マイクロソフト再興の立役者サティア・ナデラCEOの文化大改革とは。

安定性・収益性・成長性を兼ねた事業モデル

米国の株式市場において、時価総額でアップルと首位争いを繰り広げているのが、マイクロソフトです。2020年4月14日時点で、首位マイクロソフトの時価総額1兆3,211億ドル(141兆5,105億円)に対して、2位のアップルは1兆2,559億ドル(134兆5,281億円)となっています。アップルを除くほかのGAFABATHと比べても2社の時価総額は抜きん出ています。

マイクロソフトの直近の決算内容も絶好調でした。2019年6月期の売上高は前年比14%増の1,258億ドル(13兆8,380億円)となり、営業利益、経常利益、純利益を含めていずれも過去最高となっています。

特に純利益については、前年比で2.4倍となる392億ドル(4兆3,120億円)になりました。ちなみに、トヨタの2019年3月期の純利益が1兆8,829億円です。もちろん、自動車メーカーとIT企業という業種の違いはあるものの、マイクロソフトの高収益ぶりがわかるでしょう。

GAFAの各企業と比べてもマイクロソフトのビジネスは盤石です。他社の分析をしてみると、アップルはOSやアプリの覇権を握った上で、売上の大半はスマートフォンなどハードウェア製品が占めている会社です。アルファベット(グーグル)は広告の売上が85%を占めています。フェイスブックも同じく広告の売上が大部分。アマゾンは純利益のほとんどはAWSというクラウドサービスであげているんですが、売上的にはECで大半を占めています。ユニークなのは、クラウドサービスの売上が11%あるところです。
図:GAFAとマイクロソフトの収益内訳

図:GAFAとマイクロソフトの収益内訳

これらと比較した時にマイクロソフトが極めて特徴的なのは、売上源のバランスが非常に良いことです。ソフトウェア、クラウドサービス、OS、ゲーム、広告と分散されています。ここに機関投資家から非常に高い評価を得ている理由があります。まず安定性が高い。そして収益性が高い。最後に成長性が高い。これらは意外と二律背反なので、同時に実現しているということに価値があるのです。

モバイルではアップル・グーグルに敗北

ただし、マイクロソフトの成長が再加速したのはここ数年の出来事。それまでは完全に停滞期が訪れていました。

簡単に歴史をたどると、ビル・ゲイツ氏がマイクロソフトを創業したのは1981年。上場が1986年で、世界中で一躍有名になったのは、1995年に発売したWindows95というOSです。これがすごい競争力でマーケットシェアを拡大しました。色々な互換機も含めて、あっという間に「一家に一台」というミッションを成し遂げたのです。

その後2000年までビル・ゲイツ氏がCEOを務めて、スティーブ・バルマー氏に引き継ぎました。彼はビル・ゲイツ氏が採用した30人目の社員だそうで、初めての文系型営業マンとして有名な方です。しかし、残念ながら彼の任期の期間は、業績は決して悪くないものの、時価総額的にはなかなか思うように成長できませんでした。

Windowsで他を寄せ付けないほどの圧倒的なシェアを占め、長らくIT業界の盟主として君臨していましたが、ITのモバイル化やクラウド化という技術革新の波に乗り遅れ、トップの座を一時的にGAFAに奪われてしまったわけです。

実は、マイクロソフトは2000年代初頭には「ウィンドウズモバイル」というモバイル用のOSを開発していました。ところが、ウィンドウズモバイルはPDAと呼ばれる携帯情報端末への搭載は進んだものの、スマートフォンへの対応については遅れをとってしまったのです。

のちの2011年、まだ携帯電話市場で首位の座にあったフィンランドのノキアと手を組み、マイクロソフトはウィンドウズモバイルを搭載したスマートフォン「ウィンドウズフォン」の販売をようやく開始しますが、全く奮いませんでした。時すでに遅し、スマートフォン市場はアップルのiOSとグーグルのアンドロイドが2大OSとなり、市場を席巻してしまっていたからです。

その後、スティーブ・バルマー氏は、2013年にノキアを約7,000億円で買収し、引き続き、真っ向からアップルのiOS、グーグルのアンドロイドに戦いを挑みます。しかし、戦局を覆すことはできず、失敗に終わったノキア買収の責任をとって辞任することになったのです。

モバイル化、クラウド化はビジネスモデルの否定!?

クラウド事業においても、マイクロソフトはアマゾンに先行されてしまいます。アマゾンがAWSをスタートさせたのは、2006年。当時、ストレージやデータベース、ネットワーキング、セキュリティなど、クラウドをベースとしたサービスへのニーズが高まっていたところ、他に競合するサービスもなかったため、アマゾンが瞬く間に市場を占有しました。

一方、マイクロソフトが「ウィンドウズ・アジュール」というクラウドサービスを市場に投入したのは、アマゾンに4年ほど遅れた2010年です。マイクロソフトはサービスの提供を始めたものの、当初は積極的にシェアを取ろうという姿勢があまり見られませんでした。なぜかというと、当時のマイクロソフトの主力事業がクラウドサービスと相容れないビジネスモデルだったからです。

マイクロソフトの収益の柱は、ウィンドウズのライセンス料と同OS上で動くアプリケーションソフト「Office」の販売です。ウィンドウズがPCの標準ソフトとなり、世界中に広がっていくにつれ、莫大な利益をもたらしました。ワードやエクセル、パワーポイントが使えるOfficeはパッケージ商品として販売されてきたソフトです。バージョンやグレードによって価格が変わるものの、1本あたり数万円という値段で販売されます。

一方のクラウド事業は、ネットサービスやソフトを文字通りクラウド上で提供します。パッケージ化された商品ではありません。仮に、クラウド事業でオフィスをはじめとするアプリケーションソフトの提供を始めてしまうと、パッケージ商品の存在意義がなくなってしまいます。この点が「クラウドサービスが以前のマイクロソフトとは相容れないビジネスモデル」である所以なのです。

しかし、個人のネットワーク端末として、スマートフォンがパソコンに取って代わるようになるにつれ、クラウドの重要性はますます高まっていきました。スマートフォンで動くアプリのほとんどがクラウド上で動くサービスだったためです。

3代目CEOが経営戦略を180度転換

時代のモバイル化、クラウド化に遅れをとってしまったマイクロソフトの危機的状況を打破したのは、スティーブ・バルマー氏の後任として2014年にCEOに就任したサティア・ナデラ氏です。

ナデラ氏は「マイクロソフトは“モバイルファースト”と“クラウドファースト”という世界を見据えた、“生産性とプラットフォーム”カンパニーである」というビジョンを掲げ、あらゆるサービスのモバイル化とクラウド化を推し進めます。

中でも印象的だったのは、Officeのクラウド版を制作するとともに、iOSやアンドロイドでも動くようにしたことです。自社のOSにこだわり、OSと一緒にソフトを売るという従来の戦略を180度転換し、ライバル会社のOSで看板商品を使えるようにしたのです。また、クラウド版Officeにサブスクリプションを導入し、月額や年額などを支払えばユーザーが利用できるようにしました。

こうした3代目CEOナデラ氏の大胆な施策により、マイクロソフトのビジネスモデルは大きく変わります。2017年あたりから、変革の成果が業績にも徐々に反映されるようになり、最高益の更新へと繋がったのです。

一度はアマゾンに独占を許したクラウド事業についても、体制変更後は極めて高い成長を続けています。改めて、2019年6月期の売上高を見ると、アジュールやサーバー事業が所属するクラウド部門は390億ドル(4兆2,900億円)と、全体の31%を占めています。前年比の増加分は21%で、事業部門としてはもっとも高い成長率になっています。
図:マイクロソフトの売上高ポートフォリオ

図:マイクロソフトの売上高ポートフォリオ

さらに、クラウド市場のライバルで、シェアトップのアマゾンのAWSにも迫りつつあります。アナリストの直近の予想では、アジュールの売上高について、AWSの5割程度と推定しています。

また2019年秋に行われた米国防総省「共同防衛インフラ事業(JEDI)」の入札に置いて、マイクロソフトがアマゾンに勝って落札したこともニュースになりました。事業規模は100億ドルに上る受注となる見通しです。

マイクロソフトは、すでに米通信大手AT&Tとクラウド事業で連携し、米ウォルマートも顧客にしています。ソニーと共同でゲームのクラウド化を進める計画があるので、グーグルに対抗すると見られています。

クラウド市場はまだ発展の初期段階とされ、成長する余地は十分に残されています。近い将来、市場規模は1兆ドルに達するという試算も出ているほどです。再生したマイクロソフトの成長は、まだ始まったばかりと言えそうです。

再興のきっかけとなった文化大改革

3代目CEOサティア・ナデラ氏が行ったのは事業変革だけではありません。いわば文化大改革とでも呼ぶべき、企業文化の変革を行いました。

スティーブ・バルマー氏の時代、色々なところで指摘されていたのは、当時のマイクロソフトは各セクションが競争して、「バトル」の文化があったそうです。ナデラ氏は自身がCEOになってから、企業の一番根底にある概念を、彼の本の中でも一番出てくる“Empathy=共感”、に変えようと考えました。要するに、それまで色々なセクション間で啀み合ってバトルしていたから、「その前にまず必要なのは、お互い共感し合うことですよね」という文化を植え付けたかったのです。

次に重要なのが、“GROWTH MINDSET”、成長するマインドセットです。彼は本の中で、成長マインドセットの反対は固定マインドセットだと言っています。わかりやすく言うと、「僕はそれ全然知らないから教えて」というのが成長マインドセット。それが今のマイクロソフトのカルチャーである一方、バルマー氏の時代のマイクロソフトのカルチャーは「そんなこと、僕は知ってるよ」という固定マインドセットだと言われています。

ナデラ氏が文化改革で一番重視したのは、やはり成長に対する考え方です。「我々知らないよね、教えて」「もっと知ろうよ」という好奇心のカルチャー、共感のカルチャーを中心に据えたということです。

他にも、ONE Microsoftということで、個々の違いを受け入れ、認め合い、生かしていくDiversity and Inclusionを掲げたのも一つの特徴です。私自身、シアトルのマイクロソフト本社に行ってみて本当に印象的だったのが、色々な国の人を採用しているので社員食堂にありとあらゆる国の食事があることです。

次の時代に再評価される価値観

これは私の客観的推測でしかないですが、このマイクロソフトの新しい文化に人一倍共感しているのはビル・ゲイツ氏だと思います。慈善活動家として、直近の新型コロナウイルス感染症の問題や、地球環境問題、エネルギー問題などに取り組む中で、ナデラ氏のカルチャーはゲイツ氏にも共感されているのではないかと思います。

新型コロナウイルス感染症は、形式的には感染症ですが、これまで人々が色々なものを破壊した罪が顕在化した結果なのではないかと考えています。直接的な因果はないかもしれませんが、今改めてサステナビリティを大切にしなければいけないという課題が社会に顕在化しました。

この出来事を機に、世界中で分断がより進んでいくのではないかと思います。自分の身を顧みず人を助ける医療従事者がいる中で、海外ではアジア人の差別が横行しています。この状態が収束し落ち着いた後、人々は何が本当に大切だったのかを考えるようになるはずです。そんな時代に、私はマイクロソフトの価値観が再評価されるのではないかと思います。

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