【中国デジタル企業最前線】中国デジタル巨人に学ぶ、事業変革のススメ前編 -バイトダンス・バイドゥ-

コロナ禍以降、日本企業のデジタライゼーションは大きく進みました。ところがDXの本質でもある、事業変革の成功事例はまだまだほとんど見当たらないのが実情です。そんな日本企業を尻目に、大胆なデジタルシフトを進めているのが中国企業。中国版GAFAと言われている「BAT」や「TMD」※をはじめとし、すでに大きな成功を収めた企業も、その地位に甘んずることなく、常に新たな戦略を仕掛けています。そんな中国企業の最新動向から、DXのヒントを探っていく本連載。今回は、バイトダンス、バイドゥ、アリババ、テンセントの取り組みを前後編でご紹介します。

※BAT:B=Baidu、A=Alibaba、T=Tencent
 TMD:T=Toutiao(Bytedance)、M=Meituan、D=DiDi

ざっくりまとめ

- 世界で最も人気のSNSアプリ「TikTok」は、EC機能をさらに拡充。アプリ上での決済も可能に。

- 2021年度のライブコマース目標流通総額は8兆円。いずれはペイメント事業への参入も。

- 検索大手バイドゥは創薬事業に参入。傘下の百図生科は数億ドル規模の資金調達に成功。

- バイドゥ創業者である李 彦宏氏のリーダーシップのもと、関連領域へのさらなる投資が見込まれる。

全世界ダウンロード数No.1。絶好調TikTokの次なる一手とは?

バイトダンスが手がける「TikTok」(中国国内では「抖音」)は、今や名実ともに世界で最も人気のあるSNSアプリの一つです。2021年上半期もその勢いは衰えず、App StoreとGoogle PlayでのTikTok及び抖音のダウンロード数は3.83億回。全世界ダウンロード数No.1アプリの地位を守りました。さらに7月には、2014年1月からの累計ダウンロード数が、30億回を突破。これまで30億のダウンロード数を超えたアプリは「Facebook」「Instagram」「Messenger」「WhatsApp」の四つのみ。これらがいずれもフェイスブックグループ傘下のアプリであることを考えると、TikTokの達成が歴史的快挙であることが分かるでしょう。

また、TikTokは収益面も非常に好調です。バイトダンス本社の関係者によると、2020年度の同社の中国市場での広告収入は1,830億元(約3.05兆円)。そのうちの約60%は抖音によるものとされています。つまり、抖音は年間で1,098億元(約1.83兆円)の広告収入を稼ぎ出しているのです。収益のもう一つの柱であるアプリ内購買の成長も止まりません。市場調査機構Sensor Towerによると、2021年度上半期におけるアプリ内購買の売上は約9.2億USD(約1,012億円)。前年同期比から74%の成長で、グローバルエンタテイメントアプリカテゴリーではNo.1の収益です。
目覚ましい成長を続けるTikTokが、次の一手として狙っているのがEC事業の拡大です。これまでもEC機能はあったものの、外部のECサイトへと飛ばなければ決済できないことが、ボトルネックとなっていました。そこで現在、TikTokがShopifyなどと連携してグローバルで進めているのが、決済をはじめとしたあらゆる購買行為をアプリ上で完結できる新たなEC機能の実装です。

実際に2020年にはアメリカで、ウォルマートとともにTikTok内で決済までを行えるライブコマースをテスト。2021年にEC機能が実装されたインドネシアとイギリスでも、同様のテストがスタートしています。こうした新たなEC機能による決済プロセスの簡略化が実現すれば、コンバージョン率は大幅に向上するはずです。TikTokのEC機能拡充は、出店する企業側にとってもメリットがあります。従来の「TikTok+独立ECサイト」というビジネスモデルでは、独立ECサイトの運営だけで大きなコストがかかっていたためです。TikTokで買い物が完結するようになれば、こうしたコストは不要になります。そもそも独立ECサイトを持っていなかったり、ECモールに出店できていなかったりする中小企業にとっては、EC事業への参入障壁を下げることにもなります。TikTokはコンテンツマーケティングをしながらEC参入を試すことができる魅力的なプラットフォームになるはずです

ライブコマースの目標流通総額は8兆円規模。いずれはペイメント事業に参入する可能性も?

中国市場におけるバイトダンスの事業柱は、ライブコンテンツ、ライブコマース、広告の三つですが、今後はさらにライブコマースへの注力を進めていくでしょう。バイトダンスは、抖音の2021年度の広告収入における目標値を2,600億元(約4.34兆円)に設定。対してライブコマースの目標GMV(流通総額)は5,000億元(約8.34兆円)とされています。つまり、ライブコマースGMVは彼らの最重要KPIなのです。

とはいえ、ライブコマース市場にはライバルも少なくありません。YouTube、Snapchat、Instagramといった大手各社がTikTokの成功を模倣し、類似のライブコマース機能の実装に向けて動き出しています。中国のKwaiやインドのMojといった新興勢力の成長も著しい。こうしたなかでバイトダンスグループが競争力を維持していくためには、さらなるイノベーションが求められます。なかでも筆者が着目しているのは、コンテンツの信頼性をいかに高めるか、という観点です。分かりやすい例でいうと、ヘルスケア製品を売るのであれば医療関係の資格を持ったインフルエンサーを起用するなど、消費者からの信頼を勝ち取るための工夫が必要になってくるはずです。専門性の高いインフルエンサーとともに、より広告価値の高いコンテンツを生み出していくエコシステムの創出が、今後の成長の鍵となるはずです。

また、より長期的な視点で注目したいのは、ペイメント事業に参入する可能性です。EC機能の拡充を進めていけば、「ペイメントも自前で」と考えるであろうことは想像に難くありません。いわゆる「TikTok Pay」の登場です。バイトダンスはそこまでを見据えた大戦略を練っているのではないかと予想しています。

検索大手バイドゥは、社会的価値が高い事業に挑戦。創薬プラットフォームの構築へ

バイトダンスよりも、さらに大胆に新規事業を展開するのが検索エンジン大手のバイドゥです。2020年11月にはバイドゥ創業者であり、代表取締役CEOの李 彦宏(Robin Li)氏が中心となって、バイオインフォマティクスに特化した創薬プラットフォーム型企業「百図生科」を設立。今年の7月にはGGV Capitalをリードインベスターに、数億ドル規模の資金調達を実現しました。李氏も、個人での追加出資を行っています。

バイオコンピューティング技術とバイオテクノロジーを組み合わせ、主に腫瘍や自己免疫疾患、線維性疾患をはじめとした免疫分野において、新たな医薬品の研究開発に取り組んできた同社。設立にあたっての講演会で李氏は、そのミッションを「創薬の効率化、副作用の減少、患者の医療費負担の軽減、そして一人ひとりの健康と生命を維持するチャンスを最大化すること」にあると語っています。今回の資金調達を受けて、今後はマルチオミクス技術、ハイスループット実験技術、タンパク質コンピューティング技術、高性能バイオコンピューティング技術の研究開発にも力を注いでいくとのことです。

「バイオ技術+AI技術」の技術越境統合人材の募集にあたって、最大で1.1億円の年収基準を提示していることからも、同社の本気度が伺えます。今年5月には協業パートナー企業に、10億元(約170億円)の補助金を拠出するとのリリースも発表。資金提供だけではなく、技術やデータベースの共有も進めることで、研究開発のさらなる加速を狙っています。

こうした同社の戦略の背景にあるのは、李氏の強烈なビジョンです。あるインタビューで李氏は「どれだけリスクがあり、どれだけ時間がかかっても、我々はチャレンジする。バイオインフォマティクス領域にはそれだけの価値がある」といった趣旨の発言も残しています。実際に、バイドゥの事業投資部門であるバイドゥベンチャーズは、以前からAI、ビッグデータ、バイオ技術、バイオインフォマティクス関連領域などに積極的に出資を続けてきました。今年に入ってからも百図生科として、AIを活用したバイオ医薬ベンチャーに投資するなど、その積極的な姿勢は変わりません。今後もバイドゥの潤沢な資金力を武器に、アグレッシブに事業を展開させていくであろう同社から目が離せません。
李 延光(LI YANGUANG)
株式会社デジタルホールディングス 中国事業マネージャー兼グループ経営戦略部事業開発担当

天技营销策划(深圳)有限公司 董事総経理
2004年来日、東京工科大学大学院アントレプレナー専攻修了。IT支援やコンサルティング、越境EC、M&Aなど多岐にわたって従事した後、2011年に株式会社オプト(現デジタルホールディングス)に入社。2014年より中国事業マネージャー兼中国深圳会社董事総経理を務める。日中間の越境ECの立ち上げ、中国政府関係及びテクノロジー大手企業とのアライアンス構築、M&Aマッチング、グループDX新規事業の立ち上げなどを担当。

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