次世代の超高速通信である5Gや、AIを使ったビッグデータ解析など、最先端のテクノロジーが次々と生まれていますが、こうした先端技術を医療の分野に取り入れることでイノベーションを起こすことをメドテックと呼んでいます。メディカル(medical)とテクノロジー(technology)を組み合わせて作られた造語です。日本では少子高齢化によって、高齢者の人口が増える一方で、現場のドクターや医療関係者が不足する事態が起こっています。こうした人手不足や、効率的な医療体制の構築、あるいはさらなる高度医療を提供していくためには、医療を支援するロボットやIoTなど、テクノロジーの採用が欠かせません。メドテックが求められる背景や、今後の展望について解説します。
メドテックとは?
メドテックは医療の分野に最先端のテクノロジーを導入することで、イノベーションを起こすことを目指す新しい概念です。メドテックによって、どんな医療の提供が可能になるのでしょうか? その特徴を解説します。
医療とテクノロジーの融合
医療の現場では、すでにさまざまな技術を活用して治療や診療が行われていますが、メドテックではとくにICT(情報通信技術)やAI、高速通信、ロボット技術などを融合させた医療を指しています。たとえば、膨大な診療データを蓄積し、AIに機械学習させることによって、医師でも気づかないような微細な変化や病気の兆候を発見できるような画像診断が実現できると言われています。また5Gなどの超高速通信では大容量の通信が可能で、遅延もほとんど起きないため、遠隔地にいる熟練の医師がロボットアームなどを操作して、手術を行うようなことも将来的には可能になると考えられています。そのほか患者の健康を管理するアプリの開発や、センサーを患者につけて様々な生体データを収集することによって新薬の開発に役立てるアイディアもあります。
日本の経済成長へ貢献も
日本経済は長らく低迷しており、これまでの産業構造を変化させる必要性に迫られています。日本がこれまで世界に対して優位性を持っていた、ものづくりの分野では苦戦を強いられているものの、とくにロボットの分野では世界を牽引していると言えます。ロボット技術は医療や介護との親和性が高く、日本政府もロボット革命実現会議を開催し官民の協力を促すなど、積極的に産業育成をサポートしています。また、日本はアメリカや中国と並び、世界的な医療市場のひとつとなっています。そのため、先端的なライフサイエンスやメドテックに注力することができれば、日本経済の成長に貢献すると期待されています。
ヘルステック(Healthtech)との違い
メドテックに似た用語として、Healthtech(ヘルステック)があります。こちらは「Healthcare(ヘルスケア)」と「Technology」を組み合わせた造語ですが、電子カルテやスマートフォンを使ったリモート診察、処方薬のオートマチックな配送など、とくに病気の予防や健康管理などを対象にした医療テクノロジーに対して、使われるという違いがあります。
世界と比べた日本のメドテックの現状
世界の国々では医療制度が異なり、メドテックの成長もその国の制度や法律の影響を受けます。とくに日本は国民皆保険という制度を採用しており、医療費にコストをかけている国のひとつです。メドテックの分野では、世界と日本でどんな違いがあるのか、解説します。
世界のメドテック
新型コロナウイルスにおけるワクチンの供給で、海外企業が市場を独占したことからもわかるように、日本と比べ海外諸国のほうが医療開発や承認のスピードが速いことが知られています。したがって、日本では未承認の新薬や治療法が多く普及しているのが、現状です。そのためメドテック分野でも全般的に見れば、グローバル企業が存在感を見せています。ただし、製薬会社では、売り上げの20%を研究開発に費やす世界企業と10%にとどまる日本企業といった具合にギャップが顕著なのに対し、メドテック分野では10%を費やす世界企業と、約7%の日本企業で、その差が小さいことがわかっています。
また、OECD加盟国の研究費の対GDP比率(2017年)を見てみると、日本は韓国(4.55%)、イスラエル(4.54%)、スウェーデン(3.40%)、スイス(3.37%)に次ぐ、3.20%を拠出しています。
日本のメドテック
日本のメドテックへの投資状況を調べるために、研究費の内訳を見てみましょう。2018年度の非営利団体や公的機関における特定目的別研究費の内訳では、ライフサイエンス分野に3086億円(19.1%)、エネルギー分野に2523億円(15.6%)、宇宙開発に2114億円(13.1%)、情報通信分野に1236億円(7.6%)と、ライフサイエンス分野に研究費の多くが投じられていることがわかります。同様に、大学などにおける研究費もライフサイエンス分野に1兆1146億円(30.3%)、情報通信分野に1428億円(3.9%)、物質・材料分野に1304億円(3.5%)となっています。
日本で注目を集めるメドテック企業5選
続いては、日本で注目を集めているメドテック企業をご紹介します。
株式会社Lily MedTechの事例
株式会社Lily MedTechは、女性に優しい乳房用超音波画像診断装置の開発を目指すメドテック企業です。同社では「リングエコー」という画像診断装置を開発しています。11人に1人の女性が乳がんを患っているというデータがありますが、乳がんの治療でもっとも大切だといわれるのが、早期発見・早期治療です。現在の乳がんの検査はマンモグラフィと呼ばれる手法が一般的です。このマンモグラフィの欠点は、乳房を圧迫するため、痛みを訴える女性がいる点でした。「リングエコー」では、穴の開いたベッドを利用しますが、受診者はうつぶせになり、その穴に乳房を入れて、撮影を行っていきます。そのため圧迫による痛みがありません。また診断の精度の高いのが特徴です。マンモグラフィでは、受診時の恥ずかしさが、検査を遠ざけていると指摘されることもありますが、リングエコーでは乳房が隠れるため、心理的な抵抗も低いと言われています。こうした点から、女性に優しい検査装置だと評価されています。
CYBERDYNE株式会社の事例
CYBERDYNE株式会社は、筑波大学発のベンチャー企業です。同社の代表的なプロダクトが「HAL」で、これは身体に取り付けて使用する装着型のロボットです。身体を動かそうとするときに発せられる生体電位信号をコンピュータが検出・解析することによって、意思に沿った動作を可能にします。そのため、麻痺があり車いすを使っている足の不自由な人や、介護が必要な高齢者などが、これを装着することによって、自分の意思で移動できるようになるため、リハビリや介護の現場から注目を集めています。
フクダ電子の事例
医療機器メーカーのフクダ電子株式会社は、オムロン傘下のオムロンヘルスケア株式会社と提携して、血圧や心拍を検査するウェアラブル端末の開発を行っています。
株式会社ドクターネットの事例
株式会社ドクターネットは、遠隔画像診断サービスを提供しています。CTやMRIといった医用画像は年間数億と需要があるにもかかわらず、放射線診断専門医は全国に6000名ほどしかいないと言われています。そこで、CTやMRIの画像を診断する場合に、遠隔で受け付けて、放射線診断専門医が診断レポートを返却するサービスを提供しています。また診療科専門医による検診・健診に特化した読影サービスも提供しています。
テルモの事例
医療機器最大手のテルモでは、株式会社MICINと提携し、糖尿病の治療を支援するアプリの開発を行っています。このアプリでは、血糖値や服薬の状況、そのほか食事や運動の状況にあわせて、患者に健康アドバイスをする機能を搭載すると言われています。糖尿病は一度発症すると、食事制限や節制が求められます。そのため、アプリで患者が簡単に健康管理ができるよう目指しているわけです。
国内メドテック市場で成長が期待されている分野
日本は世界有数の医療大国で、医師の技術や医療機器や製薬分野の品質も申し分がありません。少子高齢化が急速に進み、患者数が大幅に増えたことも技術や品質の向上と無関係ではありません。ただ、近年はその成長に鈍化が見られます。とくに製薬部門への研究費が年々、減少しており、国際競争力が低下していることも影響しています。そんななか、投資が盛んに行われ、今後の成長が期待されているのが、医療用ロボットの分野です。
ロボット新戦略
日本は古くからロボット開発に積極的な国のひとつで、産業用ロボットの出荷額や稼働台数は世界一となっています。ただ、欧米各国は競争力の高い機器のデジタル化やネットワーク化を武器に、ロボットを含めた生産システムの効率化を推し進めています。また、中国などの新興国もロボット投資に参入したことで、年間のロボット導入台数ではすでに抜かれているのが現状です。そこで、日本政府もロボットを新たな基幹産業にすべく、ロボット革命と銘打った戦略を立てています。このロボット新戦略のアクションプランでは、開発すべき次世代技術として、人工知能やセンサー技術、機構・駆動系・制御システムのコアテクノロジーを取り上げています。こうした技術を国内の研究機関同士がワークショップなどを通じて、連携し、情報共有を図りながら競争できるよう、オープンイノベーションを促進して開発することを目標にしています。
また、これまで弱点とされてきた医療機器の承認審査の迅速化も提言するとともに、介護関係の諸制度の見直しも、検討しています。
日本を代表する3つの技術分野
ロボット技術を中心に国際競争力のある日本のメドテックですが、そのほかどんな分野が成長の見込める技術として考えられているのでしょうか?
再生医療
再生医療は病気や怪我、あるいは障害などによって失われてしまった体の組織や機能を再生・回復させる治療法です。2006年8月に京都大学の山中伸弥教授らが世界で初めてiPS細胞の作製に成功したことから、世界的な注目を集めました。iPS細胞とは細胞を培養して人工的に作られた幹細胞のことで、あらゆる生体組織に成長することができるため、皮膚や臓器を新たに作り出す再生医療への応用が期待されています。山中教授の功績によって、日本国内では再生医療への関心が高く、再生医療に使用する製品を従来の医薬品とは異なる新たな分野として定義した改正薬事法や、医療行為として提供される再生医療について定めた再生医療新法が制定されるなど、再生医療に関するルールの整備が行われています。
iPSC工学
iPS細胞の優れた点は、さまざまな組織や臓器の細胞に分化する幹細胞であることと、増殖する能力を持っていることです。この特徴を生かして、iPS細胞を特定の機能を持った細胞に変化するように誘導する研究が進められています。人為的にiPS細胞をコントロールすることができれば、怪我や病気、あるいは先天的な障害などによって機能不全に陥った細胞と入れ替えることで、機能を回復させることができるようになります。こうした研究をiPSC工学と呼ぶことがあります。
ロボット工学
ロボットアニメなどの影響からか、日本ではロボット工学を学ぶ人材が豊富に集まっています。その結果、研究開発が他国よりも進んでいるという実情があります。産業用の分野では広く、ロボットが活用されていますが、さらに医療分野や介護業界での活用を見据えるなら、幅広い研究を押し進めていく必要があります。ロボットの動きを進化させる機構学や制御工学、あるいはセンサーによる周辺認知に関わる計測工学のほか、電気・電子工学やコンピュータ工学の知識も求められます。こうしたロボット開発に必要な知識全般をロボット工学と呼んでいます。
今後メドテックへの活用が期待されている技術
日本のメドテックをさらに発展させるためには、どんな技術を磨いていく必要があるのでしょうか? とくに応用が期待される分野について解説します。
AI技術
医療分野では過去の蓄積や統計データが治療や診療を発展させる鍵になりますが、膨大なデータを解析するためにはAI技術の進化が欠かせません。人間では分析が及ばない領域まで機械学習を重ねることで、難病や新薬、新しい治療法に関する知見が得られる可能性があり、積極的にAI技術を導入する必要があります。AIによる診療が高度化すれば、医師が介在しなくても、センサーからの人体情報やAIが問診するだけで、病気の診断ができるようになる可能性があります。また、介護の分野でも、体力を必要とする作業が多いことから、ロボットが機械学習によって、経験値を積むことで、実用化が進む可能性があります。
IoT
日本政府が官民共同で推し進めるロボット革命では、ロボットをITと融合させることによって、ビッグデータやネットワーク、AI(人工知能)を活用する新しいロボットの開発が重要であると示唆しています。また現在の日本の医療システムでは病院や診療施設間のデータの共有が進んでいるとは言えません。一部で電子カルテの採用や服用している薬に関する情報の共有がはじまっていますが、今後はさらにIoTを活用することで医師にとっても、患者にとっても、利用しやすい医療情報システムを構築する必要があります。介護の分野でもICT化は業務の効率化や生産性の向上に役立つと考えられており、本格的なICTの導入が待たれています。
ブロックチェーン
仮想通貨に活用されているブロックチェーンの技術は、データの改ざんに極めて強い仕組みとして知られています。ヘルスケアにおける個人情報はとくに保護を必要とされる秘匿性の高いもので、ブロックチェーンの技術が応用できる分野として期待されています。
5G
5Gは近年実用化された移動通信の方式ですが、従来の4Gと比べ、超高速通信が可能で、遅延も少なく、また同時に多数の端末と接続できるという特徴を持っています。この5Gがメドテック分野にもたらす恩恵は大きく、遠隔地からインターネットを通じたオンライン診療も可能になります。適切な診断を行うためには、顔色や傷の状態などを高精度な4K映像などで確認する必要があります。とくに医師不足に悩む離島や地方では都市部と変わらない診療が受けられるようになる可能性があります。
メドテック投資における留意点
メドテックがさらに発展していくためには、いま以上に投資の対象として、資金が集まることも必要ですが、メドテックへの投資で留意しておく点とは何でしょうか? メドテックへの投資について解説します。
中長期的な投資
メドテックを効果的に推進していくためには、システムや医療体制をゼロから構築することができる医療法人の立ち上げや、病院の設立も効果的です。一方で、こうした投資では初期投資が大きくなるため、短期的に利益があがることは望めません。中長期的な視野で資金を回収するビジョンを持っておくことが重要です。
ベンチャー企業への投資
コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、メドテック分野への投資が急増していますが、とくに、遠隔治療の技術開発を進めるスタートアップへの投資は人気となっています。今後、ワクチンの普及によって、コロナウイルスの感染リスクが下がっても、急速に遠隔治療のニーズが下がることは考えにくく、引き続き投資の対象になるはずです。
拡大する高齢化社会
高齢化社会は引き続き拡大を続けています。とくにコロナウイルスの感染拡大は世界中で出生率の低下を招いています。そのため、少子高齢化が改善するどころか、ますますその傾向が顕著になるはずです。高齢者治療や介護が必要となると同時に、メドテックの今後の成長も見込めると考えられます。
注目度が高いメドテックの行方を注視しよう
ロボット工学を中心に日本のスタートアップ企業が存在感を発揮できると予想されているのが、メドテック分野です。投資が加熱しており、少子高齢化やコロナウイルスの感染拡大により、この傾向はしばらく続くと考えられています。今後の発展や新しい研究開発のニュースを注視し、メドテックの行方に関心を持っておくべきです。