デジタルシフトで、手軽さと上質さの両立が可能に? ロイヤルホールディングスが描く外食産業の未来

多くの産業が人手不足にあえいで久しい。厚生労働省によると、運輸業、医療・福祉業、宿泊・飲食業など、サービス産業に属する企業の半数以上が、人手不足を感じているという。人手の足りない部分は、現場で働く既存社員でカバーする。日本経済は、そんな彼らのオーバーワークによって支えられ、そして疲弊してきた。しかし、ロイヤルホールディングス株式会社は、この悪しき慣習をすでに過去のものとしている。

同社は一昨年、基幹事業でもあるファミリーレストラン「ロイヤルホスト」の24時間営業を完全廃止し、店舗休業日の導入に踏み切った。この英断は、会社に利益をもたらすことになる。店舗の稼働時間と売上は比例しないことを実証してみせたのだ。背景にあるのはテクノロジーの活用だ。

ロイヤルホールディングスのこの“改革”は、どんな思いのもと行われ、従業員と顧客にどんな効果を生み出したのか。同社 代表取締役会長 菊地唯夫氏に、立教大学ビジネススクール教授 田中道昭氏との対談で語っていただいた。

事業の圧縮で価値の最大化を図る

田中:ロイヤルホールディングスさんは、外食チェーンの運営を中心に事業を展開されています。しかし、日本は人口減少の時代に入り、経済も縮小傾向にある。外食産業の成長戦略を描くのも容易なことではないでしょう。その点、菊地会長は、常にグローバル経済から日本経済、外食産業、そして自社と、同時に多階層の環境分析を重要視されているようにお見受けします。これは、どんなシナリオを用意したうえでのことなのでしょうか。

菊地:外食は変化が非常に緩やかな産業です。ただ、緩やかな変化を経営は認知しにくいんですね。売上が毎年微減しているなあって感覚でいると、数年後気づいたときには大きな打撃になりかねません。ですから、マクロ市場の動きを把握しておく必要があるのです。

注目すべき一つは、人口の推移です。減少傾向にある日本は、今後お客様の減少による売上減と人材不足がより深刻になると予測できる一方、世界の人口は増え続けており、将来、食料の調達に影響が及ぶことが考えられます。このようななか、どのようにしてサステナビリティを目指すのかは、当社グループ最大の命題です。

このような考えに至った経緯ですが、たとえば製造業は、規模が大きくなれば利益も上がり、それが価値になりますが、外食産業は一定の規模までは価値も上がるものの、そこを超えると一転、価値が下がってしまう。放物線を描くイメージですね。理由として、消費者に飽きがくる、国産食材のような付加価値の高い食材の調達に限界が生じる、人手の確保が難しくなる等が挙げられます。では、この価値を下げないためにはどうすればよいのか。ロイヤルホストは、まず店舗数を減らしました。その後、営業時間を短縮し、店舗休業日を設けました。つまり、規模を圧縮して価値を最大化したのです。

ただ難しいのが、人手不足が進むと放物線の最大値が左に動き、価値が早く下がってしまう。これではサステナビリティを確保できているとは言えないので、最大値を右に持っていく努力が必要になるのですが、規模を圧縮し続けていると最後はゼロになってしまいます。だから、最大値を中央に据え、一定の規模で価値を維持しなければなりません。そこでテーマになるのが、効果的なテクノロジーの活用です。

デジタルによって人の価値は再認識されていく

田中:テクノロジーの活用は、成長戦略を描くうえで次の一手になるということでしょうか。

菊地:当社は、2017年に『GATHERING TABLE PANTRY』という研究開発店舗を出店しています。ここは完全キャッシュレスを導入するだけでなく、セントラルキッチンで調理し、冷凍配送された料理を、家電メーカーと共同研究した専用オーブンを使うことでクオリティを落とすことなく提供しています。これらの取り組みは今後、当社コンテンツの一つになり得るわけですね。たとえば、調理の手間のかからないミールを家庭にお届けするなど、外食とはまた違うストーリーも考えられるようになります。

田中:テクノロジーの活用で、新しいカテゴリーに打って出ることも可能になるということですね。そうなると企業の目指す先も変わってくると思います。そこで、あらためてお伺いしておきたいのは、菊地会長が自社の事業ドメインを何と定義されているのかです。

菊地:当社は1951年、食を通じて国民生活の向上に寄与することを理念に創業しました。それから60年以上が経ち、高齢化社会が本格化するこれからは、食を通じて自分の豊かさを感じることに多くの消費者が期待を寄せると思っています。そこにいかに貢献できるのかは、我々の基本的なドメインであり、一番の存在価値だと思います。

田中:食を通じた豊かさの提供に、テクノロジーは欠かせない、と。

菊地:そうですね。デジタルの進化にともない、食においても外食、中食、内食と今までセグメントされていたものがどんどん融合してきます。これをチャンスと捉えた場合、我々のコアコンピタンスの1つは、やはりセントラルキッチンの存在です。セントラルキッチンと呼ぶということは、工場ではないのです。たとえばビーフシチューのお肉も我々は手切りしています。そういった部分で高いクオリティが出せるからこそ、外食事業以外の発想も生まれているのです。

田中:セントラルキッチンは工場にあらず、とは非常に印象的な言葉ですね。昨年から注目されているアマゾンゴーですが、現地視察で感じたのは、実は超有人店舗ということです。最後は立ち去るだけの優れたカスタマーエクスペリエンスはテクノロジーによるものですが、店内のオープンキッチンでは人がサンドイッチを作っているんですね。人が最後まで求める部分とは何か、その神髄に触れた気がしました。つまり、人は人が自分の目の前で作ったものを食べたいということです。これは、国籍に関係なく日本人も求める部分だと思います。

菊地:かつてロボットのみの無人店舗が話題になった中国でも、人を配置するようになっています。小売りでも飲食でも、人の必要性が再認識される時代になったということでしょうか。ただ、サービス産業の難しいところは、サービスの提供と消費の同時性にあります。

たとえば、W杯に合わせてビール会社がビールを増産して一気に売る。よくある光景です。でもサービスは蓄積できません。結果、売り逃しが出たり、お客様をお待たせしたりと双方に負荷がかかってしまう。ただ、ここに事前決済でプレオーダーできるテクノロジーを入れたらどうでしょう。従業員はお客様の来店時刻に合わせて商品を用意できますので、混雑時でも慌ただしさは軽減されるし、お客様も待たずに済む。同時性は緩和されますよね。このようにテクノロジーの活用は、サービス産業にパラダイムシフトを起こすんじゃないか、と考えています。

これは以前伺った田中先生のお話がヒントになっています。「テクノロジーやデジタルは、第1義には生産性の向上ではなく、顧客の体験価値の向上にあるべき」。まさにその通りです。最後に行き着くところは顧客です。しかし、その顧客の満足を得るために現場が疲弊している。宅配業の再配達問題、コンビニのFC契約問題も根っこは同じです。結果、間接的な顧客の不満につながっている。ここを解決できない限り、本質的価値を提供しようにも顧客には届きません。

経験価値とは、従業員とお客様が共有しあえるもの

田中:サービスマーケティングの考えかたに、サービスドミナントロジックがあります。事業や製品すべてをサービスとして捉えるというものですが、ここでも従業員満足度(ES)が顧客満足度(CS)を生み、それが業績につながる、とあります。

最近は、CSよりもカスタマーエクスペリエンス(顧客経験価値:CX)の文脈で語られることも多いですが、つまるところ優れたCXを顧客に提供するのは、経営陣ではなく、従業員です。ですから、まずは従業員経験価値(エンプロイーエクスペリエンス:EX)を考える必要がある。菊地会長のおっしゃることは、この考えに近いと思うのですが、これらへのお取り組みはいかがでしょうか。

菊地:今の話で思い出したことがあります。東日本大震災のボランティア活動として宮城県山元町にコック陣をはじめ20名を派遣し、体育館で生活している方に1週間食事を提供したことがありました。1時間で1,000人に温かい食事を提供するというすごく大変なものでしたが、私からするとパーフェクトの出来でした。しかし、活動後に彼らは反省会を延々とやるのです。お子さん連れの方がトレイを持ちづらそうにしている。余剰人員を出せればもっとサポートできるんじゃないか、といった具合です。

このときリーダーの発した言葉が非常に印象的でした。「我々はボランティアをしてあげているのではなく、させていただいている、という発想にならなければいけない」と。当社グループは、もともと使命感を持った人が集まっている。その環境さえ作ることができれば、ホスピタリティは自ずと発揮できる、と感じた瞬間です。

田中:これは良いエピソードですね。

菊地:ただ、このときはボランティアという特殊な環境だからできていただけ。現場でもできるようにするにはどうすればよいのだろうという課題の発見が、先ほどお話しした規模の圧縮につながりました。すると、従業員に余裕が生まれ、各々が本来やりたいサービスに気持ちを向けられるようになった。指示によるものではない自発的な行動が生まれたのです。これが本質的な意味での、ESが向上すれば、CSが上がる図式です。当社グループには、これらが備わっていると感じています。

田中:では、外食産業におけるCSとCXの違いは何でしょうか? 顧客満足は「おいしくて満足」のように期待に対し、その水準のものが与えられている状態と言えます。かたやCXは、「自宅や店の軒先ではなく、きちんとした場所に足を運び、気の置けない人と一緒に食事をとること」になるでしょうか。つまりは、単に満足するだけでなく、これらの体験からくる幸福感までが含まれていると言えそうです。そうなると、今度はESとEXの違いを考えてみたくなりますね。菊地会長は何だと思われますか?

菊地:これはまた難しい質問ですね。ESは「賃金の多寡や休暇の取りやすさなど、働くうえで納得、満足できる条件が整っているか」。対してEXは、「そこにいるだけで自分の価値を再認識できるような経験」でしょうか。ここには、「ロイヤルホストで食事をする時間や空間を体験することで豊かな気持ちを感じられる」というCXに通ずるものがあると思います。

田中:いやあ、素晴らしいですね。これは本当のお話なのですが、オプトホールディング社長の鉢嶺さんは、月に1度、介護施設にご入居されているお父様を食事に誘うそうです。お父様は必ずロイヤルホストを選び、好きなメニューを食べて泣いて喜ばれる、と話していました。まさに愛する家族と食事をしながらの団らんのひとときが生む感動だと思います。

菊地:このエピソードはとてもうれしいです。まさに我々が求めているお客様の姿です。

田中:なお、従業員との結びつきを測る概念にエンゲージメントもあります。米国ギャラップ社が提唱する「Q12(キュー・トゥエルブ)」という有名な指標がありますが、上位概念の項目よりも実務的に最も重要視されているのは、「職場で自分が何を期待されているのかを知っている」「仕事をうまく行うために必要な材料や道具を与えられている」という基本的な項目です。顧客のエンゲージメントを高めるにおいても、顧客の期待を知り、共感を得たうえで、お店の雰囲気や味を体験してもらえている状態を目指すことが重要ではないでしょうか。

菊地:そうですよね。従業員もお客様も同じ時間と空間を共有していますから。従業員もお客様と波長が合うことで、より良いエクスペリエンスを提供しようと励みます。ホスピタリティとは相互作用なんですよね。一緒に居心地よい空間を作り上げていくことが、リアルな世界に求められる大事なポイントだと思います。

デジタルシフトで、トレードオフ関係の解消に挑戦したい

田中:デジタルシフトタイムズは、「その変革に勇気と希望を」をミッションに掲げ、本当にそれを実行していきたいと切望しています。最後に、菊地会長がいま一番取り組みたい“その変革”を聞かせてください。

菊地:私は、田中先生の『アップデートの議論』がすごく好きなのです。デジタルシフトとは事業の中核や本質を進化させるものであると定義されている。こちらを知って以来、成し遂げたいと思うのが、トレードオフ関係の解消です。

田中:トレードオフ、従来であれば二律背反的なものですね。それは何と何になりますか?

菊地:「手軽さ」と「上質さ」です。そう提唱している本がありましてね、手軽なものは上質ではない、逆もしかりと。私は2010年の社長就任時に、2020年に日本で一番質の高い食&ホスピタリティグループを目指すことを目標にしました。この当時、ロイヤルグループは、量よりも質を選んだわけです。しかし、10年が経つ現在はこの考えからトランスフォーメーションしています。テクノロジーを活用して手軽かつ上質なものが両立できるのではないかと思っています。

また、先生が普段からご指摘の「事業の中核としての二軸」は、「食」と「ホスピタリティ」です。この両方をテクノロジーによる同時性の解消によってアップデートできるのなら、お客様、従業員の双方にとってハッピーなストーリーが生まれます。この方向に進むことこそ、一つの成長戦略や株式市場へのエクイティストーリーだと思っています。

田中:従来ならトレードオフの関係にあるものを、デジタルシフトで解消していく。これは面白いですね。ハッピーストーリーとのことですが、「ハピネス・カーブ」「老年的超越」と呼ばれる概念を近しく感じました。若いころは、善と悪のように別のものとして捉えていたことが、年齢を重ねるにつれ色々なことにありがたみを感じられようになり、二元論ではなく一つのものとして見られるようになる、価値観の変容によって幸福度が増す、というものです。

菊地会長のおっしゃるトレードオフの関係にあるものを統一し、超越していくという考えは、まさに二元論からの脱却と言えそうです。閉塞感が強く社会的課題が山積するこの時代、これは新しい価値の一つになることでしょう。

菊地:手軽さと上質さ、従業員とお客様、のように色々な選択を迫られる世の中ですが、我々が本来目指すべきは、すべての人を幸せにするための責任ある行動です。今の資本主義は色々な形で限界を問われています。発展のためなら資源の枯渇や環境破壊も許されるのかのように二律背反にある問題も、超越の概念をもって考えれば、答えは導き出せるように思います。

田中:ロイヤルホールディングスさんには、外食産業におけるトレードオフの解消をぜひ期待したいですね。

菊地:これからの日本は、デジタルやテクノロジーを加えることで同時性という弱点を克服しながら、人であるからこそ生み出せる価値を追求していく必要があると思っています。当社もお客様と従業員双方の価値をさらに生み出せるよう引き続き励んでまいります。
菊地唯夫(Tadao Kikuchi)
ロイヤルホールディングス株式会社
代表取締役会長
ロイヤルホストなど外食の他、コントラクト、機内食、ホテル、食品事業を展開するロイヤルホールディングス代表取締役会長。88年早稲田大学政治経済学部卒業後、日本債券信用銀行、ドイツ証券を経て04年入社。10年代表取締役社長、19年より現職。16年から2年、一般社団法人日本フードサービス協会会長を務めた。
田中道昭(Michiaki Tanaka)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。株式会社マージングポイント代表取締役社長。「大学教授×上場企業取締役×経営コンサルタント」という独自の立ち位置から書籍・新聞・雑誌・オンラインメディア等でデジタルシフトについての発信も使命感をもって行っている。ストラテジー&マーケティング及びリーダーシップ&ミッションマネジメントを専門としている。デジタルシフトについてオプトホールディング及び同グループ企業の戦略アドバイザーを務め、すでに複数の重要プロジェクトを推進している。主な著書に、『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』(日本経済新聞出版社)、『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』(日経BP社)、『2022年の次世代自動車産業』『アマゾンが描く2022年の世界』(ともにPHPビジネス新書)『「ミッション」は武器になる』(NHK出版新書)、『ミッションの経営学』(すばる舎リンケージ)、共著に『あしたの履歴書』(ダイヤモンド社)など。

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