「COTEN RADIO」の挑戦は音声配信で終わらない。世界史データベースの提供で成し遂げたいこと

ポッドキャスト『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』をご存じですか? 2020年にニッポン放送が主催した「JAPAN PODCAST AWARDS 2019」では大賞とSpotify賞をダブル受賞。Apple Podcast ランキングでは常に上位にランクイン、と大変な人気を博しています。この屋台骨を支えているのが、メインパーソナリティを務める深井 龍之介氏。鋭い洞察力と複合的な視点のもと繰り出す軽快な歴史ストーリーは、私たちに歴史を学ぶ楽しさと意義を届けてくれます。しかし、これはただ一つの側面。COTENがこれから成そうとすることは、私たち現代人の価値観を大きく揺さぶる偉業となるかもしれません。今回は、株式会社COTENの代表取締役CEOでもある、深井氏の構想をDXの視点から紐解きます。

ざっくりまとめ

- 歴史データベースを年内リリース予定。その後、歴史を活用した各種サービスの展開を構想中。

- 歴史から学びを得られることに対する評価を、さまざまな企業から獲得済み。

- 歴史を知ることで自分をメタ認知できる。メタ認知できる人は、「自分の人生を自分で決められる」。

- 「儲かることを前提とした投資に一石を投じたい」。資本主義社会のアップデートに挑戦し、新しい資金の集め方に挑戦中。

注力したいのは、ラジオではなく歴史のデータベース化

――音声メディア『COTEN RADIO』が人気です。現状をどのように観察されていますか?

おかげさまで、経営者層をはじめ向上心が高いビジネスパーソンの方を中心に、リスナーとして支えていただいています。彼らの「“ながら聴き”したい」というニーズにがっつりハマった感があり、通勤中や運動中といった時間にお楽しみいただいていると聞きます。このように、学習意欲の高い人に支持していただいていることをありがたく思っています。

――しかし、主力事業として構想するものは、また別にあると聞きます。

3500年という膨大な歴史をデータベースに落とし込むことを進めています。これを軸に、あらゆるサービスの展開を構想しています。
いま、開発を進めているのは、歴史の年表化です。こちらはプロトタイプですが、左に「戦争」「人物」「発明」「文化」といったカテゴリー別に色とタグが付けられ、それらが年表上にプロットされています。ここからドイツの宗教改革者である「ルター」をクリックすると、右側にルターに関連するさらに細かい年表が表示されます。このように一つの事象にいろいろなタグを付けることで、情報をどんどん集約させています。

これが完成すると、たとえばイギリスのエリザベス1世の時代に、日本ではどういう人が何をしていたのかを並べて表示させることができます。「発明」を選べば技術がどのように変遷したのかが分かりますし、「戦争」も一緒に表示させたら、どの技術が出てきたあとにどんな戦争が起きて、どんな兵器が使われたのかも分かる、という具合です。GDPの情報と気温情報を表示させれば、「気温が下がってくると、中国では北方民族が攻めてきて戦争が起こりがちだよね」という傾向も見えてきます。このように、歴史書には記されていないことにも気づけるようになると考えます。

――データベースの次は、サービスの展開ということですが、すでにイメージはありますか?

たとえば「経営」です。私たちは企業の研修を請け負うことがあるのですが、ここでの取り組みを通して、すでに手ごたえを感じています。

一つは、上場企業のエグゼクティブを対象としたものです。彼らに歴史のケーススタディを示し、会社の現況とどこが似ているのか、このまま推移すると会社はどうなるのかを考える機会を提供しています。そこから転じて、次は幹部として誰を組成するとよいのか、次の社長は誰がよいのかといった経営の重要課題について話し合う場としてご活用いただいています。

30代半ばの私が上場企業の社長や幹部に「このままだとこうなりますよ」って言ったところで全然響きませんが、歴史の話をすると「確かに……」と納得されて、ご自身の立場や組織の現状を俯瞰できるようになります。これは、何千億円もの売上を上げる企業の経営陣にとって研修コストの何十倍もの価値があると思っています。

もう一つは、大企業の社員の方を対象とした研修です。たとえばですが、「女性の権利」をテーマに、女は家庭に入るべきという考えが、どの時代のどの地域で生まれたのか、それはなぜなのかをお話しています。参加者は自分の考えが生まれたルーツを理解できるので、価値観の変容が起きるんですよね。実際、「社内で講習会を開きました」という動きも出てきています。

こうした企業向けの内容をはじめ、教育領域などもサービス化できると考えています。

経営者の判断力は、「歴史」によってさらに磨かれる

――深井さんが歴史データベースをつくろうと思われた背景には何があるのでしょうか?

COTENの仕事があまりに儲からないので、複数の企業で役員を務め、その報酬をCOTENの事業に充てていた時期がありました。このとき感じたのは、「経営者は誰もが才能とエネルギーにあふれている」ということです。その一方、彼らに私と同じ量の歴史の知識があれば、判断力はもっと磨かれるはずなのにもったいないと感じる部分もありました。たとえば、企業理念も「歴史」を知って考えるのと、経営者の30年の「経験」だけで考えるのとでは、深さが違います。ただ、そういって私が歴史を学ぶよう薦めたところで勉強する人は滅多にいません。だったら、その人にとって必要な情報を得る方法としてデータベースをつくったらどうか、という発想につながりました。AIを駆使すれば、やってやれないことはありません。そう思って着手しはじめた、というのが経緯です。

――ローンチのタイミングが気になります。いつごろを予定されていますか?

今年中のパブリックリリースを考えています。まずは年表のデータベース、その次にマップの実装を進める予定です。ここまで完成すれば、情報集約装置としてのベースが整うので、再来年あたりからは、個別のサービスへとつなげていくイメージです。とはいえ、ビジネスモデルはまだ固まっていません。ですが、私たちのミッションはデータベースをつくり続けることだと思っているので、サービスはその領域に特化した事業者と組んで考え、完成後はそのまま売却してもいいかな、と思っています。

COTENはDXで、人類のOSのアップデートを加速させる

――このたびミッションを『メタ認知を高めるきっかけを提供する』に刷新されましたが、この「メタ認知」とは何でしょうか?

自分はどういう系譜にあり、いま、どのような状況に置かれているのかを理解することです。自分や社会を俯瞰し、自分の価値観がどこで形成されたのかをメタ認知によって知ることができれば、自分の人生をさまざまな選択肢のなかから選べるようになります。

『COTEN RADIO』も、企業での研修活動も、私たちからすると、まさにメタ認知を目的としたものです。ラジオリスナーにも、自分の人生に起こっている事象が、どういう経緯で起きたのか、とメタ認知したい人が多いと感じます。私たちの新しいミッションは、物事を俯瞰して捉えることへの価値が、社会的に高まっている状況に対する私たちなりのアプローチです。

――メタ認知へのニーズの高まりには、どのような背景があると捉えていますか?

自分の人生を自分で決めなければいけない時代に突入していることが挙げられます。フランス革命で「自分の人生は自分のものだ」という概念が叫ばれたのですが、そこから200年間かけてようやくそんな社会になりつつあると感じます。つまり、「自分の人生を自分で決められない人は、幸せを感じられなくなる」ということです。性自認をはじめ、結婚するか否か、子どもを持つか否か、お金はどのくらい稼げばいいのか――。50年前の人はこれらを考える必要がありませんでした。ただ結婚すればよかったし、子どもも産めばよかった。ですが、いまはすべてを自分で選べるようになっています。フランスの哲学者であるサルトルが「自由の刑に処せられている」と言いましたが、まさにそれです。分からないのに選ばなければいけないのですから、つらいですよね。そんな時代が今後30年ぐらい続くと私は思っていますが、歴史を学んで自分をメタ認知できるようになれば、選択基準を持てるようになるので、こうした悩みからも解放されるようになると思います。

このグローバリゼーションの時代を、私たちがどれだけ俯瞰したって大したことはできません。私たちのいまの社会は、人権と資本主義と民主主義がベースになっていますが、君主制や古代ギリシャの民主制を歴史から学んで、初めて資本主義社会とは何かがよく分かるわけです。そのなかで自分にとって何が大切なのか、どの情報を無視していいのか、を見極めることがすごく大切になると思います。

――日本人は「自分で選ぶ」ことを苦手にしているところがありそうですよね。

あると思います。でも、いまの社会のあり方は西洋のとある時代に生まれた一つの概念に過ぎません。私たちはメタ認知さえすれば、それを踏襲するかどうかを自分で決められるんです。「社会でよい考えとされていることに追従しなければいけない」というのが、現代人のOSになっていますが、踏襲する必要さえないと実は思っています。

――ここまでお話を聞いていると、COTENは歴史のDXによる人類のOSのアップデートに挑戦しているように感じます。

時代的にOSは自動でアップデートされそうです。ただ、私たちの存在によってそれが10年くらい速くなるかもしれません。小さな変化かもしれませんが、そうなるとちょっとだけ面白くなりそうですよね。

資本主義社会のアップデートに挑戦。新しい資金の集め方に挑戦中

――COTENの目指す社会の実現にあたっては、当然資金も必要になりますよね。

最低でも20億円いるので、これをどのようにして集めるか――。私からすると、いままでお話してきたとおり、「歴史のデータベース化は人類にとって有益なんだから、お金集まれよ」くらいに思っているんですが(笑)。あの手この手で「儲かります」って話さないと集まらないこと自体が現代社会の欠陥と捉えています。繰り返しになりますが、歴史をさかのぼっても資本主義社会は人類のデフォルトではないので、この社会に合わせてつくる必要がないんです。フランス革命から200年が経ってようやく変わろうとしているいま、「新しい人類は歴史データベースをどう判断するだろうか」という基軸で考えると、きっと「必要」と答えてくれると思っているんですよね。ですから、その基軸で理解できる人が資金を出せばいいし、理解できないなら出さなければいいと思っています。その結果、COTENがつぶれたとしても「時代の読みが少し早かったね」っていうだけの話です。

――しかし、COTENのその考え方に賛同する個人や企業が少しずつ集まっていると聞きます。

COTEN CREWと呼ぶ、法人・個人から資金を募る取り組みをしています。法人サポーターには月5万円から拠出をお願いしていますが、現在、上場企業から個人会社まで40社近くがサポートしてくださっています。仮に1,000社がサポーターになってくれたら月に5,000万円、年間6億円が集まる算段です。そうなると3年ぐらいでデータベースが出来上がることになります。数千年間にわたって誰しもが体系的に整理しなかったものが、たった1,000社が協力すれば3年間で完成することになります。

COTEN CREWの皆さんには、「COTENを応援したい」という純粋な動機ももちろんありますが、その多くが、「お金儲けができると分かっていることだけにお金を出すことは非合理的だ」という概念をお持ちです。こうした動きを見ても資本主義の欠陥みたいなものは見え隠れしています。その欠陥を超える答えが何かはまだ分からないものの、これが社会実験として行われていることに、価値を感じている人も少しずつ生まれていると感じています。

COTENはこうした活動を通して、一人ひとりが自分らしく生きていける社会の実現を目指しています。今後の展開への期待と関心を多くの人に持ってもらえるとうれしいです。

深井 龍之介

株式会社COTEN 代表取締役CEO

複数のベンチャー企業で取締役や社外取締役として経営に携わりながら、2016年に株式会社COTENを設立。ミッションに「メタ認知を高めるきっかけを提供する」を掲げる。世界史データベースを開発中。COTENの広報活動として「歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)」を配信。Japan Podcast Awards2019で大賞とSpotify賞をダブル受賞。Apple Podcastランキング1位を獲得。

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