「銀行は将来、もはや銀行である必要がない」デジタル時代の金融に求められるものとは。SMBCグループ谷崎CDIO×東大・松尾教授×デジタルホールディングス 鉢嶺
2021/7/15
コロナ禍を経て、全世界のあらゆる産業においてその必要性がますます高まっているDX。DXとは、単なるITツールの活用ではなく、ビジネスそのものを変革することであり、産業構造をも変えていくほどの力と可能性があります。そして、全ての日本企業が、環境の変化を的確に捉え、業界の枠を超え、積極的に自らを変革していく必要があります。
今回は、AIの第一人者であり東京大学大学院教授である松尾 豊氏にご協力いただき、デジタルホールディングス代表取締役会長 鉢嶺 登氏と共に、金融業界大手の中でいち早くデジタル化に着手した三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMBCグループ)の谷崎 勝教CDIO(Chief Digital Innovation Officer)にお話を伺います。DXの必要性を社内でどう伝え、どのように人材育成を進めてきたのか、また金融・銀行業界はDXによってどう変わっていくのか。デジタルならではのメリットとは。SMBCグループの取り組みに迫ります。
Contents
DXを阻む組織の“岩盤層”を壊せ。デジタル人材育成より先に経営陣が変わるべき理由
谷崎:その通りです。当社がインターネット時代に向けてクロスファンクショナルチームを立ち上げたのが、7年ほど前のこと。その流れでITイノベーション推進部をつくり、現社長の太田が2017年にCDIO(Chief Digital Innovation Officer)に、私はCIO(Chief Information Officer)という責任者に就きました。
当社のような大企業が抱えがちな問題は、何においても「組織」をつくりたがることです。箱をつくって、人材を何人か登用して、ロードマップを描く。しかし、とてもそんなスピード感では間に合わないと感じていました。先にビジネスを立ち上げ、必要な人材をかき集めてくるような方法でなくては取り残されてしまう。
そこで、まず松尾教授を講師にお招きし、当社の経営陣を集めてDXに関する勉強会を開いていただきました。それが4年ほど前ですね。
金融業ではアメリカを中心に「Fintech is coming」と言われ、デジタルテクノロジーによって世界が変わることは分かっていました。しかしどう変わるのか、私たちは何を変えなくてはならないのか。それを経営陣が理解し、先行きを考えるために、最前線にいらっしゃる松尾教授にお願いしたわけです。トップが変わらなくては、会社の体質は絶対に変わりませんから。いくら若い社員が危機感を持っていても、分厚い“岩盤層”に阻まれるように、上に意見が届かないのです。
谷崎:そう、「プログラミング言語であるPythonなんか、誰でもできますよ」って(笑)。すごく印象に残っています。自分でマシンを動かしてアウトプットを経験するだけで、見える景色が全然違ってくるという。
松尾:そうなんですよ。プログラマーではない方も、一度使ってみることが大事なんです。
谷崎:そうした勉強会を経て、1年後に太田と私と松尾教授で、社内の講堂で「夜間セミナー」というSMBCグループ社員向けのイベントを企画しました。満員でしたね。1,000人以上集まったんじゃないかな。社員たちも、これからの金融業の姿を模索していたのだと思います。
金融は、本質的には数字の世界ですから、実はデジタルに一番馴染むビジネスです。コンピュータやITを仕事に取り入れて、すでに50年ほどが経っているので、そろそろ新しいテクノロジーが組み入れられ、使い方が変わってもおかしくない。また新たな世界が生まれてくる。だから自分たちも考え方から変えよう、会社のカルチャーも変えようとメッセージを出しました。
この頃から、“岩盤層”が壊れていったように思います。粘土に水が染み込むように、少しずつ世代の違う社員の意見が交わり始めたんです。
鉢嶺:まず経営陣がデジタルの最前線にいる人から教えを受け、そのあとに社内の啓発に移られたのですね。プログラマーなどデジタル人材不足も深刻な問題になっていますが、その点の施策はいかがでしょうか?
谷崎:新入社員の研修の一つにデジタル系の講座を設けています。5, 6年前には考えられなかったことです。でも、やはり教育していかなくてはならないのは、既存の社員たちですよね。昨年から小学校の授業にプログラミングが取り入れられましたし、そのうち新入社員は皆、コードが書ける人ばかりになるでしょう。そのときに課長や部長がデジタルを何も知らなかったら話になりません。
そこで「デジタルユニバーシティ」という組織を立ち上げ、社員向けのEラーニングプログラムをつくりました。松尾先生のトークが視聴できたり、プログラミング思考を学ぶ研修も受けられたりするというもの。昨年は延べ25,000人が受講しています。環境を整えれば、社員は自発的に学び始めるのだと実感しました。DXはスピードが重要ですから、外部の方のお力ももちろん借りていますが、やはり最終的には自分たちで育てていかなくては。
松尾:素晴らしい取り組みですね。特に年長者のビジネスパーソンは「デジタルが必要だ」という知識だけを得て、耳学問になってしまいがちですが、まず手を動かしてソフトを触ることが最も大事なんです。しかし、企業だけでなく行政も教育も、組織内でデジタルを啓発する際に、プログラミングをすぐに体験できる仕組みが整備されていません。SMBCグループさんは重要なロールモデルですね。
DXの「守り」と「攻め」。1985年 ビル・ゲイツの“予言”とは
谷崎:まず、社内で共通認識となるような、デジタルに関する言葉の定義ができました。特に「デジタル化」は、企業によって意味合いがかなり異なりますよね。一口にデジタル化と言っても、ITインフラの刷新を意味していたり、単純作業をデジタルに置き換えることを指していたり。
ですから、当社ではデジタル化を「守り」と「攻め」に分けて捉えることにしたのです。まず「守りのデジタル化」は従来のマニュアルワークをコンピュータに移してデータを蓄積する。さらに、コンピュータ自体をメンテナンスし改善していく。この二つの領域です。「攻めのデジタル化」にも二つの領域があります。一つは「デジタルトランスフォーメーション」で、データやAIなどデジタルの力を既存事業に掛け合わせることで新しい顧客接点を生み、在り方を変えていくこと。もう一つは「デジタルイノベーション」。全くの新規事業をつくりだす取り組みです。
鉢嶺:「攻めのデジタル化」も二つに分けたわけですね。改めて金融のDXについて、国際的な視点からも伺いたいです。アメリカのPayPal、Square、中国のWeChatPay、芝麻(ジーマ)信用などフィンテックの新興勢力がどんどん立ち上がるなかで、SMBCグループがベンチマークとしている企業やサービスはありますか。
谷崎:ベンチマークとしているという企業は特にないのですが、グループ会社の三井住友カードはSquareにもStripeにも出資しており、直接的・間接的に情報交換する関係で、私も経営陣に会って話をしたことがあります。あえて気になる企業を挙げるとしたら、シンガポールのDBS銀行ですね。CEOのピユシュ・グプタ氏は非常にビジョナリーな方で、金融のデジタル化において先進的な考えを持っています。
彼は「DBS」を「Development Bank of Singapore」から「Digital Bank of Singapore」に変革して、いずれ「Disappeared Bank of Singapore」にするんだと言っているんですよ。つまり、銀行は将来、もはや銀行である必要がなくなると。決済をはじめとした銀行の機能が、デジタルを使って自動車のようなモビリティにも不動産にも接続していけるという考えなんです。
その話を聞いて、僕は1985年にビル・ゲイツ氏が「銀行機能は必要だが、将来銀行はいらないかもしれない」と発言していたことを思い出しました。あらゆるサービスの機能がデジタルに置換されたとき、もう一度つなぎ直すことで新しいサービスを生み出すことができる。考えるだけで面白い時代じゃないですか。
松尾:DXって、一度抽象化して、また具体化されていくんですよね。だから中長期的には、本当に面白いことになる。
谷崎:その通りです。もちろん金融規制との兼ね合いも踏まえて進めていく必要があります。ですから私たちは、銀行法の規制緩和要望にも積極的に取り組んできました。銀行法改正後の第一号案件を金融庁から認可いただいたものもあります。
「顧客ニーズ」が「業態の壁」を消す。デジタル時代のビジネスのヒント
松尾:おっしゃる通りですし、もっと言えば金融に限りませんよね。例えば医療。顧客ファーストで突き詰めていくと、体調が悪くなってから病院を訪れるのがそもそもよくないことだとも考えられます。じゃあ大事なのは予防だよね、と発想していくと、必然的に医療の枠の外に出ていくことになるじゃないですか。それらも含め、全体で医療なんだと大きく捉え直すことができるようになるのがDXですよね。
谷崎:そう。だから、当社がデジタル戦略の中心に掲げているのは、まさにカスタマーファーストなんです。お客さまが本当に望んでいることを徹底的に考え抜くのがDXとも言えますね。
鉢嶺:そう考えると、やはり本来、業態を問わずあらゆるビジネスがデジタルシフトの影響を受けることになるのでしょうね。
デジタルホールディングスではさまざまな業態の企業のDXを支援しているのですが、例えば不動産や介護など、今のところデジタル化はあまり関係ないと認識されている業種もあります。しかし、今は関係がないと思っていても、いずれはDXの必要性に迫られることになると私は考えているんです。
松尾:たしかになかなか動かない業種はあると思います。しかし全ては危機感を持つかどうかの問題だと思います。例えば、不動産取引などはデジタルで効率化できる余地がかなり大きい。何かきっかけがあれば、あっという間にDXが流行するはずです。
谷崎:DXに関係がない業態があるというより、業種によってDXが起きるルートが違うということかもしれませんね。
鉢嶺:SMBCグループさんが企業のDXの推進役を担っていくこともあり得るのではないですか。
谷崎:いえいえ、そんな偉そうなことはできません(笑)。でも実は、SMBCグループで昨年から取り組み始めたことがあります。「プラリタウン」という中堅・中小企業のデジタル化をお手伝いするビジネスをやっているんですよ。大企業の方々は感度も高いし、自分たちでDXに取り組むでしょうが、何かやらなければと思っていても、どう着手すればいいのか分からない中堅・中小企業の方々は多くいらっしゃいます。その皆さんのニーズを窓口や現場の法人営業部を通して受け取って、「プラリタウン」が簡単なところからDXをお手伝いしましょうと。
鉢嶺:なるほど。「プラリタウン」も、銀行の資産を活かした新しいビジネスというわけですね。どんな内容の支援が多いのですか。
谷崎:商談ができるSaaSや、電子契約のサービスを取り入れるなど、個々の業務をデジタルに置き換える、いわゆる「守りのデジタル化」の領域から業務プロセスのデジタル化といった「攻めのデジタル化」の前段階までの支援ですね。中堅・中小企業の方々が手をつけたくても、ノウハウもないし人材もいないなどの理由から、なかなか踏み出せていない領域です。
鉢嶺:これからデジタル化に取り組む企業のほうが圧倒的に多いでしょうからね。
谷崎:ええ。私は、それでも遅くはないと思うんです。近年、日本はデジタルで世界に乗り遅れたとか、「デジタル敗戦」なんて言われるじゃないですか。どうも意気消沈させるようなムードがありますよね。
でも、デジタルの世界って逆転できるんですよ。中国がまさにそうでしょう。いままでの考え方が通用しなくなって辛い時代が来たと思うか、チャンスだらけだと楽しめるか。これはかなり紙一重だと思います。遅れているのではなく、むしろ伸びしろがあるという風に考えたら、ものすごくやりがいがあると思いませんか。
谷崎 勝教
株式会社三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCDIO
株式会社日本総合研究所 社長兼最高執行役員
1982年に東大法学部を卒業後、住友銀行に入行。市場営業部長、執行役員市場運用部長などを経て2011年4月執行役員情報システム企画部長となりシステムやIT(情報技術)担当の役員を歴任。2017年にグループCIO、18年にグループCDIOに就任。19年からは日本総合研究所の社長も兼務する。
松尾 豊
東京大学大学院工学系研究科 人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授
2002年東京大学大学院工学系研究科電子情報工学博士課程修了。博士(工学)。産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、2007年より東京大学大学院工学系研究科准教授。2019年より同教授。専門分野は、人工知能、深層学習、ウェブマイニング。人工知能学会では、2012年から編集委員長、2014年から倫理委員長、2020年から理事。2017年より日本ディープラーニング協会理事長。2019年よりソフトバンクグループ社外取締役。
鉢嶺 登
株式会社デジタルホールディングス 代表取締役会長
早稲田大学を卒業後、森ビル入社。1994年にオプト(現:デジタルホールディングス)を設立。2000年に広告効果測定システム「ADPLAN(アドプラン)」を開発。15年に持ち株会社体制へ移行し、代表取締役社長グループCEO(最高経営責任者)に就任。20年4月より現職。20年7月、デジタルホールディングスに商号変更。DX支援会社のデジタルシフトの代表取締役社長を兼務。