トップインタビュー

塾・予備校でAIを活用した新しい授業スタイルを確立。業界を変革する教育ベンチャーの姿とは

急速な少子化に伴い、児童・生徒の数が減少の一途をたどる一方で、市場としては拡大傾向にある教育業界。日本における教育スタイルは昔からほとんど変わっておらず、デジタルシフトも遅れている。そんな教育業界で、塾・予備校のデジタルシフトを推し進めるのがAI先生「atama+」を展開するatama plus株式会社だ。塾・予備校業界に集団塾・個別指導塾とは異なる、AI個別という新しい授業スタイルを創り出している。AIが生徒一人ひとりに最適な学習内容を提案する究極のアダプティブラーニングを実現する同社のプロダクトや事業戦略について、代表取締役の稲田大輔氏に聞いた。

AIで生徒ごとの習熟度にあわせた「自分専用カリキュラム」を自動生成

―― 最初に、atama plusの事業について教えてください。

私たちは全国の塾・予備校にSaaSモデルでAI教材「atama+」を提供しています。このAIを活用したラーニングシステムは、生徒一人ひとりの得意、苦手、伸び、つまずき、集中状態、各単元の忘却度などの膨大なデータを収集・分析し、一人ひとりにカスタマイズした「自分専用レッスン」を自動的に作成・提供します。

例えば、高校生の数Ⅰの正弦定理という単元を習得したい場合。atama+上で数問の診断テストを受けて、正弦定理を習得する上で必要な単元を、どの程度理解できているか調べます。その結果を踏まえて、AIが瞬時に生徒一人ひとりに合わせた「自分専用カリキュラム」を自動生成。中学で教わる三平方の定理と数Aの範囲である三角形の外心という単元の習熟度が低いことがわかれば、それらの単元に遡り、5分ほどの動画講義や演習問題、復習問題など、習熟度に応じた教材に取り組んでもらいます。取り組むたびに、習熟度に応じておすすめする教材もアップデートされ、完全に理解してから次に進むといった学習を繰り返すことで、結果的に最短で単元を習得できるのです。

atama+を使った授業を受けた生徒からは「短時間で自分の弱点を見つけられた」「やり始めるととまらなくなる」などの声が届いています。また、約2週間の冬期講習で平均20時間ほどatama+を使って数ⅠAを学習した生徒83名のセンター試験の点数の伸び率は、平均50.4%アップしたという成績向上事例もあります。

このようにAIを使って生徒一人ひとりにあったカリキュラムを提供している一方で、私たちは生徒のモチベーションや学習方法を支援する人の力もとても大切だと考えています。

これまでの教育では、講師が一人ひとりのペースに合わせたきめ細かな学習を提供することに限界がありましたが、教育のパーソナライズはAIの得意分野です。一方で、AIが生徒に声かけをして、生徒をはげます、応援するなどのコミュニケーションをとることはできません。

そこで、私たちは双方の強みを活かして、AIが「ティーチング」を担い、人間の講師が「コーチング」を担う授業スタイルを「AI個別」として提案しています。

AI個別では、生徒は塾・予備校を訪れatama+でそれぞれのカリキュラムを進めます。 講師は1人で生徒10~20人を担当しますが、生徒の学年や学習科目、単元もバラバラです。講師は「atama+ COACH」というアプリを通じて、生徒の学習状況や学習姿勢を把握し、生徒の状況に応じて声掛けをしたり、つまずいている部分について理解を助けたりします。授業が終わると、生徒のスマホにダウンロードされた「atama+ HOME」に、生徒一人ひとりの理解度にあわせた内容の宿題が自動で届きます。

AIと人の融合による新しい授業のかたちは、駿台予備学校、城南予備校DUO、栄光の個別ビザビなど全国の塾・予備校1000教室以上で広がっています。

ブラジルで見つけた幸せの原点

――貴社の創業背景について教えていただけますか。

そもそも、僕自身の人生のミッションとして、人の笑顔を増やしたいという思いがあります。それをビジネスとして仕組みで実現したいと考えていたことから、新卒では幅広い領域での事業づくりに関われる点に魅力を感じ三井物産に入社しました。

入社2年目に、新規事業としてBtoBの広告サービスを立ち上げた時のこと。大変な準備期間を経て、いよいよサービスをはじめたものの、その広告を見たユーザーが誰一人として喜んでおらず、笑顔がないことに気づいたんです。ビジネスとしては成立していましたが、「せっかく事業を立ち上げたのに、僕は誰を幸せにしているんだろう」、そんな風に思いました。

どうしたら人の笑顔を増やせる事業をつくれるのか。手がかりを探す中で、日本とは真逆の国を知ってみたいと思いました。日本は世界的にもGDPが高く経済的には豊かなはずなのに、自分が幸せと答える人が少ない国。対して、ブラジルは貧富の差が激しいのに、自分が幸福だと答える人が多い国と耳にしました。ここに行ったら、何かヒントがあるかも知れない。そんな期待をこめて、社内の留学制度を利用してブラジルに行きました。

現地の公立高校に3ヶ月ほど通ってみたのですが、日本の学校での授業と全く異なる光景に驚きました。先生が黒板の前に立って一方通行の授業をするのではなく、生徒と先生が対等にディスカッションしていたのです。家庭においても、子どもたちが伸び伸びと自己表現している姿をみて、幼少期の教育のあり方が、一人ひとりの幸せに繋がっているのかもしれない、と気づきました。

それからブラジルで様々な教育事業を手掛けた末に、帰国。テクノロジーを活用することで日本の教育はもっと良くなると考え、2017年に学生時代の友人たちに声をかけてatama plus株式会社を立ち上げました。

「教育に、人に、社会に、次の可能性を」というミッションを掲げ、学習を一人ひとり最適化することで「基礎学力」を最短で身につけ、その分増える時間で「社会でいきる力」を伸ばすことを目指しています。

塾・予備校から日本の教育を変えていく

――教育業界はレガシーな業界のように見えます。デジタルシフトは進んでいますか。

おっしゃる通りで、教育業界はなかなかデジタルシフトが進んでこなかった業界です。新型コロナウィルスの影響を受けて今後は加速していくのではと見込んでいますが、現状だと海外をみてもEdTechの領域で成功している企業は多くないと言われています。その原因は、「学校教育」を変えようとする企業が多く、規制やしがらみに苦労していることにあるようです。

一方で、約9,650億円という大きなマーケットを持つ日本の塾・予備校業界は、民間事業者の集まりで規制も少なく、海外と比べてITインフラも普及しています。ビジネスメリットがあれば新しいサービスが広がりやすいのが特徴です。さらに業界の流れとして、集団授業から個別指導に対応する塾が急増する一方で、講師の人材不足が課題となっています。これらをふまえて、イノベーションが起こりやすい業界だと考えおり、まずは塾・予備校から教育のあり方を変えていきたいと考えています。

塾・予備校にとって、atama+を導入することは事業を根幹から変えることに繋がるので、私たちは、現場の経営者や講師の方々と一緒に事業をつくっていくという覚悟で取り組んでいます。具体的には、お客様のことを深く理解した上で、講座モデルや運営オペレーション構築から生徒・保護者向けのコミュニケーションの設計まで、あらゆることを一緒に取り組んでいます。

一斉休校後のデジタルシフトで明暗。アフターコロナを勝ち抜くデジタルシフト

―― 塾・予備校業界への、新型コロナウィルスの影響はどういった状況でしょうか。

もちろん、如実に現れてきています。塾・予備校にとって大変だったのは、一斉休校が発表されたタイミングが、一年で最も生徒募集につながる春休み直前だったことです。一年の売り上げを左右する新年度が目前に迫っていた時期でしたが、学校が休校になれば、塾や予備校も教室での授業を継続することが難しくなります。

こうした状況を見込んで、私たちはこの一斉休校指示が出る少し前から、急ピッチで「atama+ Web版」の開発を進めました。それまで塾・予備校の教室のタブレット上でしか使えなかったatama+を、自宅のパソコンやスマートフォンなどのブラウザでも使えるようにしたのです。これによって、生徒が自宅にいながらも、通塾する場合と同レベルの授業を提供できるようになりました。

塾の授業時間になると、自宅にいる生徒はパソコンなどを開いて、atama+Web版で学習をはじめます。生徒一人ひとりの学習状態はatama+ COACHから確認できるため、離れた場所でも講師は電話などを使って生徒にコーチングを行います。4月13日時点で、atama+ Web版に切り替えオンライン授業を始めた塾・予備校の教室数は800以上にのぼり、お問い合わせも多くいただいていることから、今後も拡大が見込まれます。

このタイミングで塾・予備校でもデジタルシフトがすすみ、withコロナ、afterコロナ時代駆け抜けていくかもしれません。

―― 今後の事業展開について教えてください。

直近では「基礎学力」習得にかかる時間の短縮に向けて、国内の塾・予備校市場に注力してサービスを開発・提供していきます。対応学年・学年を広げてコンテンツを増やしていきたいと思っています。講師の人手不足が深刻な地方の塾・予備校にも広がっていくことで、教育格差の是正にも貢献できると思っています。
その後は、グローバル展開も取り組んでいきたいですし、「社会でいきる力」を養うための取り組みなどにも広げていきたいですね。
稲田 大輔(いなだ だいすけ)
atama plus株式会社代表取締役。東京大学大学院 情報理工学系研究科修了。06年三井物産株式会社に入社後、自ら手を上げて教育事業に参入し、ベネッセとの合弁会社を設立。ベネッセブラジル執行役員、海外EdTech企業投資責任者等を歴任、2017年atama plusを創業。

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