米ナスダック市場にDe-SPAC上場へ。コインチェックの軌跡と展望を追う

日本国内における仮想通貨・暗号資産取引所の先がけとして知られるコインチェック。2018年よりマネックスグループの一員となってガナバンスおよびコンプライアンスを強化し、2022年には米ナスダック市場へのDe-SPAC(※1)上場を予定しています。
テクノロジーの発展があったからこそ生まれた「新たな価値交換」は、どのように変化し、どんな課題を抱えているのか。コインチェックに創業期から携わり、現在はコインチェック株式会社で執行役員を務める大塚 雄介氏に、暗号資産の魅力や今後の展望についてお話を伺いました。

※1 De-SPAC:株式新規公開(IPO)された特別買収目的会社(SPAC=Special Purpose Acquisition Company)が買収対象会社と合併する一連のプロセスのこと。

ざっくりまとめ

- ガバナンス・コンプライアンスの強化を図るために、マネックスグループの子会社となった。マネックスは、ITはもちろん新しい技術に対しても柔軟なカルチャーを持っていたため、非常に親和性があった。

- マネックスグループの一員となったことで、経験豊富な人材を採用でき、人材のバラエティが豊かに。米ナスダック市場への上場後、グループ成長戦略におけるコインチェックの役割は変わらない。

- Web3.0時代の到来において、事業を自分ごととして捉えている視座の高いエンジニアを社内に抱えているのが最大の強み。

- 今の時流はチャンス。個の時代に沿った事業設計で、暗号資産市場を拡大していきたい。

マネックスグループ入りの理由

——御社は2018年4月に、マネックスグループの完全子会社となりました。直前のNEM流出事件は大きな話題となりましたが、どのように再スタートを切ったのでしょうか?

資産流出に関してはただひたすら真摯に受け止め、淡々とやるべきことを進めてきました。今でも常に再発防止に取り組んでいます。    

また、マネックスグループ入りを決定した大きな理由の一つに、組織としてのコンプライアンスとガバナンスを効かせたかったことがあります。コインチェックの良いところであるオープンでフラットな風土や迅速な意思決定というベンチャー気質な部分を残しつつも、これからは組織としてのガバナンスを保って経営していきたいと考えました。同時に、組織としての牽制関係が効いているかを内部監査室がしっかりチェックし、コンプライアンスを強化することも必要でした。

——他の金融機関からも打診があったのではないかと思いますが、なぜマネックスグループを選ばれたのでしょうか?

マネックスグループは、金融業界では比較的新しく、金融の自由化が進むなかで歩んできた会社ですし、またその背景にはインターネットの普及がありました。そのため、新しい技術に対してかなり寛容でした。当時は時間が限られた中でパートナーを探さなければいけないという制約があった中で、どこよりも迅速に意思決定をして動いてくれたことが大きかったと思います。

我々の事業は、インターネットはもちろん、オープンソースというカルチャーを理解しながら進める一方で、金融ならではの厳しさも両立しなければいけません。そのバランスを強く意識しながら再スタートを切りました。

——オープンソースのカルチャーと金融業の価値観は、一見相反するようにも思えますよね。

当時、社内でよく話していたのが「二項の対立ではない」ということでした。A to Bではなく、A and Bにするための議論を重ねなくてはいけない、と。

ですから、コンプライアンス基準を守りつつ、オープンソースのカルチャーを両立させるにはどうしたらよいかが当時の一番の経営課題でしたし、私自身も気を遣った点です。

人材の厚みが出た子会社化。マネックスグループの一員として、組織体制を強化

——マネックスグループに参画して3年、どのような変化が見られましたか?

人材のバラエティが豊かになり、層に厚みが出たと感じています。例えば、コンプライアンス人材は金融・法律の分野において知見があるベテラン層で、スタートアップが単独で採用するのは難しい傾向にあります。ですから、マネックス経由でそういった方に入社してもらえるメリットは大きかったですね。また、ベンチャーにありがちなのが、社会経験の薄さからくるハレーション。以前の我々に足りなかった「大人な振る舞い方」という部分も学べる環境になりました。

社内カルチャーの変化については想定内でした。2018年当時は社員70名だったのが、現在は200名。ですからカルチャーが変わったとはいっても、そもそもフェーズが変わる段階だったので、ある程度は当たり前と考えていました。もっとクレイジーな挑戦をすべきというご意見をいただくこともありますが、一定以上の規模感を持つ企業は社会的な見られ方も意識しなければいけないと思います。

——そんななか、米ナスダック市場への上場を目指すことを発表されましたね。

マネックスグループの完全子会社としてコインチェックグループという会社を設立して、コインチェックグループがDe-SPAC上場を目指すものであり、グループ成長戦略におけるコインチェックの役割は何ら変わりありません。

会社を永続的に成長させるため、また暗号資産・ブロッックチェーンという新たな分野の社会的な地位を高めるためにも、間接金融から直接金融に変えることは効果的ではないかとずっと考えてきました。上場することで、金融市場から資金を得られるのは大きなメリットですし、ガバナンス面でも複数株主を含め議論していくほうが公共性も高くなります。そのためにも、株主の方々に暗号資産について理解を深めていただけるよう、アカウンタビリティ(説明責任)を果たしていく必要があると心を引き締めています。

Web3.0時代の到来において、視座の高い社員を擁するのが最大の強み

——御社の強みはどんな点だと捉えていらっしゃいますか?

国内市場に対する強みは、初心者でも取引しやすいUI/UXと豊富な商品の取扱いですね。新しい分野ではまだ理解が進んでいないので、「簡単にできる」ということは大きな武器になると考えています。また、当社は暗号資産だけでなく、それらによって、預かり資産4,800億円超(2022年3月末時点)という最大級の顧客数を擁するなかで、ブロックチェーン時代の新しい価値交換を実現するサービスをどう提供していけるかを常に考えています。

そして、未知の分野において対応できる社員を多数抱えています。

——対応できるとは、技術力という意味でしょうか?

それもありますが、大事なのは自ら動く姿勢。例えば、弊社には、言われたからつくる、というエンジニアはいません。ただコードを書くスタンスではなく、ビジネスにどう落とし込めるかを考えられるエンジニアが多いことが特長です。メンバー全員が事業を自分ごととして捉えているからこそ、一人ひとりがもたらしてくれるインパクトも大きくなっていると思います。

マーケティング担当者もSQL(※2)を書けて、ダッシュボードを作成できる前提の人材採用をしています。単に広告代理店に依頼して運用するのではなく、自ら設計しながら必要な数字を測ることが求められます。

※2 SQL:Structured Query Languageの略。データベース言語の中で、最も普及している言語の一つ。

——それだけ数字を重視されているということですね。

はい。最近、Web3(※3)という言葉が話題ですが、このような未知の世界に向かって事業を開拓する際は、そもそも参考にする数字が少ない。定量データではなく、雰囲気で進めざるを得ないという部分ももちろんあるのですが、それでも数字で落とせる部分はなるべく落としていきたい。その結果、はっきりとした目標設定ができるので、フェアな社内の意思決定につながります。ただ、新しい分野・技術・事業においては、特に正解があるわけでもないため、何回も修正を繰り返しますし、検証しながら最適解を紐解いていくことを大事にしています。

※3 Web3:デジタルシフトタイムズでは、「Web3」と「Web3.0」を文脈に応じて表記をわけております。Web1.0、Web2.0など、Webトレンドとしての延長線上の場合は「Web3.0」、仮想通貨や暗号資産、ブロックチェーンのリブランディングとして用いられる文脈の場合は「Web3」としております。

——検証を進められるなかで、どのような意思決定の必要性を感じられていますか?

大きく分けて二つあげられます。一つは新しいムーブメントへどう向き合うかです。直近ですとWeb3というワードがバズワード化していますが、我々の事業領域では、既に分散型のサービスが多数存在しており、それらのサービスが存在感を強めていると感じています。一見すると分散型は、会社という中央集権的な組織を持つコインチェックとは相反する存在です。将来的には全てのサービスが分散化されるような時代が来る可能性もありますが、現在、コインチェックとして、中央集権型と分散型が共存していくのではないかと考えています。Web3と言われる分散型のサービスがつくるデジタル経済圏の接続部分をコインチェックのような暗号資産の取引所・販売所が担う「デジタル経済圏へのゲートウェイ」になること目指しています。

また、それらの新たな領域にチャレンジする若者などを支援することで伸ばしていきたいと考え「Coincheck Labs」というスタートアップ支援活動を行っています。コインチェックとしては常に最先端の動きを見ながら、ベストなバランスや協働をタイミング逃さず判断していきたいです。

もう一つはブロックチェーンの新ジャンル、NFT(非代替性トークン)へのチャレンジです。今やWeb3の中心的な技術とも言われていますが、音楽やアートといった文化的側面の強いものにまで活用できるという特長があります。それに対してどう取り組んでいくのか。単なる技術の話ではなく、世界観をつくっていくことが大事だと考えています。

今の時流はチャンス。個の時代に沿った事業設計で、暗号資産市場を拡大したい

——国内の動きに合わせ、計画されている事業などはありますか?

DXの側面では、コロナ禍でオンライン化が加速したことをリスクではなくチャンスとして捉えています。弊社でも、働き方やセキュリティを考え直した結果、株主総会のオンライン開催を支援するSharely(シェアリー)というサービスを始めました。法律が変わり、総会の開催がオンラインでも可能になったことを受け、始めたサービスです。世の中とテクノロジーがガラリと変わった2年でしたが、それらのチャンスを見極めて、タイミングを逃さないことが事業展開では大事だと考えています。

また、岸田政権の政策の中にはWeb3などが盛り込まれ、規制緩和も始まっています。このテクノロジーを自社に組み込んでいくこと自体がチャンスだと思いますし、推進していきたいです。

——暗号資産の普及は、個人に対してどのような影響と変化を与えたと考えられますか?

何となく怪しく感じられていても、Web3と言うとポジティブに捉えられるようなリブランディングが勝手に起きたのが、この数年の時流だったとポジティブに捉えています。NFTに対しても興味を持つ方は確実に増えていますし、暗号資産に対するイメージも変化しつつあると考えています。

Web3によってインセンティブや働き方に対する価値観もガラリと変わりました。例えば、トークン(※4)を活用してインセンティブを設計することによって、プロジェクト単位で人が働くこともその一つ。個々の空いている時間をうまく活用し、社会的な肩書きにとらわれずにプロジェクトに参加して稼ぐという意識が強まっています。組織に属する必要性が低くなり、会社選びは給料ではなく、興味のあるカテゴリや成長実感という人も増えています。今や、英語・クリプト(※5)・プログラミングができる人は無双状態ですよね。

我々はオープンサイドであるからこそ、イーサネット上でなんでも知られてしまいますし、隠しごとはできません。スラングやコミュニティの変化をキャッチアップし続ける必要もあります。

※4 トークン:一般的にブロックチェーン技術を利用して発行された暗号資産や仮想通貨のこと。
※5 クリプト:暗号という意味で、一般的に暗号通貨の意味合いで表現される。


——未来の新しい金融社会において、事業者にはどんなチャンスがあると考えられますか?

市場が大きくなるためには一般消費者の理解だけではなく、トークンを発行する企業が増えなければいけません。そのために一番重要なことは、発行企業のなかに、暗号資産に詳しい人がいるかどうか。よく新規参入したいという協業のご相談もいただくのですが、その企業にクリプトの流れなどの基礎知識を持つ方がいないと厳しいのが実情です。この業界は金融や法律、テクノロジー、カルチャーなど全部を理解する必要があって、言ってみれば総合格闘技的な面もあり、覚えないといけないことが多く、仕事としてすると結局は途中で頓挫するケースが多いと思います。成功している企業は、担当者が自身でトークンを購入していたり、クリプトがどう動いているかなど、常に自身が体験をしながら興味を持っている人が多いところです。その上で、トップの方も理解しているとうまくいくでしょうね。

現時点では税務的に進めやすいシンガポールやドバイで事業を興すケースが多く、自由な人ほど強い。一方で金融側面やガバナンス的に強くない立場にいる若い人たちがチャレンジするのを中間的な立場の我々がサポートすることで互いの成長機会になるのではと考えています。

大塚 雄介

コインチェック株式会社 執行役員

株式会社ネクスウェイを経てレジュプレス株式会社に参画(2017年4月 コインチェック株式会社に社名変更)。2014年2月に取締役に就任。2018年4月に同社がマネックスグループ株式会社の子会社となると同時に執行役員に就任。2021年4月より、執行役員として、マーケティングや広報、株主総会支援事業などを統括。2022年1月より、Web3.0時代を牽引するスタートアップを支援する「Coincheck Labs」を立ち上げに従事。

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