データ・ドリブン経営に舵を切るヤマトホールディングスの未来展望
2022/1/27
宅配業界最大手のヤマト運輸を擁するヤマトホールディングスが2020年1月に発表した経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」。同プランでは、積極的にDXを取り入れ、これまでの経験と勘に頼った仕事の進め方から、データ・ドリブン経営に舵を切ることを宣言しています。コロナ禍によるEC需要の拡大や人材不足の影響で、大きな転換期を迎えている宅配業界。業界のトップランナーはDXにどのような活路を見出しているのか。ヤマト運輸株式会社で執行役員を務める中林 紀彦氏のDXにかける想いを伺いました。
Contents
ざっくりまとめ
- 時代の変遷に伴い、1976年に生まれた宅急便のビジネスモデルそのままでは通用しなくなってきた。そこで、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を策定。
- ライフスタイルの変化に合わせて荷物の受け取り方法も多様化。AIを駆使して3ヶ月先の荷物量を予想するなど、ネットワーク全体の生産性を高めるための取り組みも行っている。
- 経営陣を含む全社員を対象にした「Yamato Digital Academy(YDA)」ではデジタルの基礎から、スペシャリストを養成する科目まで、多様なカリキュラムが組まれている。
- これからも社会的インフラとしてあり続けることが目標。車両や配送拠点など現実世界の経営環境をデジタル空間上で再現したデジタルツインを構築し、予測データに基づいて欲しいときに欲しいモノが届く世界を実現する。
EC荷物急増に伴い、45年以上前に確立された「宅急便モデル」からの転換が急務に
創業は1919年、当初は大口の荷物を運ぶトラック運送事業からスタートしました。1976年に宅急便を開始した当初は、個人宅から個人宅への荷物の配送がメインでしたが、そこからスキー宅急便、ゴルフ宅急便、クール宅急便とサービスを拡充してきました。コロナ禍を契機に人々の生活様式が変化したことで、EC商品の荷物が急増し、2021年度は年間で約21億個の荷物を取り扱いました。クロネコメンバーズには約5,000万人の個人会員、ヤマトビジネスメンバーズには約130万社の法人会員にご登録いただいています。全国各地に事業所が約3,700ヵ所、中継ターミナルが約77ヵ所という膨大なフィジカルリソースを持っています。
しかし、時代の変遷に伴い、従来の宅急便のビジネスモデルだけでは社会のニーズに合わなくなってきている面もあります。個人間での配送がメインだった時代は1ヵ所の拠点に荷物を集約し、そこから各地に運ぶ「ハブアンドスポーク」というモデルで運用してきました。しかし、EC事業者から出荷される荷物が多くなった現代は、EC事業者の倉庫から個人宅に荷物が運ばれることが増えたため、EC専用の新しいネットワークを整える必要があります。
そして、個人のライフスタイルの変化やコロナ禍の影響もあり、荷物の受け取り方のニーズも変化しています。76年に開始した宅急便のビジネスモデルのままでは、この先経営が立ち行かなくなるという危機感が生まれ、2020年1月に経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を発表しました。「YAMATO NEXT100」では、「お客さま、社会のニーズに正⾯から向き合う経営への転換」「データに基づいた経営への転換」「共創により、物流のエコシステムを創出する経営への転換」という大きな三つの基本戦略を掲げています。
過去2年分のデータをAIに学習させ、3ヶ月後の荷物量を把握する
従来のデジタル基盤では、リアルタイムに配送状況を追える状態ではありませんでした。現在も改善を続けていますが、例えば宅急便の午前中の時間指定は、4時間の枠での指定になります。これは荷物データをスキャンしてリアルタイムにトレースする仕組みが整っていなかったからです。また、お客さまから荷物をお預かりした時点と配達が完了した時点でのデータは取れますが、中継するセンターやターミナルではスキャンされる場所とされない場所があります。そのため、ECで商品を購入してお荷物の発送通知を受け取った後に、中継情報がないまま荷物が届くケースがあります。データを取得する仕組みがまばらだと、荷物の位置情報が正しく把握できません。今後は荷物が今どこにあるかをリアルタイムでお知らせできるようにしていきたいと思っています。
——荷物の受け取り方法も以前と比較してかなり多様化しましたね。ヤマト運輸のLINE公式アカウントで、再配達の依頼や受け取り場所の変更が手軽にできるようになったのも、ユーザーとしてはありがたいサービスかと思います。
ユーザーが日常的に利用しているLINEを活用することで、これまでよりスムーズかつ簡単な操作で、お客さまのニーズに応えられるようになりました。受け取り方法についても、セールスドライバーから対面で受け取るだけではなく、コンビニや弊社の直営店まで足を運んでいただく方法もあれば、駅やスーパーなど生活導線上に設置されているオープン型宅配便ロッカー「PUDOステーション」で受け取ることもできます。また、2020年6月に発売したEC向け配送商品「EAZY」では、ご自宅の玄関ドア前や、車庫、ガスメーターボックス、自転車のカゴなど、ライフスタイルに合わせた受け取り方法を、受け取る直前まで選択できます。もちろんお客さまが安心して荷物を受け取るためのリスクヘッジについても検討しています。オートロックのある集合住宅でもEAZY対応商品を配達する際にデジタルキーで解錠して、玄関ドア前の置き配ができるような仕組みにも取り組んでいます。
また、生活導線上でEC商品の受取・返品ができるシステムを構築しています。Doddleというイギリスの企業と提携して、ドラッグストアやスーパー、クリーニング店などDoddle社のシステムを導入している店舗であれば二次元コードを提示するだけで簡単に荷物が受け取れるようになりました。加えて、手続きが面倒だったEC商品の返品も手軽に行えます。今までの返品はEC事業者の窓口に連絡を入れ、伝票に必要事項を手書きで記入し、コンビニなどから返送する必要がありました。「デジタル返品・発送サービス」は、返品に必要な二次元コードが記載されたメールが届くので、店頭で二次元コードを提示するだけで返品が可能です。
——AIを導入した改革はどのようなものがあるのでしょうか?
過去の約2年分のデータを機械学習させることで3ヶ月先の荷物量を予測しています。ヤマト運輸は約6,500のセンターがありますが、これまでの個人の経験などにデータを組み合わせて、人員や車両配置など最適なオペレーションが実現できるよう進めています。クリスマスなどのイベントシーズンには荷物量が増えますし、曜日や天候、季節などの影響も受けるので、先を予測するのが非常に難しいです。特に天候は予測が難しく、3ヶ月先の具体的な天気を予測することは不可能です。まだ導入したばかりで試行錯誤を繰り返しており、データ分析の精度が高い店舗もあれば、ブレ幅の大きい店舗もあるので、そこの予測精度を高め現場で活用しやすくなるよう修正を重ねています。
経営陣を含む全社員を対象に、3年間で1,000名のDX人材を育成
YDAは全社員がデジタルに強くなることを目指して立ち上げました。対象は経営陣、各事業・機能本部のリーダー、デジタルのスペシャリスト人材、現場の社員という四つのカテゴリに分けています。DXの基礎スキルを学ぶコースでは、ロジカルシンキングやクリティカルシンキング、デザインシンキングといった思考の基礎から学びます。経営陣にはさまざまなDX事例を知ってもらい、テクノロジーのトレンドを理解し、経営にどう活かしていくかを考えてもらいます。スペシャリスト向けのカリキュラムでは、アジャイル開発やデータサイエンスなど、本格的にデジタルのアーキテクチャを学んでいきます。
——社員向けのDX教育を実施している企業は多いですが、経営陣向けのカリキュラムは珍しい気がします。
DXを成功させるには、専門部隊だけではなく全社員のデジタルリテラシーの底上げが必要と考えています。そのため、自社の中でデジタルをどう活用できるのか事例を含めて学んでもらうことが重要です。ビジネスサイドの社員も「デジタルツールとはなにか?」を理解しながら、物流オペレーションやサービスを提供してもらう必要があります。
——「DXを成功させる鍵は経営陣の本気度にある」とよくいわれますよね。
そのとおりだと思います。デジタルツールがなければ多様なサービス展開ができません。デジタルを使いこなせなければ競争に勝てないという危機感を、経営トップも含め多くの経営陣が持っています。
——こちらの受講は対面でしょうか、オンラインでしょうか?
コロナ禍の影響もあり受講はすべてオンラインです。オンラインなので地方勤務の社員も受講できます。講座については、ストラテジックな科目であれば外資系のコンサルティングファーム、プログラミングなどの実務はAIの研修を専門にしている企業など、それぞれ得意とする専門家に依頼しています。ありもののカリキュラムを用意しても、どこかやらされ感が出てしまうので、私たちの業務に合わせたカスタマイズを施し、受講者に自分ゴトとして受け取ってもらえるよう工夫しています。
——これまでの受講者数と、具体的な受講期間を教えてください。
今年度よりスタートし、すでに150名ほどが受講しています。3年間で1,000名の受講が目標です。受講期間については、現場でExcelのマクロを使いこなすようなライトな内容は2日間、事業リーダーを育成するコースは3ヶ月とコンテンツによって異なります。
デジタルツインを構築し、欲しいときに欲しいモノが届く世界を実現
12月6日に、岡山県和気町でドローンを活用した医薬品輸送の実験を行いました。目的は、中山間地域における持続的な医薬品の輸送ネットワークを構築することです。まず、卸業者から集荷した医薬品を弊社のセンターから病院へドローンで運びます。そして、調剤薬局から処方薬を小型のドローンで届けるというものです。小型のドローンを使って約8キロ離れた患者さま宅まで約8分で届けることができました。
——日本の国土の大半を占める中山間地域では、物流の課題はたくさんあるかと思います。
どんな地域に住んでいる方にも持続的に輸送サービスを提供するため、ドローンやロボット、自動運転車など最新のテクノロジーを活用し、効率よくモノを運ぶネットワークをどんどん展開していくつもりです。
——物流は都市や社会の発展と切っても切り離せない関係にあります。ヤマトグループは社会にどんな価値を提供する会社でありたいと考えていますか?
社会的インフラとして機能し続けることです。そのためには持続的な企業であることが重要です。そのため、サステナブル経営にも力を入れています。ヤマトグループは約57,000台の車両を所持しているため、CO₂排出量の削減やグリーンエネルギーの使用は必須だと考えています。
——最後に、今後の展望を教えてください。
デジタルツイン構想を実現したいです。弊社が所有するフィジカルなリソースをデジタル空間上で再現しサイバーレイヤーをつくれば、データ分析や機械学習を駆使した荷物動向の予測や、時間帯や届ける場所、季節に応じて適切な値付けをするダイナミックプライシングが可能となります。また、物流ネットワークをダイナミックに変えて、お客さまが「ここで受け取りたい」と思った場所に合わせてルートを決めることで、荷物が届くというよりも生活導線上に欲しいモノが現れるという体験をつくっていきたいです。
私たちはフィジカルとデジタルを使いこなす必要があります。約22万人の社員と約57,000台の車両というフィジカルのリソースをどうやってデジタルでフォローするか。従来のサービスを底上げしつつ新サービスを展開し、これまでにない新しい体験を提供していきます。
中林 紀彦
ヤマト運輸株式会社 執行役員
デジタル機能本部 デジタルデータ戦略担当
日本アイ・ビー・エム株式会社においてデータサイエンティストとして顧客のデータ分析を多方面からサポート、企業の抱えるさまざまな課題をデータやデータ分析の観点から解決する。株式会社オプトホールディング(現:株式会社デジタルホールディングス) データサイエンスラボ副所長、SOMPO ホールディングス株式会社チーフ・データ サイエンティストを経て、2019年8月にヤマトホールディングス株式会社入社。2020年3月同社執行役員。2021年4月からヤマト運輸株式会社執行役員に就任。重要な経営資源となった“データ”をグループ横断で最大限に活用するためのデータ戦略を構築し実行する役割を担う。また筑波大学大学院の客員教授、データサイエンティスト協会の理事としてデータサイエンスに関して企業の即戦力となる人材育成にも従事する。