AI・データ活用の第一人者が語る。AI分野で米中に遅れを取る日本企業が今すぐ取り組むべきこと。

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新型コロナウイルス感染症の流行により、デジタル化、特にデータ活用やAI化を一層推進する企業が増えました。今後、日本企業のAI化やデータ活用はどのように進むのか、また、どうすれば進められるのか。DataRobot チーフ・データサイエンティストのシバタ アキラ氏と、株式会社SIGNATE代表取締役社長の齊藤 秀氏との対談形式でお届けします。

ざっくりまとめ

- コロナによる人々のライフスタイルの変化に伴い、企業が最適なサービスのあり方を見直すため、データ活用を進めている
- AIを活用した数値予測ができても、それを実際のサービスに実装できる人材が少ない
- 日本は技術力が高い国であり、発明の段階では遅れをとっても、実装が進むと他国より価値を生み出せる可能性がある
- AIの活用には現場と会社のトップ、双方のテクノロジーへの理解が必要。それがないとミスマッチが起こり、変革には至らない
- AIも他のテクノロジーと同様に、ひとつの手段として考え、今直面している課題解決に活用できないか、考えてみるところから始めると良い

コロナにより、小売業など「需給予測」が必要な業種でのデータ活用が活性化

ー改めて、コロナによりAIやデータ活用に対する人々の意識はどのように変わったのでしょうか?

シバタ総論として個人・法人ともにデータへの関心は高まっており、法人におけるAI活用という意味では需要予測の分野でより活性化しています。

前提として、人々の需要が変化し、いつどこで何を買うのかが大きくシフトしています。例えば私の母はもうかれこれ半年以上、家から一歩も外に出ていませんが、それでも欲しいものはすべて配達してもらうことで不自由なく暮らせています。

一方のサービス提供者は、人々のライフスタイルに合わせ最適なサービスのあり方を構築することが求められており、先が読めない状況のなかデータの活用を始めるところが増えてきています。また、多くのものがデジタルに移行するなかで、自社のインフラや資産のあり方を改めて見直す動きも始まっています。

ーとくに変化が激しい業界はあるのでしょうか?

シバタまず大きく変化しているのは小売業者ですね。また、そこに商品を提供している消費財メーカーや、製造業者も大きく影響を受けています。これまで通りに出荷して売れるのかという心配がありますし、モノをつくるための材料が手に入りづらくなってきているからです。

ー各企業は、具体的にどのような変化をしているのでしょうか?

シバタ:AIを新しく導入したり、データの活用の仕方を変えたりしています。

例えば、コロナの影響で商品の仕入に必要な需要予測の精度が下がり、これまでのAIモデルでは対応できなくなってきたので、これまで使用してきたモデルをつくり直す会社が増えています。場合によっては、全てをAIに任せるのではなく、ある程度人間が介入するシステムをつくる企業もいらっしゃいます。AIで全てできるのに越したことはありませんが、コロナで状況が複雑になっているなか、人間とAIとがうまく手を組む仕組みを作ることも重要になっているのです。

齊藤:私も同じような世の中の変化を感じています。

また、AIの活用をスタートするにあたって、その前段階で必要なデータ化がうまくいっておらず、準備不足なことに気づく企業も多いと思います。有事になり、今こそ過去のデータが見たいと思っても、きれいに整理されておらず、うまく活用できないのです。

大きな会社であるほど自社の状況を正確に把握することは難しいです。そもそも、うまくデータが集められているのかの把握自体ができておらず、じわじわとダメージを受け続けている可能性もあります。

ーニュースで毎日のように感染者数が取り上げられるなど、人々の間で、データそのものに対する関心度は上がっているのかなと感じます。法人も同じ傾向にあるのでしょうか?

齊藤:法人のデータに対する関心度も高まってきていると思います。日本全体がいよいよ本格的に、データ活用を行うフェーズにきているのではと感じます。

データ活用を現場に実装できる人材が求められている

ーDataRobot社はAIやデータ活用の民主化をミッションに掲げていますが、今後どのように進めていく予定なのでしょうか?

シバタ:現在、人がデータに触れる機会はすごく増えています。データをまとめるためのシステムがあり、それを見るためのツールがあり、分析した情報を誰かがWebサイトに表示するといった一連のサイクルが回るようになってきています。

最近は、データ関連のツールも非常に進化していて、誰でも簡単に必要なデータを集められるようになっています。弊社で提供しているプラットフォームでも専門的な知識は不要で、自動的にデータを取得し、それをもとに何かしらの予測値を出せます。

ただし、手軽につくった予測値モデルを、実際のサービスに実装し、すぐに実運用化できるかといえば話は別です。莫大な予算が確保されているプロジェクトなら可能ですが、例えば、誰か1人が明日までにダッシュボードを作って、さらに運用までできる、といった世界はまだ実現できていません。モデルをつくることと、できたモデルを活用し、価値を生み出すことの間にはギャップがあり、それを解決しなければという課題感を強く感じますね。

ギャップを埋めるには、技術進歩も必要ですが、AIやデータ活用を行う人のリテラシーの高さも重要だと思っています。

齊藤:同感です。私も、今まさに我々の業界には、新しい技術の価値を可視化できる人材が求められていると感じます。

これはAIに限らずIT業界全体でも同じことが言えて、例えばPCやスマホを持っている人の数は非常に多いですが、効果的にIT技術を使いこなせる人はまだまだ少ない現状があります。いまだに一部の専門家がテクノロジーを支えているのです。

だからこそ、Data Robot社が取り組む、専門的な知識がなくてもAIモデルの構築ができるプラットフォームづくりは、これから社会が直面する課題解決に非常に役立つと思っています。AIの担い手が全然足りていないなか、専門家以外の人々巻き込む施策として非常に有効だと思うのです。

ーAIリテラシーの高い人とは、どのような人材なのでしょうか?

シバタ高度な専門知識を持ちながらもプロジェクトの目的を理解し、自らが作るシステムが、ビジネスや社会にどんな影響を与えるのかを意識しながら働ける人材だと思います。​

ここ10年でデータサイエンティストの数は増えていますが、その嗜好性には大きく2種類あります。まず一つは自分の興味のある分野でスキルを上げたいという技術志向型。もう一つは、なるべく短期間でインパクトのある成果を出したいと言うインパクト志向型です。事業会社が求めるのはどちらかというと後者のタイプが多いです。

弊社では、ユーザー向けのトレーニングプログラムを提供していますが、そのプログラムではデータサイエンスに関する知識だけでなく、課題設定の方法など、現場での実装に必要な知識も教えています。

AI分野で米中に負けている日本が見出す活路とは

齊藤:この先どんな世界を生み出していきたいのか、Data Robot社のビジョンを教えていただきたいです。

シバタ最終的には、日本をAIやデータの活用の最先端の国にしたいと思っています。

そのために、現在弊社が提供しているプラットフォームを、予測値を出すだけでなく、意思決定にまで使えるレベルのプロダクトにしたいです。多くの会社でデータ活用を自分たちの手でできるものにし、いわばデータ活用の民主化を成し遂げたいと考えています。

そもそも、データ活用は他社に任せず、自社でやらねばならない部分も大きいと思っています。やってみないとわからないサイエンスの領域であり、データ自体が存在する場所で分析する事が望ましいと考えています。

データ活用が出来る人材を教育するのも解決策の一つではありますが、それでは時間がかかり過ぎます。技術の進歩も同時に成し遂げ、AIやデータ活用の技術を誰もが使えるよう貢献できればと思っています。

日本は今AIの研究分野に関しては、中国やアメリカに負けています。けれども、これから日本人がAIを当たり前のように使えるようになった先に、どんな活用をしていくのかに大きなポテンシャルを感じています。日本のAIを使おうとしている会社は幅広く、アメリカでは金融業界が著しく牽引しているのと異なり、製造業、小売業、製薬業、マーケティング業など多岐に渡ります。

また、日本人は昔から広く技術に高い関心を持ち、あらゆるテクノロジーの普及レベルが高い特徴があります。だからこそ、最終的にAIにより生み出される価値は、他の国より抜きん出る可能性があると思うのです。

齊藤:おっしゃる通り、日本は発明の段階では他国に遅れを取るかもしれませんが、既存の技術と新しい技術をすり合わせることや、新しい技術を取り入れやすいようユーザーUXを高める能力は高いと思っています。これまで、自動車をはじめとした製造業において、その能力を発揮してきました。

逆にこれまでの傾向から、日本人は手触り感が感じられない、仮想空間上のサービスなどはあまり得意ではないのかなと思います。そう考えると、今後AIの実装が進み、手触り感を感じられるようになると、日本にとって有利になるのではと思っています。

シバタ:同感です。

弊社はつい最近、100件以上のAIユースケースを紹介する総合ライブラリ「DataRobot Pathfinder」(https://pathfinder.datarobot.com/jp/)を無償でリリースしました。このライブラリに載っている情報をもとに、多くの企業にAI活用を実践してもらえればと思っています。

AIの活用には、ボトムアップだけでなくトップダウンでの変革が重要

齊藤:誰でも簡単にAIを活用できるようにすることも重要ですが、会社のトップがAI活用について理解し、正しいビジネスモデルを構築することも重要だと思います。そこがチグハグだとミスマッチが起こってしまいます。

例えば、ソフトウェアサービスでいえば、パッケージ型の場合は、直接エンドユーザーの利用状況を把握できないため、データを活用したサービス改善がしにくい。一方、SaaS型であれば、ユーザー行動に基づく商品の改善や、商品上での通知など直接的なコミュニケーションができます。

現在、多くの会社のビジネスモデルはデータに基づく改善が即座にサービスに反映できない仕組みで、だからこそ技術者がAIやデータをうまく活用しきれない現状があります。Google社などデータ活用をうまくできているところは、テクノロジーが直接的に経営にインパクトを与えられる仕組みづくりができているのが大きいと思っています。

最先端テクノロジーにチャレンジしたいと言うエンジニアはたくさんいます。実際、勉強会を開くと何千人もの応募があったりもします。しかし、せっかく勉強しても配属場所や働く場所が、その技術を活用できない構造になっているが故に、いろんな才能が活かしきれていない現状があると思っています。

そんな社会問題をすぐに変える方法は分かりませんが、シバタさんが取り組まれている「DataRobot Pathfinder」は素晴らしいと思います。人間は「こうしたほうがいいよ」といった概念的な説得はなかなか受け止められませんが、事例があると理解を積んでいくことができますので。

シバタ:齊藤さんがおっしゃるように、仕組み上の問題はありますよね。何かやっても、一事例として終わってしまって、組織が変わるまでには至らないことが多いです。

もっとAIやデータの活用を、みんながポジティブに捉えられるようにしたいと思っています。「AI教」みたいな宗教をつくって、それを布教するイメージです(笑)。

企業によっては、「この人が言うなら間違いない」と絶大な信頼を社員から寄せられている経営者がいて、そんな人がAI活用をトップダウンで指示すれば、組織が大きく変わるケースがあります。なので、そんな経営者の方々に働きかけに行ったりもしています。

統計的に見ると、アメリカは日本と比べて、経営者がトップダウンで指示を出すことが多いです。一方で日本の場合は、良くも悪くも現場の声が重視されるカルチャーがあって、会社レベルの変革が起こしにくい傾向があります。そこで会社を変える突破口の一つとして、経営者層にAIやデータ活用の有用性を理解していただき、社内に号令をかけてもらうことが重要だと感じています。

齊藤:宗教は面白いですね(笑)。結局、人間が一番エネルギーを出すには、信じることが必要で、今はまだみんな、AIに対してどこか半信半疑なのかなと思います。自動車が出現したときは、馬車ではかなわないスピードが出て、長い距離走れる、と分かりやすく、信じる力が集めやすかったのかなと思います。AIはまだ、我々の未来を必ず明るくするのかどうか、確信をえない人が多いのかなと思います。

だからこそ経営者は、特に大企業だと任期が短いこともあり、自分が任されている範囲で短期的な成果を求めるのにAIが有効か、疑わしく感じるのだと思います。本当の意味でAIやデータ活用に向き合う人が出てきた時に、いろんな世界が変わるのかなと思います。

シバタ:我々の場合は成功体験を持っているので、AIの力を信じられますが、初めてAIに触れる人たちに広げるためには、どうしても「信じてやっていこうよ」と言う他ありません。今の状況を第三次AIブームなどと呼ぶ人もいますが、僕としては、AIは永続的な変化を生み出す力を持っていると思いますので、その推進を引き続き進めていきたいですね。

AIを手段の一つとして活用し、手元の課題解決を

齊藤一方で、すでに中国とアメリカは国家を挙げてAIやデータ活用を推進していて、このままでは日本だけ取り残されてしまうと言う危機感もあります。

インターネット産業とは関係ない仕事をやっているから平気だと考える人もいますが、そうとも限りません。例えば製造業の現場では、これまで全くITから隔離されていた空間が、ネットワークに接続され、自律制御をAIにより高度化することが可能になってきています。そうなると、今まで培ってきた伝統的なやり方が破壊され、オペレーションのスタイルが一気に変わる可能性もあります。

シバタ:さらに、製造業で考えると、データ活用で生産のノウハウなどを蓄積することで、人間が学ぶよりもはるかに早いスピードでモノの品質を上げられるようになります。日本が30年かけて培ってきたノウハウを、他の国が3年で追い抜くことだって可能です。そうなると鉄など、資源を潤沢に保有している国に負けてしまう可能性があります。

ーAIやデータ活用が当たり前になった未来では、「AIに仕事を奪われる」と考えている人もいます。お2人はどのようにお考えでしょうか?

シバタ:私はあまりAIと人間の対立とは捉えていません。少子高齢化の時代において、技術で人手不足をカバーしなければなりませんし、逆に技術から人間が学べることも多いと思っています。

だからこそ我々は、新しいテクノロジーをどうすれば自分たちのために活用できるのか全力で考えるしかないと思います。AIが当たり前になった未来に何が起こるのかは、誰にも分かりません。準備が必要なのはもちろんですが、それ以前にどうすればもっと品質の高いものが作れるのか、どうすれば効率よく営業できるのかと、手元にある問題を簡単に解くツールとして、使える部分には片っ端から使っていけば良いと思っています。他の技術同様、 AIはひとつの手段にすぎません。ですからとことん使い倒せばいいのかなと考えていますね。

齊藤:アメリカなどの例を見ると、確かに新しいテクノロジーで取り残される人が出てきています。ただ、日本の場合はそもそも人口が減っていて生産力が足りないという状況です。以前よりもスピード感の早い社会の中で、何かしらの貢献を続けるためには、我々自身が価値観や働き方を変える必要があります。アンテナを張って流行を敏感に取り入れつつ、変わっていくことが必要で、何もせずに今のやり方のままでいるのは厳しいと思います。これからも引き続き、手段としてのAIやデータの活用を推進していければと思います。
シバタ アキラ
DataRobot Japan チーフ・データサイエンティスト

ロンドン大学高エネルギー物理学博士課程修了。ニューヨーク大学でのポスドク研究員時代に加速器データの統計モデル構築を行い「神の素粒子」ヒッグスボゾン発見に貢献。その後ボストン・コンサルティング・グループでコンサルタントとして、主に TMT/製薬業界でのデータ分析業務に従事。AI 型情報キュレーションを提供する白ヤギコーポレーションの創業者兼 CEO を経て2015年に DataRobot Japan の立ち上げに一人目のメンバーとして加わり現職。個人ブログにhttps://ashibata.com/、共著に「データ活用実践教室」(日経BP社)など
齊藤 秀
株式会社SIGNATE 代表取締役社長

オプトCAOを経て現職。幅広い業種のAI開発、データ分析、共同研究、コンサルテーション業務に従事。データサイエンティスト育成及び政府データ活用関連の委員に多数就任。博士(システム生命科学)。筑波大学人工知能科学センター客員教授、国立がん研究センター研究所客員研究員。

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