介護業界をテクノロジーで変革する! 現場が最も負担に感じる“排泄業務”をDXで支える、介護スタートアップの挑戦
2020/9/28
いま少子高齢化が大きな社会問題になっていることはご存知のとおりです。政府の発表によると、全人口に占める15歳未満人口の割合が12.5%から10.7%(2015年→2045年)に減少する一方で、65歳以上人口の割合は26.6%から36.8%(同)と大きく増加するという予測もあります。ますます高齢化が進み、少子化が進むなか、人手不足を補う目的で、介護業界でもデジタルシフトを推進していく必要がありそうです。とはいえ他の業界と比べて、なかなか介護業界は先進技術が導入しづらい事情があります。そこで介護業界が抱える特殊な課題を踏まえながら、いま本当に求められるソリューションについて、排泄ケアをデジタルシフトでサポートするスタートアップ企業、株式会社 aba 代表取締役の宇井吉美氏に話をうかがいました。
Contents
ざっくりまとめ
・人材不足の介護業界が最も負担に感じているのは“オムツ交換”
・「通知より排泄パターンを把握したい」という現場のニーズ
・ベッドに専用シートを敷くだけで、排泄パターン表を自動生成するHelppad
・介護業界は3年以内に7割が退職。経験不足をDX でサポート
・「三方良し」が介護業界のDXテクノロジーを推進するカギに
介護職員にのしかかるオムツ交換の負担
介護業界から私たちに届く問い合わせを調べると、二つの大きな課題があることが分かります。まず一つ目が、経営層や介護職員が業務の効率化の必要を感じているということ。たとえば、現場では入浴や食事管理も大変ですが、やはり一番負担になっているのが排泄ケアです。
具体的な数字で示すと、1回のオムツの交換時間を3分間として、1日一人あたり6回、1施設あたりの施設入居者が50人と少なく見積っても、1日総計15時間もオムツ交換に時間を割いている計算になります。これを負担に思っている介護職員は8割にも上ります。ですから、まずはそこから着手したいというお客様が多いわけです。
もう一つの課題は、排泄ケアの質を向上したいということ。これまではオムツを開けるまでは、排泄状況が分かりませんでした。介護現場では、ひたすら時間を区切ってオムツを開け、定時交換を行なっています。その記録も人手で排泄記録表に付けていました。
しかしオムツを開けたときに、必ずしも排泄しているとは限りません。無駄な「空振り」に終わるケースが20%もあると言われています。一方で交換が遅れて放置されたままになると、オムツから尿や便が漏れ出して、衣服などに付いて通常の交換より10倍以上、30分もの時間がかかってしまいます。そこでオムツ交換のタイミングを適切に計りたいという現場のニーズがすごくあるのです。
そういう意味でいうと、私たちは「現場では随時オムツを交換したいのだろう」と当初は予想していました。そのためセンサーが鳴ったら、すぐにオムツを交換できるオペレーションを想定して製品を作っていたのです。それで2016年ごろに介護施設で試してみました。しかし介護職員は多忙なので、オムツ替えの通知がある度に、交換に行っている余裕がないことが分かりました。
転倒や徘徊を検知する離床センサーなど、たくさんのアラートが現場で鳴るなかで、新たに排泄センサーが鳴ったとしても、すぐに対応はできないのです。そこでデータを蓄積し、いつごろにオムツを交換したり、トイレに誘導したりすればよいのかという予測をしたかった。つまり「通知より排泄パターンを把握したい」ということが介護現場のご要望でした。
介護者にもご本人にも優しい「Helppad」の機能と特徴とは?
Helppadの開発は「オムツを開けずに中が見たい」という介護職員の言葉をきっかけに始まり、パラマウントベッドさんと一緒に製品化してきました。この製品の外観は次のとおりです。
実際に導入されているお客様は、介護施設のなかでも要介護度が高い特養(特別養護老人ホーム)や、老健(介護老人保健施設)が多く、主に夜間に利用されています。1回だけ設置すれば、あとは敷きっぱなしでも大丈夫ですが、シーツなどに汚れがついた場合には、洗濯をしていただく必要はあります。
先ほどご説明したように「通知より排泄パターンを把握したい」ということで、Helppadには排泄パターンを自動生成するアプリケーションがあり、毎日いつごろ排泄しているのか、その周期性が分かるようになっています。センサーでは排泄量までは把握できませんが、どれくらいの量だったのか、あるいは便がどんな状態なのか(固い、緩いなど)、そういった情報を職員があとから入力し、排泄パターン表を出力することができます。
ちょっと手前味噌になりますが、Helppadの優れた点は、施設がやりたいケアの方針を、製品が絞ってしまわないことにあります。多くのソリューションでは「こういう風に使いましょう!」と、あらかじめ指針みたいなものに沿う必要がありますが、Helppadにはそういった制約もなく、排泄パターンを容易に取れます。そのパターンをどう使うかは施設側の判断次第なのです。
いまHelppadを介護施設向けに展開していますが、今後は在宅介護で苦労されている個人の方々へも提供していきたいと考えています。
介護業界を支える未経験者をHelppadでサポート
先ほどご紹介した排泄パターンを活用することで、オムツの交換回数が半減した、社会福祉法人 善光会さまの事例があります。こちらのケースでは、施設のフロアごとに導入いただいていますが、平均すると59%ほどオムツの交換回数が減っています。
しかし「ある種の勘というべき経験則」がないと個別ケアが難しい状況です。そこで善光会さまは「Helppadを使うことで、経験が浅い職員ばかりでも個別ケアをしっかりと推進できる体制になることを目指している」というお話でした。
―Helppadを使うとランニングコストの低減も含めた形で生産性が向上するため、導入側としても投資判断がしやすいこともあるのですね。
そうですね。大体1年半~2年ほど使ってもらうと、ほぼ投資を回収できるでしょう。オムツ交換の回数が減ると、人件費やオムツ代が減ります。さらにオムツ代が減ったら、オムツの廃棄量も減るので、全部を積み上げると、それぐらいの期間でペイできます。浮いた分が利幅になりますから、そこにメリットを感じてくださるお客様も増えています。
介護業界におけるテクノロジー活用は今後どう変わっていくか?
いままで多くの介護ロボットが登場してきましたが、メーカーは現場が一体何を求めているのか、実はあまりよく分かっていません。また現場も技術を理解するのに限界があります。私も介護職の経験がありますが、真の意味で現場を理解できるまで時間がかかりました。技術と現場の両方に軸足を置く人が、業界にまだ少ないと感じています。厚労省のマッチング事業があまり進まないのも、そういう事情かなと感じています。
なので私たちは「要介護者と介護者の間だけでなく、介護現場と技術現場をつなぐ翻訳機でありたい」と考えています。現場がいろいろな言葉で伝えてくれるニーズをキレイにすくいあげていく翻訳と、専門用語を咀嚼して理解しやすい言葉で説明する翻訳という意味です。まだ、こういった翻訳者が少ないため、DXの加速という意味でも、abaがその役割を担えたらと思っています。
―最後に介護業界がどうあるべきか、ご自身の思うところを教えてください。
先ほど私たちは翻訳機でありたいと申し上げましたが、介護施設には入居者、介護職、施設経営者というように、最低でも3人の登場人物がいます。普通のモノづくりなら、消費者とメーカーというように比較的シンプルな構図になりますが、これが介護業界ではかなり複雑なのです。そういう意味ではステークホルダーが多くて「あっちを立たせると、こっちが立たない」みたいな話になって、全員を立たせていくソリューションを作っていくことがすごく難しいですね。
それが介護業界のDXが進まない原因になっているのかなと思っています。だからこそ私たちは、これらの人々の翻訳機になって、みなさんにとっての「三方良し」を実現したいのです。
また、わたしたちは介護者支援にもこだわっています。世の中の介護機器や介護ロボットがご本人に向けた製品が多いなかで、自分が介護職員を経験したこともあるので「ご本人のことを1番に考えているのは介護者」ということを信じたいと思っています。私がリスペクトしている介護職員の方々が、何を大事にしたいのかと考えると、「やはり要介護者に一体どんなケアをしてあげたいのか」ということに帰結します。そこで私たちなりに理解しながらモノを作っています。結果的に「ご本人思いのプロダクト」につながっていたら、すごく嬉しいと思いますね。
宇井吉美
株式会社 aba
代表取締役
千葉工業大学 工学研究科 工学専攻 博士課程 修了。中学時代に祖母がうつ病を発症し、介護者となる。その中で得た「介護者側の負担を減らしたい」という思いから、介護者を支えるためのロボット開発の道に進む。特別養護老人ホームにて、排泄介助の壮絶な現場を見たことをきっかけとして、排泄ケアシステム『Helppad(ヘルプパッド)』を製品化。2019年科学技術への貢献が認められ、文部科学省 科学技術・学術政策研究所より「ナイスステップな研究者」に選出される。