心臓の動きをVRで。小学校の授業にVRを取り入れた「ASOBITECH」にテクノロジー×教育の極意を学ぶ

「ASOBITECH」は、東京学芸大学附属世田谷小学校の教員が中心となって立ち上げたコンソーシアム。先日、XR技術で社会課題の解決を目指すベンチャー企業AVR Japan株式会社と共同で実施した、小学校6年生の理科の検証授業が教育業界で話題となりました。教師からの一方的な講義ではなく、VRゴーグルで心臓の仕組みを生徒が自主的に調べる授業は、通常授業よりも生徒の理解力が深まったとの結果になり、VRの持つ教育への有効性が実証されました。「ASOBITECH」の大澤 俊介教諭とAVR Japanのアレクサンダー・ゴルベンゴCEOに、VRを導入した教育の可能性について伺いました。

ざっくりまとめ

-従来の学校ではできない、企業と連携した先進的な教育を実現するためASOBITECHは設立された
-先生が生徒に教える知識偏重型の教育ではなく、生徒の自主性を大事にした「遊びながら学ぶ」スタイルの教育を目指す
-小学6年生を対象にした心臓の働きを学ぶ理科のVR授業では、通常授業の生徒よりも理解度が深まったとの結果が出た
-教育現場には、企業と学校が建設的な意見交換をできる場が必要。今後も教育のデジタル化を進め、VR授業を拡大していく

公教育は民間企業と連携できないという慣習を打破

―ASOBITECHは現役の小学校教員によって立ち上げられた団体なのですね。とてもユニークだと思いますが、発足した経緯を教えてください。

大澤:ASOBITECHはAVR Japanの協力のもと、東京学芸大学附属世田谷小学校の三名の教員、久保 賢太郎・庄司 佳世と私、大澤 俊介が立ち上げたコンソーシアムです。日本の学校は未だに戦後教育の名残を引きずっており、知識を注入する授業形態なので、テストも知識偏重のままです。知識偏重型の教育は、みんなの水準を引き上げて、みんなで同じことをやる労働には強いですが、新型コロナウイルスのような新手のウイルスが世界で猛威を振るい、未来が不透明になった時代には適さないと考えています。

今のような時代には、子どもたちにきちんと将来のビジョンを示せる大人がいるべきだと思いますが、そもそも教員がビジョンを持てていないケースも少なくない。そういった現状を打破しようと、教育現場で面白いことを企む人が集まって、面白いことを生み出せる場をつくろうということでASOBITECHの設立に至りました。

―学校教育の現場において、デジタル化はどの程度進んでいるのでしょうか?

大澤:文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」では、生徒一人ひとりに端末を用意して、高速大容量の通信ネットワークを整備することを目指しており、本校でも端末を配布したのですが、ネット環境が補強されないまま文鎮化しているという状況です。すごくシンプルに言うとお金がないんです。デジタル機器をもっと使いたいとか、新しいことを授業でやりたいと言っても、結局現場に導入できないというのが大きな障壁になっていますね。

もう一つの問題は、教員のマインドセットです。新しいものに対する恐怖感が未だにあります。今までずっと使ってきたもの、慣れ親しんできたものがいいだろうという思いがすごく強い。新しいものを導入するマインドを持てていないことが障壁になっています。学校という組織は基本的に上意下達の構造で動いているので、現場からはなかなか意見を出しづらいという課題もあります。

―ASOBITECHは積極的に民間企業とつながる姿勢がありますが、従来の学校教育では企業と結びつくことはタブーだったのでしょうか?

大澤:そもそも公教育は税金で賄われているので、企業と結びついて何かすることができません。公立学校は利益の絡んだつながりが持てないんです。新しい取り組みを試そうと思っても、行政がつないでくれない限りは現実的に動けません。だから新しいアイデアやビジョンがあっても実現できないというのが実態です。

ASOBITECHは学校外の場なので、どんな企業とも連携できます。「企業と連携したら、こんな教育ができるんだ」ということを当たり前にして、教育に携わる大人たちのマインドセットを変えていきたいと思っていますが、これまでは企業の名前を出すことでさえ、特定企業の宣伝になってしまうのでNGでした。そんな理由で、新しいことの導入や、デジタル化がどんどん遅れていったのが現実です。

―ASOBITECHの立ち上げに対して、周囲からの反発などはなかったのでしょうか?

大澤:本校は文部科学省から研究開発学校の指定を受けているので、むしろ新しいこと、実験的なことの推進を望まれています。ASOBITECHのような試みについても、どんどんやってほしいと。ですので、反対の声はありませんでした。

目指したのはVRを通じて主体的に知識を獲得する体験

―では、VRを活用した小学校6年生の理科の検証授業について、アレクサンダーCEOにお聞きします。AVR Japanとして、このプロジェクトに参加した率直な感想を教えてください。

アレクサンダー:このお話は我々にとっても非常に嬉しい内容でした。AVR Japanにとってのゴールとは、XR技術を披露することだけではなく、技術を掛け合わせてさらに新しいものを生み出すことです。私自身、これまで海外ではいろいろな経験をしてきましたが、小学生を対象にしたプロジェクトへの参加は初めてでした。今回のプロジェクトは、新しい技術を使って、新しい成果を生み出すというエキサイティングな体験となりました。

―初めて教育分野に関わって、どんな手応えがありましたか?

アレクサンダー:我々にはVRをはじめとするXRの技術がありますが、その技術を用いてターゲットにどうアプローチするかという点については課題を感じていました。今回はASOBITECHの皆さんが、教育現場の先生方とさまざまなコミュニケーションを取ることで、どんなニーズがあるのか、どんなVRを用意すれば喜んでくれるのか、といったことを知ることができました。

VRの技術はとても興味深い分野ではありますが、学校で生徒全員にデバイスを配ることはできないですし、すべての授業に応用するには高いハードルがあります。その中で、教育の現場に立っている先生方の意見を聞けたことは大きなプラスになりました。

―ASOBITECHの立ち上げから、今回の理科の検証授業を実施するまでのプロセスはどのようなものだったのでしょうか?

大澤:授業をどう進めたら効果があるか、どんなことをしたら意義があるか、ということを深く考えましたね。AVR Japanさんにはどのようなソフトがあるのか、どう活用できるのかを教えてもらい、試行錯誤を続けながら決めていきました。

基本的に知るためだけのコンテンツ、教えるためだけのコンテンツは必要ないと思っていました。VRとは2.5次元体験みたいな感覚といいますか、現実には至らないけれど準現実といったものだと思うんです。そんなVR体験を通してどうやって知識を構成できるのか、という点に主眼を置いていました。デジタルでしかできない学び方、今までできなかった体験を通して、教師から手取り足取り教わるのではなく、子どもが主体的に知識を獲得してくような学びにはVRが非常に有効だと考えています。

今、世の中に出ているVRの実践はどちらかというと、学校の空間をVRに置き替えるなど、既存の延長線でやっているケースが多いんです。そうではなく、VRの特性を活かした新しい学びの体験をつくることにこだわりました。

教師が生徒に教える場面がなくても、生徒は自主的に学ぶ

―実際に授業でVRゴーグルを使用してみて、子どもたちの反応はどうでしたか?

大澤:まずはVRのゴーグルに慣れてもらう必要があるので、ゲームの「Beat Saber(ビートセイバー)」で子どもたちに遊んでもらって、VRに慣れてもらいました。みんな楽しんでくれたようで、反応は非常によかったですね。

楽しく学べるということは一番狙っていたことでした。せっかく勉強するなら、つまらない授業よりも楽しい授業をやりたい。VRはその楽しさを直感的に感じられると思うので、まずは子どもたちに楽しさを感じてもらうことを大切にしました。

授業に対してもみんな面白かったと言ってくれましたね。子どもたちが受け身ではなく、自発的に勉強できていたというのが一番のポイントです。やはりVRならではの力をすごく強く感じました。

―今回は授業後にテストを行い、VRの授業を受けた生徒と受けていない生徒を比較して「知識の定着」と「理解の深さ」について調査をしたんですよね?

大澤:そうですね。授業後に検証もしています。生徒にはまずVRを体験してもらい、心臓について分かったことや疑問点をグループで共有した上で、もう一度VRを見てもらう。その後、各自で心臓について調べてA3の紙にまとめてもらいました。つまり、私が教える場面は一つもないんです。それでも、心臓の細かいところに気が付いたり、動きについて鋭く着目したりする生徒が多く見受けられました。

VR授業のグループと通常授業のグループの双方に、知識の定着率と深さを図るテストを行いましたが、VR授業を実施したグループの方が知識の定着率、理解度ともに高い結果を示しています。

―AVR Japanとしては、どんな発見がありましたか?

アレクサンダー:今回のような実証実験では、時間とお金をかけなくてもユーザーのニーズに対応できるソフトウェアの開発が肝要であると実感しました。例えば、先生が心臓以外の臓器でもVR授業がやりたいとなった際に、我々がまたゼロから開発するのではなく、先生自身でそのコンテンツをつくれるようなイメージです。

双方が時間もお金もあまり費やさず、よりスムーズにプロジェクトを進めるためには、ユーザーが簡単にコンテンツを作成できる仕組みをつくることが理想的だと知るきっかけになりました。

遊びながら学んでいくのが人間。「教えるためのツール」はつくらない

―今後、教育現場のデジタル化を進めていくためには、どのような変化が必要とお考えですか?

大澤:まず必要なのは、現場の人たちが、デジタル化を当たり前に受け入れて対応していこうと思うマインドセットを持つことですね。教育の現場は、まだクラウドサービスも使っていない状況ですので。クラウドで書類処理ができないような現場が、急にデジタル化の波に対応できるかと言ったら、なかなか難しいですよね。

もう一つは、新しいことを歓迎する文化を育てていくことです。閉塞的な環境の中でも、先進的な取り組みをしている方はいらっしゃいますが、規模が大きい組織だと末端まではそういった取り組みが浸透しないんです。つまり、教員自身が新しいことを取り入れるという意識を持てていない。そんな空気感を変えていく必要があると思います。

アレクサンダー:日本でまず感じたのは、組織化されていることが多いなという点です。教育も学校も組織化されていて緻密に構成されているので、個人のアイデアを実現させる場合に通らなければいけないステップが多いんですよね。もちろん、組織化されているメリットもありますが、組織化によって縛られてしまっていることのデメリットも大きいように思います。

あとは、職員室にある書類や書籍の量ですね。本当に図書館を超えるような量が置かれているのを目の当たりにしたので、授業でiPadを導入したとしても、そのフィードバックに紙を使ってしまうなど、まだまだデジタル化に対して現場の先生たちが踏み切れてない印象を受けました。現場のそういった意識を変えてデジタル化に舵を切っていくことで、授業も教育の内容もよくなっていくように思います。

―まだまだ教育の現場は変わっていく必要があるということですね。

大澤:そうですね。一方で、変化の中で気をつけないといけないのは、企業が教育事業に関わるとなったとき、「教えるためのツール」をつくりがちになってしまうということです。ご自身の子どもの頃を思い出してほしいのですが、学校の授業で楽しかった思い出って、先生の話をただ聞いているときよりも、遊びながら学んでいるときだったと思うんです。それがなぜか大人になると教える側になってしまう。このパラダイムから抜け出すことが大切だと思います。

あと個人的には、教育現場に対して「それはおかしくないですか?」と言える企業が増えてほしいなと思います。教育とビジネスの考え方は違います。しかし、過去の文脈に則っているだけの教育では駄目だということを突きつけてもらう必要があるのかなと。学校も自分たちがやってきたことにプライドを持って、ここは譲れないというポイントを持ちながら企業と対話していく。そんな建設的な議論ができる場所があればいいなと考えています。

―ASOBITECHとしての今後の展望を教えてください。

大澤:遊びながら学んでいくのが人間の本来の姿であり、VRは遊びながら学ぶ手段として効果的だということを広く伝えていきたいです。今回は理科の授業でしたが、体育のダンスの授業などに取り入れてもいいですよね。VRでしかできない、遊びながら学べる授業をどんどん増やしていきたいですね。
大澤 俊介
東京学芸大学附属世田谷小学校 教諭

東京都公立学校の教員としてスタート。研究教科は理科。町田市にて理科研究部の部長をへて、現在東京学芸大学附属世田谷小学校にて勤務。大人が都合の良いように、「大人の教えたいことを教える」のではなく、子どもが1人の人間として信じ「学ぶ」過程をどのように生み出していくかということを日々の課題として教育活動に取り組んでいる。
アレクサンダー・ゴルベンゴ
AVR Japan株式会社 CEO兼社長

AVR Japan株式会社のCEO兼社長であり、世界的な企業の様々なアプリケーションを開発した実績をもち、現在日本において産業、医療、教育をはじめエンタメも含めた総合的なXRテクノロジーを駆使したプロジェクトを多数推進している。

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