メタバース上のファッションはヒエラルキーを超える。アンリアレイジの挑戦を追う<後編>

2022年3月24日から27日の期間に開催された「メタバースファッションウィーク(※1)」に、日本のファッションブランドとして唯一の参加を果たした「アンリアレイジ」。昨年公開された映画『竜とそばかすの姫』では主人公すずのアバター「ベル」の衣装をデザインしたことで大きな話題を呼びました。さらに同年に開催された2022年春夏のパリコレクションでは、その手がけた衣装をリアルとバーチャルの世界で作品として発表するなど、既存のファッションの枠組みにとらわれない活動で業界に新たな風を吹き込んでいます。後編では、アンリアレイジが最先端のテクノロジーを取り入れ続ける理由や、メタバースの台頭で拡張するファッションの概念について、デザイナー 森永 邦彦氏の考えを伺います。

※1 メタバースファッションウィーク:VRプラットフォーム「ディセントラランド」を舞台に開催されたファッションイベント。「ドルチェ&ガッバーナ」、「エトロ」、「トミー ヒルフィガー」など人気の50ブランドが参加した。

ざっくりまとめ

- ハイブランドとファストファッションでは品質の差があるため、ブランド価値によって大きな価格差が生じているが、NFT作品になって品質の概念がなくなっても、その価格差は生じると森永氏は予想する。

- アンリアレイジがテクノロジーを積極的に取り入れる理由は、2014年から参加しているパリコレの場で勝負するため。歴史と伝統を持つブランドと差別化を図るためにテクノロジーを活用している。

- メタバースは、既存のファッション産業が持つしきたりや伝統が一切ないフラットな空間。現実世界とは異なる、新しいファッションの概念が生まれる可能性がある。

ハイブランドの価値はNFTでも発揮されるか?

——今後、多くのファッションブランドがメタバースに進出することが予想されますが、その逆パターンもあり得るでしょうか? 例えばRTFKT(※2)のようなブランドがリアルのスニーカーを販売するとか。

※2 RTFKT(アーティファクト): 2020年1月に設立されたNFTブランド。過去に限定600足でリリースしたバーチャルスニーカーは7分で完売し、総額310万ドル以上を売り上げた。現在はナイキの傘下にある。

私はリアルのファッションからバーチャルの世界に行ったので、その感覚は理解できますが、逆にNFTブランドがリアルの製品を出す可能性は少ないと考えています。今、多くの人は円やドルをわざわざ金に換金しません。お金はそれだけで価値があると皆が認識していますから。いずれNFTもそうなると思います。今はメタバースが誕生したばかりなのでNFTと現物が紐づいているほうが安心ですが、いずれ時間が経てば「今さら現物と紐づいているモノなんて」という認識になるかもしれません。デジタルデータの流通量が増えれば、「NFTだけ持っていれば十分」という時代が来るのではと考えています。

個人的に興味があるのは、ハイブランドがNFTに進出したときの価値はどうなるかということです。例えばTシャツでみても、ルイ・ヴィトンとファストファッションでは数十倍、ものによっては数百倍の価格差があります。それはリアルの世界では多少なりとも品質の差があるからですが、メタバース上でも同じ価格差になるのかに興味があります。私は現実世界のブランド価値はメタバース上でも反映されると考えています。

品質に差のないデジタルデータになっても、例えば現実世界でルイ・ヴィトンに憧れている人は、メタバース上でもルイ・ヴィトンのNFT作品に高い価値を見出すと考えています。だからこそ、メタバース上であればファストファッションでは実現できない、本来のブランド価値を発揮して勝てるようになるかもしれません。

パリの伝統的なブランドに勝つために最先端のテクノロジーを導入

——設立以来、アンリアレイジが先進的なテクノロジーを取り入れ続けている理由を教えてください。

きっかけは2014年に初めて参加することになったパリコレクションです。ヨーロッパの歴史と伝統を持ったブランドに打ち勝つために何が必要だろうと考え、誰も使ったことのない分野を武器にすれば戦える可能性があると考えました。そこから積極的にテクノロジーを取り入れて発表していこうと。ブランドの根幹にあるのは「日常」と「非日常」の間というテーマです。そのためにはファッション産業だけを見ているのではなく、今の社会や時代が向かっていく先に必要な技術、今であればメタバースやNFTがそれにあたると思いますが、それらを理解して取り入れていかなければならないという気持ちがあります。

——常に社会や時代とリンクしてファッションを捉えているんですね。

ブランド名の「ANREALAGE」とは「A REAL」「UN REAL」「AGE」の造語であり、時代性は特に重視しています。ファッションの世界は移り変わりがとても早く、10年前の非日常が日常になっていたり、10年前の日常が非日常になっていることもあります。その時代、一瞬一瞬の正解があるようで、それが絶対ではない。ずっと両極を行き来しながら、絶対性を持たず時代によってスタンスを変えていきます。

かといって芯がないわけではありません。「日常」と「非日常」の間という芯を大事にしながら、その時代における少し先の非日常を、ファッションを通じて日常にしたいという想いがあります。ですから極端にいえば、大多数の人がメタバースやNFTをやっていたら私たちはやらないでしょう。今はそれらがまだ少し非日常なので取り入れているわけです。

——新しいトレンドを矢継ぎ早に打ち出してサイクルをまわすという大量生産・大量消費のファション産業のあり方は、SDGsの時代において変革を求められています。デジタルの普及によって産業のあり方は変わると思いますか?

これは「販売」と「ものづくり」の面で分かれると考えています。バーチャルな服はどれだけ売っても、どれだけ買ってもモノとしての総量は増えないので、ある意味サステナブルでしょう。けれども、人間の欲はデジタルデータだけで満たされるものではないので、リアルの洋服が減っていくのかと聞かれたら疑問が浮かびます。やはり、それとこれとは別だろうと。

ただし「ものづくり」においては、話は別です。ファッションの世界では、これまでと違う新しい素材や手法を使う際には、何回もテストを重ねて多くの試作品をつくる必要がありました。しかし、ものづくりを全面的にデジタル化することで、そういった大量の試作品が不要になったことはサステナブルといえるでしょう。世に出ることのない生産過程の衣服ロスが消えているわけです。

それが根本的な解決かどうかは別問題だと思っていますが、現物でのシミュレーションがかなり減っているので、少なくとも今までよりは無駄を削減できます。

ヒエラルキーのないメタバースで、ファッションという概念は拡張される

——現在、ファストファッションが隆盛を極め、2015年頃には「ノームコア(※3)」という「究極の普通」を意味する造語がファッショントレンドにもなりました。アンリアレイジのクリエイションとは相反するように見えるこれらの潮流についてどうお考えですか?

※3 ノームコア:「Normal」と「Hardcore」を組み合わせた造語。奇を衒わず普通の着こなしを追究するスタイルのこと。

私たちの根幹には「非日常」が含まれます。日常を保つためのファッションをもちろん否定する気はありませんが、少し人と違う驚きを生み出したり、何か違う世界を見せたりするファッションをやりたいと考えています。ですので、あらゆるものがフラットになればよいとは思っていません。一方で「フラット」という概念は、メタバースの世界だとまったく違う意味を帯びてきます。ファッションにはどうしても格差を象徴する側面がありますが、メタバースのフラットさはそんなヒエラルキーを超えた新しさがあると感じています。それはそれですごくファッション的だなと。

——「ヒエラルキーを超えた新しさ」といいますと?

メタバース上ではその人の性別も国籍も体型差も超えたファッションを実現できます。また、ショーの側面でも変化が生じています。例えばパリコレを現地で観覧できるのはファッションの世界のごくごく限られた一部の人だけです。一般人は会場に入ることすらできない。けれどもメタバースファッションウィークは基本的に誰でも見られる世界です。会場となったVRプラットフォームの「ディセントラランド」に登録さえすれば参加できます。現実のファッションショーでは「客席の最前列にはこの人を座らせないといけない」といった伝統的なルールがあります。そういった保守的な決まりを文化価値として守り続けているのがパリコレですが、メタバースの世界にそんなものはありません。誰がどこで自由に見ても許される。そこに新しさを感じます。

——では最後に、アンリアレイジの今後の展望について教えてください。

今はファッションの概念が拡張しているタイミングだと思っています。リアルでもバーチャルでも、ファッションの中心には必ず人がいます。場があって人が集まるとコミュニケーションが生まれ、そこで求められるのはファッションだと思っています。洋服を着ることはもちろん、SNSのアイコンを変える行為も装いです。現実世界に加えてメタバースという新しい日常が生まれた今、ファッションという概念を拡張できるタイミングが到来したと思っています。

まだまだメタバース上のビジネスは黎明期です。ファッションに携わるブランドとしてそんな黎明期を実体験しながらトライできているのは貴重だと思います。オートクチュール(仕立て服)のような一点モノをデジタルでも証明できるようになったことで、新しいビジネスの仕組みが生まれました。ここに大きな可能性を感じます。

——「ファッションの概念の拡張」ですか。

現実世界ではあり得ないメタバース上のファッションを見て「あれはファッションではない」といって否定するのは簡単ですが、私は新しいファッションの概念として捉えていきたいです。今はメタバースも産業として盛り上がってきているので、これからもファッションの概念を拡張するような作品を手がけていきます。

森永 邦彦

株式会社アンリアレイジ デザイナー

1980年、東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。アンリアレイジは、ファッションは日常を変える装置と捉え活動するブランド。「神は細部に宿る」という信念のもと作られた色鮮やかで細かいパッチワークや、人間の身体にとらわれない独創的なかたちの洋服、ファッションとテクノロジーを融合させた洋服が特徴。2003年にブランド設立。2005年東京タワーを会場に東京コレクションデビュー。2014年よりパリコレクションへ進出。2019年第37回毎日ファッション大賞受賞。2020年 伊・FENDIとの協業をミラノコレクションにて発表。2021年ドバイ万博日本館の公式ユニフォームを担当、同年、細田守監督作品『竜とそばかすの姫』で主人公ベルの衣装を担当。

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