DXで「町のパン屋さん」と全国の消費者をつなぐ。「パンフォーユー」が担う、パン業界変革
2022/8/18
「冷凍×IT」の技術で、パンをつくる人、売る人、食べる人、パンに関わるすべての人に対して新たなユーザー体験やDXの波をもたらしている「パンフォーユー」。代表取締役である矢野 健太氏が、ある冷凍パンメーカーと出会ったことから始まった同社は、2018年に「パンフォーユーオフィス」、2020年に全国のお客さまに地域のパン屋さんのパンを毎月お届けするサブスクリプションサービス「パンスク」、そして「パンフォーユーBiz」と、パンに関わるサービスを次々とリリースしています。地域のパン屋さんと全国のお客さまや事業者をつなぐプラットフォーマーとしての取り組み、そして今後の展望やミッションについて、矢野氏にお話を伺いました。
Contents
ざっくりまとめ
- パンフォーユーはパンスク、パンフォーユーBizなどのサービスを通じて、地域のパン屋さんと全国のお客さまや事業者をつなぐプラットフォーマーとしての役割を担う。
- パン業界は自分たちの抱える課題を解決する道筋を見出すことができず、DXの必要性に気づけていない部分が多かった。
- 「販路の拡大」という地域のパン屋さんが抱える課題の解決、そしてパンフォーユーが目指す「地域のパン屋さんの魅力を広げる」という目的の達成手段の一つがDXだった。
- 今後もパンフォーユーは「優しいDX」を推進。パン屋さんがよりパンづくりを楽しめるようなソリューションを提供していく。
「地域のパン屋さんの魅力を広めたい」と起業を決意
私は新卒で電通に入社し、名古屋支店にて中吊りや駅の広告を担当していました。電通退職後は教育系のベンチャーなどを経て地元である群馬県桐生市にあるNPO法人にUターン就職をしました。当時、そのNPO法人の寄付窓口を担当していた際に、たまたま出会った冷凍パンメーカーのパンを食べたことが、パンに関する事業をしようと考えたきっかけですね。
私は外食をはじめ、食べることが好きだったのですが、それまで「美味しいパン」というものに出会ったことがありませんでした。「パン屋さんでパンを買おう」という発想すら、その冷凍パンメーカーと出会った25歳当時まではなかったほどです。しかし、そのパンを食べたときに「パンって美味しいんだ」と衝撃を受けました。地域のパン屋さんに魅力と可能性を感じた瞬間でした。パンこそがその地域の独自性や強みを発揮できるものなのではないか、と感じたのです。
——そのときにパンに対して感じた可能性が、矢野さんのビジネスプランと合致したのですね。
そうですね。私自身、「地方に貢献できるようなビジネスを起ち上げてみたい」という考えを持っていました。その考えと「地域のパン屋さんの魅力をもっと広めたい」という気持ちが重なったことが、パンフォーユーの創業、サービス創出のきっかけになっています。
パン業界のDXは“目的”ではなく“手段”
そもそも、パン業界ひいては地域のパン屋さんが抱えている課題は、DXをするしないということよりも、もう少し手前の段階にありました。大きな課題の一つは、店頭販売以外の販路の確保が難しい、というものです。一昔前の地域のパン屋さんは、店頭販売のほか、給食のために学校などにパンを販売する卸業で販路を確保していました。しかし近年は子どもの数が減少し、卸し先が少なくなった、またはなくなったという事態が発生し、売上は店舗のみで完結するということが一般的になっています。店頭販売だけになってしまうと、天候などによっては売上が消失してしまうこともあります。このように、現状の販路の不安定さに課題を抱えているパン屋さんは多いのですが、じゃあ何をどうしたらよいのか、という部分までは考えが及んでいないことがほとんどですね。
——その「販路の確保」という課題解決に向けて、DXやIT技術を活用すべきだと考えていたパン屋さんもいたのでしょうか?
いえ、地域のパン屋さんに「ITを活用して現状の課題を解決したい」という雰囲気があった、という感覚はないですね。大手のベーカリーに限っていえば、ITを活用していこうという流れはあります。例えば、レジに置かれたパンの形状をAIで認識し計測することで、パンの種別を判別して会計を出す、という技術を使用している企業もあります。
しかし、いわゆる「町の個人ベーカリー」にIT技術を活かすという考えはあまりない、というのが私の受けた印象です。もちろん、地域のパン屋さんのなかでも、店舗経営などに関する課題に対して、漠然と「ITを使って何かをしたほうがよいのでは?」と考えている方もいます。ただ、「じゃあ何をするの?」という部分に関しては、先にお話しした販路確保などの課題に対するものと同じようにはっきりとした方法や道筋が見つけられない、手をつけられていないという状態でした。
——なるほど。そもそもDXやIT技術の活用、というものが課題の解決方法として上がる段階ではなかったのですね。
そうですね。地域のパン屋さんには販路の確保以外にも、フードロス問題や働き方改革などの課題があります。特に働き方の課題に対する解決策としては、DXは非常に有効です。同じような課題を持つ業界や企業も多く、DXに関するBtoB向けのサービスも多いですが、地域のパン屋さんにはそれらのサービスがなかなか届いていません。また、ただ単に「DXしましょう」という切り口では、当事者であるパン屋さんのほうがピンとこないということもあると思います。
私たちのサービスが地域のパン屋さんのDXに寄与する流れになったのも、「地域のパン屋さんがやるべきはまずはDX」というわけではなく、「地域のパン屋さんの魅力を広める」という目的のための手段を模索していった結果、DXも同時に行うことが最善だったからです。私たちが寄与したいと考える「パン業界のDX」は、目的ではなく手段でした。
サービス導入時に作業管理アプリも提供し、業務負担軽減に寄与
私たちのさまざまなサービス創出のスタートは、DXアプリの独自開発やプラットフォームのリリースではなく、先にパンの冷凍技術を見つけたことです。通常、冷凍販売は瞬間冷凍など特殊な冷凍設備を必要とすることがほとんどです。しかし、私たちが独自開発した袋を使用し、指定された冷凍のタイミングを守ることで、普段パン屋さんが使用している冷凍庫でパンを高い品質で冷凍することができます。この冷凍技術によって、焼きたての状態を保ったまま、美味しいパンを全国に届けることが可能になりました。
この独自技術を使用して、2018年、冷凍パンをオフィスに届ける福利厚生サービス「パンフォーユーオフィス」をスタートさせました。サービスを利用する企業に対しては、冷凍庫の運用から冷凍パンの補充まですべてパンフォーユーが実施し、8種類のパンを月替わりでお届けしています。パンフォーユーオフィスは一定数量のパンをまとめて納品するので、パン屋さんにとってオペレーション負担が大きいものではありません。
その後、2020年にリリースしたのがパンスクです。パンスクは全国のどこかのパン屋さんからお客さまに、月に一度さまざまなパンが届くというサブスクリプションサービスです。このパンスクのリリースで、地域のパン屋さんの魅力を全国にお届けすることが可能になりました。しかし個人向けのサービスとなると、一定数量のパンをまとめて納品するパンフォーユーオフィスよりも地域のパン屋さんの付帯業務が多大になります。
——パンスクの業務負担改善のため、どのようなことを行ったのでしょうか?
「地域のパン屋さんの魅力を広める」という目的を達成するには、パン屋さんの「美味しいパンをつくる、開発する」という業務がもっとも大切であるという大前提を崩さず、それ以外の業務を軽減することが第一です。通常、パンを個人のお客さまにお届けする場合、注文情報管理、出荷管理だけでなく、食品表示の作成や発送伝票管理、JANコード管理などさまざまな作業が発生します。個別に届くお問い合わせメール確認などの業務も行わなければなりません。これらの業務を個別に手作業で行っていては、パン屋さんの本業である「パンを焼く」という仕事を圧迫してしまいます。
そこで私たちが独自開発したのが「パンフォーユーモット」という、パン屋さん向けの作業管理ツールです。パンフォーユーモットでは先述した「パンを焼く」以外の、個人向けの配送に関わる業務をスマホで一括管理できます。パンスクに提携しているパン屋さんは、これまでの卸業のように売り上げを見通すことに成功しているだけでなく、パンフォーユーモットを活用していただくことで、パンスクが届いたお客様からのメッセージをみれたり、結果的に店舗のDXにつながっています。
——パンスクのサービスに続いて、企業向けサービスであるパンフォーユーBizもリリースされていますね。
そうですね。パンフォーユーBizは、ECサイトなどの事業者側からの「自分たちも冷凍のパンを取り扱いたい」というリクエストを受けてリリースしたプラットフォームです。「地域のパンを仕入れたい」「自社の商品開発に合うパンを探したい」という事業者は多いのですが、そもそも事業者は地域のパン屋さんとつながりを持つことが難しく、パン屋さんのほうも法人と直接やりとりをするほどのリソースがない、ということがほとんどです。そこで、私たちの持つ“冷凍技術”と“地域のパン屋さんのネットワーク”を活用したサービスで、パンを利用した事業展開を支援できないかと考えました。パンフォーユーBizのプラットフォームを利用していただくことで、事業者側は商品選定や事業展開の幅が広がり、地域のパン屋さんはリソースを最小限にしながら、販路の拡大と販路横断の一括管理を行うことができるようになります。
パン業界のプラットフォーマーとしてのミッションとは
パンスクの提携先のパン屋さんには、パンフォーユーモットを契約していただいていることもあり、「思った以上に作業負担が軽かった」という声を多くいただいています。例えば10名にそれぞれパンを発送しようとすると、これまでは、発送伝票の入力やラベルづくりなどの作業が10名分、個別で発生していました。この従来の煩雑さから、パンスクやパンフォーユーオフィスなどの新たな販路に足を踏み入れる際、かなり負担が増えるのではないかという印象を抱きつつ始めるパン屋さんが多いようです。一見、作業量が増えてしまいそうなパンスクやパンフォーユーオフィスへ参画することで、逆にパン屋さんの現場ではDXによる効果が実感されているように思います。
また、これまでは店頭での販売しか行っていなかったパン屋さんにとっては、目の前での販売がすべてでした。しかしパンスクの利用によって、自分のつくるパンが地域を飛び出して喜ばれるという体験をしたことで世界が広がった、とおっしゃってくださるパン屋さんもいます。
——お客さまや事業者の方からは、何か反響がありましたか?
パンスクはパンの指定をすることができず、届くまでどこのパン屋さんのどんなパンが届くかが分からないサービスです。そのサービスコンセプトに対してワクワクすると言ってくれるお客さまが多いですね。
また、パンフォーユーオフィスの場合は、実際に発注業務を行う総務担当者の方から、「冷凍なのでほかのお弁当サービスよりも運用が楽」「食配サービスのなかで一番会話が生まれるサービス」という声をいただいています。やはり「パンってこんなに美味しいんだ!」と驚いてくれる方が多いようです。
——最後に、今後の展望についてお聞かせください。
昨今、パン業界には食品ロスや人手不足という課題のほか、まだまだ顕在化していない課題がいくつも存在します。また、パン業界と深く関わることで、事業者やお客さまのなかに、私たちのサービスでカバーできるニーズ以上に細かいニーズがあることを実感しています。その課題や要望に応えるには、地域のパン屋さんに対して、販売や卸業をより負担なく行えるソリューションの提供が不可欠です。パン業界に関わるプラットフォーマーとして、その双方にアプローチしていくことが私たちのミッションだと感じています。
具体的には、サービスの機能拡充などを行うことで事業の拡大や効率化に寄与していくことです。しかし、それらを行っていく際に私たちが念頭に置いているのは、業界や人の普段の生活、構造様式に寄り添った「優しいDX」です。地域のパン屋さんが日々の業務やパンづくりをより楽しむために、私たちが持つテクノロジーの知見を利用していただきたいですね。
矢野 健太
株式会社パンフォーユー 代表取締役
1989年生まれ。群馬県太田市出身。京都大学経済学部卒業後、新卒で電通入社。その後、教育系ベンチャーを経て、地域系NPOへ。その経験より、新しい雇用を生み出すことにより地域が活性化することを実感。パンフォーユーの企業ビジョン「魅力ある仕事を地方に」の原点に。2017年1月に株式会社パンフォーユーを設立し、代表取締役に就任。2018年5月に同社にて経営陣によるMBOを実施し、地域のパン屋さんのパンを冷凍で配送する、現在の事業モデルへ。