中国最前線

未成熟のスマートグラス市場を育てるための特許公開。技術を持つベンチャー企業の戦い方とは。

中国、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア、インドなど世界中で販売されており、2019年に日本にも上陸したスマートスピーカー内蔵のサングラス「Mutrics」。日本でリリースされたクラウドファンディングでは目標金額の5倍を集めた。

昨今多くの競合商品が開発されているが、同商品を開発した中国のMUTRICS社曰く、他社の市場への参入は想定内。むしろMUTRICS社は、特許を積極的に取得し、自社技術を公開している。背景には、他社も巻き込んで市場を作り、事業拡大につなげるという狙いがあるそうだ。技術力に強みをもつものの、世の中に与えるインパクトの大きさに課題感を感じていた同社がどんな戦略をとったのか。MUTRICS社のCEOである李然氏にお話を伺った。

音楽を楽しむ新しいデバイス、スマートサングラスという提案

音声市場が伸びる中、スピーカーでもイヤホンでもない新しいアプローチの商品が注目をあびている。それがスマートサングラスのMutricsだ。Mutricsは音楽再生・通話・音声アシスタントをすべて耳元に集結し操作できる眼鏡型のデバイス。音質、充電効率、マイクの集音性などが特徴として挙げられる。また、デザイン性にも優れ、カラーも数パターン出している。眼鏡型にしたのは他のスマートスピーカーと被らないようにするためだったのだそう。

李:Google社やBaidu社が販売しているスマートスピーカーはサイズが大きく、外に持ち出しにくいです。一方イヤホンは聞くだけの機能しかなく他の機能を持たせにくい。スマートスピーカーとイヤホンの間にあるものは何か考えた結果、今の眼鏡の形になりました。



特にこだわっているのは音響性能で、他の商品との差別化ポイントになっているのだそう。

李:父が音楽家で、小さい頃から良質な音を聞いていたので、音質にはすごく敏感なんです。スマートスピーカーを作る際も、音質をどうやってあげるのかに注力し、開発期間は2年を有しました。

音質の良さを支えるのは、骨伝導サングラスと一線を画す、独自の近接サラウンドサウンドシステム。薄型のフレームに搭載された独自開発のマイクロスピーカーによって、屋外にいながらプライベートのサラウンド環境を構築できることが強みだ。
他にも様々な機能を有するMutricsだが、実装できているのは開発当初に思い描いた構想のほんの一部とのこと。

李:もともとはAR技術を組み込んだ商品を作りたかったんです。しかし、まだまだ技術が成熟しておらず、商品化が可能になるには3-5年はかかると思いました。そこで、まずは音声AIアシスタントを搭載したスマートスピーカーの開発を行いました。

音声操作を実現しているほか、他のアプリと連携して、発話した内容をテキスト化することが可能です。今後も、世の中の技術の成熟度次第でどんどん機能を拡充し、よりスマートな眼鏡にしていきたいです。

デザイン経験のないメーカーを巻き込み、大量生産可能なラインの構築

独自の近接サラウンドシステムなどこれまでにはなかった、こだわりの機能の搭載に成功したMUTRICS社。その開発は苦労の連続だったと言う。

李:もともとものづくりの会社を経営し商品開発に携わっていたこともあり、スマートグラスの開発を始めた当初は、3ヶ月もあれば完成できると思っていました。しかし、実際は2年近くかかりました。その背景には、中国メーカーの伝統的な生産体制があります。

中国では、世界中の眼鏡やサングラスの生産を行なっていました。ただ、海外の会社から送られてくる設計図通りに作っていただけでデザインをした経験はありませんでした。3Dの設計図すら読めない有様でしたね。

そこで、求める形の製品を作るため、相談を重ね100回以上試作を作りました。時間はかかりましたが、苦労したおかげで欧米人、日本人、中国人など人種の違いによるデザインの違いに関するデータを集めることができ、新しい製品を作る上での基礎になっていますし、収集したデータは資産でもあります。

こだわりのスピーカー機能を搭載するのにも苦労しました。音質とサイズの両方で求める基準をクリアしている製品がなく、かといって中国メーカーでは技術的に作れないので、自分たちで研究するしかなかったんです。iPhone部品の会社を探して、その部品を研究したりしてましたね。

2017年から研究開発を進め、2019年になってようやく展示品が生産できるレベルにまでなりました。

苦労しながらも開発を成し遂げた背景には、李氏の過去の経験が生きてる。

李:今の会社は4回目の創業なんです。前の会社はロボットの研究開発を行う会社で、ドローンの生産などを行っていて、日本へも輸出してましたね。同時に10商品の製造を行なっていたので、生産の工程やマネジメントには詳しかったんです。

ベンチャー企業は良いデザインや技術を生み出せても大量生産となるとなかなか難しいです。しかし、私には工場での製造について経験があり、だからこそ大量生産も実現できています。

市場を大きくするため、大手企業が参入しやすい環境を作った

MUTORICS社が切り開いた音楽再生特化のスマートグラス市場は注目を集めており、最近ではGoogleや音響機器メーカーのBOSE社が最新モデルの販売を開始したことでも話題になっている。MUTRICS社としては、大手企業を脅威に感じている、かと思いきや、むしろその逆。事業を成長させるための追い風だと捉えていた。さらにその流れは自分たちで、あえて作ったのだと李氏は語る。

李:私たちが開発を始めた2017年当初、類似のスマートグラスを発表している企業はどこにもありませんでした。しかし2019年のMutricsリリース直後、世界中で似たような製品が次々に販売されるようになりました。今後も、中国内外にかかわらず、いろんなメーカーが売り出すでしょう。

我々としてはそれでOK。MUTRICSは立ち上げたばかりの小さな会社で、自社だけで新しい製品を生み出し、その価値を浸透させ、市場を作るのはとても難しいです。しかし、大企業が参入することで、市場全体が盛り上がり、その結果我々の製品も注目されることになります。そんなムーブメントを起こすため、我々の開発した技術は特許をとり、どの企業でも参考にできるようにしています。

ベンチャーならではのスピード感で競合の半年先を行く

市場を大きくするため、あえて大手の参入を誘った李氏。競争が激化しても負けない自信があるそうだ。

李:我々は研究を重ね、様々なデータを蓄積してきました。また、ベンチャー企業であるがゆえに決議が早く、スピーディーに開発を進めることができます。現在、多くの企業はスマートグラスをリリースしたばかりですが、我々はすでに2代目の製品の販売をはじめ、さらにその先の動きも進めています。

2代目は2020年に販売する視力が弱い人用のメガネです。中国には視力の悪い人が多いので、その市場をとりたいと思っています。すでに半年以上かけて大量生産を行なっていて
、3月までに日本での販売も行う予定です。大手企業よりも半年ほど早く製品の開発・販売を進められています。

昨今、テクノロジーの機密を保持することはできないと思っています。お金や技術さえあればどの企業でも真似できる。だからこそ我々の優位性は真似のできないスピード感だと思っています。

スピーディーな開発・販売を実現するため、具体的にどんなことを意識しているのだろう。

李:あえて社員数は増やさず、一人ひとりが複数の領域を管理し、効率よく仕事が回せるようにしています。商品の製造や特許の取得など人手のかかる部分は外部にアウトソースする形で補っています。大量生産の仕組みを確立したことも会社のスピード感を早める一助になっています。

また、大手ほど資金がなくてもやり方を工夫することで、他社に負けない競争優位性を保っています。例えばマーケティング分野では、ニュースメディアへの商品紹介記事の掲載や、Youtuberなどインフルエンサーへの商品紹介の依頼を行なっています。良い商品なら口コミで広まると思っているので、マーケティングにお金はかけず、商品の機能やデザインなどしっかり作り込んでいきたいです。

今後もAR機能など機能の拡充が進められるとのことで、Mutricsは目の離せないデバイスの一つになりそうだ。

MUTRICS社は自社の規模感を逆手にとり、大きなムーブメントを起こそうとしている。あえて他社の参入のハードルを下げ、市場の成長を加速させる道を選んだ経営はベンチャー企業ならではの発想かもしれない。しかし、そこには自社の強みは大手でも真似できない、という冷静な判断があった。技術力があるものの、まだまだ成長過程の市場で戦う中小・ベンチャー企業の戦い方の一つがここにある。

MUTRICS社HP:https://www.mutrics.com/

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