アートは「共有する」時代。DXで変革を遂げるアート購入事情に迫る
2021/7/19
あらゆる業界で進むデジタルシフト。アート業界では今、ブロックチェーン技術の一つ「NFT(非代替性トークン)」によってデジタルデータに唯一性を付与し、アート作品としてオークションで売買するトレンドが一気に加熱、アートとの接点は多様に広がっています。
そんな中、「アート」の現場で革新的なDXに取り組むANDART(アンドアート)が提供するサービスは、国際的な芸術家の作品を複数人で共同所有する「シェアリングプラットフォーム」サービス。パブロ・ピカソやバスキア、バンクシーといった人気作品のオーナー権を1万円から購入でき、実物を鑑賞するイベントにも参加できます。また、オーナー権を売買し利益を得ることも可能です。
ANDARTは、コンサバティブと言われるアート業界にどうDXを取り入れ、どう市場を創ってきたのか、そして今後どんな展開を考えているのか。松園 詩織CEOにお話を伺いました。
Contents
ざっくりまとめ
- 日本のアート市場は世界と比較して小さく、伸びしろが非常に大きい
- ANDARTのような「共同保有のビジネスモデル」は海外でも伸長。特に若い世代のアートマーケットへの取り込みに成功している
- デジタルで生まれた価値は「新しいタッチポイント」「オープン」「透明性」
- DX成功の要点は、既存業界を守ってきた関係者に真摯に寄り添うこと
アートを「購入」する文化が育っていない国、日本
アート産業全体の市場規模は世界で約7兆円。うち日本は3,197億円。なかでも作品を売買する美術品市場は2,363億円。美術品市場のシェアで見るとアメリカ44%、イギリス20%、中国18%。日本は約3%というところです。(出所:「日本のアート産業市場調査2020」アート東京 / 芸術と創造)
日本の経済規模から考えると、非常にシェアが小さいと思われるでしょう。欧米と比べ、日本ではアートを購入する文化が育っていないことが要因です。アート作品は主にギャラリーと百貨店で扱われ、顧客は年齢の高い富裕層の方々がメイン。対して欧米では生活者の方々が気軽にギャラリーを訪れてアートに触れ、自宅に飾ったり、投資観点だったりと、あらゆる目的で購入されています。これにより、アーティストにも利益が還元される循環ができているんです。また欧米では、幼少期より美術館で授業を行うなどアート教育が取り入れられていたり、税制での優遇があったりと、エコシステムを後押しする環境が日本より充実しています。
つまり、日本のアート業界はこうした課題が山積みだからこそ伸びしろが大きい、これからのマーケットです。課題解決の方向性はいくつかありますが、私たちはアートを音楽や映画の様なカルチャーに押し上げて、一般の生活者も楽しめるニュースタンダードをつくりたいと考えているんです。
1万円からアート作品のオーナーに!20代〜40代男性のアートビギナーに人気
その通りです。普通の生活者の方々が「アートを買う」と聞いてイメージするのは、有名で投資的価値も高い、日本でいえば草間 彌生さんや杉本 博司さん、村上 隆さんのような著名アーティストの作品を、オークションかギャラリーでスタッフに説明を受けながら買う風景でしょう。しかし、それらの作品を一個人が購入するとなると、とても高価ですし、買ったとしても保管方法など管理に気をつける必要があります。また家には飾るスペースがないという方もいるでしょう。これは、創業前の私が一個人として抱えていた悩みでもありました。
そこで、作品のオーナー権を分割してオンラインで売買できれば、コレクターに憧れていた方が一歩踏み出すきっかけをつくれるのではないかと考えたのが、ANDARTのシェアリングプラットフォームです。一口1万円から気軽にオーナーになれて、自分で維持管理する手間もなく、定期的に開かれるイベントで鑑賞ができる。これが、私たちが展開する「共同保有のビジネスモデル」です。
ーどのような収益モデルになっているのですか?
当社は作品を購入してオーナー権を売り出す立場です。購入者の方にはデジタル証明書が発行され、オーナー権をプラットフォーム上で売買でき、その手数料をいただくモデルです。小口化された会員間の相対取引で120〜150%ほど値上がりしている事例もあります。
このビジネスモデルを取り入れているのは日本では当社が初めてですし、全世界的にも一二を争う速さでこのモデルを始めた認識ですが、現在ではアメリカ、シンガポール、イギリス、韓国などに類似サービスがあります。オンラインでアート作品に関する情報がオープンになってきたことや、コロナ禍をきっかけにアート作品のインターネット取引量が急激に成長した影響なども大きいですね。
ー現状の国内のアート市場は年齢が高い富裕層が顧客とのことですが、ANDARTはどのような方が利用されていますか?
ユーザーの約8割が20~40代男性のアートビギナーです。つまりアートの購入モチベーションに年齢は無関係だったことが分かります。手軽に始められる機会がなかっただけなのです。
購入目的は、投資よりも純粋な芸術への興味だという方が多いです。まずはもっとユーザーを広く増やし、より多くの人とアートとの距離を近づけていきたいですね。極論、ANDARTで買っていただかなかったとしてもいいと思っています。いい作品を扱っていれば、いずれユーザーは戻ってきてくれますから。
閉鎖的なアート業界に、DXで新規参入
たしかにおっしゃる通りで、アート業界にイノベーションが起こりにくい要因は、その閉鎖性にあります。特に、ANDARTが扱う作品はNFTのような新分野ではなく、実物作品かつ現代美術がメインです。業界慣習が確立していて、2018年の創業時には私も相当警戒されたのではと思います。ギャラリーなど既存のステークホルダーの立場になれば、伝統に則り、大切にしている市場を新参者にかき乱されたくない。その気持ちは当然ではないでしょうか。
ですから、既存の業界を創り上げてきた方々への丁寧な説明に努めています。実は、アートの共同購入は1980年代からずっと試みられてきたと聞きます。私たちはもともとあった共同購入へのニーズをもとに、新しい層の興味を引き出し、育てていくので、一緒に市場を作らせてほしいと伝えているんです。
それだけでなく、作品を既存のギャラリーから買ったり、優良なコレクターを紹介したり。信頼関係を構築するのに数年かかりました。既存のコレクターに対しては、二次流通のもう一つの選択肢だとメッセージを出しました。骨董品など年代の古い美術は鑑定機関を持った買取業者がいますが、現代美術の場合はオークションがメイン。手数料は15%以上で、現場の雰囲気や参加者次第で落札額も大きく変動する世界です。ANDARTはそのもう一つの選択肢として挑戦しています。
DXで実現する、今までにないアートの楽しみ方
主に、クローズからオープンへの移行ですね。インターネット自体が持つ特性そのままですが、これまで閉鎖的でアナログ取引も多かったアート界の業界慣習に対して、デジタルを前提とすることで我々のような民主的な考えのサービスも生まれるわけです。
また、オンライン流通が増えることによりマーケットの透明性も高まります。そもそも価格と価値の関係性があいまいで、作品の価格もなるべくクローズにしようとする風潮が根強い中、インターネット取引となると価格は当然オープンになります。オープンデータが増えるほど価値付けも変わり、少なくとも著名な作家に関しては、アナログで属人的な評価に頼らずに、過去の落札データでロジックをつけて、将来の値上がりを予測できたりする可能性もあります。それでも分からない部分がアートならではの乙な部分でもあるのですが。
目指すのは「アートの民主化」、ANDART が描く今後の展望
アートのようなニッチなコレクティブコマース事業としては、純粋な興味を持つ潜在的なユーザーを集めること。女性割合も増やしたいですし、世界で利用できるように改善したいですね。
また、会社全体の方向性は、プラットフォーム事業に限りません。コロナをきっかけに自宅空間を豊かにしたいといったリクエストをいただき、YOUANDART(ユーアンドアート)という実物アート作品のECを開始しました。ここでは数万円台から購入できる新進気鋭の若手作家の作品を多く扱います。アーティストがいなくてはシーンが成り立ちませんから。その支援のため、生活者がアートを買う習慣をつくる一助になればと思います。
ーANDARTがこれからアートビジネスのDXを進めていくなかで、成功の肝はなんだと考えていますか?
長い間、確立されてきた既存のマーケットと丁寧に連携をとりながらも、マーケットに感度の高いニューコレクター層を連れてくることに尽きるかと思います。そのためには、手数を惜しまないし、サービスも試行錯誤を繰り返します。共同保有もその手段の一つに他なりません。
前例がなくても、目的のためにチャレンジをし続ける。結果として、ギャラリーの方々が門戸を開いてくださり、ユーザーもアーティストも勇気を持って一歩踏み出してくださって小さい新経済圏が少しずつ育っていくのかなと思っています。
松園 詩織
株式会社ANDART 代表取締役社長CEO
神奈川県出身。2014年に株式会社サイバーエージェントに入社し、新規事業責任者として企業のデジタルマーケティングなどに従事。その後東京ガールズコレクションを運営する株式会社W TOKYOでは、社長室として大手企業、行政、国連との取り組みなど多岐にわたるプロジェクトの企画運営に携わる。2018年9月、株式会社ANDARTを設立。