今再び注目される「物語マーケティング」。顧客とともに意味を創ることがブランド価値構築の鍵になる。
2020/3/29
商品やサービスが溢れる時代。企業には、ただ商品を提供するのではなく、持続的な顧客との関係を築くことが求められている。そこで再注目されているのが「物語マーケティング」という手法だ。物語はなぜ有効なのか、企業はどう物語をつくり伝えていくべきなのか。中京大学経営学部にてマーケティングを物語の視点から研究する津村将章准教授に、株式会社オプト マーケティングマネジメント部部長の園部武義氏がお話を伺った。
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空白期間を経て、再び物語マーケティングの時代に
津村:物語の効果は、記憶に残ること、感情的につながること、興味をかき立てること、真実味をもたらすこと、説得することなどが挙げられます。それによって購買意欲が促進されたり、メッセージの反論を抑制したりすることができます。例えば、映画の中でちょっと違うなと思うシーンがあっても面白いねと見てしまうことってありますよね。物語に夢中になると反論が生じにくくなったりします。また、物事をデータだけで見せられるよりも、物語を付けた方が態度変容が起こりやすいという研究も存在します。論理を超えた面白さは、感情的な働きが大きいと思います。
園部:物語は企業と顧客を結ぶ強い力を持っているということですね。2019年に日本でもアーカー教授の本(※1)が発売されて話題になりましたが、それまではマーケティングと物語論を紐づけて語られることは少なかった印象を持っています。1990年に当時電通にいらした福田敏彦さんが『物語マーケティング』という本(※2)を上梓されていますが、そこには「電子テクノロジーとわれわれの脳や精神や身体が直接つながり」、「物語の素材や演出を大きく変化させ、市場も変化させる」と未来予測的に書かれています。しかし、この本の出版から約30年の間、物語マーケティングについて書かれた本はあまり見当たりませんでした。
津村:私が研究を始めてからまだ10年ほどですが、たしかに当初に比べると物語という言葉がビジネス業界で聞かれることが増えた気がします。
園部:その前提として、私はマーケティングが時代の変化に合わせて3段階の変化をしていると考えています。
まず、物を作れば売れた時代が終わり、物的に豊かになったことでマーケットインの考え方が必要になった。企業のマーケティング活動としてターゲティングやポジショニングを精緻に行うようになり、マスマーケティングが効いていた時代です。
次にITによる革新が起こり、行動データによるマーケティングが可能になった。消費者行動の氷山モデル(※3)のうち、表層の購買行動がデジタルで追えるようになり、とにかくその行動情報をデータ・ドリブンで最適化していくという、いわゆるダイレクトマーケティングの世界です。現在のオプトのメイン事業であるネット広告も多くはここに位置付けられます。一方で、行動データが取れるがゆえに、氷山の下部、態度や認知・連想の部分がある意味軽視されていたのではいかと考えています。表層としての購買はされているが、深層にある態度としての行為や愛着は得られていない、「見せかけのロイヤルティ」が発生してしまう原因です。
物的に豊かになり、商品やサービスがコモディティ化していくなかで、ファクトベースでの差別化が難しくなっている。そんな中で好意や愛着を生み、ブランドや企業が顧客にとって特別な存在になるためには、物語の力が必要ですよね。
津村:おっしゃる通りですね。企業のマーケティング活動において、ブランドに愛着を持ったロイヤルカスタマーになってもらうためには、物語の力は有効です。更に言えば、ブランドや企業は消費者とどのような意味をコミュニケーションしているのかが重要な時代だと思います。そして、物語は意味を創る際に非常に有益なツールだと思います。
だからこそ、企業にも物語をきちんと設計できる人が必要になってくると思います。園部さんは、どのような人材が適していると思いますか?
園部:物語をつくるにはふたつのスキルが重要だと思っています。ひとつは、言うまでもなくクリエイティブディレクションやライティングなどの「作家的」な能力。そしてもうひとつは、ビジネスのプロセスやビジネス活動全体のデザインができるという能力。単純にモノを売るのではなくて、消費者がモノを購入し、さらに購入したあとまでを含めた「体験のデザイン」が現場で求められているんです。特に、デジタルな体験が豊富な現在は、単に物語を発信するだけでは物足りないんですよね。ユーザーがSNSなどで口コミしたり、企業とコミュニケーションを取れる現代においては、物語はインタラクティブにはぐくまれるものになっていますから、そうしたことも含め、消費者の体験をデザインできる能力がマーケターには不可欠になっています。
デジタルシフトで企業はコンテンツ化する
津村:そうですね。漫画を例にとると、これまでは買って終わりでした。今週のワンピースやドラゴンボールが面白かったねと友達と学校帰りに話して終わりです。それが今は聖地巡礼など、作品の題材になった場所に行って地元の人と新しい関係を作るとか、物語をきっかけに新しい経験ができるようになった。以前よりかなり動的になったイメージですね。
おそらくインターネットができてから物語を起点とした消費の流れは加速したと思います。漫画の例で言えば、SNSから新しい人間関係ができるようになりました。今まではコミックマーケットに行かないと得られないようなコアな情報を、インターネットを通じて地方に住んでいる中高生でも手にできるようになった。それが消費の範囲を広げる要素になったのだと思います。
園部:コンテンツ業界は消費者が自分からエンゲージメント=関与を生み出しやすいジャンルを扱っていると思いますが、デジタルによってそれがさらに加速した。そして、同じ流れがそれ以外の業界でも起きているというのが今このタイミングである。つまり、デジタルシフトは、企業がコンテンツ化していく流れを生んでいるのではないかと思います。
例えば、「うちの会社は掃除機を売っているのではなく、人生の時間を売っているんだ」と言い、広告活動でもそれを表現していった場合、一つの価値を物語として提示していると言えます。そして、利用体験やそれによって得られた「家族との時間」というような消費者の「小さな物語」が、デジタルチャネルによって拡散されていく。
そうやって企業がある種コンテンツ化していくという見方ができるかなと。自社ブランドにおいて、漫画や映画におけるユーザー間コミュニケーションや聖地巡礼のようなことを生み出していくことが、企業のマーケターの重要な仕事と言えそうです。
津村:掃除機でいえば、視点(人生の時間を売る)を提供することにより、ネット上でレビューも含めて様々な発言が生じます。このようにコンテンツから発生する発話をどうつくっていくか、「体験のデザイン」をプロデュースする能力が必要になりますね。また、コミュニティを維持するための価値観を形成する際にも物語はよく使われます。例えば、創業者の物語などは、企業の行動規範を規定する上で重要だったりしますね。
園部:物語でコミュニティをデザインするという考え方も、デジタルマーケティングを実行するマーケターに求められる素養でしょうね。コミュニティのデザインは、デジタルシフトによってさらに高度化していくんじゃないでしょうか。コミュニティがWEB上で作れるということも大きいですし、IoTによってそこへアクセスする手段も多様化しますからね。
大きな物語が失われた時代だからこそ、自分の物語をつくることが重要になる
津村:以前は「経済は右肩上がりだ」という大きな物語がある時代がありました。ただ、今はそういう時代ではない。誰か一人の役に立つ物語はあるかもしれないけれど、皆が共感できるような、信じられるような大きな物語というのはなかなかつくれないんですよね。
だからこそ、自分にとっての意味を選択したり創らなければいけない時代になっていると思います。我々より少し上の年代は、いい大学に行っていい企業に就職したら一生安泰という物語、共同幻想がありました。私は高校を辞めているのですが、その時に問われるのは「あなたは一度、道から外れてしまった。自分で自分の人生の物語を考えないといけないね。」となるんです。それって当時は結構困ったことで、大きな物語があると信じるものがあるので楽なんですよね。それがない現代においては、自分の生き方に意味を持たせてくれる商品やサービスの存在がより必要になると思います。
例えば、先程のアーカーが提唱している、ブランドの価値観を明確化し、顧客との関係維持を図れるような「シグネチャーストーリー」や、岩井・牧口(※4)が述べている、象徴的に語り続けられる物語である「シンボリックストーリー」などの重要度が今後増してくると思います。ホルト(※5)は、「消費者は『物語』を経験するために商品を買う」とまで言っています。デジタルシフト時代のマーケティングにおいて企業と消費者の関係は、一方的に物語を受容するのではなく、意味を享受し、語りたくなるような物語を提供し続けることが、戦略上重要だと思います。どういう物語(コンテンツ)かというと例えば、意外性やツッコミどころがあったり、余白や曖昧さがあったりすると、思わず意見を言いたくなったりしますよね。また、ブランドや企業がどう人や社会の役に立つのかが伝わるような物語も良いですよね。応援したい気持ちがクチコミを促進すると思います。
園部:そうなんですよね。人間って商品を買っているのに、実際は意味を買っているんです。世の中は、大企業が大きな物語をユーザーに与えていくのではなく、サイズ問わず様々な企業が自分たちの物語をつくってユーザーとのオリジナルな関係を構築していく方向にますます向かっていると思います。最近流行っているD2C(Direct to Consumer)を例にとっても、事業主体がこういう価値を伝えたい、こういうコミュニケーションを取りたいというのが先にあり、手段として商品がある。今の話で言えば、物語が先にあって、商品はそのための手段ということです。
そういった意味で、大きな物語でなくとも、企業が提供する体験を俯瞰した時に、特定のブランドらしさ、世界観が浮かぶ状態を創ることが重要で、そのためにはシグネチャーストーリーを戦略的に語ることが大事なのだと感じています。
「モノより思い出。」の秀逸さ
津村:顧客が自分で価値をつくれるものについてはスペック重視でも良いのでしょうが、自分で価値をつくりにくいものってたくさんあるんです。そういう時は物語を通した意味としての価値を提供することが重要になります。
例えば私がすごく好きなCMで、結構前なんですが、是枝裕和監督が演出した日産セレナの「モノより思い出。」というコピーのCMがあります。あれいまだにいいなと思うんです。セレナを使って家族の人生を楽しもうという意味を創る提案の仕方なんですよね。それまで自動車のCMは基本的に走りの良さや安全という機能、外観の美しさなどを訴えていたのですが、このCMはかなり大胆にどうやって意味を創っていくかについて視聴者の想像に訴えたんです。CMを見た視聴者は、他人の家族の物語に自分の家族の物語を重ねることが出来るのです。これを専門用語ではプロジェクションと言います。
これからのマーケティングでは、顧客にとって意味のある日常を顧客が創りたい形やインサイトに合わせて提示していくことが大事になります。顧客が聞きたい、知りたい、やってみたい、話したい物語をどうやって伝えていくかがが大事で、そのためには物語を通した意味をちゃんと設計して伝えることが重要だと思います。
園部:多分世界はその方向に向かっていくのだろうと思います。個人情報やプライバシーの問題が厳しくなり、企業が持つデータについて改めて考え直さないといけない時期が来る。逆に言うと、その時に顧客にとって意味のある物語を提示し、その価値を認めてもらったうえで消費者の情報を提供してもらう、という世界になるのだろうと思います。そういった外部環境から考えても有意味化は大事ですね。
今回の対談で物語とデジタルシフトがどう繋がるかが整理でき、非常に勉強になりました。ありがとうございました。
津村:こちらこそ、ありがとうございました。
中京大学経営学部 准教授。九州産業大学を経て、2017年より現職。専門は消費者行動、マーケティング。物語の心理的な効果、意味生成について研究を行っている。
株式会社オプト マーケティングマネジメント部 部長。2015年オプト入社。心理データと行動データを組み合わせ、ロイヤルティとエンゲージメント向上のためのコミュニケーション設計と実行を推進。「物語×マーケティング」という切り口から、ブランドと顧客の持続的な関係の創出に取り組んでいる。
参考文献
※1: デービット・アーカー『ストーリーで伝えるブランド――シグネチャーストーリーが人々を惹きつける』、ダイヤモンド社、2019年
※2: 福田敏彦『物語マーケティング』竹内書店新社、1990年
※3: 新倉貴士『消費者行動を考慮したブランド価値構築戦略 』COSMETIC STAGE Vol.12,No.4、2018年
※4: 内田和成監修 岩井琢磨・牧口松ニ『物語戦略』日経BP、2016年
※5: ダグラスB.ホルト『ブランドが神話になる日』ランダムハウス講談社、2005年