もはや衣料ブランドだけではない。日本企業がSHEIN&Temuから学びたいこと
2024/2/29
日本においても、SHEIN(シーイン)およびTemu(ティームー)など、中国系ECブランドの名前を耳にすることが多くなりました。2018年以降、中国から多くのECブランドやプラットフォームが海外市場への進出を模索しはじめており、中国系ECの海外進出はますます加速しています。
市場分析機関data.aiが発表した「2024年版モバイル市場年鑑」によると、SHEIN(シーイン)は、2023年の全世界のショッピングアプリダウンロード数で1位を獲得しており、続いてTemu(ティームー)が2位となっています。今回の記事では、SHEIN(シーイン)およびTemu(ティームー)の強さの秘密を紐解くことで、日本企業が学べる点を探ります。
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ファストファッションに特化し、オンラインでの販売もおこなうSHEINは、海外の若い消費者層を中心に人気が上昇しています。人気の背景には、中国の最先端の衣料品サプライチェーンを基盤として、低単価で一定のクオリティを担保していることにあります。一方で、模造品を疑われる訴訟などの問題も抱えています。
売上、純利益から見るSHEINの躍進
また、先日、Executive ChairmanのDonald Tangによる投資家向けの説明では、SHEINは四年連続増収増益かつ、四年間黒字であり、さらに2023年度の当期純利益は25億USドル(約3,706億円)を突破する見込みとのことです。ちなみに、日本の「ユニクロ」を手がけるファーストリテイリングの2023年の売上高実績は約2.8兆円で、当期純利益は2,962億円※1となっております。
※1:ファーストリテイリング社IRページ引用
引用:ECDBサイト
EC企業からグローバルファッション企業へ
SHEINは、すでにアメリカとヨーロッパの若い消費者に人気のあるファストファッションブランドの一つとして成長しており、人気のある衣料品ブランドとショッピングサイトの双方にランクインしています。実際に、調査機関Piper Sandlerが発表した調査レポートによると、SHEINはアメリカで最も人気のあるショッピングサイト第2位(12%)、およびアメリカで最も人気のある衣料品ブランド第4位(3%)を獲得しました。SHEINと同じくランクインしているブランドには、NIKEやLululemonなどが挙げられます。
在庫リスクの低減、生産効率の向上を実現
具体的には、リアルタイムのファッショントレンド分析に基づいて、全てのSKU※2の新規生産量をコントロールしています。販売後も販売状況を分析し、売れ行きが良い商品はすぐに追加生産し、一方、売れ行きが予想目標に達成できないと見込まれる商品は生産をすぐに中止することで、機会損失と不要な在庫を最小限に抑えています。
これまでの、衣料品工場の生産方式は効率が低く、競争優位性がありませんでしたが、SHEINと協力することで、多くの販売業者の効率が大幅に向上しました。同時に、SHEINは取引先のサプライヤーに対して、最先端のデジタルテクノロジーを通じて支援し、傘下の各サプライチェーン全体でのオンラインコラボレーションも実現しています。さらに、これらの取り組みと、小ロット・短納期を実現する柔軟なサプライチェーンモデルにより、消費者の多様なファストファッションニーズを満たすだけでなく、衣料品業界の一般的な25%~40%の平均在庫水準を1桁%にまで引き下げています。「大量生産と大量廃棄」というファッション業界が長年向き合っている課題解決の先駆者として、在庫リスクの低減、生産効率の向上を実現しています。
※2 Stock Keeping Unitの略で、最小の管理単位のこと
ここで一例を紹介します。ZARAの最小ロットは500枚であるのに対し、SHEINの最小ロットは100枚です。またZARAの平均納期は2週間であるのに対し、SHEINの平均納期は1週間とされています。例えば、双方が同じ3,000枚を生産する場合、ZARAは500枚のSKUを6個生産するのに対し、SHEINは100枚のSKUを30個生産することになります。仮にどちらも6個中1個のSKUが人気商品になるとすると、ZARAは1つのSKUのみが人気商品となりますが、SHEINは5個のSKUが人気商品となります。つまり全く同じ生産量の場合は、SHEINの小ロット・短納期生産モデルの方が大当たりする確率が5倍ほど高くなるわけです。さらにSHEINは、商品の販売状況に基づいて24時間以内に追加生産を決定することができます。在庫回転率は伝統的なアパレル業界の5~10倍であり、デジタルプラットフォームを通じて、リアルタイムで注文情報、生産進捗、在庫状況の確認が可能です。
今回の追加投資計画は、以前に立ち上げたSupply Chain Empowerment Project(以下、SCEP)への追加投資となります。当時のSCEPには、すでに1,500万USドルが投資されており、今後5年以内でさらに5,500万USドルを追加投資することになります。今回の取り組みは、SHEINのより強固な競争優位性を築くだけでなく、業界全体のモデル変革としてのDXを推進しようとしているといえるでしょう。企業にとって、敏捷なDXサプライチェーンモデルを構築することは大きなトレンドとなりつつあり、そのなかで、SHEINはパイオニアの一角と考えられます。
プラットフォーム提供で販売事業者を支援
SHEINが、販売事業者の事業成長にコミットしている点も注目したいポイントです。例えば、ある販売事業者は、プラットフォームへの出品からわずか4ヶ月で、月間売上を約60倍※3に成長させました。また、ある販売事業者は、数ヶ月間の月間売上の達成率が200%、300%という驚異的な成長率を維持している事例もあります。SHEINプラットフォームの「ブラックフライデー」セールキャンペーンに参加したある販売事業者は、売上が10倍以上に増加しました。さらに、SHEINは今後3年間で、世界中の1万社の販売事業者が、年間売上100万USドルを突破できるよう支援し、さらに10万社の販売業者が、年間売上10万USドルを突破できるよう支援していく予定※4とのことです。この計画は、海外進出を希望する各国の販売事業者にとって、非常に大きなチャンスとなる可能性があります。
※3 「Tencentニュース」引用
※4:SHEIN公式サイト引用
一方で、直近非常に話題のTemuは、中国上海発のPDD Holdings(NASDAQ上場、以下PDD:2024年2月12日時点時価総額約1,683億USドル/約25兆円)が2022年9月に米国で立ち上げ、主に越境ECマーケットプレイス・プラットフォームを運営しています。直後の2022年末には、米国で最もダウンロードされたアプリケーションとなりました。そして、2023年2月にはカナダで、3月にはオーストラリアとニュージーランドでサービスを開始し、その後、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、オランダ、スペイン、英国などの市場に進出しました。2023年7月には日本にも上陸するなど、わずか1年足らずで世界47以上の国と地域で展開されています。2023年第3四半期にはPDDは6,884億元(約965億USドル/14.4兆円)のレベニューを達成、前年同期比93.9%増という驚異的な急成長を達成し、純利益は1,554億元(218億USドル/約3.3兆円)でした。
TemuはSHEINと大きく異なり、自社プロダクトや自社ブランドではなく、越境ECマーケットプレイスのプラットフォームを運営しています。SHEINが、主にSHEINブランドおよびサブブランドの衣料品商品を販売しているのに対し、Temuはノンブランドの低価額帯の幅広い製品を販売しています。5ドルから10ドルの価格帯のキッチンガジェットと小型電子機器は非常に魅力的で、販売事業者は、主にPDDサプライチェーンの中国企業です。Temuは、これらの中国販売事業者に「完全運営代行」のビジネスモデルを提供し、Temuの販売価格に合意した上で商品をTemuの指定倉庫に送るだけで、残りの越境EC販売運営は全てTemu側が完了させます。この方法は、中国国内の非常に効率的で低コストの製造エコシステムと物流インフラを活用できるため、低運営費と低価格の商品価格を維持することに役立っています。なお、ラストワンマイル配送のために、FedEx、DHL、USPSなどサードパーティーの物流サービス業者と提携しており、注文から製品を受け取るまでの配送期間は通常7〜15日となっています。このように、ワンステップの越境EC完全運営代行のビジネスモデルでありながら、ある程度自社ブランド運営に近いことからTemuは近年、ブランド力を高めています。現在取り扱い荷物は1日約40万個以上。その半分以上が米国向けとなっています。開示されている情報※5によると、Temuのレベニューは主に2つの部分から構成され、一つは中国側サプライヤーの納品価格と実際の販売価格の差額であり、手数料収入として計上されます。もう一つは倉庫管理、越境取引、幹線輸送から配送の物流全体にかかる費用の徴収です。
※5:在中証券アナリストレポート記事引用
また、Temuはマーケティング施策として、海外において大量に広告を出稿しています。米調査会社Bernsteinの調査によると、Temuは2023年、米国だけでのマーケティング施策に約30億USドル(約4,500億円)を支出したと推定されています。また、ゴールドマン・サックスの分析によると、MetaのFacebookやInstagramへの広告出稿費だけでも約12億USドル(約1,800億円)に上ったとみられています。中国系外資であるTemuが投入した広告費は、地元大手のAmazonやWalmartなどのECプラットフォームに並ぶ規模となっています。 さらに、2024年2月11日夜のスーパーボウルでは、CMを6回放映し、かつ追加1,000万USドル(約15億円)の景品を提供しました。業界情報によると、今回のスーパーボウル広告支出は数千万USドルを超えた可能性※6があるとしています。
※6:「FUTUBULL」引用
業界統計によると、Temu は現在、Amazon、Walmart、eBay に次いで米国で 4 番目にアクセス数の多い小売ECサイトとなっています。消費者の銀行キャッシュカード取引データを分析するSecond Measureによると、2023年5月のTemuのGMV(流通取引総額)は、米国で初めて競合のSHEINを約20%上回り、それ以来優位性は毎月拡大しています。その後、2023年9月の米国でのTemuのGMVはSHEINの2倍を超えています。しかし、残念ながら、TemuのトラフィックとGMVは依然としてマーケティングと広告予算に大きく依存しています。
Temuのトランザクションの急増に伴い、2023年度のGMVは年間150億USドル(約2.2兆円)の目標を超える見込み※7です。Temuの目標はさらに大きく、2024年度のGMV目標は300億USドル(約4.5兆円)を掲げています。
※7:「晚点 LatePost」引用
Temuは、主にその積極的なマーケティング戦略と超低価格戦略により、世界的に急速な広がりを見せています。しかし、さまざまな調査結果からも明らかなように、各国の消費者は、サプライチェーンの透明性、データプライバシー、プラットフォームと中国とのつながりに関する懸念を示しており、全くノンブランドの商品を扱うTemuからの商品購入をためらう傾向が強まっています。Temuの爆速急成長は、短期的には、価格重視の消費者がお買い得品と低価格を求めるなか、全世界のインフレ圧力やマクロ経済の不確実性の状況の恩恵を受けると思われます。低価格、送料無料、問屋などの仲介企業がいらない中国式のメリットを提供するTemuのような越境ECマーケットプレイスの出現は、世界中の小売企業にとって、利幅を維持しながら競争力を維持するための課題となっています。TemuがSHEINのような世界的人気を確立するためには、まだ長い道のりがあるとみられますが、収益性の高い親会社であるPDDおよび、Tencentテクノロジーという強力な後ろ盾が後押ししてくれるでしょう。SHEINは自社ブランド運営を重視し、ビジネスモデルをオンラインマーケットプレイスへと拡大しながら、Amazonといったライバルと競合しています。Temuの商品構成は、量販店、問屋、小売企業とある程度重複しており、超低価格帯と幅広い品揃えは、特に価格に敏感な消費者にとって魅力的に映っています。幅広い品揃えと超低価格戦略は、Amazonの市場シェアをも奪う可能性があります。更に既にAmazonで事業を展開している中国の製造業者や販売業者に対して、Temuの「完全委託販売運営代行」モデルのもと、運営リスクやコストをほとんど追加することなく、手間をかけずに新たな販売チャネルとして商品を提供することができます。
SHEIN&Temuの成功事例から日本企業が学びたいポイント
1. 徹底した顧客中心主義
膨大なビッグデータ分析のもと、顧客のニーズを的確に把握し、タイムリーに商品を開発・販売、顧客の声を積極的に収集し、速やかに商品やサービスの改善に繋げる。
2. 驚異的なスピード感
最新トレンドをいち早く取り込み、週単位で新商品をリリース、テストマーケティングを迅速に実施し、効果的な商品戦略を策定する。旧態依然とした承認・決議ワークフローから脱却し、業務フローからイノベーションすることが必要。
3. テクノロジーの活用
AIやビッグデータ分析などを活用し、より効率的な商品開発・販売・マーケティングを実現、脱プラットフォーム、独自のアプリを開発し、プラットフォームからアプリにシフトすることで、顧客体験を向上。自社のみならず、状況に応じてSHEINをはじめとする成功事例を持つ企業との協業を模索することで、ヒト・モノ・カネ・情報の効率化を目指す。
4. サプライチェーンの最適化
柔軟な生産体制を構築し、AIおよび、ビッグデータ分析を活用して、小ロット・短納期・多品種生産を実現。自社運営の実績と資金があれば、独自の物流システムをDX化させ、迅速な配送を実現する。
5. グローバルな視点
世界中の市場をターゲットに、多言語対応・多通貨対応・マルチ決済対応を実現。特に、現地の文化やニーズに合わせた商品開発と販売を実施する。
これからは、日本国内外問わず、顧客データ分析の強化、デジタルマーケティングの活用、サプライチェーンマネジメントの改善、グローバル人材の育成などを中心としたイノベーションが不可欠です。さまざまな課題を有しているとはいえ、SHEINおよびTemuの驚異的な成長は、日本企業にとって脅威であると同時に、学びたい点を多く有する存在である可能性があるかもしれません。これらの点を参考に、日本企業も独自の強みを活かした競争戦略およびDX戦略を策定・実行した上で、グローバル市場で成功していくことが重要です。サステナビリティへの取り組み、ブランドイメージの構築、顧客との長期的な関係構築、これらの点を意識することで、日本企業はグローバル市場における競争力をさらに強化できると信じています。