デジタルシフトの先駆者が語るIX(Industrial Transformation)。DX全盛の今、産業変革に挑むべき理由とは?

2020年7月、日本企業および日本社会におけるデジタルシフトの重要性と緊急性をいち早く捉え、社名変更によって「まずは自らが変わる」という大きな決断と意思を示したデジタルホールディングス。コロナ禍によりDXという言葉が世の中に浸透し、各企業がこぞって取り組みを進める中、彼らは企業単体のDXだけではなく、産業変革=IX(Industrial Transformation)を起こしていくという新たな構想を打ち出している。IXとは何を意味するのか。IXによって社会はどのように変わっていくのか。本来の意味でのDXが日本で進んでいない要因とIXへの想いについて、グループCEO野内 敦氏にお話を伺いました。

ざっくりまとめ

- DXに対する意識付けは進んだものの、日本の現状はデジタライゼーション止まり。

- 既存の産業構造の完成度が高いがゆえに、かえってDXのスピードを鈍らせている。

- そこで産業の仕組み自体をデジタルの力で変革するIXというアプローチが重要に。

- IXの中心を担うのがリテイギ。現在取り組んでいるのは薬局業界のIX。

- IXによる生産性の底上げが、社会の豊かさを高めていく。

- デジタルホールディングスは、インターネット広告代理店からIX / DXカンパニーへ。

本来のDX、「モノのサービス化」による事業変革が進まない日本

——オプトホールディングからデジタルホールディングスへの社名変更から1年が経ちました。この1年間で、日本のデジタルシフトを取り巻く環境にはどのような変化があったと感じていますか?

まずはデジタルシフトやDXという言葉を誰もが当たり前に使うようになりましたよね。今、ほとんどの企業が「自分たちもDXしなくては」という危機感を抱えているはずです。おそらくその背景には、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあるのでしょう。多くの企業がなんらかの形で事業のデジタル化を余儀なくされました。そういう意味ではDXに対する意識が、急激に高まった1年だったと思います。

一方で、多くの企業が「DX」というワードを使いながらも、実際のニーズはDXの手前にあるデジタライゼーション*に集中していることも浮き彫りになりました。デジタルを前提にビジネスモデルを変革していくことがDXの本来の意味ですが、ほとんどの企業はデジタル化による業務の効率化がまだ終わっていない。日本では、まだまだしばらくこのフェーズが続くのかな、というのが正直な実感です。
*プロセスのデジタル化のこと

——野内さんから見て、DXで成果を出していると感じる日本企業はありますか?

大手企業はかなり大規模な予算を組んで、DXに取り組み始めていると思います。ただし「これぞビジネスモデルの変革だ!」と言えるような成功事例は、これからというステータスなのではないでしょうか。例えば、これまでリアルな場でモノを売っていた企業がECに参入したとして、それはデジタライゼーションではありますが、DXではありません。海外では「アズ・ア・サービス」と呼ばれるように、「モノのサービス化」によって事業変革を実現した企業が生まれつつあり、これこそがDXの本丸だというのが私の持論なのですが、日本ではそうした動きがまだまだ活発化していないように思います。

DXに取り組んでいる日本企業はわずか13%。この出遅れの要因は?

——総務省が公開した2021年版の情報通信白書でも、「DXに取り組んでいる」と答えたアメリカ企業が製造業で63.6%、非製造業で55.9%だったのに対し、日本企業は製造業で13.3%、非製造業で13.4%に留まるという調査結果が明らかにされました。こうした差は、なぜ生まれるのでしょうか?

まずアメリカは日本よりも、はるかにデジタライゼーションが進んでいます。ソフトウェアベンダーがひしめいていて、さまざまなデジタルツールが提供されている。その中から単なるソフトウェアではなくサービスそのものを提供する「SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)」と呼ばれるツールも生まれるわけです。こういったデジタル化への親和性の差は、アメリカと日本の地理的条件の違いも影響されている気がします。日本の国土は決して狭くはないですが、それでも一日あれば国内のたいていのところには行けてしまう。ところがアメリカではそうはいかないから、なるべく物事をデジタルで処理しようという方向に進んだのではないか。個人的にはそんな仮説を立てています。

アメリカだけではなく、新興国と比べてみても、日本のDXに対する取り組みは出遅れていると言わざるを得ません。この理由は明確で、これから産業を育てていこうという新興国では、デジタルが前提になっているため、そもそもDXがデフォルトであるためです。しかし日本には、すでに確固たる産業基盤が築かれています。その完成度が高いため、DXをしなくても悪い意味でなんとかなってしまう。こういう背景が、日本のDXにスピード感が伴わない、大きな理由の一つだと思います。

——DXの遅れは、社会にどのような弊害をもたらすのでしょう?

先ほど「悪い意味でなんとかなってしまう」と言ったのは、そのしわ寄せがその産業の従事者に及ぶからです。業務の仕組み自体が非効率的なのに、それでもビジネスを成り立たせようとしたら、結局はそこで働く人々に負荷をかけることになってしまう。これが短期的な弊害です。そして長期的には、DXの遅れは産業全体の成長の鈍化にもつながっていきます。これは社会的にも非常にリスクが大きい。この危機感こそが、私たちがDXと並んで産業変革「IX(Industrial Transformation )」を提唱する理由の一つです。

産業構造のトランスフォーメーションが、DXの近道にもなる?

——IXという言葉にはじめて触れる方も多いと思います。改めてどのような考え方なのか、教えていただけますか?

DXが個別企業のトランスフォーメーションを指していたのに対して、IXは産業全体のトランスフォーメーションを指しています。実はIXという言葉こそ使っていなかったものの、この考え方自体は数年前から私の頭の中にありました。弊社では7年ほど前から投資事業を開始していますが、そのなかで衰退産業、または旧来型の仕組みのまま変化がなかった産業が、ITによって息を吹き返し、大きく変化していく様子を度々目にしてきました。

特に印象的だったのが、スペースマーケット社の事例です。彼らはこれまで「所有」または「賃貸借契約」しか選択肢のなかった不動産を、誰もがインターネット上で簡単に時間単位の貸し借りができるようにしてみせた。つまり「空間」を不動産(モノ)ではなく、シェアリングできるサービスへと変えてしまったのです。こうしたアズ・ア・サービス化をDXと併行して、全産業的に進めていきたい。サービスへとトランスフォームしていくことで、多くの産業を変革していきたい。そう考えたことからIXという言葉を提唱するようになりました。

——デジタルホールディングスが今後展開していくIXの方法について教えてください。各企業のDXの先に、産業全体がIXへと至るということなのでしょうか?

もちろん個社のDXが進んだ結果、業界全体のトランスフォーメーションが実現するという考え方もできるでしょう。しかし、DXの取り組みが出遅れている日本では、むしろ先に産業構造の仕組み自体を変えてしまい、その上で個社のDXを波及させていくほうが、近道かもしれません。現時点では、どちらがベターなのか分からないため、デジタルホールディングスとしては、個社個別のDXと業界全体のIXを両輪で回していくという戦略を採用しています。

——DXとIXでは、その進め方にも違いがあるのでしょうか?

そうですね。DXの場合は、ヒアリングなどを通じて個社個別の課題を抽出することが第一歩となりますが、IXの場合は産業構造を俯瞰して共通課題を見出し、それをデジタルの力で解決するというアプローチを取ります。つまり最初の課題設定のレイヤーが、全く異なるのです。
自ずとして得られる成果にも、違いが出てきます。DXの成果は、個社にフォーカスしたものなので必ずしも再現性があるとは限りません。反対にIXは共通課題に対するアプローチなので、必然的により多くの企業がその成果を享受できる。従って業界全体に与えるインパクトは、IXのほうが大きいと言えるでしょう。

一方で、IXは産業に与えるインパクトは大きいものの、個社の満足度はDXほど高くはないかもしれません。そう考えると、IXで得られた成果をカスタマイズして、個社のDXを実現するという方法もあり得るでしょう。これらを踏まえると、やはりIXを先に進めておくことがDXの近道になるように思います。

インサイドプレイヤーとともに、産業を内側から変革

——具体的にデジタルホールディングスでは、どのようにIXに取り組んでいますか?

中心となってIXを進めているのは、今年9月にオプトデジタルから社名を変更したリテイギ社です。今のところ主流なのは、業界の内部情報に詳しいインサイドプレイヤーと手を組んで、ともに共通課題を整理していく手法です。その好例となるのが、薬局業界のIXを目指している、かかりつけ薬局化支援事業「つながる薬局」。同事業のオーナーである松原が薬局業界の知見を有していることに加え、業界を変革したいという志を持っていたメディカルシステムネットワーク社というインサイドプレイヤーとの出会いがありました。彼らと協力し、合弁会社をつくることで、デジタル時代の「新たな医薬プラットフォーム」の創出を目指しています。

——インサイドプレイヤーと組まずに、リテイギ社が単独でIXに挑戦するケースもあるのでしょうか?

今後はその可能性も十分にあり得ると思います。私たちだけで業界を分析し、課題解決のためのツールやサービスを開発した上で、自分たちの営業力を使ってユーザーを開拓していく。そういったパターンも生まれるはずです。ただし、この辺りについては、産業の性格に左右される部分が大きいかもしれません。コネクションがものをいうレガシー産業や、薬局業界のような規制産業の場合は、やはりインサイドプレイヤーと組んだほうが、変革がスムーズに進むように思います。

ちなみに規制という観点に近い例でいうと、先ほど紹介した薬局業界のIXは、薬機法の改正によって、服薬フォローが義務化されたという外部要因を追い風にしている側面があります。今後もIXを進める上では、国の規制のトレンドを的確に把握していくことが、一つのポイントになるでしょう。さらに私たち自身が、IXを見据えた規制緩和のためのロビー活動なども担えるようになるのが理想的です。国の規制と果敢に戦う、スタートアップのイノベーターたちを見習うべき部分ですね。

産業の仕組みを変えなければ、強い豊かさは手に入らない

——デジタル化が遅れている日本では、IXを必要としている産業は多そうですね。

おっしゃる通りです。特に薬局業界のように、全体の市場規模は大きいものの、トップ企業ですらシェアの数%しか握れていないような、ロングテールな業界にこそIXが必要だと思います。一社一社ではDXの予算が組めなくても、IXであればそのコストを実質的に業界全体で分散できるからです。これもDXとは異なる、IXならではのメリットでしょう。

——IXが進むことで、社会にはどのような変化があるでしょうか?

人間にしかできない仕事に、人間が集中できるようになるはずです。IXに限らず、これがデジタル化の最大のメリットではないでしょうか。先ほど申し上げた、薬局業界のIXの例でいえば、バックヤードの事務処理などをデジタルの力で効率化することで、薬剤師の皆さんは服薬指導をはじめとした患者さんとのコミュニケーションに力を注げるようになる。テクノロジーに任せられる仕事はどんどん任せて、人間は人間にしかできない付加価値の高い仕事に従事できることが、理想の環境だと考えています。そうなれば労働時間を短くしながら、より高いパフォーマンスを発揮することもできるはずです。

産業全体の生産性が上がれば、そこで働く人々の所得も上げることができるのではないでしょうか。現在の社会では、非効率な産業構造のせいで、適正な所得が得られていない人があまりにも多すぎる。農業などは、まさにその代表です。私はIXを実現すれば、農業の平均年収を1,000万円にまで高めることだって不可能ではないと感じています。金融やITといった一部の業界に富が偏在するのではなく、誰もが自分の本当にやりたい仕事で適正な収入が得られる社会をつくるためにも、IXの実現は必要不可欠だと感じています。

インターネット広告代理店から、IX / DXカンパニーへ

——最後に今後のデジタルホールディングスの展望について教えてください。

まず挑みたいのは、広告業界のIXですね。これはまさに灯台もと暗しなのですが、今まで私たちが収益の柱としてきた広告業界は、典型的な「マンパワーでなんとかしてきた」業界です。働く皆さんは非常に付加価値が高いスキルを有しているのに、産業構造の仕組みに縛られて適正な評価を受けられていない。私自身、そんなもどかしさを感じてきました。広告業界を変革するイノベーターとして、自分たちで自分たちの価値を再定義していくことも、これからの私たちが成し遂げたい仕事です。

もちろん、ほかの産業のIXにも、引き続き積極的に取り組んでいきます。一つ、二つと着実にIXの成功事例を増やし、いつかは「IXといえば、デジタルホールディングスだよね」と呼ばれるグループを目指していきたい。日本でしっかりとノウハウを蓄積したら、いずれは海外でのIXにもチャレンジしてみたいですね。インターネット広告代理店から、日本を代表するIX / DXカンパニーへ。その変革に勇気を持って挑んでいきたいと考えています。

野内 敦

株式会社デジタルホールディングス 代表取締役社長 グループCEO
Bonds Investment Group株式会社 代表取締役

2020年4月、株式会社デジタルホールディングス代表取締役社長 グループCEOに就任。同社共同創業者。2006年からCOO、その後数々の戦略子会社の設立・運営に携わる。2013年より投資育成事業の責任者として陣頭指揮を執り、出資先への経営指導やビジネスモデル開発において、数多くのベンチャー企業のIPOを支援し大きな成果を収める。現在はBonds Investment Group株式会社の代表取締役を兼務。

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