目指すのはマーケティングの民主化。ラクスルCMOに聞く、デジタルシフト成功の秘訣

印刷の価格比較サイトから始まったラクスルは、印刷や物流のシェアリングサービスでマザーズ上場を果たしました。長い歴史をもつ印刷業界にデジタルを導入したほか、現在はテレビCMにもデジタルの観点を持ち込み、安価でターゲティング可能なCMをサービス化しています。ラクスルが既存産業のデジタルシフトを成し遂げる背景には、どんな思考や取り組みがあるのか。そして、その先に描く未来とは。取締役CMO・アドプラ事業本部長の田部正樹氏に伺いました。

中小企業にもマーケティングサービスを提供するために

――田部さんが現在されていることを教えてください。

田部:現在取り組んでいることは大きく2つ。一つは、ラクスルの取締役CMOとして、ラクスル自体のマーケティングをしています。新規のお客様がネット印刷にシフトしていただくために、テレビCMやウェブマーケティング、PRなどさまざまな手法を駆使しています。

もう一つは、自社マーケティングで培ってきた知見を生かした他社支援。特に注力しているのがテレビCMです。デジタルを使った分析でテレビCMの効果を測定し、ターゲットを定めて安価で放映できるようにしました。僕は責任者として、この事業を推進しています。

――ラクスルに入社されるまでの経緯を聞かせてください。

田部:僕はもともと、新卒からラクスルに入社するまでの10年間、アパレル業界やウェディング業界のBtoCマーケティングを担当していました。働いていたのは比較的大きな会社だったので、予算をかけて様々な施策に取り組めました。しかし取り組むうち、そういったマーケティングの技術は、一部の企業にしか使えないものだと気が付いたんです。

僕の周囲にはスモールビジネスをしている人が多く、マーケティングの知識がなく予算もかけられない中で、価格を決めたり、集客の方法を考えたりしていました。そんな中小企業の人たちが、大企業がやっている技術や手法を使える状況になればいいと思ったんです。「マーケティングの民主化」が自分のテーマだと考えるようになりました。

ラクスルは、印刷の発注をリアルからネットに切り替えて誰もが使いやすくすることで、印刷の民主化をしてきた会社です。しかも、ラクスルが取り扱っている印刷物の6〜7割は、チラシやパンフレットなど、集客が目的の印刷物。お客様にとって印刷は手段の1つであって、目的は集客、プロモーションです。ラクスルを大きくできれば、最終的には中小企業に向けてマーケティングサービスを提供できるのではないかと思い、ジョインしました。

業界の慣習を活かした上で、デジタルシフトを推進する

――入社されてからは、どのようなことに取り組まれたのですか。

田部:まず、僕が入った2014年ぐらいから、マーケティングを本格的にやり始めました。CMで認知度を上げることで、売り上げがかなり伸びましたね。ただ、15年から16年にかけて、新規の顧客は増えていく一方で、リピート率が下がってきました。

リピートしてくれるお客様がいないと、ECのビジネスモデルは崩壊します。かなりの危機感を持って価格を改定したり、ABテストしてUIを改善したり、クーポンを出したりと一通り施策を試しましたが、全然ダメでした。

そこで、短期的なマーケティング手法に頼るやり方を捨て、長期でお客様の満足度を上げに行く方針に転換したんです。今までは1カ月の単位で結果を求めていたところを、1年ぐらいの中長期で取り組むことにしました。

具体的には、実際に現場にいって業務を体験し、業界に対する理解度をさらに上げるところから始めました。折込チラシのポスティングや、工場での裁断などを体験しました。印刷業界は、ファックスや電話などのアナログが主流で、デジタルシフトが進んでいないところがほとんどです。業務も多重下請け構造になっていて、オペレーションが複雑、非効率な部分も多くありました。

しかし一方で、長年仕事に携わってきた人は、スキルが非常に高いことがわかりました。裁断をやってみても、僕らが一朝一夕でできるものではないんです。そういった良い部分、人にしかできない部分を残しつつ、人がやらなくても良い部分をデジタル化するべきだと思いました。

僕らが提供するサービスは、画面の中だけで完結するのではなく、印刷や広告、物流といったリアルなサービスです。だから携わる人や、業界の慣習も非常に重要。既存の業界を壊して変えるのではなく、どうデジタルと融合していくかを重視しました。これまでの業界の人々の慣習や歴史、経験を活用した形で、もっと上手くいく方法を見出す。例えばこれまで1時間かかっていた作業を効率化し、10分に短縮するような方法を取っていきました。

テレビCMもポスティングも、誰もが使えるものに

――業界の既存のいいところを残したまま、デジタルシフトを実行されたのですね。例えばどんなサービスがありますか。

田部:例えば、チラシの折り込みやポスティングを簡単にする、地図からのシミュレーションサービスです。ウェブ上に表示された地図でチラシを配布したい範囲を選択すると、折り込みだったら、新聞を読んでいる人の数が自動算出されます。

ポスティングでは、町の何丁目単位まで範囲を選ぶことができます。そこから価格を自動算出し、ウェブ上で予約することができるんです。インターフェイスはデジタルで先進的に見えますが、 実はこれ、紙の地図を広げてやっていたことを、そのままデジタル化したものなんです。

――新聞販売店やポスティング業者と提携しなければできないと思いますが、デジタルシフトに抵抗はありませんでしたか。

これまで業者の方々がやっていることを変えずにオペレーションを組んだので、導入していただけました。業務を理解した上で、彼らがやりやすい管理画面や手法を開発したんです。全く新しいものを提示したら戸惑うと思いますが、基本的には既存のサービスがデジタルの力で、少し速く、簡単になっただけ。そのため、デジタルシフトしやすかったと思います。

――既存の商習慣やオペレーションにのっとって、より良くする形でデジタルシフトを進めていったのですね。折り込みやポスティングの他にも、事例となるサービスはありますか。

テレビCMのサービスです。CMは何千万円かかるイメージがあるかもしれませんが、実は番組1本単位なら、数万円で出せるんです。番組1本単位で数万円からCMを出稿できるサービスを、テレビ局と共同で開発しました。

テレビCMも、データをしっかり取って分析すればターゲティングできるようになります。例えば幼児向けのおもちゃだったら、深夜のニュース番組の時間帯にCMを流してもあまり効果は期待できません。でも朝の子ども向けアニメ番組の間に流れたら、ターゲットとなる子育て世代の親にリーチできますよね。そんな風に番組1本単位でテレビCMを出稿できるようにしたのです。

これまで自分たちでチラシを配ったり看板を出すのが精一杯だった企業でも、リーチの広いテレビCMという新しい集客方法にチャレンジできる。短期間で認知度をあげられますし、PRにもなって急に営業成績が上がる事例も生まれました。

他には、「オンラインデザイン」というサービスもあります。これはチラシのテンプレートを選んで、その場でデザインできるツールです。うちのお客さんが入稿するチラシのデータの約半分は、専門のDTPソフトではなくて、オフィスソフトで作ったもの。制作に時間もかかるし、デザインを取り入れればもっと多くの人に見てもらえるチラシになるかもしれません。そこで、あらかじめデザイン性の高いテンプレートを用意して、誰でも簡単にデザインが作れるようにしました。

テレビCMもデザインも、これまでは専門知識のある人や、一部の企業しか使えないものでした。しかしデジタルを取り入れることで、誰にでも使えるものになる。これまでできなかったことができるようになるんです。入社前目指していた、民主化に近づけているのかなと思います。

デジタルシフトを進め、マーケティングを全ての人へ

――最後に、今後の展望を教えてください。

田部:デジタルシフトといっても、印刷業界のネットの比率は3%程度です。日本におけるB to CのEC化率は8%を超える程度。ドイツでは印刷のネット比率が40%ぐらいありますし、中国ではB to CのEC化率が15%を超えています。世界的に見たら、日本のサービスはまだまだデジタルシフトが進んでいません。

そういう視点に立つと、ラクスルのサービスは世の中の人たちに伝わっていない。5年や10年かかるかもしれませんが、我々が使いやすいサービスを作って、世の中のネット比率を地道に上げていきたいと考えています。

僕としても、やりたいことはまだまだ実現できていません。テレビCMも2018年からやり始めたところで、「誰でも使える」状態にはなっていない。例えば地域のラーメン店のオーナーがテレビCMを打てるような、誰でも簡単に使える世の中にしたいと思っています。

さらに、マーケティングの活用を進めていきたいですね。マーケティングの4Pで言えば、プロモーションはその中の1つの要素でしかありません。本来、一番重要なのはプロダクトです。良いものを作ることは前提ですが、一方で良いものが必ずしも売れるとは限らない時代になりました。ネットで検索すると、世界中の同じようなサービスが羅列されます。どうしたら世界のライバルの中から選ばれるかが重要になってきています。

そこで役立つのがマーケティング思考なんです。僕らラクスルは、数あるネット印刷の中で選ばれることより、「ネット印刷ならラクスル」と純粋想起してもらうことにずっと取り組んできました。今、うちのサイトに来てくれるときの検索キーワードは「ネット印刷」より「ラクスル」の方が、10倍程度多いんです。

比較されるのを待つのではなく、自分たちが何者か、サービスの独自性が何なのかを伝えていかないと、生き残っていけません。日本経済を元気にするためにも、このようなマーケティング戦略的な考え方を民主化し、日本企業の99%以上を占める中小企業に広げる必要があると思っています。その1つの手法としてテレビがあってもいいし、ポスティングがあってもいい。そのときに最適な手法を、オンライン・オフライン問わずに提供していきたいです。
田部氏が登壇するイベント「オプトベンチャーズ主催『スタートアップの急成長を支えるチーム』セミナー」はこちら
日付:2019年8月30日(金)17:30〜20:30
概要:スタートアップの急成長を支えるチームと題して、いわゆるCxOクラスの経営メンバーがどのようにしてCEOを支えているのかに焦点をあてて開催。ラクスルの田部CMO・福島COO、Wovn Technologiesの上森副社長、ココンの竹内COO、シタテルの鶴COOが登壇する。

プロフィール

田部 正樹(Masaki Tabe)
2014年にラクスル株式会社にCMOとして入社以来、テレビCMを中心に累計50億を超えるマーケティング投資を行い、4年で売上17倍に。CPAを4分の1に低減し、ハイグロースとROI改善を実現。現在はCMO 兼 広告事業本部長として、クライアント企業に対し、効果の出るテレビCM戦略の企画提案を行う。