レガシー業界×門外漢。建築業界に立脚するIT企業はどのように生まれたのか。
2020/2/19
建築現場の効率化から経営改善まで一元管理できるクラウド型建設プロジェクト管理サービス「ANDPAD」を提供する株式会社オクト。代表取締役社長の稲田武夫氏はリクルート出身で建設業界未経験から本事業を立ち上げた。IT化が進んでいないレガシー業界に門外漢として参入しながら導入社数1,600社を超えるサービスに発展させた背景とは。建築業界はなぜ、どのようにデジタルシフトをしていくのか。お話を伺った。
施工管理の最適化で建設業界の粗利率を改善
新築・リフォーム・商業などの建設・建築現場で使う施工管理アプリ「ANDPAD(アンドパッド)」を運営しています。現在、1,600社以上の建設・建築の企業にご導入いただいているのですが、背景には建築業界自体の粗利率が低いという課題があります。
例えば住宅の計画着工の段階では粗利で30%程度を想定しているのですが、実際に納品・引き渡しの段階までいくと18%から20%くらいまで減ってしまう。建築中に仕様が増えたり手戻りが起こったりしてしまうんですよね。ITのシステム開発と同じです。粗利率が下がると、営業利益ベースで赤字になってしまう。一方で、銀行との関係性が重要な業界なので赤字経営はなかなかしにくい。結果的に、プロジェクト単位で、売上を伸ばしながら粗利を守るという責任を、作り手である現場監督が担っているんです。
現場監督は複数の現場を同時並行で見るPMのような役割で、ビジネスの構造上、現場監督一人当たりの案件数が重要指標となり、それが高いほど利益率が上がります。一方で、実態として、複数の現場を行き来するために1日3,4時間移動しているという現状もあります。やはり進捗が不安なので「とりあえず現場行ってくるね」ということが起こるんです。
また、工期が延長してしまう原因として、天候などの外部環境ももちろんあるのですが、基本的にはコミュニケーションミスが多い。発注忘れがあるとか、屋根裏を開けてみたら水漏れがあるから、その後の工程が変わります、とか。
ANDPADでは、写真や資料をクラウド上で整理し、紙やエクセルを不要にすること、スマートフォンでチャットをできるようにし、電話やFAX、対面コミュニケーションのための移動を削減することで上記のような課題を解決しています。
もちろん、建築業界でも自社でIT投資を行うことはあるのですが、売上に直結する顧客管理などは当たり前に浸透しているのに対し、我々がサポートするような生産の部分はアナログなままでした。ある程度投資される会社さんもあるのですが、自社開発だと、社外ユーザまで巻き込んだITツールを開発するような余力はない。普通のIT企業でも社内用にSlackを作ろうとはしないですよね。そういったコラボレーションツールとしてもANDPADが広まっています。
――ANDPADを導入したことによる象徴的な事例を教えてください。
新潟にあるディテールホーム/坂井建設さんという会社が、ご担当者様の尽力もありとても成長されています。シンプルに、現場監督さんの数は増やしていないけれど、年間で建てた家の数は増えているんです。具体的には、現場監督一人に対し年間担当数が4棟も増えています。もちろん様々な経営努力の上だとは思いますが、ANDPAD導入前と比べて、年間の着工棟数では50棟以上増えたそうです。
創業期、建設業界を近くで見続けて感じた違和感
最初はリクルートで日常消費という領域、「人が24時間どう楽しく過ごすか」というためのインターネットサービスに携わっていました。もともと関心があった起業をするとなった時に、住宅という、人生でたった1度の消費行動のサービスに携わってみたいという単純な思いで始めました。最初はリフォームの比較サイトを運営していたんですが、そのきっかけは、以前印刷業界にITを活用して通販事業を展開するラクスルを手伝っていた影響で、リフォームの分野についてももしかしたら同じようにEC化することができるんじゃないかと考えたんです。
とはいえ、サイト構想は、そんなにうまくはいきませんでしたね。事業を進めながら色々なリフォーム会社さんと出会い、ホームページを作ったり集客のお手伝いをしたり、分譲地をネットで売ったり、顧客管理システムを作ったり、1年くらいは何でも屋さん的に動いていました。
そんな仕事をしていると、現場監督や職人さんとたくさん出会うのですが、働き方が大変だなと感じたんです。スマホを使って何か改善できるんじゃないかと考え、2015年にリリースしたのがANDPADです。発明というより、目の前に純粋に困っている人がいて、スマホでやったらいいのにというくらいの発想でした。
そこで、まず取引があった3社をターゲットに、半分請負のような形でソリューション開発を進めました。当時はまだSaaSなんて言葉も浸透しておらず、お客さんが欲しいというものを作ってみましょう、それが売れるかもなという感じです。
目の前に困っている現場監督がいるからその人のためのサービスを作ろうと注力した結果、結局その3社しか使えないものになるということが起きました。やはりプロジェクトの規模感によって進め方が全然違うんですよね。50万円のリフォームと1,000万円のリノベーションでは業務管理が全く違う。恥ずかしながら、そういう所を作ってから気付くわけです。それからはターゲットの業界の解像度をどんどん上げていきました。まともに使ってもらえるサービスになるまで1年くらいかかりましたね。
リテラシーの低さは導入しない理由にならない
前提として、僕の場合、前職で営業をしたことがなく、他の業界を知らない分、固定観念がなかったというのはあります。その上で、建設業界の人ってすごく優しいんです。建築士の方も職人の方もなんだか好奇心が強い気がします。そういった意味で、僕らが導入を進める際に、何かストレスを感じるということはありませんでした。
一方で、目の前の担当者は良いと思っていても、「高齢の職人さんが本当に使うのかな?」と言われることは多々ありました。2015年、16年はほぼ全ての商談で言われたのではないかと思います。特に当時はスマホ比率がそこまで高くなかったのが大きいです。職人さん向けの説明会を開いても、スマホを持っているのは約半数のみ。それはしんどいですよね。
ただ、経営者や導入担当者が良いと思っている中で、100人中60人が良いと思っていて、40人が反対しているものをやらないんですか?という話だと思うんです。つまり、1人でも嫌だといったらやらないという判断をしていると、数年後に建築会社は生き残れないかもしれない。生産性を上げなければいけないというのが明白な中で、いつやるかだけだよねという議論でした。ANDPADの場合、全社のみでなく、部門単位でも導入できるので、「じゃあまずこの前向きなチームからやろうよ」ということができたのは大きかったですね。
また、採用が難しくなり、業界が焦っているというのは、IT化の追い風でしたね。職人さんが足りないということは生産の制限が生まれるということ。仕事は溢れているのに生産が追いついていないんです。さらには、2025年に団塊世代が退職されることにより、130万人も従事者が減ってしまう。今いるメンバーでどれだけ生産性を上げるかは必然だよね、という鬼気迫る状況があったのが大きいと思います。リテラシーの話はもちろんあるんですが、それは乗り越えなくちゃいけない課題でしかなくて、導入しない理由にはならないということです。
建築産業に立脚し、ヒトモノカネ情報の流動化支援を
業界全体の話でいうと、先にお話しした通り、労働者人口不足というのが大きな課題になっています。具体的に数字を挙げると、木造建築って一定のニーズがあるんですが、木造大工職人の数が全体で30万人のうち、20代が2万人、10代になると数千人しかいません。
国としても就労者をいかに増やすかという点や、i-Construction(アイ・コンストラクション)というICTの活用施策を建設現場に導入することによって、建設生産システム全体の生産性向上を図る取り組みが注力されています。業界全体がまだ週休2日が浸透していない部分もあるので、働き方改革の文脈も確実に起こる未来だとおもいます。
そんな中で、建築と他の業界で比べたときに、売上に対するIT投資率が低いということが気になっているので、ここを少しでも上げるような施策や動きを業界全体で取っていくべきだと思いますし、僕らもそのきっかけになりたいと思っています。
じゃあ我々が何をしていくかと言うと、人がしなくて良い仕事を見極める事だと思うんです。特に施工のプロセスの過程はもっとITに置き換えていくことができると考えています。具体的には、施工管理からスタートしましたが、コミュニケーションの価値提供を円滑にすること、お金の管理を円滑にすること、さらには人の流れを流動化することもできるのではないかと思っています。ANDPADは今10万人の方に利用いただいているので、今どこで仕事が足りないとか、そういったことが実現できるかもしれません。
ヒト・モノ・カネ・情報の流動化をもう少し高めていくと業界全体の生産性が上がるはずです。職人さんの賃金が上がるはずだし、サービスの流通コストは下がるかもしれない。僕らは建築産業に立脚し、ITを掛け合わせて、業界と共生し、成長・発展させていくことを目指しています。業界の理解もテクノロジーも両方一流の会社を作っていきたいです。