物流の要、トレーサビリティ技術の発展がもたらすEC革命。
2020/4/14
世界のEC市場は伸び続けており、一部の調査では日本のEC市場も2020年には10兆円を突破するのではと言われている。人々の移動が制限されている今、その予測を大幅に上回る需要が現れていることだろう。
そんなEC市場の盛り上がりとともに、成長を続けてきたのが物流市場だ。シェアリングデリバリーなど新たなサービスも生まれ、商品の運び方はより多様になった。ゆえに「今、どこにあるのか」を追いかけるのがより難しくなり、ユーザーへ商品の位置情報を送るのにコストがかかるようになったのも事実だ。
そんな物流の課題に目をつけ、商品の位置情報を管理するトレーサビリティサービスを生み出したのが、香港のスタートアップAfterShip社だ。2011年の創業以来サービスを拡充し続け、いまや世界中の名だたるEC事業者が同社のサービスを導入している。
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※本取材は、2020年1月に行われたものです。
世界中のEC事業者がこぞって導入するトレーサビリティサービス
Teddy Chan:EC会社、特にグローバルに事業展開している会社は商品発送にたくさんの運送会社を使っています。多いところではその数は数十にものぼり、一つひとつの商品がどのように配送されているのか確認することは大変です。私達のサービスを使えば、情報を一つのプラットフォームにまとめ、物流の流れが簡単に把握できるようになります。サービス自体は定量課金で、物の行き来が多いほど利用料をいただく仕組みです。
多くのグローバルECショップが同社のサービスを利用しており、EC業界の中ではある種インフラ的なポジションを築いているという。
Teddy Chan:今世の中に存在するグローバルなECプラットフォームのほとんどは我々のお客さんです。日本では、まだ越境ECが進んでいないですが、EC事業が盛んなアメリカではAmazonをはじめ多くの企業が我々のサービスを利用しています。今の所、お客さんの比率で言うと60%ほどがアメリカ、20%はヨーロッパ、残りの20%が日本や東南アジア、オーストラリアの企業です。
我々はマーケティング部門、PR部門を持たず、宣伝も一切行なっていません。にも関わらず、ありがたいことにクライアントの方からご連絡をいただきます。
ECモール最適化のためのトータルサービスもご提案
Teddy Chan:一般的なSaaS型のサービスはコスト削減を目的に設計されます。しかし、我々のサービスは企業の売り上げアップのためにも活用可能です。例えば、iPhoneを買い、明日届く人に「ケースは必要ありませんか?」と広告を送ることもできます。商品の流れを全て把握している我々にしかできないサービスです。消費者にとっては、本当に必要な物のレコメンドが来るので、自分で探す手間が省け、便利です。
発送前、発送途中、税関前、税関後などのタイミングで通知を行い、全ての通知時に、単純な物流情報のみではなく商品・サービスやブランディングのための広告を配信できます。ECの成熟に伴い、一人のお客さんを獲得する費用がどんどん高くなっている中で、効率の良い広告配信方法なのではと思います。
また、つい最近リリースした新しいサービスでは、サイトの表示速度をあげるサポートも行います。大きなECモールだと表示速度が0.1秒早くなるだけで売り上げが1%上がったりします。また、表示速度が上がればGoogleの検索優位性も高まるため、よりユーザーに見てもらえるようになるのです。
日本企業へもサービスの提供を考えているAfterShip社だが、そのためには障壁もあるのだと言う。
Teddy Chan:日本のECショップは他国のものに比べて、非常に競争優位性が高いと思っています。例えばアメリカのECで雑誌を買った場合、届くと商品がぐちゃぐちゃだったりします。一方日本企業なら丁寧に梱包され、綺麗な状態で届きます。ユーザーの心象は全然違いますよ。
ただ、日本の企業には3つの弱点があるんです。1つ目は決議が遅いこと。2つ目は最先端技術の受け入れが遅いこと。3つ目はグローバル進出が遅いこと。総じてスピード感が遅く、他国と比べるとスピーディーにサービス展開ができない状況です。
求められるサービスを生み出すため、人への投資は惜しまない
Teddy Chan:市場には多くのニーズがありますが、それに応えるためには人材の育成が必要です。うまく育成できれば人材は人財に変わります。そのために特に社員の達成感を大事にしています。達成感があればモチベーションがあがり、より高いパフォーマンスを出してくれるからです。
そのためにも、もっと自社サービスを使ってもらう会社数を増やしたいです。現状、アメリカのECモールの中で売り上げ上位ランキングの半分以上は我々のお客様です。引き続きシェアの拡大を進めるのと、培ったノウハウを活かして、日本や中国などでも大きく展開していきたいと思っています。最終的には全人類が我々のサービスを使って買い物するようにしたいですね。
既存社員がやりがいを持てるようにすることと合わせ、優秀な人材の獲得にも力を入れている。
Teddy Chan:毎年の売上は100パーセント、事業拡大のために投資しています。人員の拡充も進めていて、もともと5名から始まった会社ですが、毎年倍々で増やしてきました。
ただ、問題なのは優秀なコンピューターサイエンスの知識を持った人の確保です。本拠地である香港には700万人の人がいますが、そのうちコンピューターサイエンスを学び、大学を卒業する人は毎年300人もいません。
そこで、より多くの優秀な人材を確保するため、中国の深セン市に目をつけ、会社ごと引っ越しました。深センは「アジアのシリコンバレー」と呼ばれるほどIT企業が多く集まり、それに伴って、ITに強い人材も多く集まります。数で言うと13万人ほどのIT人材がこのエリアにいます。しかも、皆学校を卒業したてではなく、実戦経験のあるプロの人たちです。そんな人財にアクセスするためなら会社の場所を変えることは当然だと思っています。
サービスの原点は、自社物流システムに感じた課題感
Teddy Chan:幼少期私の家は貧しく、さらに稼ぎ頭であるはずの父が他界していました。そのため、小学5年生の時から母のために働いてましたね。欲しいものを買うお金もなかったので、近所で不要になったものを回収して、それを友達に販売し、お金を稼いでいました。
大学生の時、当時中国で流行したSARS対策のため、人々がオンラインで打ち合わせなどする頻度が高まっていたことに目をつけ、日本のテレビ会議システムの販売を始めました。社会の潮流をうまく捉えることができ、大きく売り上げをあげることができました。
ところが、パートナーから騙されて会社のお金を持ち逃げされ、残ったのはオフィス賃料などの借金だけ。そこでお金を稼ぐため、今度は当時流行していた音楽再生プレーヤーの販売を開始。中国で仕入れ、一番高く売れたイギリスへ販売を行なっていました。
仕入れから出荷、問い合わせの処理まで全部自分達で対応する中、困ったことが起きます。それは、物流の流れが遅くお客さんから「注文した商品は今どこにあるの?」という問い合わせが大量に届いたこと。その処理に非常に時間がかかっていました。そこで考案したのが、現在自社で提供しているトレーサビリティシステムでした。おかげで20名以上の人が対応にかかりっきりだった状況が一変し、3名ほどで対応できるようになりました。
その時は、トレーサビリティシステムをサービスとして売り出すつもりはありませんでした。しかし、それから数年間、会食などでEC業界の人と話すたびに昔の自分たちと同じように、物流に関するオペレーションの問題で悩んでいるのを聞き、それなら課題解決のためにサービスの提供をと始めたのが今の事業です。
AfterShip Introduction
EC最適化のためのあらゆるサービスの提供を
Teddy Chan:最初はトレーサビリティサービスの展開を行なっていましたが、今は色々なサービスを展開していて、今後もそのサービスの幅は大きくなる予定です。
今後、まずはクライアントの数を今以上に増やしたいと思っています。ECでの買い物が当たり前になってきている昨今、この市場はどんどん大きくなってきており、グローバルに展開する企業も増えてきています。そんなEC事業者のサポートをしていければと思います。
また、引き続き新しいサービスの開発も進めていきたいです。今考えているのはオンラインとオフラインがうまく連携する仕組みを作ること。デジタル化が進み、オンラインで完結できることが多くなってきたとはいえ、店舗など人と人とが関わる場所はなくならないと思っています。オンラインだけにならず、常にオフラインとの接点を意識しながらサービスの設計をしていきたいです。
AfterShip社が展開するEC最適化にまつわる様々なサービス。大手ECサービスから離脱し、自社ECに回帰する動きもある中、日本のECショップにとっては事業をドライブするため必須のサービスだろう。