど、さまざまな要因から交通産業では人手不足になっています。バス事業者を対象に行った「運転者、整備部門の要員確保」に関するアンケートでも、「現在も困難であり、将来も困難が予想される」と回答した事業者の割合が大半を占めていました。自動運転が実現すればドライバー不足は解消されますが、ドライバーが乗車しない完全な自動運転サービスの提供には時間がかかります。人材が確保できなければ、MaaSによる新たな移動サービスも期待できません。

自動車依存からの脱却

地方都市ではとくに鉄道や路線バスの運行数減少や路線廃止など地域の公共交通機関が衰退したことによって、経済エリアが主要道路の周辺に集中しました。こうしたロードサイドの商業施設などは自家用車での来場を想定しており、路線バスではアクセスしづらいケースもあります。自動車に依存した社会構造に変化しているわけです。地元の社会や生活を支えている“現役世代”は自家用車の利用に慣れ、郊外店舗で日用品の購買をするため、公共交通機関を要望する未成年やシニア層とは利害が一致しにくいという事情があります。そのため、MaaSによって移動を最適化するという思い切った政策には舵を切りづらいと言えます。

交通関連事業者のオープンデータ化

MaaSでは移動を最適化するために、情報通信技術やAIといった最先端のテクノロジーを活用します。そのため、時刻表や運行情報、リアルタイムの運行状況など、事業を通じて得られるさまざまなデータを収集し、活用するだけではなく、それらをオープン化して、事業者同士で連携することが欠かせません。しかし、現状ではデータの形式、情報の取り扱い方など、それぞれが独自に進化させてきたデータを使っているため、業種や立場の垣根を越えて、フォーマットを統一することが求められます。また、MaaSにとって必要なデータはどんなものなのか? どんな形式が扱いやすいのか? 交通事業者だけではなく、IT企業や自治体など、関係団体が一同に介してアイディアを共有することが大切です。

インフラの整備

住民が共同で使えるカーシェアサービスなど、新たな交通網を構築することもMaaSでは大切ですが、拠点となるステーションのようなインフラの整備が必要となります。またインフラだけではなく、サービスを提供するためのシステムを導入する必要があり、維持管理やメンテナンスなど、別途費用が発生する点も検討しなければいけません。

過疎地域におけるMaaS導入事例

MaaSによる過疎地域の交通改善に向けて、すでにいくつかの実証実験が行われています。どんな実験内容なのか、その一例を紹介します。

三重県菰野町MaaS「おでかけこもの」

三重県北部に位置する菰野(こもの)町は、人口約4万人の地域。南部に近鉄湯の山線が走っており、その周辺に人口の40%が住んでいます。一方で6割の町民が住む北部には路線バスやコミュニティバスといった公共交通があるものの満足度が低いという調査結果が出ていたと言います。また、朝夕の時間帯は通勤や通学を目的とした利用者の輸送が中心ですが、日中は南部にある病院や保健福祉センターを利用する高齢者が集中していました。高齢者の利用が多い、オンデマンド交通も午前中に予約が集中し、運行効率の向上が叫ばれていました。そこで町内を運行するコミュニティバスやオンデマンド交通など、すべての公共交通機関の乗り継ぎを改善し、運行効率を上げるためにウェブで出発地から目的地までの検索ができるMaaSシステムを構築し、AI予約・配車システムによるオンデマンド交通の実証実験が行われました。

京都丹後鉄道沿線地域でのMaaS実証実験

京都丹後鉄道沿線地域では、交通空白地帯が多いという問題に加え、移動に関する情報不足、高齢者を中心とした自家用車を持たない住民の孤立、インバウンドの増加などの地域交通の課題を抱えていました。2020年2月の実証実験では、京都丹後鉄道、全但バス、丹後海陸交通を組み合わせたシームレスな乗車を実現するため、QRコードによる即時決済サービスが試されました。事前購入が不要で、乗降時にQRコードを端末にかざすだけで運賃が即時決済、あるいは事前に購入したチケットをQRコードで表示し、読み取ることで決済します。QRシステムから取得したデータは今後のオンデマンド交通など、新しい交通サービスの企画や地域の計画に活用される予定です。なお、QRコードのシステムとしてWILLERSアプリが活用されました。

島根県大田市の定額タクシーを使った過疎地型MaaS

島根県大田市では公共交通のコンサルティング事業を行うバイタルリード社が主体となって、定額タクシーを活用した過疎地型MaaSの実証実験が2019年11月から2020年3月まで行われました。島根県大田市は住民の高齢化が著しいエリアで、AIを活用した配車・予約システムを備えた月額3300円の定額タクシーを運行。将来的には地域の鉄道や路線バスとの連携も模索する予定で、MaaSアプリの開発も検討されています。

過疎地におけるMaaSの必要性を知っておこう

大都市では、鉄道や地下鉄、路線バス、タクシーなど複数の移動手段が存在するため、それぞれを横断したルート検索を使って、効率的に移動することが求められますが、地方の過疎地ではまた違った交通問題を抱えています。人口の減少により、利用者が減ったことで、公共交通が衰退しており、移動手段を持たない高齢者世帯も増えています。日用品の買い物や医療機関への移動など、不便さが生活に直結しており、交通難の早期解消が求められています。同じMaaSでも都市部とは事情の異なる過疎地での導入メリットを知っておいて損はありません。

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